孤児院兼教会内、篝と杏奈に割り当てられた部屋のベッドの上だ。自分には大分ゆったりとしたパジャマはマナがくれたお古である。腰はゴムを引っ張り出してちょっと結べばまあどうにか合わせられた、股下はもともと春・夏向けのものだったらしくマナ自身が使っていた時はやや短めに涼しさ優先のものだったため、カオルにはむしろぴったりの長さになった。問題はパジャマの上で、袖はズボン同様でぴったりになったが裾が余裕があり過ぎるのだ。ちょっと寝がえりを打てば捲れ上がるくらいには。マナのスタイルの関係で胸まわりがまあ大きいためである。それでも1人で眠る、もしくはお行儀の良い相手と仲良くおねむというなら問題はなかった。
今夜のお相手はとてもお行儀の悪い篝であった。抱き枕役の言質に従い美少女との添い寝と洒落込んだつもりのカオルだったが、
「いくらなんでもキスもその先も慎み置き忘れすぎぃ」
寝る前のキスは躊躇なく唇同士で行われ、篝自身がファーストキスという事実も平然と無視してカオルと数分に及ぶラブシーンもどきを演じ、そのまま押し倒して着たばかりのパジャマ、それに下のシャツとショーツを剥きにかかろうする始末。さすがに嬌声まで響き渡るようなら毎晩残った事務処理で夜の遅い神父様に聞かれかねない、と杏奈が篝を羽交い絞めにして説得、いや説教を敢行した。そしてぶすっと不機嫌さを隠さずベッドに座り込む篝の完成である。どうにか宥めて約束の抱き枕役を履行してみれば、カオルの左に陣取った篝は反対側の杏奈の存在もお構いなしにパジャマの裾に彼女の左手を滑り込ませてくるし、右手は首の下を通って首と右頬に絡んでくる。平然と左頬に口付けが行われ、そのまま唇が滑り首筋を甘噛みさえする始末。
ここまで刺激されてしまうと場所も忘れて事に及びたくもなるが、どういうわけか右半身側もがっちりと押さえられて身動きが取れない。助けを求めてちらりと右に視線を飛ばすものの、右は右でカオルの腕を杏奈が抱え込んでじっとこちらを見ている。彼女の隠しようのない豊満な胸も腕に押し付けられている、というか布数枚越しで杏奈の左の乳房をカオルの腕が押しつぶしその上に杏奈の右の乳房が載っている、という状態である。右腕自体も杏奈の左腕で抱えられていて、手の甲は杏奈のおなかからきわどい所に位置を固定されてしまっている。あげく杏奈の右手までもが服の下に滑り込むに至り、柔らかくもひんやりとした感触にカオルは出そうになる声を済んでのところで呑み込んだ。
「温かいな」
当の下手人はあまりにも平坦な声で、カオルの平らな左胸の少し下に触れている。
「ちゃんと動いて…なんか速くね?」
「原因が何言ってるのさ」
客観的に「美少女」の範疇の2人に挟まれ、あげく両側から「いたずら」されている状況である。心臓も早鐘を打って当然だ。
「さっきまで説教までしてたのに、君まで直触りじゃん。篝1人でも抵抗のしようもないのに、杏奈まで加わって僕をどうしたいのさ」
無遠慮に肌を撫でていた2つの手が動きを止める。
「…そうだな、ここに住むってのはどうだい?」
「気軽にいうなぁ、食い扶持一人増えるだけでえらい大変だよ?」
「2人じゃ広いのよね、このベッド」
造りこそ簡素だがサイズだけキングサイズであった。そもそも寄宿舎としての運用前提なので2人だけで使うには部屋自体が広い。天井も高いので2段ベッドを複数置くことも想定されていそうな部屋である。
「2人じゃさびしいとかじょうだんやめてよねっ、さっきからぁねるきっないくせにぃ」
カオルがあやしい呂律で抗議する。
「かがり…まじめな話の間くらい手ぇ止めろよ」
「いやよ、2人じゃどうせ眠れないもの。いなくならないように徹底的に体に覚えさせてやるわ」
カオルのパジャマ、その下のTシャツの内側で篝の左手は絶賛ご乱行中であった。親指と中指がカオルの右乳首をつまみ、人差し指の先が乳頭を撫で続ける。
「おたがっ、おぼこっのくせにぃ」
「胸だけで口も回らないじゃない、こんなざまであいつらに捕まったらどうする気よ」
返事をせずにカオルは口をつぐむ、というより声を出さないように耐えている。
「…篝、その辺にしろよ」
どっちにせよ服の下ではあるが杏奈の右手が篝の左手を掴んで止める。ほぼ直後にカオルはぜはっと息を吐くとはぁはぁとせわしなく呼吸を繰り返した。
「…あなたもこの子が欲しいんなら加わりなさいよ。違うのなら日課の見張りに立てば?どうせ眠れないんでしょ」
「ねむれ、ない?」
息が乱れたままのカオルが右目で杏奈を見る。
「…いつもあの夜の夢を見る。あたしがヘマやったあの夜だ」
左目で篝を見る。
「言われた通りに盾を構え続けたわよ、でも毎晩あなたはいなくなった」
右手でカオルの頭を押さえて篝が顔を寄せる。
「なら、もう離さない。どこにも行かせない」
