※この作品はR-18です。

量産型魔法少女   作:Toygun

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量産型魔法少女 023 帰郷

 

 轟音を上げながら無限軌道が回り続ける。右手の風景は高速で流れてはいるがそもそも山間の国道だ、あまり変わり映えはしない斜面ばかりである。とはいえ左側を見れば目に優しい緑豊かな自然、視線を少し落とせば深い渓谷が見える。風光明媚と言っても差支えはない。

 

「悪くないわね」

 

篝は現状をそう評した。昼間、危険性のほぼない地域を自身の能力で駆け抜けるだけ。パートナーのトゥールビヨンによれば時速にして60km、能力による身体保護もあってか走行風も以前よりさっぱりした首回りを撫でる程度におさまり、なかなかに爽快な体験である。駆け付けなければならない焦燥感も、追い付かれる恐怖もそこにはない。

 

「エナの残量には注意して。帰りもあるのだし」

 

マナの忠告に篝はその心配もないことを告げる。

 

「問題ないわ、最大効率なら一往復半出来るのはトゥールビヨンに確認済みよ」

 

『It's a certain fact』

 

その言葉にマナも安堵する、彼女としても進退窮まったあの夜はトラウマだった。だが今現在晴嵐に国防軍も駐留している以上「奴ら」との戦闘も想定から除外していいのだ、余裕としては十分である。欲を言えば二往復分あれば、というのはあるがこればかりはどうしようもない。

 

「最悪ガス欠でも問題ないよ、ちょっと遅くなるくらいだし」

 

ブルーウィンドの言葉に走行ユニット側が騒がしくなる。

 

「ブルー、それ走って帰るってことよね?」

 

マナの確認にまるで簡単な事のようにブルーウィンドは答える。

 

「走り続けるつもりなら時速30kmってとこだけどそれなら武装状態でもいけたし、1人くらい抱えていけるよ」

 

「待って、そんなのやったことない」

 

その回答にかなみは愕然とし、杏奈も真偽不明と返事をする。

 

「あたしも速く動くってんならこん中で一番速いはずだけどよ、走りっぱなしはわかんねぇ」

 

「帰りに試しにやってみた方がいいわね」

 

「…ウィッチの子ってみんな速いからそれくらい出来ると思ってたんだけど」

 

「他のチームの子については直には見ていないし、一部の子は飛んでるから比較のしようもないわね」

 

「あたしらも含めて街中じゃ屋根も伝っての直線移動だしな。長距離移動なんて考えたこともないぜ」

 

「私は除外でいいわね?ユニットなしで走ったら道路壊しそうだし」

 

篝の言葉に全員があーと声を上げる。

 

「装甲重量でアスファルト踏み抜きそうだね、篝ちゃんは」

 

「ノワールの場合歩行とユニットはどっちがエナ効率いいのかな?」

 

「待って、その課題は聞き捨てならないわね。検証するわ」

 

ブルーウィンドの呟きに篝が反応する。確かに余裕はある、だがそれがより広がるなら試さない理由はない。

 

「あたしも走り続けられるなら、行きは篝を抱えて帰りは篝に乗せてもらうとかやれるわけか」

 

「参ったわね、考えることが山積みよ」

 

『うれしい悲鳴ではあるがな』

 

などと話が盛り上がっていたところであるが、その篝が速度を緩め始める。

 

「情報通り検問よ、国防軍ね」

 

「警官もいるから合同っぽいね」

 

晴嵐へと向かう、山間へと入っていく右カーブである。道路どころかガードレールも補修されており、複数の詰所らしいプレハブとゲートが設置されていた。

 

「警察までいるとは聞いていないけれど、父さんの言う通り物流にも使っている為かしら」

 

軍・警察関係のものも含めて一台の車両も目にしなかったのは偶然か。

 

「まあ浮かれて他所までドライブ、というわけにはいかなくなったわね」

 

「予定通り手前で止めて。私が話をするわ」

 

「了解」

 

 

 

 

話は少し遡る。

 

「自衛隊、駐留してるんだよね」

 

「今は「国防軍」よ…自分の家に行くとはいえ道義上問題出そうよねぇ」

 

「ダメなんですか」

 

