「いいわね、これ」
「でしょう?」
会話だけ抜き出せばさて化粧品かアクセサリーか、と言うところだが残念ながら武器である。変身前の少女の筋力でも構えられる重量で、矢の装填が出来る機構というのは利点が大きい。
「そうね、やってみるのもいいわね」
「?」
ピンク色のリピーター・クロスボウに創作意欲を触発されたのか、マナはエナを操作し始める。掲げるように両手を広げると、その手に載るように棒状に光が発生した。
「マナさん?」
かなみの問いに無言で微笑みを返すと、彼女は長大な銃―正確にはその基礎構造部を手にしていた。装飾はまだなく、撃発機構・引き金も取り付けられていない。
「ああ、結構出来るものなのね」
虚空より現れたそれを両手で構える。感覚として分かる、これならばより遠くに、威力を維持したままマジックを届かせる事が出来ると。銃の形をしてはいるが、それはそういった呪術や魔術もしくは祈祷の具現化なのである。
「そんな簡単に!?」
「ピストルを伸ばしただけよ、これ」
そう言われれば、とかなみはリピーター・クロスボウでの試行錯誤を思い出す。「弓」の部分は簡単にコピー出来たと。苦労したのは複雑に噛み合った歯車を持つ連射機構だった。エナを帯びている以外は物理的な武器に過ぎないために、何度も歯車の噛み合わせを調整したものだ。
『得意分野でないところを多分に含んでいたからね、その弓は』
『とはいえより遠くを撃つならば、遠くの的を視なけれならん』
エミリアが問題であった部分を述べたかと思えば、ボナパルトは解決すべき課題を指摘する。
「そうねえ」
実のところ2人とも、マジックの特性の面で狙撃に向いていない。マジックを遠くまで飛ばす、という点では狙撃は可能ではある、問題は2人ともマジックが強い発光を伴う事だ。マナに至っては威力を上げると「雷鳴」まで発生するので、定石通りに位置を変えるとしても初撃での露見具合は実銃相手でさえ比較にならない。視覚的には曳光弾を撃っているようなものなのだ。
「映画とかを参考にするなら、スコープを付けるんでしょうけど」
『ふむ』
「モノクルとかどう?」
『悪くはないな』
照準眼鏡を覗き込む、というデメリットは大きいとマナは感じた。姿勢を制限されるし、視界は言わずもがなである。ならば「遠くを見る」というマジックを片眼鏡の形にしてしまえばいい。ライフルを一旦置くと胸の前で手のひらを広げる。静電気のような電光とエナの発光がその上で踊り始めて約1分、その手の上には琥珀色のレンズの片眼鏡が出現する。普通の眼鏡を半分にしたような外観で耳掛けと鼻掛けが付いており、歴史資料や作品などで見られるものとは趣が違った。
「こんなところかしらね」
「そんな簡単に」
『身体の強化、という認識を持てばそう難しいものではない。強化自体が苦手ならばともかく』
かなみとボナパルトの会話をよそに、マナは手にした左目用のそれを掛ける。
「いい感じね」
窓の外に視線をやると彼女は自身の新しいマジックに合格判定を出した。そして何かに気付いたかのように声を上げると、眼鏡を外す。
「かなみさん、掛けてみて」
「え?!」
反射的に受け取ったかなみは混乱しつつも片眼鏡を身に付ける。
「うそ…見えますよ、これ」
右目を閉じながらかなみは壁のカレンダーに左目を向けていた。
「やっぱり。そういう道具だって認識で作れば他の子でも使えるのね」
「でも両目開けて使うのはつらそうです」
「その辺は慣れよねぇ」
実のところ武器一つとってもインクブスが奪うことが出来たりするのだが、ウィッチの能力という認識だと他人にも渡せる、とは意識しづらい。彼女らが簡単にそれを行えるのはブルーウィンドの武器を手に出来た部分が大きい。
「もうちょっと勘を取り戻すついでに試射が要るわね」
『あえて提言しておくが、砲撃の意識で使う方が良い。どうあがいても電撃では身を隠せん』
『かなみもそうだけど、マナちゃんの能力だと仕方ないね』
「そういえば戦争ものだと撃ったらお返しが山ほどくるわね」
『そういうことだ』
「そうすると試射でもけっこう敵を集めちゃいます?」
