廃墟に仕掛けた罠の解除は順調に進んだ。
「よく覚えてんな」
ルージュミラージュの何気ない一言にブルーウィンドはからくりを答える。
「自分の武器は場所が分かるってだけ。だから本当に意識してれば矢が飛んだことも分かるよ」
まあ寝てる間に作動したりすると流石に気付かないと思うけど、と彼女は言う。
「でもわざわざ運ぶのは面倒ね」
「まあその辺はナンバー1に対する言い訳みたいなものだから。消してまた出すんだと全部消せって言われそうだし」
転がっていたかご類を調達しての武器の移動である。
「ノワールがいてくれて助かるよ」
「篝がいなきゃこの町に帰るなんて考えもしなかったぜ」
そのノワールブークリエといえば、路上で荷待ちの運転手状態だ。既に複数のボウガンを立てた籠が走行ユニットの装甲板上にいくつか置かれていた。
「退屈ね」
「仕方ないよ」
自身も作業に加わりたかった篝だが、走行ユニットのみ路上に置くという裏技の発見はあったものの路面に対する接地荷重の高さがまず壁となった上、ならば鎧のみ解除を提案したが、
「廃墟に入り込むのと罠の解除だから防御無しはやめて」
と言われてしまえば素直に待機するしかやることがない。単独での待機は全員で却下となり、万が一を考えてかなみとのツーマンセルである。
「これで全部」
数度の移動で市街地の罠は撤去し問題の交差点に皆で移動すれば、国防軍の隊員たちが敬礼をしながら通してくれた。
「ここなのね」
町の北西側、ブルーウィンドの爆破で吹き飛んでいないエリアの一角。無事な塀やガードレールに建築物、追加で積み上げられたバリケード代わりの瓦礫。すべてが交差点を包囲するように配置されている。
「ローズ、君の矢もこっちにちょうだい。一緒に仕掛けておくよ」
「あ、じゃあわたしもやるよ」
「いや、ちょっと実験してみたいから君は離れて反対側を向いていて」
「?」
首を傾げるかなみのあとに杏奈が答えを言う。
「さっき言ってたやつか?かなみも出来るか一応確認って感じか」
「うん、そう。他の子も出来れば結構面白い使い方もありそうだし」
しばらくの作業ののち、より外側にも広がった包囲網が完成する。
「まあ最初の罠が作動した時点で、後の奴は効果が低そうだけど嫌がらせになれば儲けものだよね」
「そうねぇ。どれだけ相手の嫌がる手が使えるかの話だし」
「それでローズ、どこに矢があるかここから分かるかな?」
ブルーウィンドの問いにかなみは少しの間目を閉じて集中する。
「…うん、一応分かるけど、ちょっと離れると分らなくなりそう」
どうやら難度は高めだったようだが、
『私の方からははっきり分かるよ。かなみは練習しつつ、今のところは私がフォローする形なら何かに使えそうだね』
パートナーのエミリアからのフォローである。
「設置範囲が広がったことは帰りに伝えておかないと駄目よね」
そこの人にはもう伝えたけれど、とエクレールアンブルが皆に報告する。
「それじゃここはもういいけど、次はどこにする」
「私の家からで。多少なりともお土産を確保してからの方が多分がっかりしないと思うし」
実のところ皆の家の配置は町の北側に集中していた。吹き飛んだ北西エリア、件の交差点、円谷家、教会(孤児院)、武田家の順になるのだが、マナはあえて逆側の自分の家から回るのを提案する。
「多分私はもう着られない筈の物ばかりだし、みんなで分けてもらった方がいいと思うのよ。カエデちゃんにもいいのがあると思うし」
流石にジロー君の分は無理だと思うけど、とマナは付け加える。教会組の兄弟姉妹分のお土産が残っていれば有難い話ではあるし、何分教会は襲撃された後、円谷家は炎上する中を脱出してきたのだ。先に回ったら皆の足が止まりそうである、というのがマナの心境である。
「あとはね、ブルーには場所を覚えておいて欲しいし」
「?」
「こっちで活動する場合は使っていいから」
言われたブルーウィンドは目を丸くする。
「いや、流石にそれは」
「テント暮らしはどうかと思うわよ。この辺だと冬場とか大差ないけれど、壁の厚さ分マシになるでしょ」
