考えるよりも先に体が動いた。
馬鹿げているのは分かってる、一対一でも僕にとっては格上の狼男―ライカンスロープが3体だ。奇襲で「順番待ち」の阿呆に突き込む。定石通り―ウィッチじゃなくアサシンの「それ」で背に埋め込んだグラディウスの結果を見ず、即座に横に飛ぶ。なんせ今夜は満月だ。風切り音と共に空色の毛先が宙に舞う。
「ハハハ、ウィッチだ!」
「柔なメスじゃ物足りないところだったからな」
下卑た笑いで獣面がほざく。あろうことか「突き上げたまま」立ち上がると、無造作に「彼女」を片手で放り投げやがった。高くはなくとも受身も取れずに落とされた女性が呻く。
―生きてはいる
こいつらにとって女を殺すのは損だからな、使い潰すことはあっても。ただ扱いが雑なだけ、今のだって頭を打ったらどうなっていたか分からないのに連中はそこまで頭を回す気はない。ダメになったら次を拐ってくればいいから。
「おい、折角のお楽しみだぞ。いつまで寝てるつもりだ」
怒張を晒してこちらに対峙したまま、奴がうつ伏せに倒れたインクブスに声をかける。先程の奇襲で埋め込んだグラディウスがそいつの背から押し出され、瓦礫の上に転がり落ちた。心臓を外したか、たとえ心臓を貫いたにしても満月では無理だったかだ。どうにかして首を落とすしかないな。
右にスパタを、左にバックラーを出現させて構える。拍子抜けしたように奴らが顔を見合わせる。エナの輝きも、ポータルの様な揺らぎもなく武器が僕の手に収まった事を妙に感じたようだ―硬質な衝突音が響く。
「随分とお優しいことで。口説く時だけって奴かな?」
妙に慎重な爪の一撃をスパタで弾いた、えらく軽い攻撃だ。
「抜かせスベタが」
「剥かねえとヤバイぞ、全部「ウィッチの武器」だ」
ち、意外と頭が回るなこいつら。打ち合いの感触で普通の武器を取り寄せてる訳じゃないと判別したのか。
「魔力自体は弱ぇ!空っ欠になるまで甚振りゃいい!」
叫ぶや否や突風の如き斬撃が盾にぶち当たる、いや左方からの一撃に僕から盾を体ごとぶち当てやった。勢いのまま左に泳ぐ体を余計に倒し、スパタを斜め上方に斬り上げた。
「このガキァ」
僕の右後方に転がる己の左手首を無視して人狼が跳び退く。そのまま突っ込んでくれば頭か腹に一撃くれてやったのに、反応のいい奴だ。直後に前傾どころか倒れる様に前に跳んで、左右から迫った二本の腕を掻い潜る。すれ違いざまに振った右手の剣に伝わる、肉を斬り裂く感触。直後に右後方から短い悲鳴と衝突音、瓦礫の崩れる音が響いた。勢いのまま踏み込んで、最初に跳び退いた人狼に盾を叩きつけるが、先程と逆に右拳を合わせられた。あっちの方が力が強いので当然右に流されるのを、そのまま転がり追撃をかわす。起き上がる視界正面の足を、再び手にしたグラディウスで斬り飛ばす。失くした足のまま追撃の脚を振り抜いたせいで奴は仰向けに転ぶ。バネのように立ち上がり跳ねると振り向きざまに左後方にグラディウスを投げた。反転してくるライカンスロープが足を止めてそれを弾くと、その右後方から怒声と共に銀光が伸びる。
左肩まで上げた右手で完璧なタイミングでスパタの柄を掴むと、勢いのままに左回りにターンして剣を突き下ろして倒れたままの奴の首を転がす、これで一体。
「投げ返すつもりならやめた方がいいよ」
腐ってもウィッチの武器、自分の体の一部みたいなもの。飛び方次第では蹴り返しての即座の反撃さえ出来た。僕の言葉にグラディウスを掴んだ人狼が動きを止めて、小剣と僕を交互に見る。
少しの膠着状態は、悲鳴と半ば無謀な突撃で打破された。
「ひぃぃぃぃっ」
瞬間的に向いてしまった頭を戻す。転がった人狼の首に意識の戻った女性が叫んだ、そう理解するのが先になってしまった。その場から飛び退くという選択を取れずにだ。
「グルォアアアア」
獣の叫びのままに、右腿の傷を回復させたライカンスロープが瓦礫からすっ飛んでくる。繰り出される両の爪撃に防御を選んでしまったのが敗因だ、遅れたにしても立ち位置を変えて打ち合い自体をキャンセルするのが鉄則である。剣も盾も外に弾かれ視界に迫る貫手に、そんな愚にもつかない思考が頭を占めていた。
「ひっ、いっ、いやっいやっああぁっ」
「馬鹿野郎!殺しちまいやがって」
放物線を描いたそれは放置されたトタンに落ち、ベコンと跳ね返って転がり女の前に並んだ。己を向いた人狼の首と、後頭部を向けているものの人の首と分かるそれに、女は身を捩りながら背と肩で這い離れようとする。周囲にアンモニアの刺激臭がたちこめた。