「…そうなるわね。全員で態勢を整えてからじゃないと危ないわ」
そこまで話したところで、2人揃って開け放したままのドアの方に向いた。大きな音ではないが2人分のスリッパを履いた足音に反応したためだ。そして聞こえた通りに母親の時子とブルーウインドが入ってくる。
「話、弾んでるみたいじゃない」
「お茶とお菓子の時間だって」
「ママ、おかえりなさい」
「お邪魔してます」
かなみとマナは武器類を脇にどけると、部屋奥に居場所を詰める。その前にブルーが座る、までは当然だったのだがその隣に時子も座った時点でかなみは首を傾げたし、ブルーウィンドも横を見てえ、と驚きの声を上げた。
「ちょっと大事な話があってね」
「なにかな、ママ」
時子の深刻そうな表情に真剣な表情でかなみが問う。
「正直親としちゃあんたのを優先するべきなんだけど、いくらなんでも素っ裸の子を見過ごすのもどうかと思ってね」
発言にかなみはまじまじと時子を見つめると、ずいと膝でにじり寄って時子の両手をがっしりと握った。
「ママが味方なら百人力だよ!」
「ああ、やっぱり」
マナも同じ懸念をもった大人が来てくれたことで安堵する。ということはブルーウィンドは無意識にやらかしたのだろう、とも彼女は結論付けた。
「?」
この期に及んで当人は理解していない。ため息をつくとマナはちょうど真正面にいるブルーウィンドに指摘した。
「ああもう。ブルー、あなた服も靴も持ってないでしょ」
ブルーウィンドは目を数度しばたたかせると勢いよく立ち上がる。
「そんなことないよ!」
ほら、とばかりに彼女の服が変わる。チュニックが白い丈長のブラウスに、そこに群青のエプロンと三角巾が加わる。どうみても村娘Aでしかないが。
「こんなのだって!」
きれいなのだってある、と言わんばかりの青いビクトリアンドレスに変わる。同色のつばの広い羽根飾り付きの帽子まで被ってだ。下級貴族の娘Bといったとこか。
「…ブルー、それで街中を歩くのは無理があるよ」
「そんなんじゃまともな下着もないんだろ?」
「そろそろ暑くなってくるし、この分だとブルーの服はローマ風な服だけになるんじゃない?」
「…こんなのもダメ?」
薄青のエプロンドレス、ボーダーソックス。頭に青い兎耳のような大きなリボン。
「そりゃ千葉に行くなら有りだけどね」
時子の指摘に色違いアリススタイルのブルーウィンドは崩れ折れる。
「そりゃあなたの容姿からするとありでしょうけど」
小さな子供としては有りかもしれないが、自分たちの歳ともなるとそれは厳しい。
「せめて水兵服なら今でもいけると思うけど」
「すんません、銃と大砲のイメージが強すぎて無理です」
マナの指摘と提案に、能力的に無理との返事である。
「この子のお古でも残ってれば良かったんだけどね」
ブルーウィンドも知っていることだが、晴嵐の円谷家は全焼している。
「次の週末、ブルーにはそのアリス服でついてきてもらってそろえればいいんじゃないかな」
「もらっても置き場がないんだけど」
「うちでいいよ」
ブルーの異議にあっさりとかなみは立ち入りを含んだ許可を出す。
「あー、その便乗で悪いのだけど、まともに残ってれば、私のお古も使えるかも」
マナの提案に全員がそちらを見る。
「ちょっと公私混同になっちゃうんだけど、晴嵐の家、少なくとも外観は無事らしいのよね。だから運が良ければ私の服も使えると思う」
公私混同、とは軍人の両親より聞いた話という部分であった。
「多分立ち入りもウィッチとして行けば黙認されると思うのよね」
現状、旧晴嵐は国防軍の管理下に置かれている。物流関係者以外の一般人の立ち入りは原則禁止だった。
「先にそっちかねえ。その場合流石に私は行けないけどね」
「…家、見に行ってもいいですか」
無表情でかなみはマナに問う。
「区切り、つけたいと思ったから聞いてみたのよ。篝さんや杏奈さんも、出来ればあっちの教会を見たいだろうし」
「そんなに簡単に通してもらえるかなぁ?」
とぼけたようにブルーウィンドが口にするものの、
「晴嵐でテント暮らしのあなたがそれをいう?」
マナは知っているぞと言わんばかりに彼女を睨みつけた。
「あらら、ばれてーら」