強引に自分の方を向かせて篝はまた唇を奪った。篝の左手は杏奈の拘束を逃れてまたカオルの小さな右の乳房を覆い撫でる。友達同士というには深すぎる口づけ、恋人たちというには拙く軽いキス。ともすれば食むように口を開けてカオルの唇を覆い、少しだけ出した舌でカオルの唇を舐め、舌を引いて唇そのものを吸う。息が整わないまま追撃されてカオルはたまらず口を開けるが、重なる篝の唇で咥内を吸われる結果に終わる。わずかにずれた唇同士、ひゅっと漏れる息とすっと吸われる空気に、口の端に流れる唾液がじゅっと音を立てる。既にどちらが立てた音なのか、間近で聞いている杏奈にも分からない。カオルの身体が逃げようと杏奈の側に押し付けられるが、杏奈は押し返すようにカオルの方に、カオルと篝の方に寄った。んんぐ、ううう、とくぐもった音がカオルの顎とも首ともつかないあたりから漏れ、ベッドに入った時からしていた甘い香りがずっと強く杏奈の鼻に届く。小さな胸に当てた手にはどくどくと心音がビートを刻み、抱え込んだ小さな体が生者であることを伝えてくる。断じてゾンビなどではないと。
「あたしはヘマしたからさ、カオルを捕まえるのは篝にまかせるよ」
ぶはっと色気も何もない音を立てて2人が唇を離した。
「っはっ、くわわりなさいよっ!」
「みのがしてよぉ」
篝の抗議にカオルの懇願、杏奈はどちらも無視する。
「あたしも立場ってもんがあるし、かと言って見逃しちまうとカオルはまた死にに行っちまうだろ。ならこうやって逃がさないようにするだけで精一杯じゃん?」
「…あんなのうそつき、ぼくのてでたのしんでるくせに」
「あ?」
手?と疑問の声を上げた杏奈もびくりと震えた。
「え、あれ」
カオルを逃がさないように体を押し付けたつもりだった。実際は太ももで挟み込んだカオルの右手に、服越しでも強く杏奈自身を押し付けていた。意識していなかった湿りを認識した瞬間、挟んだままの手だけがぐるんと有り得ない回転をしたのを感じる。
「え?」
完全に逆を向いたと思われるカオルの手で股間を掴まれる。服越しではあるが鼠径部、会陰、ともすればお尻側に近い辺りまでろくにいじりもしなかった肉をまさぐられ、杏奈はひうっと声を上げた。
「ってぇっ、おかしっ」
「そりゃ完全に逆に向けてるからね、まあ普通は回らないけど」
「とめっ」
「やだ」
離れればいいだけなのだが、杏奈は感覚に耐えようと腕を抱え込み太ももにより力を込めてしまう。決して未知の快楽ではない、杏奈自身もどうしようもない夜はある。ただ、自分以外の手に依るものという部分だけが未知だった。僅かな隙間の中を服越しに指が触れてくる、その間接的なもどかしさが却って自身の時よりも優しい感触となり、どの指か分からない先が裂け目をなぞり前側の頂点を押したことで、杏奈は抱えた体により強く抱き着いて動きを止めた。
「…ねえ、キスも愛撫もしてこれからってところで、なんで杏奈が先になるわけ?」
「そりゃ中立だった筈なのに実質裏切りなんだからお仕置きが先だよね?あと無意識とはいえ道具扱いはギルティ」
篝の文句に冷めたようにカオルが答える。
「あと篝は僕にシタいんでしょ?」
「お互いならもっといいに決まってるじゃない」
「そういうことはね、ちゃんと口にしないと」
篝は無言で左手を服の下から抜くと、抱え込んでいるカオルの左手を掴むと外向きに捻り、自分のズボンの、さらにその下の布の中まで突っ込んだ。
「…かがり、ここは触らせちゃいけないとこだよ」
「触って欲しくてこんなになってるのよ」
ショーツが伸びるのも構わず、彼女は太ももで直にカオルの左手を押さえた。彼女の宣言通りに手のひらにも指にもぬるりとした感触がまとわりつく。手の甲も同様に濡れた布地がカオルの左手を包んだ。
「僕のせいでこうなっちゃうってんなら、本音をいえばうれしいんだけど…なんで?」
篝は問いには答えずにカオルの手を押さえたまま自分の手だけ引き抜くと、その左手をカオルのお腹、勿論パジャマもシャツも捲って肌の上に直接置く。
「…いつも夢に見るのよ」
色白の手が同じくらい白い肌の上を這う。鳩尾、お臍、下腹部へと篝はカオルのお腹を撫で、指先から服の下、カオルのショーツの中へと手を潜り込ませる。カオルはというと、ともすれば冷めたような目付きで視線を下げてその動きを眺めていた。
「そして同じ所で終わるの。あなたが頭を割られたまま笑っていたあの時で」
篝の指が「カオル」に触れる。
「私の手は届かない。あいつらの武器があなたを犯しているというのに」
手探りで肉の割れ目に中指を沈み込ませる。潤いと熱がもともと冷え気味の自分の指先を包むが、濡れっぱなしの自身のものに比べれば冷めているようなものだ。より奥へ、という篝の欲望は一気に現実に引き戻された。
「あの時踏み出せなかった足を踏み出していたわ、でもあなたを盾の内に引き戻せないの。私の取り柄なんてそれしかないのに」
