廃墟。旧首都圏はその広さに対し、人々の現住地域との境界は曖昧だ。実質的に戦時が続く現状において使用可能なインフラがあるならば使うしかない、という現実がある為だ。故に、子供の足でも少し歩けば放棄された建築物が乱立する一帯へと入り込めてしまう。「奴ら」の領域に。それに抗う軍人たち、そしてウィッチたちの仕事場に。
場違いな制服姿の少女が2人、砂利やガラス片をものともせず、怯えも見せずに歩を進めていた。
「画像は削除しましたね?」
辿り着いた廃墟の、柱の陰で背の高い方の少女が問う。問われた背の低い少女は手入れの甘い黒髪を振り乱しながら慌てて答えた。
「もちろん消しました!そこまで拡散はされていないと思います!」
わたしフォロワーは少ないのでと、ともすれば悲しい告白をなんでもないことのように少女は言う。
「それと、ドローンを使って撮影を試みている人たちがいるのですが…」
それを聞いた長身の少女はやや目を細めた。
「それは問題ですね、対応が」
発言の途中で少女は長い黒髪を振りながら「足音」のした方へ振り返る。
「…インクブス?」
「いえ」
問いに長身の少女は冷たい声音で言葉を返した。
「似たようなものですが」
視線の先、近寄ってきたのは2人の男たちだった。金髪に髪を染めた男はナイフを手にしている。
「今日は当たりじゃーん」
逆立て気味に髪を固めた男が口にする。
「こないだはケチがついたがさすがにここじゃあ」
「おい」
男たちは歩を止め、いや動きを止めた。手入れの悪い機械のようにぎこちない動きで、声のした方へ男たちが首を向ける。長身の少女は面倒な状況にため息をつきながらそれを眺める。廃墟の建築物の外側に、全身を覆うコートにフードという不審者スタイルの何者かが1人。
「この間相棒が大分脅しておいたはずだが?」
ばさりとそのコートの右側が翻り、現れた右手には長剣が握られていた。斜め下に向けたそれを不審者は水平に前へと突き出すと、男たちに問う。
「さて、ここは敵地なのだが。インクブスにやられたということにしておくか?それとも、新種のインクブスということにしておくか?それともだ」
不審者は―フード下の仮面を見せたウィッチは、ざりざりと無造作に歩を進めて剣先を突き付ける。その背は男たちに比べれば―少女たちと比べてもさらに低い。だが、重い筈の長剣をブレ一つなく金髪の男の首に突き付けていた。男は言葉さえ発せずに固まったまま、怯えからか手にしたナイフを取り落とす。
「奴らにとってはお前たちも標的だぞ?お前らなら大分食いでが有りそうだしな」
黄金色の仮面の奥より眼光が男達を刺す。殺意を示すかのように切先は男の首に触れた。ひゅっと悲鳴さえ上げられずに男は浅くなった呼吸さえ止める。
僅かに剣が引かれる。
「そんな有り様ならばここに立ち入るのはやめておけ。そこの刃物では連中の障壁をぬけんしな」
声のトーンを抑えてウィッチがインクブスの脅威を説く。その無駄な腕っ節も半端な得物も無意味だと。
「立ち去れ、人の領域に帰るといい」
ウィッチの宣告に這うように男たちが逃げ出す、ナイフも放り出したままで。それを見送ったウィッチ-ブルファントムは視線をそのままに再び口を開いた。
「余計な手出しですまんが、あんなのでも人間だ。「彼女」をサポートするなら手段は選んだ方がいい」
「聞かれた?!」
小柄な方の少女がウィッチから距離を取る。
「奴らを一応マークしていてな」
「わたしたちに気付いていたと」
「君たちというより君に気付いたのだよ、アズールノヴァ。種明かしをするならば、距離の問題はあるものの私はエナの波長でウィッチを見分けられるのでね」
後ろの彼女については初見だな、とブルファントムは久遠-アズールノヴァに告げる。
「なるほど。あの方も見分けられると」
変身さえしていないアズールノヴァの視線がブルファントムに突き刺さる。
「君の危惧は私自身の危惧だな。ウィッチとしての彼女を戦場で見るのはともかく、人としての彼女を探すなどごめん被る」
知らないならば話しようもないだろう?とブルファントムは説く。
