「まってよ、ハルねえってば」
「もう、もたもたしない」
混雑する携帯ショップでの待合中、大きめの声に現実に引き戻される。手元の地図帳から無意識に動かした視線の先で、背の低い少女が手を引かれながら歩いている。言動からすると姉妹の様だが成人済みらしい女性に比べると大分幼く、随分と歳の離れた姉妹だと思った。それと同時に少女の後ろ姿にどこか既視感を覚える、それとも考え過ぎか。2人ともTシャツにショートパンツ、サンダルとラフな格好だ。髪を短く揃えた少女は要らないと言ってはいるが、姉の方はこの物騒なご時世だから持っておけとしきりに携帯を勧めている。私としては同感だ、運が良ければ連れ去られる最中に位置が、最悪でもどの地域で消えたかくらいは分かることもある。
まずいな、思考が大分ネガティブだ。
「まさかウィッチの画像が全部消えてしまうなんて…」
「まだ消していなかったのですか?」
知っている声のように聞こえてまた視線が飛ぶ、自分と同じ制服の2人組だった。また既視感に襲われるがそれが勘違いなのか本当に思い出せないでいるのか判断がつかない。
「…端末をチェックした方がいいでしょうか」
背の高い女生徒が随分と無茶な事を言っているが、
「も、もうSNSとかに上げたりしてませんよっ」
背の低い、ともすれば野暮ったさを感じる少女の言葉に確認の必要を感じてしまう。個人の自由と言えど、情報の拡散は私含め多くのウィッチを危険に晒す可能性がある。
「そうであるなら、確認しても問題はないでしょう」
「そ、それはその、そうなんですけどぉ…」
どちらに転んでも少々不穏な話だ。
「おやおや?」
唐突に耳に届く声に振り返る。その途中で視界に入る、己の肩に置かれた細い指。
「奇遇だねえ、東さん」
横に顔を出したのはクラスメートの黒澤牡丹だった。声掛けと手がほぼ同時と相変わらずの距離感の近さだが、彼女としてはこれが普通なのか?鼻にかすかに柔軟剤の香りが届くものの大分暑い日も多くなってきた時期だ、そういう事を気にしないのだろうか?
「黒澤さんも携帯の買い替え?」
「黒澤さんも、ねぇ…うん、そう」
反応が少し遅れたような。何か、間違えたか?
友だちを待っている、と彼女はアッシュグレイの髪を揺らして店員と話す2人の女生徒の方を見る。彼女たちもなのか、珍しいこともあるものだ。
「それ、地理の勉強かな?」
「待ち時間中は暇だし、そんなところ」
「それ、試験範囲と違わない?」
すい、と手元の地図帳を覗き込んで彼女が言う。返事に窮して視線を彷徨わせると、ちょうどまた内容が繰り返しに入った液晶テレビが目に映る。
「あれの行先。何度もニュースでやってて」
私のファミリアについて報道している番組を理由とする。人目を避けて深夜に移動させたのだが、それでも相当な騒ぎになってしまった。夜型人間の増えていた社会は、5年程度では変わりはしない。
「新種のインクブスとか噂のあの雲?」
「うん」
「まあ結構な騒ぎになってるし、国防軍志望としてはやっぱり気になる感じ?」
「ただの好奇心…そういうのは関係ない」
とっさに素っ気ない返事になってしまったのか、ごめんごめんと声とともに黒澤の気配が引いていく。対応が上手くいかない、声も取り繕えていなかった。
「私こそ…ごめん」
座ったまま上体だけで振り返り、八つ当たりに近い態度だったことを謝罪する。
「?…気にしてないよ。あ、そうそう」
数歩こちらに戻った黒澤が私を覗き込む。
「大丈夫?静華と律が心配してたよ?最近顔色悪いって」
クラスメイトにも気付かれているのか、私は。
「私もその通りだと思うから、無理しないようにね~」
「…善処する」
簡単な対応しかしてやれないのを申し訳なく思う。せめて顔色だけでもどうにかしなければ。
「どうしたのさ、携帯屋なんか来て」