「コケにされて我慢出来るかよ!」
大体こいつが弱すぎるのがいけねえ!と半ば責任転嫁、半ば「ブルーウィンド」の耐久力不足を指摘する下手人のライカンスロープ。並のウィッチなら今ので首が飛ぶなどあり得ない、何らかの防御でもって体ごと吹き飛ばされ、壁に叩き付けられるのが相場だ。
「ウィッチに雑魚相手の加減なんてするかよ!」
俺は悪くねえ、と言わんばかりに悪党が悪党仲間に向き直り、腕を広げて弁解を続けた。
「それはまあ、そうだけどよぉ」
一人殺られて獲物は只人の女だけ、というのではインクブスとしては勘定が合わない。只でさえ多数の同胞がウィッチどもに殺られているのであるからして、そこへきての手頃そうな戦利品がフイになったのは正直痛いのだ。
「戦利品」の一つのグラディウスをためすすがめつ、そこまで考えた所で違和感を覚えて人狼が周囲を見る。無機質な視線に「気付いてしまった」人狼は、己の聴覚がドローンの飛翔音を今頃捉えたのだと納得しかけ、眼前で頭の裂けた仲間に、覚えた違和感の正体を悟った。
―俺は首無しのウィッチが倒れたのを聞いていない。
剣先が頭の割れた仲間の口から生えていた。直後に刀身が左右に寝かされ頭が抉じ開けられる。頭部でも斬られただけなら再生しかねないライカンスロープだが、ここまでされては無理だ。
「なんだこいつは」
己の前で死んだ仲間が右に傾ぐと、そのまま地に転がる。ウィッチは血を払う勢いで剣を己に向かって振り上げ、一歩近付く。
「なんなんだこいつは!」
ワーウルフは叫びながらグラディウスを振り下ろす。呆気なくウィッチの左肩から胸まで刀身が喰い込むが、同時に己の左胸にもウィッチのスパタが埋め込まれた。互いに駆け引きも技巧もない一撃であるがライカンスロープは既に理解していた、そんなもの無意味だと。
―どう殺せばいい
首はとうに飛んでいる。心の臓はたった今斬り裂いた筈だが、己に埋め込まれた刀身が肉を更に抉る動きで効果が無いと知る。チュィィンと何故か響いたドローンのズーム音に気を取られたところで「まず離れるべきだ」とマシな思考が戻る。
それは遅すぎる決断だった。
「あ?」
グラディウスがウィッチに呑み込まれた。ぐいと引かれた手に刃が突き刺さる。柄を握っていた手にその剣が突き刺されていた。慌てて離そうと引く手に刃が付いてくる、あろうことか裂けたウィッチの胸からグラディウスとそれを掴む「左手」が見えた。
悲鳴と共に飛び退く人狼に異形が飛びかかる。盾を捨てた左手が逃げる人狼の右腕を掴むと、胸から生えかけの左腕がグラディウスでそれを斬り裂く。無造作に右手のスパタを上に突き上げて人狼の左胸から肩へと裂き開くと、手が足りんと言わんばかりに穂先が首から飛び出した。
ゾブリと冷たい鋼の感触に、ライカンスロープは己の敗北を理解した。滑り出すように眼前の歪んだ切断面から生える投槍が己の首を貫き切断したのだ。ライカンスロープといえど首を斬られれば死ぬ、相対するウィッチと違って。
「バケ、モノメ…」
落ちていく首がそう呟くだけでも相当な不死性だが、相手が悪過ぎたのは明白だった。
はっはっはっと浅く息を繰り返してわたしは目を見開いている。バケモノ共が息絶えたのは明らかだ、ならばわたしは助かった―散々凌辱され痛めつけられた状態をそう考えていいのかとは思うが、化け物共が死に絶えたならば助かったとするのが普通そのはず。見上げた先に「ソレ」さえいなければ。
首から半端に生えた右腕が槍を、だらりと下げた本来の右腕が剣を持っている。それがわたしに向かない保証がない。月明かりの中、背の左側の上衣からマントが首元同様に暗く染まっている―きっとソレ自身の血なのだろう。
「ああ、またこれだよ」
間近で声がした。
「ごめんねえ、ろくでもないもん見せちゃって」
顔は、見えない。後頭部がこちらを向いているから。狼の頭にぶつかってる首が―ウィッチだったものの首がしゃべってる。ザリ、と砂利と破片を踏みしめる音が響く。異形がこちらを向いていた。ひ、と悲鳴をあげかけて息を殺す。異形はこちらに寄るとしゃがみ、首と胸の「両腕」で転がった頭を手にした。余分な「両腕」が体に―晒された左胸、首に沈んでいって、逆向きのまま頭が首もとに収まった。ごきん、としてはいけない音を立ててグルンとその首が回る。それで少なくとも「人間」の体裁は整って見えた。
「あー、逆に繋ぐと戻すとき痛いや」