「いや、でも」
「ここで話していても仕方ないわ、移動しましょう」
かくして全員で移動して見れば、周辺住宅の庭の荒れ具合(主に雑草)と気配の無さはともかくとして、武田家周辺は普通に見えた。ノワールブークリエのユニットを降りてマナは玄関の鍵を開ける。流石に2年も放置すれば空気も澱むものだ、ちょっと待っててと言いマナはブーツを消して自宅に上がっていく。扉を開け放したまま程なくして2階の窓も開けられる。
「大丈夫そうよ、皆上がって」
思わず4人は顔を見合わせるものの、全員がお邪魔しますと入っていく。3人は履物を消して、ノワールブークリエは滅多に見せない鎧下のギャンベゾンにズボンという風体でだった。入れば中央の廊下、右にキッチンにバス・トイレ、左にリビングともう一室。2階にマナの部屋と両親の寝室という構成だった。細かい収納類はあるもののどちらかと手狭になっていた記憶がマナにはあるが、両親の勤務先の件があってか狭さを感じる余裕もなかった、という事も思い起こされた。
「すげえな、そのまま住めるじゃん」
杏奈の感想にもったない、と篝が言葉を続ける。2人とも孤児になったのは「5年前」である。5年前、2年前と引っ越しを強制されたようなものだ。と、マナがスーツケース、旅行鞄の類をこれでもかと持ってくる。
「置いといてもダメになるし、残ってる子供服に古いリュックの類は全部教会に持ってっちゃって。ブルーとかなみさん、篝さんも使えそうな服は開いてるのに突っ込むわよ」
「流石にあたしのサイズはないからなぁ」
「あなた母さんよりも背高いしってあっ」
マナがどこからともなくスマホを取り出すと、
「圏内ね!」
軍・警察が活動中の為アンテナが復活しているのだろう。彼女は途端に誰かにコールすると、すぐに繋がった。
「もしもし、父さん?」
『なんだ、晴嵐で何かトラブルになったか?』
「ううん、今家で使えそうなもの総ざらいにしてるとこなんだけど、父さんの私服のコートやセーター、友達にあげちゃってもいい?」
『母さんのじゃなくてか?』
「170cm超えてるのよ、彼女。母さんのじゃサイズがちょっとね」
『セーターはともかくコートは地味なのしかなかった筈だが、それでいいなら使ってもらえ。置いといてもダメになるだけだしな』
「あと何か持って帰る?」
『…あまり気を遣わなくていい。俺らの分まで持って帰るとそれこそ問題にされかねん』
「…そうね」
『それじゃ、帰りも気を付けてな』
「うん」
通話を切るとマナは杏奈を連れて両親の寝室に入る。壁のクローゼットと引き出しを開けるといくつかのセーターやコート、上着類を引っ張り出す。
「この上着とか今の季節でも着られるわね。あとは夏も近いってのに冬物が多くて悪いけど」
「こんだけもらっちゃって文句なんか言えるかよ。有難く使わせてもらうぜ」
春秋ものの上着も2着ほど、コートにセーターと少なくはないのだ。
「こっちは持って帰らなくていいのか?」
女物の衣服を杏奈は指差すが、
「流石に公私混同で突っ込まれるとね」
「自分で着るとか」
「コート類はそれでもいいんだけど、母さんと私だと結構体形が違ってて」
マナと杏奈、身長差はあれどどちらも女性的に恵まれた体形をしていた。
「あー、うん。お互いサイズ面で選択肢ないよな」
「そうなのよね」
おまけにこの「戦争」である、販売される新品の数・種類も減っていた。
さて、2人がマナの自室に戻ってみればバッグ類は複数に物が詰められた後であった。
「マナ、文房具ももらってもいいかしら」
「小さいころにもったいなくて使わなかったのとかちょうどいいわね、2人にあげちゃって」
明らかに子供向けとおぼしき文房具も回収される。ついでに中学生だった2年前の未使用ノートをマナは回収した。
「あーマナさん、これはガチでマナさんのだから」
引き出しから見つけた、と申し訳なさそうにブルーウィンドはマナに物を押し付ける。
「…日曜に買い物しようと思って降ろしたんだったわ」
如何にも子供用といった財布に数万円が入っている。予備費を昔の財布に入れておくのは彼女の癖だった。