うん?違和感を覚えて声の方を見る。麦わら帽子で腰にベルトとポーチの黄色いワンピース、皮のサンダルという出で立ちの少女が、値段表を静かに眺める他の少女たちの様子を見ている。
「時折とんでもなく安売りされていることがあるのよ」
黒いボブヘアの少女の言う通り、ここ数年は中古品や長期在庫品がかなり割安で販売されているそうだ。実際に使用者が減っているというのはあるが、万が一の際手掛かりの一つにもなればと政府が介入している、という噂まである。よく見れば少なくとも2人の少女は同じ高校だな、制服のままだ。
「うちのちび連中のもそういう時に買ったからな」
長身・長髪で赤毛の、こちらも同じ制服の少女が家族のことを言及している。クラスが違うのだろう、目立ちそうな髪だがあまり見かけない。
「流石に僕の分までは無理でしょ?」
「…最悪名前を使っていいって言われてるわ」
「それって名義貸しとかにならない?」
入店時に見たウィッチの画像で揉めていた2人もそうだが、こちらも雲行きが怪しい。1人だけ私服の少女は携帯の所持を許されていないようだ。
「それ以前に値段が折り合わないわね。時間に余裕があるならバイトくらいしたかったけれど」
「このご時世じゃその帰りに消える子までいるんだ、危ないからやめとこうよ」
覚えた違和感の正体が掴めないまま、ショップを出ていく3人を眺める。大量のテレパシーの処理で思考が回らない。自身もEMPで全損した携帯の代わりを、どうにか調達してショップを後にした。
「当てが外れたわ」
篝はそう口にするが、言葉と裏腹に澄まし顔である。
「支払いで首が回らなくなるから勘弁して」
苦虫を嚙み潰したように眉を寄せていらないよ、とカオルが繰り返す。
「持ってるだけならちび共の小遣いでもなんとかなるぜ。遅いけどな」
大したことではないと杏奈は補足するものの、
「君ら、僕が宿無しだってこと忘れてない?」
カオルは自身の状況を以って反論した。野宿系ニートという引きこもる先もないろくでなしである。ここで篝がまた昨晩の話を蒸し返した。
「だからうちに住めばいいじゃない」
「だからその話は」
カオルの拒否の表明を杏奈が先んじて潰す。
「そうしろよ。知らないところでいなくなっちまうのは、あたしは嫌だね」
「僕はそうならないよ。約束する」
「…どうだか。まあどっちにせよ今夜もうちに決まりだけれど」
言葉が終わるや否やぐいと篝がカオルの前を塞いで屈む。
「え?」
いきなりの浮遊感とともに俵担ぎにされカオルは困惑する。しかも逃がさないとばかりに膝裏までワンピースの生地越しに押さえられているのが分かる状態だ。
「それを着たままとんずらとか許すわけないでしょ?ダメにしたらマナと二人でとっちめてやるわよ」
「今まさにダメにしそうなんだけど、右手止めてくれない?」
真昼間にも関わらず、篝は左手でカオルの脚を押さえた上で右手、というか指先をぐいぐいと担ぎ上げたお尻と股に押し込んでいる。
「いやよ、我慢すれば」
「いや露出癖はないんだけど」
カオルーブルーウィンドの動画をチェック済みの2人は即座に彼女の言葉を否定する。
「そりゃ嘘だな」
「嘘ね。まあ安心しなさい、誰も歩いてないから」
彼女の言葉にカオルは身を捻って逆さまに周囲を見回せば、確かに人っ子一人もいないのだが、
「この通りはやめようよ、あいつらもバカも出るから」
立ち木が半ば林と化した公園の通りだった、周囲の家屋もほぼ空き家で治安のよろしくない場所だ。
「見回りも兼ねて承知で通ってんのよ」
「反対側が教会だからな、縄張りの主張みたいなもんだ。って言ってもここ最近始めたばかりだけどな」
通りに面した公園の門を通り過ぎるが、まだ日は高いものの人気(ひとけ)はない。
「ねえ、公園内は見なくていいの?」
「不要よ」
「いるんなら向こうからちょっかいかけてくるだろ?今のあたしたちはただの女の子だぜ?」
