部屋の隅に置かれた木箱。円谷かなみは意を決してその蓋を外した。中身はあの夜、手元に残ったリピーター・クロスボウだ。布に包まれたそれと、弾倉から外された状態の2本の矢を取り出す。木製の外観を持つボウ自体に色艶の変化らしいものは無く、乾燥による変形やひび割れもない。矢-おそらく鋼鉄と同等のクロスボウ・ボルトも錆一つ無く、いずれもエナを帯びていた。全て、ウィッチの武器であるために、二年の時を経ても変わらずそこに有り続けた。
左手のみで持とうとして諦める。変身していない少女にはまずその重さが堪えた。約5kg、弓としての構造に弾倉(矢箱)、その弾倉に内蔵された連射機構が一纏めになっているのだ。サイズ及び木製に見える外観よりもその重さはずっと重かった。仕方なく先を床に置いたまま、弾倉の右に出ているクランクのレバーを回す。2回転でガチャンと弦が引かれた状態にセットされた。左の人差し指で撃鉄を引けば、弦が解放されビイィィンと楽器の様に音を立てる。もう一度レバーを回す、2回と少し。引かれた状態から即座に弦が放たれ、先程同様の音を響かせる。機能は損なわれていない。
「エミリア、ちょっと手伝って」
『うん』
クロスボウを一旦布の上に置くと、彼女はパートナーの黒猫に助力を仰ぐ。
「リリース」
力ある言葉が放たれ掌の上に一本の矢が出現する。先程の矢と違いピンク色のそれは、「ローズフレシェ」としてエナで造り出したクロスボウ・ボルトであった。金属光沢を持つ矢を―メタリックピンクに輝くそれを、リピーターの弾倉に押し込む。寸法自体は本来の物と全く変わらない為、何の問題もなく弾倉に新造の矢は収まった。
「…あとは使ってみないと分からないけど、取り合えず一杯には出来そう」
本来5本あった矢の内の3本は、国防軍での実験で消費されていた。かなみが今やったのは、ブルーウィンドの遺した―くれたボウに自分で造り出した矢で補充する、というウィッチの常識からは外れた行為だ。ウィッチの「能力」は個々でバラバラだ。にも関わらず、彼女はブルーウィンドの武器に「規格」を合わせて「補充」を行った。「能力」を他者に「融通」したに等しい。
『国防軍に頼めば、場所くらい貸してくれるんじゃないかな』
「うーん、それはそれで面倒なことになりそう。矢を作ってとか」
ずっとお休みならそれでもいいんだけどね、とかなみは力なく笑う。
ブルーウィンドの矢は、只のクロスボウからも撃てた。只の的には普通に当たり、物理的な威力を示した。次に実戦に別の矢が持ち出され、はぐれのインクブス相手に威力を示した。エナの障壁を素通りしたそれは、同時に障壁を著しく減衰させて続く通常兵器による銃撃の効果を増大させた。壊れるまで再利用された3本の矢は、今では残骸が国防軍に資料として保管されている。折れたり欠けたりしたそれらは、「使えない程度に破損した金属製の矢」の外観を保っていた。当時の時点では後の祭りであったが、ブルーウィンドがいれば一般人でも戦えた訳だ、彼女が武器を供給してくれれば。
「わたしは…「わたしたち」は、あの子に会いに行くから」
国防軍はこの事実を極秘事項とし、厳重に管理している。確かに同様の能力の持ち主が見付かれば、戦力の底上げを期待出来るだろう。まして死んだと思われていた「ブルーウィンド」の活動も確認された、彼女に要請すれば―
だからどうした!