「一般の人は立ち入り自体制限されているもの。一応両親に連絡してみるわ」

 

「最悪は夜に明かりを持っての侵入だけど、必要なら「対害獣用仕掛け罠」の解除を理由にしておいて。一応結構な手数が必要なくらいに仕掛けておいたから」

 

「呆れた、そんなことまでしてたの?」

 

「でなきゃソロで数を相手に出来ないし。あの日は本当に助かったよ、空から大砲が飛んできてくれたわけだから」

 

「…でもそれって。また出るってことじゃ」

 

「ポータル出現地点の分だけ増やすよ。国道までの通り道、遮蔽物伝いのルートを罠で潰してるだけだから」

 

多分自衛隊にとっても行動制限になっていそうだし、常駐戦力があるなら減らしてもいいだろうとブルーウィンドはのたまう。

 

「ねえ、これお土産に持ってった方がいいかな?」

 

かなみが「作り置き」のピンクのクロスボウ・ボルトを見せる。

 

「賄賂で動かないのが日本の組織よ、絶対ではないにしても」

 

「解除した罠分の処理を押し付けるのもありだね」

 

「…お願いだから制度のすき間を突くようなのもやめて。どこでそんなやり口覚えてくるのよ」

 

ブルーウィンドのグレーな提案にマナはこめかみを押さえる。

 

「この手のはフィクションにもあるくらいだからね。「転び公妨」とか「台風のしたことですし」みたいなの」

 

「現役国防軍軍人とウィッチの癒着とか、格好の週刊誌ネタじゃない」

 

「さすがに戦力提供の類で問題にされることはないと思うけどなぁ。まあナンバー1あたりにグチグチ言われそうな感じはするけど」

 

「まったくこの子は」

 

 

 

 

マナは走行ユニットから降りると、ゲートに立つ歩哨のうち国防軍軍人に声をかける。

 

「エクレールアンブル他4名、到着しました」

 

「少々お待ち下さい」

 

軍人に警官が各2名、その内軍人の1人が開け放した扉から詰所に入ると、少ししてまた出てくる。

 

「このまま通過し、町手前の駐屯地に入ってください。そこで手続きを行います」

 

「分かりました、ありがとうございます」

 

軽く会釈をして再びノワールブークリエの乗客となるマナ。

 

「ゆっくりお願いね」

 

「徐行、だったかしら」

 

キュラキュラと無限軌道が音を立て、一行はゲートを通過する。先程よりはゆっくりとした速度であるが、むしろ皆落ち着きなく周囲のあちこちに視線を走らせていた。

 

「上に陣取られてたら一溜りもねえな、この道」

 

「適当な場所が少ないにしても厄介よねえ」

 

『撃ち下ろされるのもそうだが、脆い箇所を崩されるだけでも脅威となるな』

 

そもそもこの道を追い立てられるように後にして来たのだ。おまけに機器の設置の為か一部の軍人が登って作業を行っているとなれば、物事に対する視点もそういった有事の方へとずれてしまう。そうしてややささくれ立った心境で山あいを抜け盆地へと入れば、またしてもゲートに行き当たった。先程同様のやり取りを行うと、

 

「それじゃ、私がブルーに付き添うから皆は少し待っていてちょうだい」

 

「僕だけでもいいんだけどね」

 

「駄目よ。間に入った以上見届ける義務があるわ」

 

ウィッチらしく非公式に動くというのを取り止めた判断をしたわけだし、とマナは自身の責任を告げる。

 

「でも僕だけが聴取を受けて無いのも事実だよね」

 

「…あまり言いたくなかったのだけど、私たち4人は国防軍による聞き取りしか受けていないの」

 

「ありゃ?」

 

「警察と公安が同席、いいえむしろそっちが主体になろうとしている節さえある、というのが国防軍側の見解ね。組織間の争いに巻き込まれかけてるわよ、あなた」

 

「あー、あの件引き摺ってるかぁ」

 

「だからね、国防軍と「ウィッチ」がいるぞって見せなきゃいけないのよ」

 

まあ両親にそう聞かされてどうにか理解出来た程度なんだけれど、とマナは謙遜する。

 

「主導権争いか。参ったな、お土産も後片付けも火種になるじゃん」

 