「…お願いだから僕で遊びたいんならベンチとかにしてよ」
「いやよ、ベッドの上がいいわ」
「…それはそれで勘弁してほしいんだけどな、寝れないじゃないか」
同じベッドで横になるのだから、すぐ隣でおっぱじめられては寝るどころではないだろう。
「あなたも一緒に遊べばいいじゃない」
「手、止めてくれない?染みちゃうから、ほんとに染みちゃうからぁ」
「漏らしてもいいわよ?じっくり洗ってあげるわ」
「ねえ、性癖狂ってない?」
「なんならまた腰を砕いてあげるけど?もちろん骨ごとよ」
「それ、他の子にやっちゃだめだからね?」
「おい、篝」
「心配しなくても浮気はしないわよ、第一あなた以外の子は脆すぎるじゃない」
「いや僕も脆いんだけど。それ以前に物理的に潰すこと前提なのはやめて?」
「これ混ざったらあたしも折られね?」
「あなたなら少しは抵抗できるでしょ」
「無理に決まってるだろ!ちっとは自分の怪力自覚しろよ!」
悲鳴に近い杏奈のツッコミに続いてカオルがほぼ悲鳴の嘆願を叫ぶ。
「かがりっ、そっちはやめてっほんとに服ダメになるから!」
性的にきわどい方ではなく、性的でもあるが下(しも)の方できわどい方を篝が責めていた。一応下着、ワンピースの順で二重とはいえ中身があったら漂白剤必須である。そうなると当然色落ちが怖い。
「漏らせるもんなら漏らしてみなさいよ、何も食べてないくせに」
篝の指摘にカオルは言葉に詰まる。
「やっぱりか。出がけに夕食は1人増えるって言っといて良かったぜ」
「外堀埋められてる?!」
「内堀どころか墓穴に一緒に埋まってあげるわ」
「…そーいうのは好きな人に言うもんだよ?」
「ねえ、本気?ほんとに埋めるわよ」
篝の低い声に続き杏奈がへへっとえらく馬鹿にしたような笑いを漏らす。
「あたしらが、ウィッチが普通の恋なんてできるわけないだろ」
「昨晩あれだけ愛し合ってまだそんなこというわけ?今夜の見回りは無しにするわ」
「そうだな、今日の片付けごとはあたしがやるから捕まえといてくれ」
「あのね、女の子同士ならちょっと語弊はあるけど無垢なまま快楽の園で遊べるんだよ」
往生際の悪いカオルに、押し売り同然にもかかわらず篝は責任を取れと迫る。
「もう唇はあげたわ、全部持って行きなさい。私も全部もらうから」
「生真面目過ぎるよ、篝は」
「十分に不真面目よ、私たちは」
「悪ふざけの好きなクソガキのままさ」
「家族も家も、当然大好きだったおもちゃも全部失くしたの。返ってきたのはあなただけ」
「それじゃあたっぷり遊んで、思い出の箱の中にしまってね」
おどけたような口調でふざけるが、火に油でしかない。
「なあ、まだ逃げられると思ってんのか?」
「お気に入りとしてずっと飾ってやるわ、覚悟しなさい」
「…そんなんじゃ未来がないよ」
「今日とか明日だけで精一杯よ」
「あさって、そんな先の事はわからないってな。まったくその通りだぜ」
「またむせそうな事を」
「「?」」
「…知らないならいいや」
「なんだよ、気になるだろ」
「昨日の夜、全て失くして雨に濡れていた。今日の昼、命を賭け金に夢を追いかける。明日の朝、ちゃちな友情となけなしの勇気が瓦礫の街に奇跡を起こす。で、最後がそれ」
「あらかた私たちのことじゃない」
「まったくだな」
「で、そろそろ降ろしてくれないっぃってじかはだめぇ」
いつの間にか篝の左手がワンピースの裾の下に潜り込んでいた。少し先に歩を進めていた杏奈が振り返れば、俵担ぎにされたカオルの股のところでワンピースの生地がもぞもぞと波打っているのが目に入る。
「はぁ…程々にしとこうぜ」
