「ありゃ?」
ふと気付いて足を止めた。旧首都の大通り、比較的舗装の残っている道路上で。視覚で気付いたわけじゃない、エナの気配が濃いせいだ。
『囲まれているな』
離れた位置の相棒からも、どうやらそう認識される状況らしい。で、問題なんだけどこの感じ、インクブスじゃない。
「なんか恨み買ったかなぁ?」
闇討ちと言うには日は高いが、相手方が日常生活をバックレて廃都に出張るほどの恨みを買った覚えはない。
『連中の支配下にあるウィッチという線もある。ただ気付いてないようだから言っておくが、今日は日曜日だ』
つまり休日に補習を喰らうような残念な奴以外は全員出勤していてもおかしくないと言うわけだ。
「うーん、それともインクブス扱いで討伐に来たとか?」
『…ゾンビ扱いは相変わらずとはいえ、そこまで算数の出来ない奴なら実地で補習だな』
「冗談はやめてちょうだい」
不意打ちだった、「知っている顔」だ。右手の廃ビル、壁の無くなった2階に「琥珀の銃士」
「恨み言がない、と言うと嘘になるわね。愚痴の十や二十は聞かせたいわ」
左手の地下駐車場入口、僕好みの「装甲騎兵」だ。銃を用意できたら貢いでたね。
「一声かけて欲しかったかな」
ほぼ前方の街灯直上に「桃の弓兵」、身を隠すってレベルの話じゃないなこれ。布陣から振り返って後方を確認する。
「ブランクがあるにしちゃ上出来だろ?」
推測通りに「紅の槍兵」だ、幻術で直前まで皆の姿を隠していたと。
「あー皆さんお揃いで。同窓会かな?」
常用してる経路上で待ち伏せ、おまけに包囲までされてるにしては一触即発、と言う感じではない。の筈だったんだけど。
「ねえ、こいつ殴っていいかしら」
いきなりなんか間違えったぽい。ノワールブークリエが切れてる。
「ふんじばって盾の内側にくくりつけたいわ」
あれ、更に風向き変わった?
「十字架に縛り付けておいた方がいいんじゃないかな?だって多分「また」やるよね、ブルーは」
見下ろしている、じゃなくて見下したような眼のローズフレシェに毒を吐かれた。こんなに黒かったっけ?この子。
「ちげえねえな、また名前を聞きそびれちまう。いっそカタコンベに閉じ込めちまうか?」
背中からのルージュミラージュの圧も強い。ガッガッガッと石突きが破損したアスファルトを更に穿つ音も止まらない。
「ちょっと皆落ち着いてちょうだい」
やっぱり私だけで会うべきだったわ、とエクレールアンブルが口にする。
「でもマナさん、全部見たんでしょう?」
ローズの問い掛けに彼女は答えないで飛び降りる、優雅に華麗に色々「揺らしながら」、きっかり僕の前方1mに10点満点の着地を決めて見せた。その華麗さに従わないのはカシャンと音を立てたサーベルくらいだ。揺れるものに行きがちな視線を強引にずらす。
「こっちを見てちょうだい、ブルーウィンド」
乞われたならば仕方ない、と向き直る。いきなり彼女は頭を下げた。
「まずは感謝を。あなたのおかげで私たちはあの夜を越えられたわ」
吐こうとした息を呑み、もう一度口を開こうとして僅かにためらう。
『周囲の警戒はしておく。よく話し合うことだ』
相棒のテレパシーによる宣言のおかげで、どうにか言葉を絞り出す。
「感謝は受け取る。ただしあれは結果として最適解になっただけで、決して最善手じゃなかった。一種の責任放棄だ、そうだよね?」
それが出来ると知っていただけ、どこまで出来るか「知らなかった」
「あれをやれば一度は何とか出来る、でもその後に僕は関われない」
「でもその後の一手も打っていたじゃない、あなたは」
腰を曲げたまま、顔を上げて上目遣いでエクレールが戦果を教えてくれた。
「…やり方については言わないよ。効果があったなら幸いだ」
「聞かないし、吹聴もしないわ」
忠告もされたことだし、と身を起こしたエクレールが口にする。直後に詰め寄られた。
「でもね、生きてるなら声かけてくれてもいいんじゃない!」
肩を掴む彼女から顔を反らして言葉を返す。
「そりゃムリだね。「結果」を見に行けると思う?」
戦果を上げたとはいえ戦線離脱も事実だ。その結果がその場に残っていた日にゃ、衝動的に自分の首を掻き斬るくらいしかねない。おまけに連中に拉致されたならそれさえも残らない。みんながどうなったかなんて、怖くて探せるもんか。
