僕は、弱い。
棍棒の振り回しを受け損ねて左肩が潰れる。円盾を落としながらも右の短槍で下手人の首を突けば、眼前のオークは驚愕しながらその矛先を回避した。
「なんなんだてめえは、脆い癖に叫びもしねえ」
「おいおい、潰すなよ?」
遊ばれているな、とは感じたが好都合ではある。二体のオークは斥候の類いだ、そもそも本隊も「偵察隊」であるのも分かっている。規模は小さいし、既に「彼女」が捕捉している。他に散った連中も、僕よりずっと上等な「蒼い魔法少女」が対処していた。こいつらを足止めするだけで今夜はお釣りが来る。
不都合と言えば武器の重さくらいだ。
「そういう特性でね」
発言と同時に「両手」でジャベリンを振り回す。速度の増した斬擊に打撃、刺突にオークの傷が瞬く間に増えた、致命傷には遠いが。
「てめえ!」
僕の再生速度に驚きながらも、オークが再び棍棒を振るう。それに槍を当てて反らし、飛び退いて奴の肩越しに飛来した矢もかわす。通過したそれが廃都の壁で割れたような音立てたが、無視して槍を投擲した。着地と同時に奴がせせら笑う。
「見えてるんだよ!」
ガチャンと重いものが落ち、
「お仲間には見えてなかったね」
クロスボウを放ったオークは、ブレストプレートを貫通したジャベリンで心臓を破壊された。路上に巨体がゆっくりと倒れる。
「このアマァッ!」
空手の僕にオークが棍棒を振りかざして突進する。意思一つで結びのほどけたトーガを左手で投げつけると振るわれた棍棒がそれを巻き取った。
「あ?」
僕は小さいし、奴はでかい。布程度でも撹乱には十分過ぎた。斜め上に突き上げたグラディウスが奴の背から心臓に到達する。
「がぁぁぁっ」
棍棒を取り落としながらも乱暴に振り回された腕に弾かれ、僕は路上に転がった。どうにも詰めが上手くいかないものだ。
「てめ、てめえ、この、ア」
血の泡を吹きながら奴が倒れる。背に突き立てた小剣のせいで討伐と言うよりも殺人事件だ。変な思考のせいか、息が荒くなる。いや、
「さっきの矢か」
割れた音―何らかの薬品だろう。完全に変調をきたす前に、片付けないと。立ち上がるとスパタを手に、奴らの骸に近付く。ぜえぜえと息を吐きながら二つの首を落とした。複数の聞き慣れた足音に振り向かずに声をかける。
「ちょっとドジったよ、あと頼むね」
だんだんと過敏になっていく感覚を抑えて、どうにかその場を辞す。聴覚さえも鋭敏に彼らの仕事の様子に反応し、混じる水音―実際は血液だろう―に喉を鳴らしてしまう。上空を警戒する羽音にも違う何かを思い浮かべる。
その羽音も近付いてくる。変調をきたしたエナ―インクブスの影響を受けたそれに、コマユバチの認識が狂ったのだろう。僕が何者かを測りかねて頭を寄せてくる。
「あ」
顔に触れてくる触角にコマユバチの生態を思い起こす。憐れな犠牲者に産卵管で卵を産み付けるのだ。腰砕けになって手でその脚の1本を掴んでしまう。落ちた視線に巨大なハチの腹が映る。興奮が治まらない。
「おい」
腕を掴まれ左へと引かれた。そのままばさりと布が翻る音と共に、マントにくるまれながら抱き支えられる。
「ひうっ」
眼前には仮面、後詰めに控えていた相棒だ。
「下手を打ったな」
答える余裕はなく、必死に口を噤む。
「手間を掛けさせてすまん、この馬鹿はこっちで引き取る」
ファミリアのコマユバチに―それを通して聞いているであろうシルバーロータスに、彼女は声をかけた。マントのうちで僕の腰を抱きながら、変わらない体格の為に僕の足とマントの裾を引き摺って歩く。
「や、やめっ」
潜り込む指に抗議するが、
「ならとっとと代謝を上げて解毒するんだな」
「むりぃ」
エナに干渉する媚薬だ、変に再生を加速するとどう吹っ飛ぶか分かったものじゃない。特に感覚に対する変化が大きいので、
「思考での言い訳もいらん、一回とばすぞ」
「ま」
浅い所で曲げられた指に、僕の思考は停止した。
「産卵管なんぞに欲情しやがって、こっちまでおかしな気分になるだろうが」
相棒の苦情だけは聞こえていたけど。