思考はむしろ現実と悪夢の境をさまよっていた。肉欲とトラウマのせめぎ合い、今覚えている感情は恋か友愛か、それともただ恐怖をカオルに押し付けているだけなのか。
「…ひどい時は夢の中身も狂っていたわ。あなたが」
言葉が続かない。
「あなたが、あいつらに」
続く言葉はない、お互いにウィッチである。たかだか14、15の小娘だった時でさえそういうことを見て来た。篝の指は動かない。もっと触れたい、自分を彼女に刻み込みたいという肉欲が、奴らと何が違うのか?というともすれば潔癖すぎる問い掛けに堰き止められる。
「私の手じゃ、届かなくて」
手の届かないことなどいくらでもあった。被害者の前で立ち尽くす、そんな時にすぐ動くのはマナかカオルだった、と記憶が思考の端を掠める。
「私の目の前であなたが」
現実と妄想が混線する。強固な鎧で覆われていても中身は脆い子供でしかない。現実に彼女たちは実際に戦い続けることの報いを、一番望まない形で受けたのだ。仲間が帰ってきたことは結果論でしかない。
「僕はここだよ」
いつもの笑顔が篝の目の前にあった。
「君の目の前に。君の腕の中さ」
自分はもう籠の鳥、まな板の上の鯉だと彼女は告げる。さあ好きに食べ給えと小悪魔のように囁く。
「うん、そう。だから私の物にするの」
虚勢だった。奴らとの闘争は性に対する嫌悪にさえ繋がった。己を慰めることさえ、達してしまうとひどい嫌悪感に悩まされることさえあったのだ。
「いきなり大きく出たね」
カオルは笑っている、嘲笑ではなく歓喜の笑顔で。いつもの見せかけではない、誰かに求められるという喜びの笑顔。
「でないとあいつらに取られちゃう、パパとママみたいに!」
失くしたものが多すぎた。親兄弟、隣人に友人、住む場所も何もかも。心はずっと悲鳴を上げていた。クールな美少女?違う、冷静さで鎧わなければ泣いてしまうから。未だ篝は幼い子供のままなのかもしれない。
「…ならもっと深くしないとね」
目の前の顔が唇を歪める。舌先が小さな唇からのぞいてまた引っ込む。細められた目は篝の瞳をまっすぐ見詰めている。浅く留まる篝の中指をカオルの柔肉が引き込むように蠕動する。指先を撫でられただけなのに、不意の刺激で篝はひうっと声を上げた。
「ふ、かく?」
「もっと、おく」
「お、おく…」
篝は目を逸らすが、逸らした先はカオルの唇だった。薄く開いて端が上がり、笑っているのが分かる。その形が変わり窄められ、ふっと息を吹きかけられる。吐息は熱く、甘く香った。意図せずして左手でカオルの肉を掴んでしまい、ぬるりとした感触とともに指がより深く埋まる。んっという呻きとともに視線の先の唇は閉じた。指が、中指がぬるぬるとしたうごめく感触に包まれている。丹念に両手で撫でるようにたかだか指一本がカオルの膣肉で繰り返ししごかれていた。引き込むように、呑み込むように。誘われるままに手首も曲げて指をもっと送り込む。残りの指で周りを掴みながら第2関節から根元まで、中指が狭い穴の中を突き進む。引っかかりのような感触はあったがそれも抜けて、熱い肉の只中に指先が到達した。
「あつい」
「どう、かな、ぼくのなかは」
肉がぐねぐねと指を撫でる。お返しに指の腹で肉を撫でてみればぎゅっと指全体を掴まれるも、潤いが増して付け根から手のひらに、カオルの柔肌にと液体が伝う。試しにわずかに指を戻してみれば圧迫が緩んで指は滑るように引きずり出される。逆に奥へと突き入れれば届く最奥でぎゅっと指を掴まれた。外から中へ、中から外へ、たった一本の指でくちゅっくちゅっと淫猥な水音が響き、視界に映る唇は薄く開いてはぁはぁと熱い吐息を繰り返す。視線を少し上げれば潤んだ瞳が目の端に涙を溜めて、篝を見詰めていた。声はない。
篝は新しいおもちゃを見つけたかのように指の出し入れに注力した。自分では怖くてやっていないことだったが、少なくともカオルは自分の指で気持ち良くなれるのだ、というのも嬉しかった。篝自身がするときはもっぱらクリトリスと陰唇を刺激するにとどめていた。一度膣に指を入れてみたことはあるが、痛みにびっくりしてすぐにやめてしまっていた。
「ひうっ」
指の先で内壁を撫でるようにすると急にカオルが声をあげて、びっくりして彼女の顔を見る。細めた目、曲げた唇が痛みを訴えているように見えた。恐る恐る指をまっすぐに戻して動かすと口の形は元のように弛む。お互いの吐息が混ざり合い甘い匂いと普段は気にもしない篝自身の香り、それに沈黙したままの杏奈の体臭がベッドの上で、いや部屋全体に充満したように錯覚する。動かしているのは篝の指だけなのに篝自身もぬるりと涙を零し続け、触れるカオルの手を濡らし続けている。どれだけ時が経ったのか、急に指と手自体が締め付けられて動きが止まる。ぎゅっ、ぎゅっと数回、カオルが太ももと膣を同時に固まらせ、それから一気に力が弛んだ。
すぅはぁとわざとらしく、こちらを向くカオルが息を整えている。
「どう、かしら?」