ここまで篝が開けっ広げに事に及ぶとは杏奈も思ってはいなかったが、それを脇に置いてしまうくらいにカオルの無自覚さというか自身を勘定に入れない行動については、杏奈自身も腹に据えかねているのである。カオルを山分けにするというなら首が欲しい、と言ったのは杏奈の本心だし、どちらの意味にせよ逃げられないように腰を砕くというのなら杏奈も同意する。故に、誰かに見られないようにしろと言うに留めた。
「少し手を止めてたらずいぶんと口が回るんだもの、あやうくだまくらかされて逃げられるところだったわ」
「そうだな。ところでさっきの言葉、結局どういう代物なんだ?」
「つづっきもっの、じかっい予告ぅ」
「なんだよ、器用にしゃべるなぁ。で予告された回はなんて題なんだ?」
とても詩的でまるで自分たち、いやウィッチたちのことを言っているようで妙に気になったのだ。だから聞いてみたのだが、
「「救出」」
返事の直後にバキンッと重い音が響き、杏奈はまた振り返る。目に映るワンピースの生地が濡れて濃く染まっていく。
「助けることも許さなかったくせに」
「篝、今のは流石に八つ当たりが過ぎるだろ。あれはあたしらが弱かったせいだ」
「帰る気もなかったのよ、この子は!」
「違うだろ。帰れなかった、だ。だよな、カオル?」
「…帰れないって分かってて突っ込んだのを帰る気がない、と言われればそうなっちゃうけど」
「そういうのは帰れない、っていうんだよ。まあともかく、しばらく歩けないんだよな?」
「うん、むり」
「よし、じゃあ逃げ出せないな」
「ひどくない?」
「帰ってこない奴を外に出すわけないだろ?今夜もうちでおとなしくしてな」
「なんかもう全身の骨を砕かれそうなんだけど」
「お望みならそうするわよ」
「篝ももうちょっと落ち着けよ。そんなんじゃ他の奴までケガさせるぞ」
「それ以前に鎧なしのままやったことを問題に思ってよ。僕だったから先に僕の方が砕けるけど、もっと硬い奴相手なら篝の手の方が砕けるんだよ」
「…それは、気を付けるわ」
全く意識していなかった、と篝が口にする。
「今まで教会でポカやってなかった方が不思議なくらいだな」
「以降気を付けるわ」
感情の昂ぶり程度で怪力を使うような状況では、普通は日常生活などままならない。ならば今までは普通に過ごせていたということであるが、たった今問題が有り得るとなった以上注意しなければならないのは確かだ。
「ねえ、これ僕が練習台にされるやつじゃない?」
「暑気当たりってことでベッドに放り込んでやるから、せいぜい篝のご機嫌取っとけよ?ああ、篝」
「何かしら?」
「今日の分はあたしが全部片づけるけど、幻影使って誤魔化しとくからな。流石に何もしなかったように見えるのはまずいだろ?」
「お気遣いありがとう」
「ついでに今の僕の分も誤魔化してほしいんだけど」
「おっと、忘れてたぜ」
これ見よがしに杏奈が指を鳴らせば、カオルのワンピースは見かけだけは濡れていない状態に変化した。
「うえぇ、半端に感覚戻っててやな感じ。あといい加減手を止めて欲しいんだけど」
「篝も部屋に戻るまで我慢しろよ」
いかにも渋々、と言った風な仏頂面で篝がカオルのワンピースから左手を抜く。流石に杏奈としてもそこまで幻影で誤魔化してやる気はなかった。そうして彼女たちは目と鼻の先に見えて来た教会へと帰宅するのであった。
ほぼ同時刻、旧首都圏にて。
「…3つ目。駄目だな、回収して戻ろう」
『多すぎるな』
ブルーウィンドが言及したのは墜落したドローンのことだ。晴嵐への帰郷から一週間、日曜のみんなとのお出かけがルーチンに入り始めた矢先にどうにも不穏な兆候だ。
「ちょっと河岸を変えてた間に何があったのやら。インプかなんかが新しいマジックでも使ったのかな?」
『ぞっとしない話だな』
瓦礫の間にはまり込んだドローンを引き上げ、手元に出した頭陀袋に放り込む。ぱっと見で脱落したらしい部品も拾い集めて元来た方へと踵を返す。
「他もありそうだし、この数で持ち主が無茶すると対処が大変だからなぁ」
『まったくだな』