軍には軍の、ウィッチにはウィッチの領分がある。ウィッチを軍の管理下に置いて武装を供給させたとする。戦力の底上げになった?そのウィッチの能力が本当にそれだけなのか誰も分からないというのに、それが「底上げ」と言えるのか、ウィッチの能力に「蓋」を被せただけではないと、誰が言えるのか!当時の軍上層部のお偉方は口々に叫んだという話である、ウィッチを国の管理下に置いてしまった各国の惨状を聞いていた為に。
故に、ウィッチからの助力は本人たちが自発的に行ったものを受け取るのが限度なのだ。そういった気紛れを、組織の兵站に組み込むことなど出来ない。故に、ローズフレシェ―円谷かなみが造り出した矢も、彼女が善意で供給してくれたならば限りあるそれを一時的に使うに留められる。彼女達にはそれ以上に大事な仕事があるからだ、ほぼ休職状態の現状でもだ。
『それじゃ、もう少し作ってみようか。なんなら弓の方もやってみない?』
「そうだね。まとめて作れたら一番いいんだけどね」
『流石にそれは彼女の領分だよ。同じ「弓」だから時間はかかっても対応は出来てるけれど、違う武器ならお手上げだね』
「やっぱり?」
『…本当は考えを狭めるのはマジックには良くないんだけど、違い過ぎるというのもマジックにおいては致命的だから。だからこそ自分の能力の内、と思える部分には融通が利くんだ、この矢みたいに』
「だったら弓も頑張ってみる。出来たら矢箱に直接矢を入れる練習も出来るし」
失敗してブルーの弓を壊したくないし、とかなみは続けた。
『集中出来る間はクロスボウを撃ち続けられるね。面白そう』
「だよね?この矢、いつものマジックの矢よりエナも少なく済むから、結構使えると思うんだ」
『いいね』
パートナーの同意から試行錯誤する事数十分、新たなことへの挑戦としては短い時間でそれは成功した。何分、「エナによって構成された現物」があるのが理由としては大きい。それをパートナーのエミリアが解析し、実際に武器として使用したかなみ-「ローズフレシェ」が構築したのだ。損耗して記憶頼りであったらこうは行かなかっただろう。
「うーん」
『何か問題でも?』
「わたしが作るとこうなるんだろうなぁ、てのは分かってたんだけど、実際に見てみると違和感がすごくて」
形状としては全く同じ、リピーター・クロスボウがそこにあった。「ピンク色の」と但し書きがつくが。
「なんだろね、この色。だいたい木で出来てる様に見えるのにそれがピンクだよ?」
塗料で覆った様な外見ではなく、「鮮やかなピンク色の木材」に見えるのである。
『これは君のエナの色みたいなものだからねえ』
「…ブルーの武器にはこういうのないよね」
『彼女のはなんというかな、『兵士の武器を呼び出すマジック』という部分が大きいんじゃないかな』
ブルーウィンドの場合はマントやトーガ、一部の装飾に「青」があしらわれる程度だった、と2人(1人と1匹)は記憶している。このリピーターにも青い部分はなく、博物館に飾ってあった代物と言われても納得しそうな外観だ。
『まあそれは置いといて、これで練習できそうだね』
「うん」
相づちを打ちつつもかなみは新しいリピーターを無造作に構える、いや、構えられる事を確認した。
『かなみ!それ!』
「えへへ、どうかな?大分軽くしたんだよ」
左腕でボウを保持し、右手で軽快にレバーを回して空撃ちを試す。ずっと持ち続けるのは流石に厳しいが、構えるのも困難だったそれが構えて撃てる、となれば劇的な違いだ。
「しかもこれ、わたしのエナで出来てるから「しまっておける」よね」
矢の様に即座に造り出すのは無理でも、一度造り出してしまえば話は別だ。
『…驚いた。まだ補助は要りそうだけど、変身無しでもこの武器は召喚出来そうだ』
ウィッチの武器としては非常に壊れやすく、壊れたら修理が必要な代物だがそれにかかるエナは極端に少ない。入手経路自体がウィッチのマジックというだけで、その他の属性がまるで普通の武器なのだ。エナという奇跡が扱う物としては非常に負担が軽いのである。避けるべき事ではあるが、変身せずに武器のみ召喚して遠距離攻撃のみに徹する省エネ戦法まで視野に入って来かねない。
そこまでエミリアが思考を広げたところで、カチャンと音が響いた。
『っ…かなみ?』
金属音が更に四度響く。そうして矢箱は5本の矢で満たされた。
「もっと難しいと思ったけど、「自分の弓」だから簡単なんだ、これ。ブルーのだとどの位置に矢を入れればいいかも分からなかったのに」
『そう、なるのか。理屈としては分かるけれど』
エミリアは改めてピンク色のリピーターを見上げた。
『こうして見ると、本当にエナで作られた武器に見えない。気配が希薄過ぎる』
発言の後、彼女(?)は先程の考えもかなみに伝えた。
「さすがに変身しないで戦うのはこわいかな」
『あくまで一時的な対応の一手、としてだよ。この武器なら予め作って置いておく事も出来る、彼女みたいに』
「隠れられる場所があって、そこに置いておけたらって感じ?」
『そうなるね』
かなみは少しの間思案すると、口を開いた。
「まず家に置いておくのはいいとして、他の場所はちょっと思い浮かばないかな」
隠れられる場所って、多分あいつらが真っ先に陣取るよね?と指摘すると、エミリアはそうだった、と項垂れた。
「面白いけど、やっぱり場所が見付からなさそう」
『難しいかぁ』
隠れられる=人気の無い場所である。かなりの候補地がインクブスの侵入・潜伏候補地と重複しかねない。また、使用自体にはエナを必要としないこの武器が、何も知らない一般人の手に偶発的に渡ってしまうのもまずい。