「あのねえ、この間あなたが共闘したヘリ、うちの父が操縦してたのよ?」
「え、ガチで筒抜け!?」
「いい、今度は抜け駆けなんか許さないわよ、分かった!?」
お説教、と言うには微妙なラインだが実質的に「命を大事に」というお願いである。ここでブルーウィンドが「安いもんだよ、特に俺のはな」などと言おうものなら教会組召喚の上、カタコンベに監禁も辞さない、それが一応はリーダーを張っている武田マナの心境であった。
「じゃ、話もまとまったところで直近の問題も片付けようか」
「直近って、まだなにかあったっけ?」
時子の指摘にかなみが首を傾げる。
「今日は全員うちに泊まるか、それともこの子とかなみが武田さんのところに泊まるのか決めようじゃないか。解散はなしだよ、そんなことしたらこの子は平気で野宿するだろうしね」
「明日の分を取りに行く必要はありますけど、泊まらせていただいてもいいですか?」
「問題ないね」
マナのお願いを時子は快く承認する。
「それ、取りに行くの3人の方がいいですよね?」
「マナさんは当然として、僕がついて行くだけでいいんじゃないかな」
まだ日は出ているものの、正直安全かと言われればかなみは首を縦に振れなかった。ふと見れば時刻午後3時を過ぎている。手間取ると戻りはぎりぎりの時間になりそうだ。
「ダメかな、ブルーってば途中でいなくなりそうだし」
「はぐれようとしたら撃つとか考えてる?」
「どうかな?」
疑問形でかなみはブルーに笑いかける。あ、これガチで足撃たれるやつだとブルーウィンドは理解した。不死身ということは手加減してもらえない、ということである。
「それなら私の方が適任じゃない?とはいえこれの試射第1号とかは勘弁してほしいわね」
「演習相手としては申し分ないがな」
マナが横に除けた「ライフル」を片手で叩いて目を細め、ボナパルトが「声」でそれに追随する。雷撃、電撃、電気弾。不死身といえどそれに付随する麻痺など神経面の混乱は、相性が悪いものに分類するべきものだ。
「さすがに直当ては勘弁してください」
「やる気はないわよ。いくらなんでも人1人抱えて歩くのは厳しいし」
撃つ時点で変身する為可能ではあるのの、そこから動けない人間を抱えて動くというのも億劫な話だ。まして彼女のマジックは音が大きい。ウィッチがウィッチをさらって逃げた、などという風評も御免被りたいものである。
「それじゃもう行きましょうか。日が暮れても怖いですし」
「じゃ、ブルーはそのままアリスでね」
マジか、と呟いたところで片側をかなみにがっちり掴まれて立たされ、もう片側をライフルを回収したマナに掴まれた。その上でかなみのパートナーのエミリアがブルーウィンドの頭の上に乗る。逃げ場はない。
「それじゃママ、ちょっと行ってきます」
「少しくらい寄り道してきても構わないよ。こっちは「それ」以外は片付けておくからね」
絨毯に置きっぱなしのリピーター・クロスボウにかなみは今更気づく。一応矢は全部抜いてあるが、矢自体も適当なタオルの上に並べてあるだけだ。
「それ、矢は入れてないけど危ないからさわらないで!」
「分かってるさ」
そういって娘たちが出て行った後、時子はティーセットを片付けて再びかなみの部屋に戻った。置かれたままリピーター・クロスボウを手にする。
「軽いんだね」
あいつらが出る前、ちょっと問題になった代物の亜種だ。重さはともかくとして矢をセットすれば女でも使える武器だった筈、とうろ覚えの知識をどうにか思い出す。見た感じから直接弦に矢をつがえる訳ではなく、この真ん中の箱の空いた部分に矢を入れるのだろうと推測する。持ち手には引き金もついている。じゃあ、と矢箱の横のクランクハンドルの柄を掴むと、時子の予想通りに回転に応じて弦が引かれた。
「使えるじゃないか、これ」
あいつらには人間の武器は効かない、それが時子を始めとする一般人の認識だ。でもこれは置いてある矢を含めて娘の、ウィッチの武器だ。
「私でも」
殺せる、あいつらを。その認識を時子は声にはしなかった。それを口にしたら聞かれてしまうと思ったから。
同じ憎しみを抱えたどこかの誰かに。