旧首都圏を走り回って墜落したドローンをすべて回収する。言うは易く行うは難し、とはいえ操縦者は大体若人で無茶は若者の特権とくれば、事故が起きないようにこちらが少し無理をするしかない。
『持ち主への連絡手段は?』
「知ってる子の所に出向いて、あとは個々の繋がりに期待かな。多分ネット仲間も居るだろうし「破損状態だ」ってのを強調すれば早々嘘で横取りのために偽装する子もいないでしょ」
『彼か?あまり勘違いされそうなことは避けた方がいいと思うが』
ブルファントムの指摘に廃都を走り抜けながらブルーウィンドは呆れた。
「君の審美眼も大概だね。僕みたいなちんちくりんに健康的な男子高校生が懸想するとか、ちょっと過剰評価だよ?」
『その男子高校生の前でトップレスの四本腕で大立ち回りをしたのは君だろう。たまに言っていた「性癖の壊れる音がする」という状況ではないのかね?』
「ないない。あの年頃の子相手ならもう30cm身長を足した上で胸もお尻も増量しとかなきゃ」
僕で誘惑できる子相手だと僕が主犯で補導されちゃうよ、とブルーウィンドが愚痴ともつかないことを言う。
『君が誘惑できる大人だとどうなる』
「真性過ぎてやべーって。いや僕は合法レベルだけどね、対外的にアウトだね」
複数の頭陀袋にドローンを詰めてはぼろぼろの道を走り過ぎていく。たまに見かける巨大な虫―シルバーロータスのファミリアは何の関心も示さない。インクブスは影も形もなかった。が、廃ビルの立ち並ぶ一角で彼女の足が止まった。
「ほんと何があったのさ」
墜落したティルトローター機の残骸を前に、茫然自失と彼女は呟く。記憶違いでなければオスプレイと呼称されるタイプだ。周囲を見渡せば多少見慣れていた筈の情景の内、一部の建物の屋上付近に崩落とはいかないが破壊痕らしいものが見られる。地上からの攻撃とその反撃の痕か。
『どうする?』
「こんなもん、僕のポッケにゃ入らないよ。放置だ放置」
『武器の類も放置されていないか?少し物騒に思うが』
「それくらい、回収してるでしょ。国籍マークからするとアメリカさんだけど…それよりここで盛大に内輪揉めしたってことだよね、どこのどいつだやらかしたのは」
オスプレイの損傷具合を破片や銃弾等による被弾、つまり人間側の兵器による被害と推測しての言葉だった。
『どの陣営にせよ狙いは「誰」だ?』
「誰」という推測には答えずにブルーウィンドは話を進めた。そんなのは口にするまでもない、と言わんばかりに。
「彼女の―ファミリア込みでの認識範囲だと僕の索敵範囲超えるからなぁ。護衛なんて難しいよ」
一度は検討したものの、かえってストーキング等の勘違いをされるのが怖いという方向に落ち着いた。結果立入禁止区域への出入りを見るという方針にはなったものの。
『ヤママユガだったか?』
シルバーロータスが移動に使うファミリア、その種別にブルファントムが言及する。
「あれは確認しやすくていいんだけどね」
行きと帰りの無事は確認出来る。しかしその間の、コンクリートジャングルに滞在中はどうしようもない。本当に護衛するつもりなら交戦距離レベルまで近寄るしかないが、それならアズールノヴァがいるし、どうも最近は彼女もバディがいるようだ。彼女達の方がどう考えても適任である。出る幕もへったくれもない中途半端な己の戦力が恨めしい。無駄な検討を切り上げて彼女は再び走り出し、ものの数分で次のドローンを発見する。
「あー、雷撃系かこれ」
墜落による破損のひどさもさることながら、焼け焦げた部分も多いその機体の状況から攻撃手段を推測した。
『やはりインプか?』
「いやこれ、広域だろうけど威力自体は弱い。どの機体もローター部分は残ってるから機器が飛行を制御出来なくなって落ちてるみたいだし、これなんか内側から火吹いてるよ。電源の制御をやられたっぽい」