「あたしらだけ先に行ってるのもやっぱり駄目だな。やばそうなら合図くれよ、殴り込むから」

 

「流石にそれははまずいわ」

 

「そこまでしなくていいと思うよ。それよりローズを1人にしないでね」

 

「え、わたし?」

 

「うん、「かなみ」。1人で行っちゃダメだからね。1人で考え込むのも」

 

「わたしは大丈夫だよ」

 

ブルーウィンドは首を振る。

 

「この中でね、近い時期に僕と同じ状況になってるのは君だけだからね」

 

僕なんか大馬鹿をやったじゃん、とブルーウィンドはおどけた。

 

「まあただのお節介なんだけど。本当に吹っ切ってるのかもしれないし、まだ燻ってるのかも自分でも分からなかったりするから」

 

「ブルー」

 

ローズフレシェはブルーウィンドの手を取る。

 

「まだ、悔やんでるの?」

 

ブルーウィンドはその言葉に表情を消した。

 

「…ああ、これも藪蛇だったか。引き摺ってるのは僕か」

 

「わたしたちは残ったじゃない」

 

「そうだね」

 

「それで、いいと思うよ」

 

「君は強いなぁ」

 

おどけた様な笑いがその顔に戻る。

 

「ブルー、そろそろいいかしら」

 

「うん、ごめん、待たせた」

 

「それじゃ、皆待っていて。罠もまだそのままだし安全第一でいきましょ」

 

エクレールアンブルに手を引かれながらブルーウィンドは仮説の施設へと入って行く。皆の中で一番背の低い彼女の背中が、今は余計に小さく見えた。

 

「えへへ、心配してもらっちゃった」

 

泣いてるとも笑っているとも分からない顔で、ローズフレシェがそんなことを言う。

 

「あの、馬鹿」

 

ノワールブークリエの言葉は直球だった。

 

「ば、かはひどい、よ」

 

「いいのよ、すぐ私の盾より前に出る大馬鹿なんだから。お望み通りにベッドに押し倒してやろうかしら」

 

彼女はあくまで辛辣だった。むしろあの夜の罰として手篭めにしてやろうか、とさえ今では思っている。

 

「やり方も分からねえのにどうすんだよ」

 

「ろくでもないお手本ならそこら中に転がってるじゃない。あとは全部それを「やさしく」すればいいだけよ」

 

「むちゃくちゃいうなぁ」

 

「ずる、いよ。かがりちゃん。わたしも、まぜて、よ」

 

ぽろぽろと涙をこぼしながらかなみは抗議する。

 

「杏奈、その背と胸貸してやって」

 

「あいよ」

 

目元をしきりに手で拭うかなみ、その身をルージュミラージュが抱き締める。

 

「ごめん、なみだ、とま、らないや」

 

「こういうのはよ、がまんばっかりしててもダメだぜ。ちゃんと泣いて区切り付けねえと、結局何していいか分かんなくなるんだ」

 

助言を囁きながら、杏奈はおまけとばかりにサーコートでかなみを覆い隠した。ありがと、とややくぐもった声が返ってくる。

 

「そうよ、我慢なんてしてたから」

 

篝は目を伏せて言葉を紡いだ。

 

「もう、言葉も届かない」

 

 

 

 

「時間もそう無いだろうから手短に済ませたいところだが、その前に君らにお説教があるそうだ」

 

開口一番にこれである。発言者は国防軍の藤田三佐、その左に記録担当とおぼしき年季の入った女性士官、反対側には濃紺の制服の警察官僚らしき男とおそらく分野の近いスーツの男である。年嵩のいった国防軍組に対し、警察側は中堅どころと言ったところか。

 

問題はその中央に立つ人物、ウィッチである。

 

「正確にはここにいる全員によ。まあ後ろのあなたは除外でいいかしら、ちゃんと先輩らしく、ウィッチらしく振舞っているようだし」

 

「繋ぎをつけたのは私ですけど、ラーズグリーズ」

 

いきなりの評価にそれは流石に過大だとエクレールアンブルは訂正するが、

 

「それでも一線を引くためにあなたはそこにいる、そうでしょう?」

 

そのこと自体は事実なので覆しようがない。ナンバー1からの評価自体が自分たちには重すぎる、という部分は別にして。

 