「…行けるわけなかったのは私たちも同じだったわ。あなたの「カケラ」でも見付けてしまったら、と思うとね」
「行かなくて正解だね。街も見たくなるでしょ、きっと」
顔を戻してそれを告げた僕に、エクレールは呆然とした。
「あ、わたし、え」
思いもしなかった、ではなく考えるのを無意識に避けていた事に気付いたってところかな。
「まあ結果の半分くらいは僕のせいだけどね」
「戦争のあとみたいだった」
ローズの発言にそちらを見る。
「見に行った?」
「ううん、残ってたニュースの、航空写真の画像」
「おい、そりゃあ」
「私も見たわ。爆撃の跡みたいだった」
「まあ奴らのことはどうにか出来たと思うよ。いなかったし。ただまあ、巻き込まなかった区画はそのままでね」
「戻ったの?」
「歩きだからさ、自転車くらいあったら少しは楽じゃん。あとは終わった事にしても余計に手を加えた訳だし、見ておくのが義務かなって」
「自衛隊の人も手が足りなかったのか、あの時燃えてたのとかそう言うのも含めてそのままだったね。僕のマジックで巻き込まなかった部分についてはね」
「んで自転車でこっちまで出て来たのか?」
「探す気もなくなるくらいに見つからなかったね」
自転車に車やバイク、逃げる手段のために駐輪・駐車場に人が集まっちゃった訳だ。3ヶ所程見てもう探すのやめたね。
「結局歩きになったよ」
「それで、ブルー」
「なんだい、ノワール。それはそうと髪、変えた?」
「っ…、それについては後。あの戦い方は前からかしら、それとも最近のやり方?」
「あ、見た?」
「撮影された分は」
「こっち、というかまあそういうもんだと分かってからだね」
「前は分からなかったと?」
「自己再生だけは速いからって、心臓とか頭とか吹っ飛ばす前提で戦うわけないじゃん。首が落ちたら死ぬ不死者のお話とかざらだし」
「ああ、そう」
ガシャガシャと重装甲を鳴らしてノワールが寄ってくる。エクレールと二人してそちらを見ていると、鉄腕がむんずと胸ぐらを掴んできて吊り上げられた。
「ありゃ?」
「ちょっと、ノワール?」
「やっぱり殴ることにしたわ」
「なんか気に障った?」
「っあなたねえ!分かってなかったって事は、死ぬ気だったって事じゃない!」
「ああ、まあそうなるか」
「何が防御頼むよっ、それならちゃんと私の後ろにいなさいよ!」
「しかしねえ、僕も伊達にゾンビなんて言われてない訳でねえ」
「っ」
おっと、更に怒らせたかな。急激な加速に浮游感、続いて背中からの衝撃。変身中の彼女のパワーなら人体を投げるなんて造作もない。位置と首筋に当たる冷たい感触、これ他にも残ってた街灯の支柱かなぁ。
「痛いじゃないか」
「トラブルか」
一応の抗議の声を上げたところで、上から声が来た。
「あ、こりゃどうも」
声の方を仰ぎ見れば、マントにフードのウィッチ―シルバーロータスが廃ビルの一つから顔を出していた。
「だいぶ間の開いた同窓会でね」
まあ僕はクラスが違ったりするけどね!などとおどけてみる。
「…そうか」
パニックを回避するためかファミリアのいる気配はない。とはいえ区画ごと包囲しているとかありそうだけど。
「……じゃない」
ノワールの声に顔を戻す。
「ゾンビなんかじゃない!あなた生きてるでしょうが!痛みも苦しみもする癖に、自分を死人みたいに言わないでよ!」
あー、
「効くなぁ」
両肩を掴まれてほぼ零距離、普段は冷静なイメージの彼女の泣き顔。こういうのが一番ダメージがでかい。だから上を見上げて反らす。
「ちょっと長引きそうなんで、今晩は欠席かな」
大した戦力ではないにしても、「いる」前提で動かれてもあちらが困った事になる。
「そうか。仲間は大事にする事だ」
ちょっと言われると痛い言葉が返ってくる。ミシミシと両肩も変な軋みを立て始めたところで更に距離が詰まった、実質金属板で挟まれたようなもんだが。
「ちょ、ギブ、ギブ!」
「もうあんなのはやめて」