『インクブスではないと』
「確証はないけどウィッチの電撃か軍の電子戦兵器かな。多分ドローンは巻き添えだね」
『アズールノヴァかそのバディかもしれんな、どういう能力かは分らんが。ドローンの操縦者を攻撃するなと以前伝えた事だし』
「米軍のECMかもよ?地上からの誘導波潰しに使ったとか…て歩兵用ミサイル発射筒転がってんじゃん。でもこれ赤外線誘導だったような?」
道端にスティンガーやそれに類する装備の残骸が放置されているのを確認する。どちらにせよ既に荷物を抱えているし、回収する意味も薄い。
『どちらにせよそのどれかがドローン大量墜落の原因か』
「まったく」
人間同士なんて勘弁してよ、とブルーウィンドは愚痴る。
「只でさえウィッチ同士まで発生してるってのに、他国まで首突っ込んで来るとか個人で対処出来るか!」
苛ついて蹴り飛ばしたコンクリート片が金属塊に当たっていい音を立てる。彼女はそれを目にしてぽかんと口を開けた。
『どうした、足が止まってるようだが』
ブルファントムはある程度の距離ならエナ源を探知出来る、ましてテレパシーで遣り取りしている相手ならば、相手の許可は要るもののその知覚さえ共有可能だ。ウィッチ版のデータリンクである。
「AK系列のライフル。セレクターの表記が漢字だし多分中国軍だ」
『…どちらか迄は分からんが、確定か』
中国は人類側とインクブスの傀儡側に分断されていた。
「動かすタイミング完全にしくじった」
晴嵐への帰郷で「戦力」を動かした事をブルーウィンドは後悔した。
『…友人を優先して当然だろう』
人ならば当然、とブルファントムは説く。
「指示に反してる」
ブルーウィンドの返答は無機質だった。
『私達だけが戦力ではない。彼女のヤママユガは出入りを続けているし、アズールノヴァ達も健在で通常通りだ』
「…そう…だね」
声に感情が、顔にいつもの笑いが戻る。
『それに「対人戦」はやりたくないのだろう』
「まあ、殺しは無しだからね」
『なら居てもあまり意味はなかったな』
「それはそれでへこむねぇ。でも関われない事だったと納得するしかないか。と、着いた」
廃都外縁で待っていたブルファントムに複数の頭陀袋渡す。
「今はドローンを回収するしかあるまい」
「全く手間だよ。じゃ、また行ってくるね」
「気を付けてな」
「了解」
バディたるブルファントムと肉声で遣り取りし、ブルーウィンドは再び廃都へと駆け出す。この日、彼女達は十数機のドローンを回収する事となった。
同日夜、アパートの一室にて。
「ねえ、ほんとにこれいいの?」
黒髪の少女がスマホを手に「姉」に問う。隣に座る「姉」はビールの缶を開けながらこともなげに言葉を返した。2人とも昼間同様のラフな服装のままだ。
「中古だし回線だって格安プランよ?大したもんじゃないわ」
「でも毎月かかるんだよ」
食い下がるように問う「妹」に姉ーハルは呆れたように本当に大したことではないと諭す。
「その月額料金だって子供の小遣い程度よ。アキったら、わたしがその程度も出せないように見えるの?」
アキーハルがブルーウィンドに与えた名が千秋、で普段はアキと呼ぶことにしたのだ。そして料金プランについても純然たる事実である。その分回線速度は遅いとはいえ、数Mbpsの回線速度が使い放題で千円程度とくれば確かに子供の小遣いでもどうにかなる代物だ。
「あと、友だちとの連絡に使ってもいいから」
ハルはそう告げると缶に口をつけてぐい、と傾ける。
「はい?」
ハル自身との連絡に限定する、というなら分かる、筋を通すのならそうだろう。だがハルは平然と友人との連絡にも使えと言うのだ。
「…いるわよね?「いたよ」とか言わないでよ?あのピンクの子とか黄色い子とか」
缶から口を離したハルが胡乱な目でアキを見る。晴嵐から逃げた夜、彼女は少なくともその2人は目撃していた。