「練習に幾つか作って、どれだけ仕舞えるかも…ダメみたい、「同じものは持てない」って分かっちゃう」
『いつもの弓とは別に持てても、同一の武器を数持つことは出来ない、か』
「作る時間の短縮くらいかなぁ。余りは国防軍の人にあげちゃえばいいし」
『程々にね』
後日、自宅保管分の予備で一騒動起きるのだが、2人としては「新しい魔法」の事で手一杯で、そこまで頭が回らなかった。それ程の物なのである、「誰にでも使える」というのは。
濃緑の装甲車・トラックが立て続けに「復旧された道路」を通過していく。対向車線側も同様であるが、首都圏側ヘ帰って行くのは工事車両の類が大半だ。本来ならば廃墟と化した地域に部隊を展開する意味は薄い。首都中心部同様放置が基本であったが、少数とはいえ背後を突く形で敵が出現したとなれば様子を見る意味でも部隊を配置する必要があった。
既に旧晴嵐入りしていた隊が後続を出迎える。国道及び道路沿いの電源設備復旧工事の警備に就いていた部隊である。後から入った部隊は彼らと交代する事になっているのだが。
「うちは明日帰還する、理由はこれより説明するが」
前任の藤田三佐の言葉にいきなり予定が狂ったか、と思いつつも後任の三上三佐はその背を追う。歩き進んだ先は町の北側で建造物が残存する一角、集められたかの様に瓦礫の多い交差点だった。先行した隊の者が周囲の警備をしている。
「瓦礫の先の交差点には行かないように。起動ワイヤーの設置場所も攻撃先もあの交差点とはなっているが、事故は困るのでな」
「如何にして出現地点を割り出しを?」
有るべき疑問を三上は藤田にぶつける。それに対し藤田は皮肉げに笑うと言葉を絞り出す。
「これを設置したのは我々ではないよ。ウィッチの手によるものだ」
その返事に三上は返す言葉を失う。
「つまりは見たのだろう、おそらく最初の時に。そしてこれを設置し彼女は待ち伏せた。2度目が先日報告のあった遭遇戦だと推測…いや、もっとあったのかも知れん」
こっちだ、と藤田はまた別の場所へと歩を進める。国道をまたいで更に南の開けた場所、そこは爆心地だった。瓦礫の類は離れた位置の崩れかけのブロック塀のそばにまとめられていた。爆発の中心点とおぼしき場所にレジャー用のテントが設置されている。
「あのテントには誰も近付けさせぬよう指示を。どうしても必要なら声をかけるか、女性隊員に行かせるように。今はいないようだが」
彼女は旧首都でも活動していたな、多分そちらだろうと藤田は推測を口にする。
「何故あんな場所に」
「そこにあったのだろうよ」
突然の派遣と状況に混乱していた三上は、藤田の言葉にようやく理解する。ウィッチ「ブルーウィンド」はずっと晴嵐の防衛に就いていたと。そこに自分の家があった-あるからと。
「現在、国道北側に残存する建築物の調査を継続中なのだが、思いの外手こずっている」
「そこにもトラップが?」
「そうだ。あの交差点を起点として国道までの移動経路になりそうなルートに、片っ端から仕掛けられていてな。国道まで出ればそれも無いのだが」
仕掛け方自体は単純なワイヤートラップかつ、国道側から行けば仕掛けたボウガンを主とする武器を先に見つけられるので被害は出なかった、と彼は説明する。
「撤去はしないように。記録し、部隊行動の際は回避を」
「通達了解しました。防衛装置は温存という事で」
「なんでも、一時的にでもこの国道が使え、かつ我々以外の防衛戦力もあると言うなら利点は大きいとの試算だとか」
昼間に限るとしても物流に使えるなら利点は有るだろう。あとは長期的なコストと「敵」の出方次第だが。
「日本海側からの荷について問い合わせがもう来ている。業者が国道以外に逸れない様、厳重に警備を頼みたい」
「了解」
物流網も寸断されて久しい。それだけに人の口に戸は立てられず、ここから抜けられるという情報がもう回っているとの事。
「廃区画に出入りしている連中も居る様で。警戒を密にしませんと」
「…そちらも有りましたな。上が公安にも話を通してくれればいいのだが」
犯罪者の相手までは手が回らん、と藤田は愚痴をこぼし、まったくですなと三上は相槌を返すと、道を引き返して警備について細部を詰め始めた。
「ところで、藤田三佐。報告にあった感応については続報等ありますかね?」
「今のところは何も。それを聞いたのもパイロットだけという話だ」
「ならうちにきたのと同じやつですね。ガンナーは何も聞かなかったと」
「以前のものによれば件のウィッチはまったく違う地点の情報を伝えてくることも度々あったとは言うが、思考そのもの伝達は報告にはなかったな」
「本人に聞いた方が早そうですね」
「…近々「関係者」が接触するそうだ。現状の我々の任務を優先するべきと思うが?」
藤田の忠告に三上は表情を引き締めて敬礼を返す。
「失礼、気が逸りました。ご忠告感謝します」
「装備庁あたりの横槍とは思うが、無視しておいた方がいいぞ。怖いお嬢さんが見張っているのもあるしな。あまりうるさいようなら釘を刺してもらわにゃならん」
「そいつはぞっとしませんね」
ICBMさえ平然と撃ち落とすウィッチの圧力など、経験したい者はいないだろう。
「ところで同じ話題ですみませんが、報告書にあったうちのスクーター、テントそばにはありませんでしたね。検挙されたりしませんかね?」
ウィッチが無免許でスクーターを乗り回している可能性の指摘である。
「…情報が伝わっているかも含めて、一応あちらさんの対応を聞いておくか」
仕事が増えた、と肩を落とす藤田であった。