目元の涙と口の端の唾液のあとを目にしながらわざわざ聞いた。
「きもちよかった」
篝が望む答えが返ってくる。自身の場合は浮き上がるような感覚を覚えるものの、どこかもやもやとした感じが残ることが多かったのだ。それでも「そこ」に手は伸びてしまうのだが。
「それでね、お返しといきたかったんだけどね」
カオルの言葉にびくっと篝は震える。お返し、甘美な響きだ。ただしそれがもたらす結果を考えると、すぐに返事が出来なかった。
「このまましちゃうと大変なことに、というかもう大変だよね、この感触」
「さすがにこの歳にもなって地図を描くのはいやよ」
「というかしなくてもそうなりそうだよね?一旦行かないと続き無理そう」
「…頭で分かってても動きたくないって事もあるのね。あなたの中、ずっと触っていたいわ」
「わがままいわないの。まあちょっと無茶するなら方法はあるけど」
「あるの?」
「…あるけど、その方法のあとでもキスしてくれるって約束がなきゃしないよ」
「…ごめんなさい、たった今ぎりぎりになったかも」
「かがりのへんたい」
「お願いだから煽らないで。今のののしりだけで漏らしそうよ。だってあなたが私に口を付けてくれるのよ?」
「僕の身長と外見だと、篝が完全にダメ人間になっちゃうよ?ダメ押しに今変身も解いてあげよっか?」
「歩くのも無理そうね」
ウィッチの幻想的な外観ならばアウトはアウトでも社会の外の話で逃げられた(逃げられない)、カオルが変身を解いて地味な子供に戻ってしまえば、いたいけな幼い少女に舐めさせたあげく飲ませるダメお姉さんの爆誕である、双方合意でもスリーアウトのゲームセットだ。
「まあ、篝と杏奈の2人分を片付けた僕とは無理だろうけどね」
「あ゛?」
カオルの突然の発言に篝の決壊寸前の尿意が引く。
「さっきから杏奈に押さえ込まれたままの右手の感触も怪しくてね、表まで滲みてきてるよ。このままだと3人まとめて大洪水かな?」
「今歩けそうなくらいになったわ」
嫉妬による不機嫌さを隠さずに篝が現状を報告する。杏奈をけしかけてはいても本音では独り占めしたいものだ、年頃の娘というものは。
「じゃ、杏奈も起して行こっか」
「神父さま、もう休んでるならいいんだけど」
何分、カオルは窓からのエントリーだ。見られるとさすがに不味かった、言い訳は多少効くとしても。
「パジャマの状態も不味くない?今はともかく、朝はどうするの?」
「洗濯は私か杏奈が大体やってるわ、問題ないわよ」
結局いずれも杞憂に終わった、一点を除いてだが。
「うーん、次から何か考えないと」
誰にも会うことなく野暮用を済ませて部屋に戻れば、先程までの閨事の空気が鼻についた。
「眠れんのか、これ」
部屋にこもる香りに杏奈が懸念を口にする。
「少し怖いけれど、窓を開けておきましょ」
2人の部屋を含め宿舎として使われている部屋はいずれも1階にあるため不用心ではあるが、大分気温も上がってきた時期だ、言い訳は立つ。
『警戒ならしておきますわよ?』
『Move to alert state(警戒態勢に移行)』
急に卓上の「アンリエッタ」が声を上げ、トゥールビヨンも続いて宣言したため全員がびくりと固まる。
『それとアンナ』
「な、なんだよ」
『もう少し素直になりませんと、後悔しますわよ?自覚もないまま寄りかかってしまうと特に』
「う」
パートナーの言葉に杏奈はわずかに後ずさる。そんな杏奈を2人でどうにか引っ張ってもう一度ベッドで横になる、またカオルが真ん中で。
「てっきり僕の位置だけ逆になるかと思った」
「独り占めなんてしないわよ。ほら、杏奈ももっと寄りなさいよ」
本音を抑えて篝がまた杏奈をけしかける。
「あたしは」
「そのパジャマのままじゃお腹だけ冷えてひどいことになるわよ?カオルにあっためてもらいなさい」
そういう篝はもう遠慮なくカオルに脚まで絡めて抱き着いている。拘束を逃れているのは右腕くらいだ。
「いや、でも」
「泣いてる私を抱きしめてくれた杏奈はどこにいったのかしら?誰かに触れるのを怖がるあなたじゃないでしょ、たまには甘えなさいよ」
「僕は甘えるのも甘えられるのも大好きだね」
半ば茶化すようなカオルの言葉を杏奈が否定しながら右腕に抱き着く。
「…そいつは嘘だな、全然甘えに来ないじゃないか」
「ほんと嘘つきよね。ほっとくと一人でいなくなっちゃうから、両側で手をつないでないと駄目よ」
「あっれぇ?」
両側の2人が同時に鼻を鳴らすと、カオルがここ数日の疑問を口にした。
「ところで僕っていつもこんな匂いしてる?」
自分の匂いなどなかなか自覚できないものだ。部屋に入った瞬間の甘い、焼き菓子のような香りにカオル自身つい喉が鳴ったものである。主に食欲的な意味でだが。
「正直なところよく分からないわ」
「…矢面で並んでると、たまにお菓子の香りがして夜だから余計にきつかったんだよな。あれお前のか」
杏奈が告げたのはおそらく晴嵐での日々の事だろう。