「ああ、うん。無事だよ。最近まで活動休止してたけど」
「…あんまり無事じゃなかった」
「いや、無事だったからほんとに」
「いやでも休止ってそういうことじゃ」
「ああその、あいつらじゃなくての僕のせいで。いや間接的にはあいつらのせいか?」
ハルがジト目でアキを見る。
「ナニやらかしたのよ」
「いやそのね」
「いわないと準備無しでアレ使うわよ」
「うへえ、本気でそっちでする?今の僕、そっちは大分汚れると思うんだけど」
口を割らないアキにハルはまだ中身の残る缶を卓上に置くと、代わりにそこに放置されていた棒状の「モノ」の柄をむんずと掴む。大小の球体が連なったような棒状の「モノ」、俗にいうアナルビーズと呼ばれる逸物である。
「待ってしゃべるから。敷金吹っ飛びそうなのはやめて」
程度問題であるが、何の準備もなしにお尻でコトに及べばまあ床その他へのダメージは大きいだろう。そもそも常人ならばお尻へのダメージが真っ先にくるのだが。
「早くしゃべらないとあんたのアナルバージンは敷金ごとロストするわよ」
「うわあ、変に生々しい」
「んで?」
アキの首に右腕をまわし、左手に持った樹脂の棒でぺちぺちとその頬を叩きながらハルが先を促す。第三者が見れば通報一択の光景である。
「その、あいつらがどうにも多すぎたんでドカンとでかいのをね?」
「どうやって?」
まだナニか隠していやがるな、と目を細めてハルは問い詰めた。
「だからその、僕が」
「ぼくが?」
「ドカンと爆発してあいつらを吹っ飛ばした」
「爆発する魔法じゃなくてあんたが爆発したのね?こっちを見なさい」
ハルがぐりぐりと頬に樹脂の先端を押し付ける。
「うん、ほう」
「よし、犯す」
言うが早いかハルはしなだれかかるようにカーペットの上にアキの小さな体を押し倒した。アキの手から離れたスマホがカーペットの上を滑って端の方で止まる。
「なんでそうなるかなぁ。まあ好きだけどさ」
「あんたみたいなバカ繋ぎ留めるのなんてこれくらいしか知らないし。だいたい友だちの目のの前で跡形もなく吹っ飛んだんでしょ?」
間近のハルの顔から目を逸らしてアキがぼやく。
「まあそういわれるとそうなんだけどこりゃまいったなぁ」
「そりゃその子たちだってトラウマにもなるわよ」
その言葉にアキは視線を戻して疑問を返した。
「そうっかなぁ?ここんんとこぉ暴言吐かれたりガチで物理でのツッコミ喰らうし。トラウマだったら、んんっもっと、優しくならない?」
返事の最中にもハルが首筋や鎖骨の辺りを舐めたり吸ったりと刺激して言葉が乱れていた。じゅっと肌を強く吸う音がした直後、
「…やっぱ痕のこんないわね。で、どういう暴言よ」
両手で床を突いてハルは密着させていた上体を少しだけ浮かせた。
「手足引き千切って飾るとか、そのあまりも山分けしようとかそんな感じ」
はぁっとため息をついてハルは完全に身を起こすと、アキの腹の上に腰を落とした。ぐえ、と彼女がカエルの様に呻くのを無視して口を開く。
「それってさぁ、どこにも行けないように閉じ込めたいってことじゃないの。わたしもあんた閉じ込めないとその子たちに取られちゃうかもね」
「まあそうはならないけど」
「なんかいった?」
「ううん、べつに。ずっと見張ってるんじゃなきゃ逃げ出せるし。それはそうと乗っかるんならもうちょっと下じゃない?」
「モノがないのにそっちに座ったって意味ないじゃない。それはともかくみんなウィッチなんでしょ?」
「みんな僕と違って真面目だからちゃんと学校行ってるよ。その場に居続けられないんならどうとだって出来るよ」
「…あんたも学校行きなさいよ。この間もお役所の人に言われたわよ」
「なんて?」
「「妹さんのことも何とかできますので」って」
どう取り繕っても「監視している」という事実の表明でしかない言葉に、ブルーウィンドーアキは呆れて注意を促した。