「ちょうどいいわね、これも教会に」
財布は女児向けだし、とマナが言い出したのを教会組は即座に否定する。
「ダメよ」
「流石にもらい過ぎだ。これだけありゃ相当浮くんだし、それは元々マナさんの分だぜ。これ以上もらうのは欲張りもいいところだし、イエスさまにも怒られるってもんだぜ」
行き過ぎた善意は堕落を産むってもんだ、と杏奈が説教もどきまで口にすると、流石にやり過ぎかとマナは引き下がった。
「それじゃ、大体いいわね。ブルー、これ」
マナがブルーウィンドに鍵を投げ渡すと、手にしたそれを一瞥して彼女は投げ返す。
「ちょっと!」
すんでのところで受け取ったマナが抗議の声を上げるが、
「もう「複製」したよ」
とブルーウィンドはそっくり同じな鍵を手にしていた。
「あ、マジック?」
かなみの問いにうん、と彼女は頷いた。
「「合鍵」は作ったから、自分の鍵は持っておいてよ」
「そういうことなら文句はないわね」
「ブルーって結構小技が多いのね」
篝の指摘を彼女は素直に認めた。
「まあね」
「じゃあ戸締りしてここは引き上げよ。次は教会かしら」
「ブレーカーも落としておいた方がいいよね。自衛、じゃなかった軍や警察も警戒して国道の設備しか復旧していないようだけど」
「あ、そういえばそうね」
避難訓練の前などにもちょくちょく言われていることだったが、皆改めて実感した。そうして諸々の作業を終えて武田家を後にする。
「おかしいわね、鐘楼が壊れてるわ」
襲撃を受けたため塀や門扉、外壁の一部が破壊されたのを篝は記憶しているが、鐘楼はそのままだった筈だ。
「んん?あ、あー!」
いきなりブルーウィンドが叫ぶ。
「ごめん、僕のせいだ。この辺鐘楼だけ突出して高いじゃん。南と西からの爆風の影響だよこれ」
見れば言う通り尖塔の南西部側の壁面はほぼ消失、かつ北東側の壁も大穴が開いた上で鐘が北東側の敷地内に落ちている。
「あれ、下手すると鐘楼の屋根が落ちねえ?」
「どうしよう、前もって落とした方がいいかしら」
杏奈の危惧にマナが撤去するか提案する。
「あれの下は礼拝堂よ。西側の住居に入るなら危険はそうないと思うわ」
「…そういやそうだった。つってもあの下の辺りはイエスさまだぜ」
「神様だって自分自身でない物の為に信徒が危険を冒すのを良しとはしないでしょ」
「でもあっちの建物も危なそうだけど」
かなみが西の別棟の破損具合に言及する。玄関も外壁もひどく壊れていた。
「オークの一隊に殴り込まれたから」
見ればすぐそばの塀も壊れている。飛び越えるのではなく塀を突き破って建物に突っ込んだようである。
「ああ、あたしらの部屋に突っ込んできたんだった」
全員で敷地の西側に近寄る。別棟の西の外壁は内側に崩れて壊滅状態で、部分的に床や奥の廊下が見える程度である。
「最初の奴の首を杏奈が落として飛び出して、私が鎧で動きながら皆を一旦外に逃がしたから」
オークを叩きのめしながら建物内を動いたため外から見える範囲では床も壁も穴だらけだ。
「この高さなら爆風の影響は受けない筈だけど、近いから振動かなぁ」
最初に被害が出たのは篝と杏奈の部屋であるが、神父の私室にカエデとジローの部屋はそこまでではなかった筈、と篝は思い起こす。しかしその後の立ち回りで結構な構造物にまで被害を出したならダメ押しの振動で崩れる可能性はあるか、と納得した。
「建物の東側はキッチンやバスとかだから、回収したい私物もないし。あとどれだけ崩れるか分らないわね、やめておきましょう」
「ぬいぐるみくらいと思ったけど瓦礫の下だし、これじゃ雨でやられてるな」
「服だって2年も経ったからあの子たちには合わないし」
かくして教会は空振りに終わった。
「え、うそ」
かなみの一声はそれだった。半ば奇妙なオブジェとして残った円谷家を見ての発言である。
「全部焼け落ちてると思ってた」
垣根は大体消失していた。家の西側は集中的に潰されたというかコンクリート片が積まれたような形で瓦礫に埋まっている。2階部分は突き出した鉄筋のみが残り、東側1階のリビングとキッチンの辺りが残っていた。ふらふらとかなみが歩を進めるのをブルーウィンドが止める。