「…なんでナンバー1が出張ってくるのよ」

 

地方出身の木っ端ウィッチとしては、正直肩身が狭い。

 

「それでブルーウィンド、反対しにくい火種を増やすのはやめて欲しいのだけど」

 

仕掛け罠の解除と廃棄品の処分委託の件である。

 

「この間までは誰もいなかったからそのままで良かったんだけどね」

 

「片付けた後で報告してくれるだけが良かったわ。あなた、ずっと廃棄品(武器)を押し付けるつもり?」

 

「多少の融通はするよ、それが僕らに向かない限りは」

 

「その燃えないごみはエナに干渉するのよ?」

 

対インクブスだけでなく対ウィッチとしても使えるということである。

 

「…了解、全部対ポータルの配置に設置し直します」

 

「その辺が落としどころね。あとは以前いった事くらいよ」

 

「組織の型にはめるのは成長を阻害する、と。もしかして国防軍はウッチのこと「不可思議な現象によるものですから」みたいなことにしてる?台風のせいにするみたいに」

 

「その認識でもいいわね。もう一つだけ教えておくけどあなたの仲間、登録上は国防軍所属よ」

 

聴取のために椅子に座るブルーウィンドは、右上を振り返る。傍らに立つエクレールアンブルはそれを肯定した。

 

「2年前に国防軍に保護されてからよ、登録以外は何もなし。「ウィッチの判断を尊重する」、その一言だけ」

 

「実質的にフリーか」

 

「…最近は親に「外出予定」を伝えることにしてるわ」

 

「いいと思うよ」

 

この遣り取りにラーズグリーズは眉間を押さえる。ギリギリのラインである。

 

「程々にお願いするわ」

 

各国はウィッチの戦力化で失敗しているのだ。戦力として数えるにはウィッチと言う存在は不安定過ぎる。そして伝達事項は以上よ、とラーズグリーズはその場を退出した。張り詰めていた空気が少しだけマシになる。それでは続きを、と女性士官が発言したところでブルーウィンドがまず声を上げた。

 

「聴取の前に質問。晴嵐での顛末について警察側に情報がいってない、とかあります?」

 

彼女の言葉に治安機関側-伊藤警視と公安の駒田は困惑した。

 

「質問の意図が分かりませんが?」

 

「…失礼な言い方になりますが、武装解除されていないボマー相手に先のまだ長そうな人を寄こしたな、と」

 

身も蓋もない彼女の物言いに、藤田は助け舟を出す。

 

「その件については活動継続中のウィッチの安全の為、ある程度の情報規制を行っている為でね。他の4人の話から武装解除の方法もないことが推察されたのもあるが」

 

「まあ早い話この手を「投げつけて」エナを暴走させればそれだけで数件の家屋が吹き飛びますね」

 

駒田が蒼白の表情で問う。

 

「あの航空写真の被害は、君の能力によるものと?」

 

「巻き添えの心配ももうありませんでしたし」

 

具体的な言葉ではないが、肯定である。

 

「爆破タイミングのコントロールは!?」

 

やや冷静さを失った伊藤は即座に発言を取り消した。

 

「失礼、今のは踏み込み過ぎでした。回答は不要です」

 

実態はともかくとして、第三者がウィッチに能力の詳細を聞くのは問題のある行為だ。戦いにおいて手の内を晒すことである以上、敵に対策される危険がある。残念ながら日本一国でさえ一枚岩とは言い難く、その下の国防軍、警察、公安いずれの組織も行動指針に違いがある以上、どのように情報が洩れるか分かったものではない。侵略を受け世界人口が急減したこの状況であっても人類の団結はなされず、大陸に傀儡国家が生じるに至っているのだ。であるならば、より現場に近い側程「情報」に対する意識は強くなる。例え同盟国である米国相手でも、聞こえてくる現状の苦戦ぶりからどこまで信用できるのかと国防軍で度々精査が行われている程だ。

 

 しかしながら形の上では「安全」を維持してしまっている日本においては、ウィッチの能力はあまりにも簡単に流布される傾向にあった。国民の大半が未だに情報端末を所持し続けられ、なおかつウィッチを半ばアイドルのように扱う現状、活動中のウィッチが撮影される頻度は多い。さほど有名でないブルーウィンドであっても基本能力はほぼ公開されているようなものだ。ただし晴嵐で彼女が使用した「自爆」についてはその限りではなく、首都圏においてはその手段を使ってはいない。

