「ごめん、こっから先は通行禁止」
日があるうちに彼女に会うとは、まったく思っていなかった。普段の通り道でも確かに人気の少ない通りはある、まさにそこで剣を片手に仕事終えた彼女に通せんぼを喰らったのだ。
「多分はぐれだと思うけど、他にいないとも限らないし片付けにも時間かかるから、悪いけど他を回って」
この時間だと虫さん呼べないしなぁ、と目の前のブルーウインドが愚痴った。迂回となると特売の品は大分減るな、乗りかかった船だ。
『どうします?』
パートナーの問いに行動で示す。
「警察、呼びます?」
思案中の彼女にそう提案する。
「化学防護装備必須で、焼却用の機材か運搬用にボディバッグが要るって伝えてくれる?郊外に運び出すなら実作業は僕がやるから。時間たってるからもうガスが発生してるんだよね」
どうやら処理方法を考えあぐねて時間が経ちすぎたらしい。マンホールから下水に落としてくれればジグモが処理してくれるのだが、それをここで伝える訳にもいかない。手早くスマホを操作する。
『はい、警察です。どうしました?』
「公園北側の空き家ばかりの通りなのですが、インクブスの死体があります。ウィッチの方が駆除?まではしてくれたのですが、運び出しをどうしたものかと困っていまして。もうガスが発生しているようです」
『了解です、GPSで位置を特定しましたので、化学防護班が直ちに向かいます。あなたは速やかに現場から離れてください』
「ウィッチの方にはどのように?」
『…差し支えなければ電話をお代わり願えますか?』
言葉に従い彼女にスマホを渡す。僕ゥ?!とびっくりしつつも受け取って話し出す彼女。
「ブルーウインドです。駆除まではどうにかやったんですけど、手際が悪くて結構バラバラでして」
端から聞くと物騒な会話だ。それはそうと、ギリシャ・ローマ風な装束にスマホという対比が面白い。
「ええ、はい了解です。ええ、そうですね」
スマホが戻されると通話は切れていた。
「通報、ありがとう。それじゃ僕はまだここにいなきやいけないんで、気を付けて帰ってね」
こちらこそ、と挨拶しながら引き返す。歩きながらふと振り返ると、彼女はまだ手を振っていた。大通りに出る手前で第一陣とばかりに二台のパトカーが道に入ってくる。そのまま通りを歩けば、続々と緊急車輌が先程の通りに急行していった。
「帰宅中に見付けたのか、それとも」
『一日中探していたのか?ですか』
「ああ、考えすぎかもしれないけど」
この町は、彼女の活動拠点じゃなかったから。
「ブルーウインドですか。ウィッチは皆きらびやかな印象ですが、その中では地味と言われてしまう方ですね。ギリシャ風な衣装そのままなので、もしかして少年では?などと憶測も飛び交っています」
やや早口に田中君が彼女の事を評する。
「少年…そういえば僕って言ってたか」
彼が驚愕の表情を浮かべてこちらを見る。そして静かに尋ねてくる。
「会った事が?」
「この間の帰り、退治した直後だったみたいで通行止めって言われて」
「それは災難で。とはいえブルーウインドが対処してくれたなら不幸中の幸いで」
「そうだね。彼女がその場にいなかったら、と思うとゾッとする」
「全くです。一部の者は彼女に対する誤解がひどいですが、臆病者にあんな戦い方が出来る筈がありません」
「…見たことが?」
「その、ドローンで」
腕を飛ばされようと、脚を潰されようと立ち上がり、ともすれば切り離された腕に剣を握らせてリーチさえ稼ぐ。
「与えられた手札全てを使って敵を屠る。ええ、ウィッチらしくはないでしょう。くちさがない者はゾンビがウィッチの振りをしている、などとも言います」
ひどい侮辱だ。
「まともな神経をしていれば、彼女がどれ程の痛みを受けてきたか分かる筈です。元に戻るから痛みなんてない、などある筈がない。矢面で痛みを一身に引き受けている、それが彼女という存在です」
随分熱が入った演説の後、もう一度口を開こうとして、それでも口を噤んだ。
「…会った事が?」
その問いに、あからさまに安堵した表情で田中君は口をまた開く。話していいことを聞かれたとばかりに。
「以前、馬鹿をやりました。初めて買ったドローンでした」
「昼間だし、たった500m歩けば取り戻せる。そんな考えで行って。往復1kmを全力で走っても生き残れない、それを思い知らされただけでした」
「「囮役お疲れ!さあ報酬の君のドローンだ。いいおもちゃだ、でも今後は無くさないようにね」と。気を遣われました」
「本当に囮になれたのか、それともただ彼女に無理をさせただけなのか、今でも分かりません」
会話が止まる。聞くべきではないのは分かる。だけどあえて聞いた。
「…間近で見た?」
「その質問には答えられません」
「うん、大体分かった。ありがとう」
悲壮な顔ではないと思う。では、彼が見たのは彼女の「奥の手」だ。それもおそらくは相棒ではない、彼女自身の切り札。それが人の口にのぼることは彼女を危険に晒す。だから彼がそれを黙っていてくれるのはとても有り難いことである。私が崩すわけにはいかない。もう一度、礼を言って放課後の教室を後にする。どうもパートナーはモヤモヤしているようだが。
『期待していたんです!』
「何を?」
『二人きりで共通の話題に盛り上がる、青春じゃないですか!』
そこから恋に、とか勘弁して欲しい。この間のラブレターの件にしても、要らぬやっかみを受けたものだ。
「彼がより分別のある人間で良かった」
『分別があったら禁足地に足を踏み入れないと思いますが』
「その愚行の経験として、彼女の切り札について言及しないだけの分別が身に付いたんだろう」
『そういうものですか』
「多分」
馬鹿は死ななきゃ直らないとは言うが、死にそうな目に遭って学べない人間もそうそういない。彼は少なくとも学べた訳だ。ブルーウインドの話の時点で放課後ならば、と周囲を窺うような素振りを見せる程だったし。
「やはり古参ともなると、それなりの手段を持っているものだな」
こちらもその手段を増やし続けている身ではあった。