「事故るんなら僕が最適でしょ?」
マナがはぁとため息をつき、杏奈が口をへの字に曲げる。
「じゃ、潰されたら掘り起こしてね」
ひらひらと手を振りながら歩いていく彼女に、篝が低く声を投げつける。
「引き潰した上で発掘して、四つ折りにして持って帰るわよ」
おおこわいこわい、とふざけた口調でかつて自身が突き破ったガラス戸から住居に入る彼女に、篝はギリギリと歯を鳴らす。
「手足引き千切って部屋に飾ってやろうかしら」
「その手足わたしがもらっちゃっていいかな」
過激さを増した篝の発言に、虚ろな目でかなみが追随する。
「あの自覚のなさ何とかしないと駄目ね。これじゃ先に私たちの間で刃傷沙汰よ」
馬鹿は死ななきゃ治らないと言うが死んでも治らないならもう閉じ込めるしかない。しかしながら誰が閉じ込めるかという段階で事件になりかねない状況でもあった。ただし監禁も当然事件であるので大差はない。
「で、マナさんの取り分はどこよ?なんならあたしは首が欲しいけどよ、篝がうんと言ってくれるかどうか」
『アンナ、サロメになるおつもり?』
胸のロザリオ、アンリエッタが流石に口を挟む。
「流石に部分では要らないわよ。いっそ両親に頼んで身柄を拘束してもらうわ」
「それやったら軍であっても襲撃するわよ」
篝の顔は真剣だった。
「ああ、もう。それじゃ余計に拗れるじゃない、一時的な保護措置よ。その間に向こうの人に教育してもらってどうにかしようってだけ」
「効果、期待出来て?」
「私の感想を言うなら正直あまり期待できないわね。軍隊だと色んな攻撃ですぐ死んじゃう人たちがどうにかして生きて帰る術を学ぶ感じだろうし。殺したって死なないって認識のままだと果たしてどうなるんだか」
などと半ば揉めている間に、青い風呂敷包みの様な物を抱え持って彼女が戻ってくる。
「こんなものかな、鏡は割れてたけど鏡台自体は残ってたんでラッキーだったよ」
ブルーウィンドは地べたに手にした青い包み-自分のマントを広げた。2つの額縁に入った子供が描いたらしい絵、止まった腕時計、3個ほどのジュエリーの箱。
「ずるいよ、ブルー」
ローズフレシェはその前に膝をつく。
「ちゃんと、怒ろうと思ったのに。こんなの見せられちゃったら、おこれないよ」
地に伏せる様に手を、肘をついてかなみは顔を隠した。呻く様な声が皆の耳に入る。マナは泣く彼女の横に腰を降ろすと、その背を手でなぜる。マナとしては本当は抱きしめてやりたかったが、泣き顔を見せたくないらしいかなみを尊重してそこまでに留めた。
「いつも貴女は泣かせてばかりね」
冷たい目線で篝はブルーウィンドを睨む。
「ひどい言い掛かりだなぁ」
「真っ先に篝が泣いたんだぜ」
杏奈の言葉にブルーは目を見開いて、杏奈と篝を交互に見る。
「…貴女、私の事そんなに冷酷な女だと思ってたのかしら?だったら私の情熱がどれ程のものか教えてあげるわ、お望み通りベッドの上でね」
「あれ、僕が抱かれる側?」
「足腰立たなくなるまで蕩かされて、はしたなくお漏らしするのがいいんでしょ?してあげるわよ」
「お仕置きで閉じ込めるだけじゃダメなのかよ」
「そんなんでこの子が心を変えると思って?」
「そう言われるとなぁ。結局あたしの言葉使いが治らねえお仕置きだしな」
どうやら杏奈は男の子っぽいを通り越して伝法な口調(荒っぽい言動)で何度かお仕置きを受けていたようである。
「私としてもまあ抱き締めて甘えさせて治るんならそうしたいんだけど」
口を出すマナに、
「マナさん、それ食い逃げされるだけだから僕以外にもそんな考えはおくびも出しちゃだめだよ」
悪びれもせずにブルーウィンドが宣言する。
「食い逃げする気まんまんじゃない」
「ひっでえなおい」
「…落ち着いたかしら?」
はい、と小さく返事が聞こえる。やや強引だが「次の目的地」をマナは提示した。
「次?」
ブルーウィンドの疑問を無視して、皆で町の荒野を南下した。ぽつんと置かれた、ブルーウィンドの自己主張の場所へと。