 

「「爆発物」の製造方法については開示しますね」

 

そう言うとブルーウィンドは左肩のブローチを右手で外し、その手でそのままブローチと前身頃を押さえる。

 

「ちょっと、男の人もいるのよ」

 

咎める様な声音でマナは注意を飛ばす。今日のブルーウィンドの服はキトンで、その中でも特に簡易な2枚の布を肩のブローチのピンと腰のベルトで留める代物だ。前を押さえているとはいえ背の左側の肩から脇に至るまでほぼ全開になってしまっている。一番左側に座る女性士官からも状況が見て取れる様で、彼女も眉をひそめている。

 

「ちょっと気持ち悪い光景になると思うよ」

 

言うが早いかその背の肉がぼこりと盛り上がる。左上の空間に突き出すように細長く肉が伸びるとその先端も細かく分岐し、皆が数度の瞬きをする間にそれは「2本目の左腕」として完成していた。

 

「とまあ最初からそれ用の部位を作って切り離してしまえばいいので、普段の四肢を投げつけなくていいんですよ」

 

「…その腕は使えるのかね」

 

「そりゃもう。武器も振るえます」

 

増やした手で後ろに垂れ下がる布の端を摘まむと、2つの左手で前後の身頃をブローチのピンでつないで元に戻す。

 

「戦闘時はお行儀良く脱いで畳んでとはいきませんので、服を突き破っての奇襲ですね」

 

話している間にも余分な方の腕はずぶずぶと肩に沈み込み、きれいさっぱり消えてしまう。

 

「先程の腕、感覚はあるのかね?」

 

「あります。痛覚とかもそのままなので少し厄介ですね」

 

魔法少女とも称されるウィッチだが、彼女の場合は「異能力者」といった趣が強い。武装や道具の召喚に自身の身体改造、若干の治癒などの少々のマジック、そして実際のところ復元では?という様相の再生能力。可憐で煌びやかな他のウィッチとは大分方向性がずれている。

 

「ねえ、ブルー。あまり言いたくないのだけれど、戦い方についてはもう少し何とかならない?」

 

不満げな様子でマナは言葉を続ける。

 

「私としてはね、せめてあなたが服を直す時間くらい稼げたら、って思ってここに立っているのよ。でないとあなた、平気で素っ裸で戦ってしまうし」

 

座るブルーウィンドの肩に手を置くと、マナは囁くような姿勢で語気を強めた。

 

「それなのにあなた、自分から脱ぎ捨てるとまで言い出されたら私たちの立つ瀬が無いじゃない」

 

「いやまあ、それを言われるとまあその通りなんだけど」

 

一応これは奥の手の一つだしそうそう使わないよ、とやや真剣そうな顔でブルーウィンドは弁解する。

 

「ただまああいつら、こっちの服ダメにしておいてそっからえらく舐めた動きになるとかザラなんだよね。周りにとばっちりもいかなくなるしで、命に比べりゃ安いもんかなと」

 

「どうしようこの子、本当に閉じ込めた方がいいかも」

 

「あれ、僕なんかまずった」

 

「あなたね、その周りにバッチリ撮られた挙げ句にアングラサイトの人気者よ?正直私も目眩がしたわ」

 

「today's voodoo girl」っていったい何よ、馬鹿にしてるったらありゃしないわ、と彼女は捲し立てる。

 

「その件に関してはこちらでも大分手を焼いてまして。国内でさえ所在不明なサーバーが多く、まして海外サーバーともなるとおいそれと捜査官を派遣も出来ない情勢でして」

 

伊藤がリソースの不足と距離及び国際交通網の寸断を口にすれば、

 

「かといって現地の機関に要請しましても、こちら同様奴ら相手が優先な上、未登録の業者ともなると対処も困難らしく」

 

あのアメリカでさえ国土が分断されている程ですので、と駒田が海外の情勢を述べる。

 

「現場対応が優先とはいえ、治安を預かる側としましてはもう少し風紀の面を考慮して頂きたいというのが本音です」

 