右耳から至近距離でノワールの声が入るし、ともすれば「いいにおい」が鼻をくすぐるけれど首から下が地獄だ。ノワールブークリエの肩から僕の背後の回された鉄腕が腕ごと背骨を折りにかかってるし、女性らしくデザインされた胸部装甲が肋骨ごと肺を潰して発声も阻害されてる。僕の胸?んなもん誤差だ誤差。年単位経過して只でさえ背も越されてるところで装甲脚で更に高さを稼がれてるから、爪先はとっくに宙でバタ足かいてて、それも軽い破砕音のあとでダラリと力が抜ける。そのまま宙釣りで間近のボブヘアになった彼女の晒された首回りの無防備さに、自分の胸から下半身まわりの痛みが別の痛さだったらと思う次第で。ああ、もう。肌感覚だけ残ってるからだらだらと太ももに伝わる雫がね、うん。ベッドの上で抱かれてたんなら納得したんだけど
「ちょ、篝さん!潰れてる!潰れてるってば!」
ガンガンと装甲の叩かれる音でノワールが気付いたようで、一気に圧迫が消えた。
「あだっ」
物理的に「腰砕け」なので顔面でべちべち装甲を舐めながらベタリと座り込む。基本胃は空っぽにしてるから大惨事は免れたけど、水分は摂ってたから惨事にはなっちゃった。
「ブルー!」
「おいおい、大丈夫かよ」
寄って来ちゃうんだよなぁ、みんないい子だから。装甲無しならいい眺めだろうって位置から見上げて声をかけた。
「ノワールブークリエ」
「ごめんなさい」
速攻で謝罪が返ってくる。解いた鉄腕が置き所なく中空でわなわな震えていた。
「情熱的なハグは僕も歓迎だから、次は柔らかいのでね」
コクコクと彼女が頷く。
「あと腰を砕くのと潮を吹かせるのはベッドの上で、二人きりの時にして。さすがに路上でみんなの前は、僕も恥ずかしいからさ」
「はあっ?!」
見上げているノワールの顔が真っ赤になった。何か言おうと口をパクパクと動かすが言葉は聞こえない。
「ブルー、ちょっと言い方がよろしくないわよ?」
横でかがんで視線を合わせてきたエクレールアンブルが、小言めいた口調でたしなめてくる。
「下品な言い回しなのは認めるけど、物理的に抱き潰されて腰をいわされたのはガチだし」
「で、大丈夫なのかよ」
「骨も神経ももう繋がってるけど、まだ立ちたくない」
腿をびっちり閉じた女の子座りだけどまあ冷たいし、真下のアスファルトは周りより色が濃くなってるだろう。
「うちきてシャワー浴びる?」
「そりゃありがたい」
ローズの申し出に飛び付くことにして、両手でまだ頭上をさ迷っている鉄腕を支えに掴んで立ち上がる。
「はい?」
いきなり僕の顔が元の高さに戻って来てノワールが変な反応をする。まあそれはいいんだけど。
「うぇ」
外側のローマっぽい服装とは、だいぶずれた中身の布が保持しきれない分が内股をつたって下に落ちる。
「えらくぶちまけちゃったなあ」
「洗濯もする?」
「いやこれ全部ウィッチ装備だから出し直せばいいんだけど」
「じゃあとっととやりゃいいんじゃね?」
「気軽に言ってくれるなあ。あ、エクレール、もしかするとかかるから離れた方がいいよ」
「僕の」を見たいなら別にそのままでもいいけど、とそばでしゃがんだままのエクレールをからかう。
「何いってるのよっ」
顔を真っ赤にしたエクレールアンブルが飛び跳ねる様に立ち上がったので、僕はぐっしょりとした現代的過ぎるショーツを消した。意外と大きい水音が響いて無事(無事じゃない)僕の足つーか脚は更に汚れる。
「あー、なんかわりい。何も考えてなかったわ」
「ブルー、警告ありがとう。恥かきついでにみんなでシャワー浴びる?裸の付き合いって事にしちゃえばいいと思うけど」
いいねそれ、理性が持つかは別にして。それはともかく、
「で、ノワール。さすがに顔を背けたままは傷つくんだけど」
「ごめんなさい。恥をかかせるつもりはなかったの」
「それでブルー、下は戻したの?あと立ってられる?」
エクレールの問いにマジック、というか装束を戻す。まあ見えてない場所だけど。
「あ、まだだったってうぇっ」
「今度は何?!」
「肌に残った分でまた湿って微妙にキモチワルイ。あとなんか脚の感覚がチグハグ」
立ってるだけなら問題ないけど、幻肢痛の部類かこれ。
「アドレナリン不足とかかな?いつもは即動けるんだけど」
「履いたならそれでいいのよ。気休めでもあるのとないのとじゃ大違いだもの。一動作余計に手間をかけさせただけでも助けが間に合えば儲けものなのだし」