「僕、お菓子の香り振りまいてあいつらと戦ってたのか。それはそうと眠れそう?」
「なんか変に疲れた」
「ええ、眠れそうではあるけど…噛みついてたらごめんなさいね」
「カニバるのはかんべんして。まあ極限状態だったら食べさせてあげるけど」
違う意味で危ない発言だったが、2人とももう聞いていなかったらしい。寝息らしい静かな呼吸音がカオルの両耳に入る。
「両耳から友達の寝息とか、贅沢なASMRだな」
時折の2人のみじろぎで拘束されたままの両手に湿った感触が押し付けられる。自分の分も混ぜ込むので、さらに洗濯物が増えるのは困るので着替えないというのをカオルは理解しているが、
「一回イってるにしても結構生殺しだよ…」
朝目が覚めてからも我慢できるのか?という疑問もあるし、着替えた程度で今夜の影響をチャラにできるとも思えなかった。シャワーくらい浴びないと無理だろうとは思うが孤児院がどうの以前に「戦時」という面で朝シャンも控えられてるご時世だ。
「お出かけで変なの寄って来なきゃいいけど」
若干の不安を覚えつつも、2人の寝顔を確認して自身も意識を落とすブルーウィンドだった。
「何をしているんですか?」
何も―誰もいなかった筈、あたしの認識範囲には。その蒼い女は唐突に問いを投げてきた。まずい、ウィッチだ。
「…な、なにって」
笑っているけど笑っていない、あれはそういう顔だ。奴らの人とはかけ離れた表情さえどうにか読み取って生き延びて来たから分かる。ましてあんなエナの光り方。
「…そこの、インクブスを倒さなきゃ」
どうにか絞り出した答え。バカでかい「セミ」。こんな怪物はインクブス以外にあり得ない、普通ならそう考える筈だった。
「面白いことを言いますね」
外した!?まったく効いていない、聞くに値しない言葉と切り捨てられた!エナの炎が揺らいでいる、あれは不味い。
「あの方のファミリアが、インクブスに見えるとは」
仲間…いや、こいつはあたしと同じ、いやもっとタチが悪い。標的の「信奉者」だ!損得も生き死にも関わらずあたしの知らないウィッチの為に戦う、そんなやつだ。
「胎の中に連中の体液を詰めていると、目まで悪くなるのですか」
そいつの視線が少しだけ落ちてあたしの腹を見た。こいつには見えている、あたしの中身が。最初から分かっていて、殺す気で姿を見せている。いやだ、死にたくない。膨れ上がる殺意に震える手足が意思に反して動こうとする。ダメ!こういう奴に殺す理由を見せちゃ。
蒼い光が
ゴン、と重い音が目の前で響いた。
「…あたし、いきてる?」
なんでうつ伏せなんだろう。目の前であたしのハルバードが、半分に切断された斧がアスファルトに刺さってる。右手に柄の感触はない、いつ手放したかも分からない。そういえば、なんか足首に絡まってる。
「何の真似ですか?」
視線だけで女を見上げる。あたしを見ていな-
「ぐえっ」
背中をふまれて腕を後ろに、ガチャンって手錠、じゃなくて手枷!?
「横槍ですまんがね、連中から多少なりとも分捕らんことには勘定が合わんとのことだ」
また金属音、足枷まではめられた。絡まった何かは外されたみたい。
「無価値では?いつまた牙を剥くか分かりませんよ」
「この子の今の「飼い主」は確保済みだ。最低限は対処出来る」
その言葉にぎょっとして上を見て後悔した。フードと仮面、そこから覗く冷たい視線。こいつも理由を探してる、あたしを殺す理由を。
「厄介事を抱え込むだけでは」
「そうは思うのだが、11万の埋め合わせがな」
「マイナスが増えるだけでは?」
「かもしれん」
どうせ殺される、ダメ元で逃げようか、と思ったところでじゃらじゃらと金属音が耳に入る。ずるずる何かを引き摺る音も一緒だった。
「やあこんばんわ。相変わらずひどい夜だね」
「…何のつもりですか、ブルーウィンド。おまけにそんなものをわざわざ」
「…ブルー、服を着ろ」
「ん?ああ、忘れてた。こいつがあまりにもあっさり引っ掛かったもんだから」
もっとスタイルのいい子でならまだ分かるんだけど、と素っ裸のガキーウィッチがほざいた。そいつはいったいどういう手段でやったのか、「ご主人さま」だったものの手足を落とした上でその首に―毛むくじゃらでどこが首かよく分からないけれど、その首に首輪を嵌めて、繋いだ鎖で引きずっていた。あいつらがあたしたちを引き回すときみたいに。
「そんなあからさまな罠に?所詮インクブスですか」
「まあ僕でも不意を打てるくらいなんだから下っ端なんだろうけど」
「…ぎざま、ら…」
「あ、目ぇ覚めた?まあすぐに眠ることになるけどね!」
「何をするつもりですか?」
「同じことを、つまり逆の手順をやるのさってセミ?」
服も着ないままガキがでかいセミを眺める。
「セミかぁ」
「セミだな、何か問題か?」
「肉食の子なら話が早かったんだけどね。あ、樹液だったっけ、セミは」
「それが何か?」