首が飛んでいた上に首と胸から余分な腕を生やしていたソレが、人間なのかという問題は残ったままだった。見た目だけは「ウィッチ」のソレが、バサリと白い布を広げた。
「い」
叫びかけてまた息を止める。ソレが「わたし」を布で包むと、造作もないかのように抱き上げた。
「い?」
何かを疑問に持たれたようで、ぶんぶんと首を振って否定する。細かい事は気にしないのか、見た目だけはわたしよりも若いコレはま、いっかと口にした。
「それですぐにでも帰りたいだろうけど、ちょっと確認」
確認?これから誘拐するから同意しろとでも?などと多分に恩知らずな思考がかすめる。
「君一人だった?他の人はいなかった?」
あ、わたし、わたしだけ、そう口を動かしたけど声が出なかった。
「おっけー、じゃ次、持って帰りたい物は?ここにあれば、今なら持ってけると思う」
「ス」
「ス?」
「スマホ!財布と鍵の入ったバッグ!」
帰れる、そう思ったら声が出た。このバケ、もといウィッチは、本当にわたしを帰してくれるらしい。抱えられたままぐいと首を回して地面を見る。ちょ、あぶないってと口にしながらウィッチはわたしごと数歩移動した。
「これ、かな」
衣擦れと石が転がるような音がして、上からバッグが降ってきた。中身を見ようとして手が出せない事に気が付くと、上から―ウィッチの肩から生えた両腕が降りてきてバッグの口を開けた。
「これで全部かな?」
くるまれたまままた首を振る。暗くて分かりにくいけれど、数は揃って見えた。
「ちょっと操作するね」
傷一つない綺麗な手が、きっとどれだけ傷を受けても元通りになる手がわたしのスマホを持ち上げる。それだけで画面が点灯して、光が白い肌を照らす。
「機能はしてるね、ここだと圏外だけど」
わたしより小振りな「それ」に目がいく。桜色の頂点からなだらかに上に視線が滑ってシミも傷もない首もとが―さっきまで無惨な姿だった首を目にして―目にして、限界だった。
「え、あ、ちょっと!どっかいたい!?」
ぼろぼろと涙がこぼれた。わたしはひどい目にあった。それはそう。とってもひどい目に遭わされた。
「その、治癒とかいちおうかけてるけど、あんまり得意じゃなくて」
あやまらないで。そんな申し訳ないって顔しないで。
「ちがうの、大丈夫だから」
わたし、あなたを「かわいそう」って思っちゃった。わたしよりも強いのに、傷なんてすぐなおっちゃうのに。
「本当に?」
この子、首を回して痛いっていったんだ。だから、わたしのことを気遣うこの子が、ずっとずっといたい思いをしてきたって、分かっちゃった。
「んー」
この子に文句とかいいたくない。きっとふつうなら、叫んでる。なんでもっと早く、とかって。でも、この子、ずっと痛いんだ。
「えい」
ちょっと持ち換えられた。ぶにょんと頬というか顔が柔らかいものに押しつけられて―押しつけられて?ぶにょん?
「ちょっとスピード出すし、クッション代わりに」
「なにこれ」
「あとはこわい業者さんが後片付けに来るから、視界塞ぎに」
「ナニコレズルイ」
これなら文句言っていいよね、と思ったところでガラリと音がした。柔らかいものに余計に押しつけられて、もっとイラついた。
「もう来ちゃった、じゃあとばすよ!」
少しの浮遊感で、右目に映る景色が流れ始める。ガンとかダンとかよく分からない音がする度に頬とか額とかがクッションにあたる。ぶっちゃけクッションの肉のかたまりからも、多分着地とかでゆれてこっちに当たってくる。すごいむかつく、ほんとむかつく、噛んでいいかしら、これ。
ほんといったい何なのよ、ぜんぶほんもののニセチチってさ。
「まさに奥の手、とはな。とは言えそこまで強い手札ではなさそうだが」
『ライカンスロープ三体を倒せるならば、相当な実力なのでは?』
実際にどのように人狼を倒したのか、その現場をシルバーロータスは見ていない。ただ、ブルーウィンドの能力でそれが可能であったという結果を知っただけだ。だから「首が落ちても生きているウィッチ」などいるとは思ってもいなかった。
「どうだろうな。それはそうと、ドローンが先導しているように見えるが」
ファミリアの感覚を通せば一機のドローンが先行しているのが見えた。そのずっと先の光も、
「赤色灯?」
と言うことは、ドローンの使用者が通報したのか?彼女を支援している一般人がいるということだが。
「まったく無茶をするものだ」
ちらりと上空を見上げる。普段ならほぼ視認できないが今夜は満月だ。月光が複数の飛翔体に反射していた。