という言葉の直後にグギャ、と無様な悲鳴が聞こえて全員がそちらを向く。巨大な節足で突き刺されたゴブリンが路地に引き摺り込まれて行くところだった。
「お前達、残るのか帰るのかどちらかにしろ。ここは敵地だぞ」
上から降ってきた声に全員が動き出す。
「帰ります帰ります」
「毎晩助かるぜ。次からはあたしらも動くからよ」
「ねえ今のなに?!」
「ノワール、ブルーを抱えて!ローズは周囲警戒担当!ルージュはローズの体を支えて!」
無言のノワールにいわゆるお姫様抱っこで僕が持ち上げられると、彼女の後部ユニットに皆が乗り込む。巨大な節足でパニック手前だったローズもルージュに腰を抱き抱えられたまま武器を構え、エクレールも片手でノワールの背のフックを掴んで残った手でピストルを抜く。
「帰るわ、出してちょうだい」
「了解」
キュラキュラと回り始めたキャタピラはすぐに回転を上げて轟音を奏でる。記憶のそれよりも高い視点で流れる景色に郷愁とも愚痴ともつかない言葉をこぼす。
「いいね、動力機械って奴は」
「いきなり何よ」
「余裕があったらさ、原付免許とか取った方がいいよ」
「いきなりなんだってんだ」
「今は自分の足でやれちゃうから想像しにくいだろうけど、楽しいよ。自分の体ではないのに拡張された感覚ってのは」
「そうなの?」
「右手をひねるだけでね、視界が動いて行くってのはね。と」
ノワールに左抱きにかかえられたまま腕を伸ばすとクロスボウを出現させ、即座に矢を放つ。
「え」
突然の射撃にエクレールが矢の飛んだ右手側を見れば、倒壊しかけのビルからゴブリンの一団が踏み出して来るところだった。それもすぐに後ろに流れていくが、追ってくる連中にローズが対応する。ルージュに腰を支えられて後方を向くと、両手で保持したリピーターを連射した。カシュッカシュッとやや軽い音でボルトが放たれ「続ける」。
「それ、どうやってんの」
「矢箱にちょくせ、つ!生成してるっ」
3体目が倒れたところでインクブスどもは諦めて足を止めた。表情までは分からないが舌打ちの一つもしているだろう。
「残りは放置するしかないわね」
エクレールの言葉に僕は問題ない、と告げた。
「彼女が動いている時にああも姿を晒したんだ。まあ無事じゃ済まないね」
「さっきの、あいつなのか?」
「さあ?」
ルージュミラージュの確認に答えをはぐらかす。
「知らなくていい、知っても言わない、でしょ?」
エクレールアンブルがそれに言葉を続ける。
「この人かもって思ったなら、邪魔にならない範囲で手助けすればいい。だけどそれが誰か、なんて言わない事。奴らが探してるからね」
「その、さっきの、怪物は?」
射撃に集中していて会話に入りきれていなかったローズフレシェの問いに、注意を促す。
「インセクト・ファミリアだよ。インクブスを狩り続けてる昆虫軍団さ。彼らの邪魔はしないことだね。万が一にも敵と思われたら、逃げ場なんてないよ」
「…あいつらが、ずっと街を守ってる」
ローズを支えたまま、ルージュは絞り出すように小さな望みを口にした。
「だからよ、出来れば礼の一つも言いたかったな、って」
◎2026/03/26
・ノワールブークリエの髪型変更の追加記述
「なんだい、ノワール。それはそうと髪、変えた?」
「っ…、それについては後。あの戦い方は前からかしら、それとも最近のやり方?」
・ブルーウィンドの下心的心情の追加記述
右耳から至近距離でノワールの声が入るし、ともすれば「いいにおい」が鼻をくすぐるけれど首から下が地獄だ。ノワールブークリエの肩から僕の背後の回された鉄腕が腕ごと背骨を折りにかかってるし、女性らしくデザインされた胸部装甲が肋骨ごと肺を潰して発声も阻害されてる。僕の胸?んなもん誤差だ誤差。年単位経過して只でさえ背も越されてるところで装甲脚で更に高さを稼がれてるから、爪先はとっくに宙でバタ足かいてて、それも軽い破砕音のあとでダラリと力が抜ける。そのまま宙釣りで間近のボブヘアになった彼女の晒された首回りの無防備さに、自分の胸から下半身まわりの痛みが別の痛さだったらと思う次第で。ああ、もう。肌感覚だけ残ってるからだらだらと太ももに伝わる雫がね、うん。ベッドの上で抱かれてたんなら納得したんだけど