「ああ、じゃあ「血液」だね。ブル、その子の顔上げさせて」
「おい」
蒼だったり青だったりするウィッチは狂ってるのしかいないの?このガキは―このウィッチは。
「なっなにを」
「君らと似たようなことさ」
あたしを連れ回していたインクブスーボギーの成れの果てをそのウィッチは鎖で引いて、バカでかいセミの傍に転がす。セミは夜目が利くのか知らないけれど、そいつは数度置かれたものに頭を向けると、無造作に口のところの管を突き立てた。
「やっやめっ」
「アリさんやハチさんの方が視覚的には効果ありそうなんだけどね。効果音でも」
「だずげっ」
ご主人さまだったものは四肢の残りをばたばたさせながら命乞いをするけれど、虫も女どももまったく聞きはしない。水を吸い上げるような音が途切れ途切れに響く。吸い上げられているのは血だろうけど。蒼い女は夜でも分かるような冷たい顔をしていたし、仮面の女は息一つ乱さない。素っ裸の女なんて。
「ほら、よく見てよ」
仮面の女に引かせると、あたしの頭を両手で掴んでご主人さまの最期を見せ付けてくる、まるでご主人さまたちみたいに。音の間が伸びて、呻き声も小さくなって、それも消えちゃった。
「あー、あんまり気は晴れないなぁ。やっぱり僕がやられる時くらいに派手に飛び散らかしてくれないと」
「彼女のファミリアは行儀がいい方だろう。セミならば仕方ないが、大体余すこと無く食べ尽くすからな」
イカれてる。
「あなたとは少し気が合いますね、ブルファントム」
「ここならばともかく、街中だと考えてみるといい。浄化にかかる手間を思えば、虫たちに任せられるだけで感謝の言葉しか出ないだろう」
「そうでしょう、そうでしょうとも」
イカれてる。
「あ、あの!」
またなんか出て来た。赤いウィッチ、あたしみたいにデカいアクスを持ってる。
「気が晴れないのでしたら!そっちのも片付けてしまえばいいのでは?!」
こいつもイカれてた。イカれてて、ガチであたしの同類だ。周り全部を怖がってる。
「お手間でしたら私がやります!」
それなのに周りから褒められたがってる。周りがくれるご褒美を―
「…なくなちゃった」
ご褒美、なくなっちゃったよぉ。お腹が疼く。あたしのあたしが寂しくて、誰もあたしのすき間を埋めてくれなくて。
「…きにいらねぇ」
恐怖があたしの真上に突然出現した。ただのガキの筈なのに、武器もない自称ウィッチの筈なのに。
「…何がです」
蒼い女の声が困惑の意思をあたしに聞かせてくる。いやだ、聞くな。このあたしを押さえつけてる女の答えを。
「きにいらねぇっていってんだよ。化け物がくたばったのに絶望してるガキも」
いわないで。
「そのガキに止め刺してご褒美を貰おうってガキも」
かばわないで。
「そいつを当然の事と思ってるガキもだ。社会福祉公社じゃねーんだぞ。お前らフラテッロかよ」
「…おそらく私たちの知らない組織のようですが、言いたいことは分かります。ですが、あの方のためには仕方ありません」
「彼女は優しすぎるから、だろう」
「そしてあなた方も」
あたしを殺したがってる冷たい声。
「決めた。こいつは僕らがもらう」
あたしをえぐる、あたしを生かそうとするイカれた女。
「余計な荷物だが、君がそう言うなら仕方ない。私はあれを片付けよう」
あたしは結局邪魔者らしい。仮面の女は中身が減って縮んだ黒い毛玉を抱えると、マンホールだったっぽい穴に投げ込んだ。
「この辺りは彼ら―ではないな、アリである彼女らの縄張りだ。あんな残りでも活用出来るだろう」
上からイカれ女がどいて、あたしを引き上げて立たせる。いきなり手枷が消えた。
「足枷は悪いけどそのままだね。ハンデに三手待つよ」
なにいってるの?
「足枷も本調子なら無意味な筈だけど、今の君には無理みたいだね。だから武器としてこれもあげよう」
小振りの剣。今のあたしでも使えそうで、でも目の前のガキを殺すなら充分過ぎるような武器を握らされる。息がしづらくなる。剣を握った手も、どうにか立っている足も震え始める。
「…悪趣味ですね」
「この条件で君も問題ないね」
「ええ、問題ありません。問題など生じませんね」
蒼い女の声が呆れていた。蒼い女は目の前の女を非難しているように聞こえた。「お前が一番酷いことをするのだろう」と。
「三手、僕は攻撃しないよ。それを過ぎたとしても僕を殺せれば君の勝ち。どこにでも行っていい」
「は?」
あんたに勝っても後ろの奴らがあたしを殺すじゃん。蒼い女、赤い女、仮面の女が。
「さあ、かかってくるといい。重荷は振り捨てて、何もかも忘れて」
「はぁっ?」
あんた本気で。
「あんたのせいじゃん」
女は笑ったままだ。
「あんたが殺しちゃったじゃん」
はっつけたような笑いがムカついた。
「みんな忘れていられたのにっ!あんたがっ!」
振り回しただけなのに、バシャっとあたしは何かを、返り血を浴びた。
「は?」
え、終わり?