「…あなたはいくらかは状況を分かっていますね、ブルファントム」
剣呑だった視線が和らぐ。
「「彼女」が防衛の主力だぞ、馬鹿な真似などする余裕などどこにもない。だからこそ手段を選んでほしい、人間たちに「彼女」が危険だと思われないようにだ」
「…続けて下さい」
「以前調べたが、街中で「インクブスどもの同士討ち」があったという話がある。「彼女」のファミリアが日中にインクブスを駆逐した結果だ。残念ながらあのファミリアは人に好印象を与えられない」
「そこに重ねて「あのウィッチの仲間やファミリアは人間を攻撃するのでは?」という疑いを強くするような行動は避けてほしい」
「おそらくだが「彼女」自身の戦闘能力は高くはないだろう、ファミリアに全能力を傾けているだろうからな。だからこそ「恐慌をきたした民衆による迫害」のような可能性は回避したい」
「ドローンは」
「怪しい動きをしているものの破壊に留めた方がいいだろう。使用者自身の排除は危険な状況を招きかねない。とは言え、データの破壊までやらなければならないのが厄介だが」
「…あなたの危惧は分かりました。出切る限り手段は考慮しましょう」
「正直守られている側の私が言えたことでもないのだがな。人間側にも厄介な連中もいる事だし」
「いますね、随分と夢見がちな方々が」
「丸投げというのも問題があるのだが、担当部署があるのならそちらに任せたいのも本音だ。「ウィッチが敵対する人間を殺す」という状況は悪夢でしかない。実際に攻撃されたならば対処しなければならないが」
すまんがこの点については私も結論を出せていない、とブルファントムは吐露する。
「ちなみにブルーウィンドはどのように?」
「…正直あいつは能天気なものだ。「撃たせるだけ撃たせて逃げるよ」だそうだ。可能ではあるがな」
「嫌われやすい能力故に逃げの一手と。ええ、大体理解しました」
この時点でアズールノヴァは覚悟を決めた。ブルーウィンドとブルファントム、この2人は人間としては信頼は出来ても、シルバーロータスの守護者足りうるか、という点では信用出来ない。だから最後の一線、シルバーロータスの為の最後の盾-そして「剣」は己しかいないと。この2人は「人の守護者たるウイッチ」という「幻想」を抱えている。無論その問題点にも気付いているし現実への対処も考え続けている以上、そこらの夢見がちなウィッチよりはマシではある。しかしながら守られる側の人がウィッチを、「彼女」を排除しようとしたならどうするか。
決まっている、シルバーロータスが優先だ。彼女に生かされているのに彼女を排除する?正気か。命綱を切ろうとする愚か者は斬り捨てるしかないだろう。とは言え、ブルーウィンドならば最後の最後までシルバーロータスの盾として立ち続けるだろう。彼女の能力の限界がどの程度かは分からないが。
「ところで、後ろの彼女だがエナが不安定だな。パートナーを失ったばかりか?」
「ええ、そうですね」
「練習ならば的役程度付き合うが」
「いえ、そこまでは。何分、加減が難しい状態ですので」
「…そうか。ならば私は行くとしよう」
他人の手札は覗き込むものではないしな、と言葉を残してウィッチは去っていく。
「あの人は」
「ブルファントム、ナンバーも分かりませんね。本当の名前も」
え?とアリスドールが聞き返す。
ブルーウィンドとは別の存在であるということはエナの違いでは分かる。ウィッチではあるのだろうが、間近で見てそこに何か違和感を覚えたのも事実だ。突然のように出現したのも思い起こせば薄いエナの漂う空間を見たように思う。あの男どもが現れなければ先にそちらを注視していた筈だ。エナの操作能力が高いーそれに付随してエナも見分ける。そしてアズールノヴァ自身がエナを感知し他者を追跡することに気付いてもいない。彼女は無造作にアズールノヴァに近付いている。
「いえ、味方だと認識しているからでしょうか?」
「はい?」
「なんでもありません。さて、練習といきましょう」
まだ日は落ちてはいない。しかし、アズールノヴァの視界には活動を始めているインクブス達のエナが映っていた。