5人でというには場所が狭いのと篝と杏奈の2人は孤児院(教会)の手伝いが、ということで結局3人でかなみの住むアパートにお邪魔することとなった。
「お邪魔します、っと」
「お邪魔するわ」
「えーと、いらっしゃい?」
「友人宅」に足を踏み入れるブルーウィンド、マナの2人に対し、何故かかなみは疑問型で返す。首を傾げるブルーに、なぜに疑問型?とマナが言葉にすれば、
「ウィッチになってからはみんなと会うくらいだったし、友だちのところと行き来するってなかったなあ、って」
仲の良い4人+αといえば聞こえはいいが、ウィッチとなってからの交友関係はもともと狭くなっていたのだ。命の遣り取りと生活の両立など、大の大人でも困難な事である。ましてこの5人に至っては、本来の交遊関係が物理的にほぼ消滅している。
「そう、だったわね」
目を細めながら同意するマナにも、その辺りの自覚はあった。かつてだけでなくこの2年弱にしても、「新しいクラスメイト」との交流を当たり障りのない範囲に留めてしまっていた。ほぼ休業中でもウィッチである、ということだけではない。また失うかもしれない、と言う怖さがそこにはあった。
さ、こっちこっちとブルーウィンドがかなみに手を引かれる様に、マナが我に返る。
『久方ぶりの行軍だ。疲れも出るであろう』
「あの子はそうでもないみたい」
奥に行った2人のうち1人の姦しい声に、マナは感心する。
『切り換えの早い子だから』
エミリアがそう述べたのは、ちょうど足拭き用の雑巾から降りた時だった。無造作に頭をその汚れた布に近づけようとするのを、マナは止めて自分で雑巾をつまみ上げた。
「ただの飼い犬や野良猫ならやってしまうでしょうけど、くわえるものじゃないわ」
『然り』
『…そういうもの?』
自分でやってしまう方が早いんだけど、などと返事をするエミリアに、呆れ顔で視線を向けるマナ。その目が玄関に並んだ靴を捉える。2足の高校指定のローファーと、1足のカリガと呼ばれるサンダル。
「わざわざ脱いで置いてくなんて、律儀ね」
革製に見える古代ギリシャ・ローマ様式のサンダルは、ウィッチの装備だ。足の甲からすねの半ばまでの亀甲状のストラップ部も含めて、ブルーウィンドの意思一つで消せる代物である。それがただの靴の様に置かれている。
『そこのバケツに』
エミリアが前脚で玄関端のバケツを指す。マナは目前のサンダルで思い出した懸念を一時思考から外し、雑巾を空のバケツに放り込んだ。そのままエミリアの案内で部屋の一つに入る。エナの気配が大きい。
『ま、適当に座ってて』
「随分とエナが強いわね」
『衣装箪笥の中であるな。なんらかの武具か?』
腰を下ろしながら指摘するマナと、その発生源らしき壁際のクローゼットに言及するボナパルト。
『うん、今日使っていたやつの予備をね』
かなみの生成したリピーター・クロスボウはブルーウィンドの物よりもエナの気配が濃い、機能としては全く変わりはしないのだが。逆に言えばブルーウィンドの武器がまるで普通の品物過ぎるのである。
「結構大変そうではあったけれど、あの連射速度は魅力よねぇ」
返事の余裕もなさそうであったが、5人揃うのならばカバーも容易である。ナンバーズなどから見れば児戯であっても、インクブスという「集団」を相手取る歩兵としては火力の向上はどのようなものでも歓迎すべきことだ。まして晴嵐カルテット+αは戦力的には戦闘車両+歩兵4人とも呼べる構成だ。そこらのソロのウィッチと違い取れる戦術の幅は広い、いや広くなった。
彼女に再会するまでに何度かインクブスとの戦闘を繰り返した。どうせ奴らはいくらでも出てくる、敵に事欠くことはない。噂のインセクトファミリアとの接触は非常に少なかったが、どうもナンバー13はこちらが危機に陥らない限りは手を出してこないようである。1人欠けていたにも関わらず、チームで相対するインクブスは手応えというものが感じられなかった。例のファミリアによって集団間の連携を崩されていたのか、それともこう言っていいのか分からないが、練度の低い集団が投入されているのか。
「気のせい、じゃないわよね」
『懸念としては分らんでもない』
『個々の集団はともかく、手当たり次第に何かを探してる感じだよね』