「ぐは、は、は、いいね!ためらいなくのど笛とか!」
「は?」
バシャ、バシャと吹き出す血を浴びる。あたしは確かにこいつの首を斬り裂いた。でも、
「まず一手だね、次!」
ガツ、と無意識に突き出した手が、剣先が止まる。左胸、心臓を狙ったのに、皮膚の下で何かに当たった。
「二手、躊躇ないのはいいけど知識不足だね。刃を横にしないから肋骨に当たる」
肋骨、骨。あたしはさっきと違って刀身を縦にしてた。即座に横に寝かせると抵抗なく剣がイカれ女の裸身に入っていく。
「おごふっ、心臓っだけどそれだけっ?」
煽られて刀身をひねって抉じ開けるように左に振り抜いた。切れ味が凄いのかこいつが脆いのか、月明かりに照らされた白い肌が赤黒く開いて、あたしはばしゃりとほとんど全身に血を浴びた。
「三手」
あ。
「な、んで」
「それじゃぼくの反撃だね!」
あたしの問いに無言で女が抱きついてくる。絡み付く足に片方のかかとを蹴られて後ろに倒れ込むのにどこも打たなかった。こいつが優しくあたしを抱えたから。
「だましてわるいけど、もう君の負けなんだ」
ぼたりぼたりとどろりとした血があたしに降り注ぐ。死んでいる筈。首も心臓も斬り裂いたのに。手が動かない。足も動かない。誰かが押さえている、これは誰の手?こいつの手は、今あたしの頭の横にあるのに。
「服は後であげるよ、ウィッチの服ってエナが通りにくくてね」
女がそういった途端にあたしの服が切り裂かれた。誰のものか分からない腕が短剣を握っていて、それがやった。何本もの腕が、腕だけが。血があたしの肌の上に落ちてきて、そこから腕と手が。
「血がっちからてが」
ガチガチと音がする、どこから?
「表面は異常なしか。やっぱり中になっちゃうかな」
「胎ですよ」
「胃は?」
「さあ?犯すのもいやと言うのでしたら、私が抉り出しますが?」
冷たい女があたしを殺すと言う。そうしてほしい、出来れば首を落として。
「しゃーないね」
誰かの手があたしの頬を押さえてガチガチと言う音が止まった。鳴っていたのはあたしの歯だ。あたしの真上で死んだ女が言う。
「今から君を犯すよ。化け物のあとが化け物で悪いけどね、見た目はちょっとだけマシだから、それで妥協してくれると嬉しいな」
唇をふさがれて何かがあたしののどに流れ込んでくる。さらされた肌の上を生温いものが覆って、そのまま「あたし」の中にまでずるりと入り込んで。くぐもった音があたしののどから響いて、そんなものに撫でられあたしは、あたしの体はよろこんでしまった。いやだ、男でも女でもいい、あいつらのアレでもいいからそれにして。こんなわけの分からないものはいやだ。ももを閉じても無理だった、入ってくるのを止められない。こんなものに胸を、おなかを、おへそも。閉じた太もものせいでこじ開けて入ってくるそれが余計なところを、外側で一番敏感なぽっちを通り過ぎてのどが鳴ってしまう。
「いっそ気絶してしまうのもいいと思うよ」
生温い感触が中に広がったとき、する筈のない声が左耳の方からする。ずらした左目に赤黒い血に浮く唇が見えた。
「君のほしいご褒美がどの程度か分からないけど、君の望まない奥まで触ってあげられるのは確かだね」
奥に、もっと奥に温かさを感じてしまったときに声がした右を右目で見た。ある筈のない二つ目の頭があたしにご褒美を約束してくる。
ああ、忘れよう。忘れさせて、全部。化け物と戦った事も、負けたのも、打ちのめされて、犯されたのも。人の形の化け物に、それを全部打ち砕かれたのも。忘れさせて。そんな優しい目で見ないで。化け物よりも恐ろしいのに、人間よりも優しくしないで。助けないで。見捨てて。
弱くて惨めなあたしを。
「胎のエナは、少なくとも消えました」
アズールノヴァはただ事実のみを告げた。
「…治癒の要領で浄化出来るのは前から分かってたんでね。触ることが出来ればどうとでも出来たさ」
量の問題はあるけど、とブルーウィンドは付け加えた。既にブルーウィンドの傷はふさがっている。あれほど撒き散らされていた血も、それから生じていた彼女の体の「部品」も、一滴、一片も残っていない。全て彼女の体に還った。その下には傀儡とされていた少女がただ「あった」。
「どうしますの、「それ」」
「連れていくよ」
「死んではいないにしても、生きているのですか?」
横たわる少女は、虚空を見つめたまま何の反応も返さなくなっていた。
「せいぜい可愛がってあげるよ、生き残ってくれたご褒美にね」
少女を抱えあげてブルーウィンドは歩き出し、ブルファントムが音も無く追随する。
「最後に一つだけ、一番気に入らないのはなんですか?」
首だけ向けてブルーウィンドは答えた。
「この子や君らに一杯押し付けておいて、それで出来た結果がこの程度の自分自身ってやつさ」
それだけ答えると闇の中に3人は消えて行った。
ぱちりと「カオル」は目を開く。
『やなタイミングでリンク繋いできたね』
『今のはテレパシーでして?』
『From ruined capital』
ブルーウィンドーカオルはずっとベッドの上だ。突然のテレパシーに2人のパートナー達も反応はしていた。内容を知ることは出来ないが。
『首都で活動中の相棒からだね。侵入してきた斥候っぽいのを片付けたとこ』
『勤勉なことで…それでいつ紹介してくださります?』
アンリエッタもトゥールビヨンも会ったことのない相手だ。知りたいのも当然だろう。
『どうしようかな、完全に伏せておいた戦力って結構効くんだよね。逆に知ってると動きが甘くなる』
『助けが来る、というのも希望になりましてよ?』
『あー、うん。どっちがいいかなー』