「ねえ、公安の人に盗聴器仕掛けられてない?あとそれちょっと派閥争いに巻き込まれかけてるから、あんまり関わらない方がいいよ」
「そうなの」
「それにウィッチの偉い人がいい顔しないし」
「ふうん。で、学校はどうするの?」
「あいつらが幅利かしてる間はねぇ。随分勧めるけど、本音は?」
「セーラー服着せたい」
「おやじか」
尚、近辺の高校はブレザーやワンピースタイプばかりである。
「だいたいそれ、制服着せた僕で遊びたいってことでしょ?汚したら学校行けないじゃん」
「予備の2、3着買えるくらい稼いでるわよ。遊びに行く先もないのよ?」
飲み歩きも出来ないこのご時世、遠出でテーマパークも非現実的な提案となってしまうのである。押し付けてもなかなか食べないガキとはいえ食い扶持がかさんでいる筈のハルだが、真面目に職場に出勤しているだけで貯金額は着実に増えていた。
「ほんとに遊びたいだけなら制服買うだけでいいじゃん」
「今の私に買いに行けと?」
学生服を買うだけなら可能だ、提携店にて注文すればいいのだから。ただし、明確な買う理由である学生を連れていればだが。妙齢の女性が1人でサイズまで告げて注文するというのは、相手が言葉にはしないとしても余計な詮索を招くものだ。そういうしがらみを気にしなくていい「夜のお店」は安全上の問題から夜間営業を封じられている上に、そもそもかつての立地から物理的に店舗数が激減していた。
「あー、ごめん。そこは僕をダシにしていいから」
注文時にどこに進学するか色々と聞かれるだろうが、嘘の回答をするにしても着る当人がいれば一気に外聞がマシになる。が、ハルはそれでは不満だった。
「…やっぱ駄目ね、ただのコスプレじゃつまらないわ。登校前の首筋にキスマーク付けたい」
彼女としては通勤通学を共にしていちゃつきたいのである。野良猫のように姿を消してはまた戻ってくるブルーウィンドをどうにか飼い猫レベルに「日常」のルーチンに押し込めたい、それが彼女の本音だった。
「完全にダメ人間になってない?レズでロリコンとか、僕は大歓迎だけどすっごい苦労するよ?」
呆れたように言いつつも、先程のようにキスマークがすぐ消えることをアキはあえて言わない、夢は大事である。そして彼女はハルの望みを条件付きながら肯定した。
「ん-、まあハルがその方が頑張れるってんなら復学もやぶさかじゃないけど、もうしばらく待って欲しいかな」
「何かあるの?」
「ちょっと不穏でさ。でかいなんかがありそうなんでそれが片付いてからにしたい」
その言葉にハルはまじまじをアキを見詰めると、ひしとその小さな体を抱きしめた。
「ちゃんと帰ってくるのよね?」
「そりゃもちろん」
「手続き、進めちゃうわよ?」
「ん-、まあいいかな」
「苗字、私のでいいよね」
「妹ってことにするならそれでいいよ。それはいいとして何とか出来るって言ってたの、成績とかどうなるのかな?なんかほぼ裏口になりそうな感じするんだけど」
「そういうの込みで「何とかする」んじゃない?窓口の人私の時だけいかつい人だし」
「マジで余裕ないんだな、普通周りに溶け込めそうな人担当にするだろうに」
「別にいいじゃない、便宜図ってくれるんなら」
「あ、ちゃんと登校できるように加減してよ?毎晩腰ガクガクにされたらお話にならないから」
「…二人してサボって爛れた生活もいいわね」
にへらと笑うハルにアキが注意した。
「ハルは食べないと死んじゃうんだからね。ちゃんと仕事しないと駄目だよ?」
「わかってるわよ」
ふてくされたように彼女は返事をすると、また姿勢を崩して小さな恋人に覆いかぶさる。そのうちカーペットの換えは必要になりそうな日々であった。
つまりは、そういう存在。
それはともかく原作側の部分はいじりようがないことも多いな、ノイズとして入り込むことはあっても。