「探している?…あっ」
奴らの探すものとは奴らの欲しいものか、違う。
「この話題はやめましょう、口にしてはいけないことよ。「彼女」が前面に出て来るならともかく」
奴らはただの1人を探している、ただ1人のウィッチを。答えはほぼ知っている、少なくともウィッチとしての姿は目にしてしまった。
「私たちは知らない、それでいいわね」
『やれやれ』
『スパイ映画じみてきたね』
自分たちは防衛ラインを抜けてくる小物を処理するパトロール隊だ、軍団長の居場所なんて絶対に明かしてはならないぞ、ということである。もしも防衛ラインを維持できなくなったら。
またあの夜が来る。
ぞくりとマナは震えた。冗談ではない、あんなものは二度とごめんだ。次はどこに逃げられるのか、その場所さえ思い浮かばない。そして殿にあの子が駆けて行ってしまう。ゾンビだから死なない?いや、今度こそきっと死んでしまう、最後のひとかけらまできっとあの子は使い尽くす、そんな予感が頭を掠めた。
「おまたせ、マナさん」
開け放したままのドアからかなみが自身の部屋に入ってくる。
「ちょっとお茶だけなんですけどね」
えへへ、と笑いながらティーセットを絨毯の上に置くと、クッションをマナに勧めた。ありがとうと言ってクッションを受け取るマナ。
「なんだかんだでお菓子とか高いんですよね」
「買いに行く時間も考えないといけないし」
紅茶を口にしながら愚痴をこぼし合う。結論は決まっている、全部インクブスが悪い。
「ブルーと一緒に浴びてても良かったんじゃない」
「なんだか理性が持たないとか言われちゃって。でもちゃんと女の子でしたよ、あの子」
「相変わらずそういうところ変よねえ」
「あとなんか文明だーって言ってました」
「あの子ほんとにホームレスしちゃってるの?!あ、いや聞いてはいるけれど」
少なくとも拠点の一つではテント暮らしなのを、マナは父から聞いている。
「どうしよう、うちに連れ込もうかしら」
「えー、うちじゃダメですか?」
微妙にかなみは目を細めている。しかしマナもブルーウィンドを引き込みたい理由はある。
「かなみさんところでもいいとは思うけれど、正直両親とも国防軍勤めだとねぇ」
実質的に独り暮らしに近いのは心細いものである。
「そういわれるとまあ」
「でもかなみさんのところもね。女2人だけってのは物騒よね」
マナは軍人の家族である、というだけで後ろ盾があるようなものだ。対してかなみは未亡人とその子という構成である。最近ガラの悪いのが歩いているそうだし、と近所の事にも話が飛んだ。そして疑問だったことをマナはぶつける。
「それで、なんで十字架なの?」
「…だって彼女、真っ先に生贄に成りに行っちゃうじゃないですか。だったら後ろで生贄役ですって縛り付けとけば、わたしたちもまあ覚悟決まるかなぁって」
「杏奈さんはカタコンベだし」
「あ、それ小さいころに受けた罰だそうです。からっぽだったそうですけど、暗くて怖かったとか」
「…教会だと自殺は大罪だったわね」
しかもブルーウィンドに至っては自爆である。
「…盾の裏は」
「目の前でほぼ八つ裂きのあげくあれだもの。そりゃ篝さんも言いたくなるでしょうね」
「篝ちゃん、生真面目だからずっと真っ赤になっちゃうんじゃないですか?」
「今日の発言はひどかったわね。まああれは篝さんも悪かったけど」
普通なら下半身不随レベルの大怪我だ、ブルーウィンドだから「お漏らし」だけで済んだのである。なお、「内容物」まであったらガチ泣きの上女の子相手でも手を上げてる、というのが本人の談である。
「…その、それだけですんだって事は何も食べてないんですよね」
「そう、なるわね」
2人して黙り込む。「いつから?」という疑問を口に出すのが怖かったのである。もしも、エナさえあれば生きていられる、そんな領域にまで足を踏み込んでいたら。そんな臆測を振り払う様に、マナは抱いていたもう一つの疑問を吐き出した。
「あの子、ウィッチの靴を玄関で脱いだのよ」
「それって」
その言葉でかなみも気付いた。
「…着の身着のままどころじゃないわ。本当に身一つしかないのかも」
この期に及んでも、ブルーウィンドは変身を解いていなかった。