『…考えがあるならば好きになさいませ。ただ、来るときは味方と分かるようにお願いしますわ』
『そうするよ。ところでトゥールビヨン、君ってアラーム機能とかってある?』
『Already set for 6:00 am』
『ああ、助かるよ。起きられなくて入って来られると拗れそうだしね。じゃ、今度こそおやすみ』
『おやすみなさいませ』
『Good night』
会話を終えるとカオルはもう一度意識を落とす。眠るのではなく意識を落とすのだ。
「そういうところだけあの方と同じだから、大嫌いなんですよ」
闇に消えていく3人を見送って、アズールノヴァは心情を吐露する。状況を打開出来ず、背負い切れず、罪を共有する気もなく。それでも手の出せるところには全力で関わって、私の罪になる筈だったものさえ今かっさらっていった。自分がシルバーロータスの剣になるなら、盾として自身を使い潰してもいいと言い出しかねない人。もしもシルバーロータスが私の愚かさを断罪するなら、それさえも否定して私の盾にさえなろうとする化け物。
どっちつかずの善人の化け物。
「そんなものが、信用できるとでも?」
こぼれた言葉は闇に消える。聞いていたのは、傍らで腰を抜かしたままの少女だけ。
「帰りましょうか、レッドクィーン」
「あ、あ、あの!なんなんな、何なんですかあのっ!ウィッチ?!人っ!」
血が違っちが、やっぱり血がと傷の多いレコードの様に言葉と音を繰り返す赤い少女。
「一応人間ですよ。非常に死ににくいというだけ」
「噂のゾンビウィッチとか通り越してるじゃないですか!?なんで血溜まりから手や頭が生えてくるんですか!」
「再生の拡大解釈でしょう?それこそ頭が柔軟なんでしょう」
「あんな薄い気配でなんであそこまで能力を使えるんですか!理屈に合いません!」
「くっちゃべっていないで帰りますよ。それと、漏れる分が少ないだけで内包するエナは大きい方ですよ」
攻撃に出力出来る分が少ないだけでしょうとアズールノヴァは推測を述べると、踵を返して歩き出す。
「レッドクィーン?」
赤い少女は座り込んだままだ。
「すみません、腰が抜けました」
仕方ないとばかりにアズールノヴァが歩み寄るが、
「すみませんっ!よごれましたっ!」
まさかの申告である。
「…そういえば一般的にはホラーでしたね、あれは」
とはいえ赤い少女を放置する訳にもいかない、現状ではあっさりと拐われかねない。1人取り返したのに1人取られましたでは、先程の彼女に怒鳴り込まれるし、シルバーロータスにも呆れられるだろう。
「仕方ありません、どうせ変身したままですし」
無造作に気にせず抱えあげられ、はうっとレッドクィーンは奇声を上げた。
「ついでにうちで浴びて行きなさい」
「そ、そこまではっ」
「この際はっきり言いますが普段の髪の手入れ、なっていませんよ?」
素材はいいのですからやり方を教えて差し上げます、との言葉にレッドクィーンは二重に悶絶した。そうして蒼と赤も闇の中に消えてしばらく。
「やれやれ、いきなり当たりらしきものを引いてしまうとは」
虚空より染み出すように姿を現したのは黒い毛玉に手足の生えたような異形、インクブスのボギーだった。
「痕跡は…これだけのようですね」
異形は放置された「ハルバードだったもの」を一瞥してそう呟く。
「そこそこ使える奴だったんですが。あのエナの気配相手に渡した手駒一つでは焼け石に水でしたねえ」
おそらく倒されたインクブスの事か、斥候としては優秀であったのだろう。
「不運を嘆いても仕方ありません、あるもので何とかしましょう」
異形の姿も消え、今度こそ静寂が訪れる。月明かりが廃墟を照らしていた。
朝。日曜であっても生活とは忙しいものだ。早々に着替えて着ていたものを3人分を洗濯機に放り込み、杏奈と篝、そして変身を解いたカオルは慌ただしく動く。そもそも教会だけあって午前の礼拝もあるのだ。
「随分と皆早いのだね…みな?」
眠そうな顔でそれでも早く起きてきた黒羽(くろばね)神父は、はてまだ自分は寝ているのかと目をこする。
「少し寝床をお借りしました」
黒髪の小さな少女にどうやら現実らしいと神父は認識した。
「晴嵐で会ってますよ、神父さま」
「無断でわりいけど、そういう仕事なんで仲間には少し融通利かせるからさ」
2人の言葉に神父は記憶を掘り起こす。外見はともかく背格好で該当しそうな知人は1人しかいなかった。
「…生きていたなら幸いだ。これも主の思し召しか」
死んだと聞かされていた少女が生きていた、ならば喜ぶべきことだ。
「さまよってるだけかもしれないけど」
余計なことを呟いたカオルを篝が小突きながら、今日の予定を彼女は口にする。
「それと午後は出かけます」
「もともと自由時間だしね、問題はないよ。それと夜はどうするかね?」
「多分少しだけ見回りに出るよ」
夜―ウィッチの時間について、杏奈が言葉を引き継いだ。
「気を付けるんだよ」
神父の言葉に3人は頷く。気を付けてどうにかなることかと言われればそれまでだが、気にかけてくれる人がいる、その事実だけでも拠り所になることがある。そういうことを知ってるのが大人というものだった。
◎黒羽(くろばね)神父
カラス神父(エクソシスト)、唐巣神父(GS美神極楽大作戦)からの連想で命名。
◎再生能力の拡大解釈
エナを充填した血液なら操作出来るじゃろ、という思い込みからのアーカード(ヘルシング)の真似事。普段はそこまで気をまわしてないから血をまき散らすことが多い。あとアズールノヴァになんかマクスウェルが混ざった気がする。
◎モブのハルバードウィッチ
首が飛ぶ原作と違い生命的には生存。