あくまで害獣対策がまず先ではありますが、とは言うが対応に苦慮しているという事情を隠す余裕もないらしい。

 

「要請については承りました、はい。対応はその努力はしますが、なんせ半分がた奴らのやることですから、ええ、ヤられないようにするのが手一杯でして」

 

「あなた今どっちの意味で言ってる?」

 

フィクションの役人か政治家のような曖昧な返答に、またもマナの突っ込みが入る。ただ、この不真面目とも取れる発言を国防軍の藤田は肯定した。

 

「どちらにせよその辺りは当人の安全が一番ですな。風紀上の問題が、というなら我々が頑張ればいいわけで」

 

「あ、国防軍側の僕の資料、警察に開示出来ます?」

 

「良いのかね」

 

「洩れたとしても牽制の効果が出ると思うんで。逆にインクブスの戦力を過剰評価されると、被害を恐れて他の子助けに行けなくなるとか有りますよね」

 

「洩れること前提かね」

 

「つい先頃知ったんですけどね、「信奉派」とかどこにいるか分かりませんし」

 

ああいうのはどこにでも湧くもんですし、という彼女の言葉に皆苦笑する。

 

「変な実感こもってるわね」

 

「SFとかファンタジーがベースの受け売り。まあそれでもあいうカルトはまだマシだとは思うけど」

 

「資料を受け取れるのならば有難い話です。参考までに、マシでない場合は何があります?」

 

伊藤の言葉に彼女が答える。

 

「実際のところインクブスがそこまでやってきてないんで実感出来ませんけど、フロッグマンが情報目的であの光学迷彩使ってきたら脅威ですよ?あとは仮定ですけど、ドッペルゲンガーみたいに個人を模倣する奴とかいないようですけど、いたらとんでもないですね」

 

「そんなものが出て来たなら陸幕の仕事になるとは思うが、個人を完全に模倣出来る場合は相当に厄介だな」

 

フロッグマンについては検討したこともあるが、実態が直接的な襲撃の為の侵入に偏っているため、諜報の可能性は除外されている、と藤田が述べた。

 

「確かにどっちも、起きたら怖い話よねえ」

 

「ないならないで楽でいいや」

 

「さて、旧市街地の罠を撤去するとの事ですが」

 

「今後を考えると邪魔でしょうし、ポータル出現地点に全部移します。鳴子程度にはなるでしょ」

 

「奇襲を避けられるならそれだけで有り難い」

 

「ローズの矢も不味いわよね」

 

「数が増えると横流しが怖い、てことなんだろうね」

 

その時撃たれるのは誰か、ということに考えが及べば確かによろしくない。ただの銃弾なら自分自身がエナを帯びているだけでも防げる一方、矢自体がエナを帯びているだけで、見た目はただの矢がエナの障壁を抜けてくる。そんな矢を特定の相手に放ちたい奴らが居る。その矢の先に、純白のコートに身を包むウィッチが居る。

 

「護衛に何体か張り付けるか」

 

囁きでさえない口の動きは誰の耳も届かなかった。

 

 

あとは事務的に2年前の流れの再確認に留まった。大体は他の4人が既に聞かれたことであり、そこに少しだけ補足を加える程度でしかない。あえて問題を言うなら、ブルーウィンドの爆破で撃破した分を含めると当時の相手戦力がおよそ300体程と推察されたことだった。たったそれだけで町一つ灰燼に帰すのである、開戦当初の沖縄陥落も含め、人口密集地での防衛に相も変わらぬ難題を突き付けられる形となった。

 

「その辺で何かありませんかね?」

 

駒田の言葉に小さなウィッチが答える。

 

「移動手段に執着しない方がいいです。結構な数の人が駐車場や駐輪場で殺されてましたから」

 

まったくの無表情で彼女はそう言った。インクブスの足は確かに速い、徒歩ではいずれ追い付かれるだろう。しかしより速い手段の為に足を止めたら確実に殺されてしまう、そういう局面が多数発生していた。

 

「すみませんけどこれ、正解はないです。助けが来るまで逃げ続けられるか、隠れ続けられるかという話なんで」

 

また同じ事態が起きたとして、どれだけ速く助けに行けるのか。そういう問題であった。

 

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