ある日の放課後だった。
「ちょっといいかしら?」
急に呼び止められ、蓮花は首を傾げた。普段、接点のない相手だ。名前は―覚えていない?いや待て、確か。
「以前、ブルーウィンドのこと話してなかった?」
半年程前に入ってきた転入生だ、竹、いや武田さんだったか?どうやら「転入生」は彼女の事が気になるらしい。ファンなのだろうか?それならばより詳しい人間を紹介するとしよう。
「田中くんの方が詳しいと思う」
「いや、そういう事じゃなくて」
何か苛立ちのような、それとも違う何か-後悔?のような表情を浮かべて、彼女は言葉を続けた。
「なんで今更あの子の話をしているのか、気になったのよ」
「私も、田中くんも最近ちょっとしたことで助けてもらったから」
「…そんな、筈は」
「だってあの子は二年も前に」
「二年も前に、死んだのよ、わたしたちの前で!」
彼女がどこから引っ越して来たのか、私も、クラスメイトたちも正確には知らされてはいない。近年はそういう方針らしい。だからこういう事もあるだろう。皆に知らされて逆に興味本位で聞かれるよりは、ごく稀に「地雷」を誰かが踏む方がまだマシ、そんな意図があるのだろうが。
「落ち着いてほしい。一つ、あなたに伝えるべき事がある」
「彼女のマジックについて検索して欲しい。殊更に吹聴されてはいないが隠されてもいない。こういう力らしい、という程度の内容だけど」
「マジック?だってあの子は、せいぜい武器を幾つも呼び出すくらいで」
「彼女は彼女の本領を見せたくなかっただけだと思う。それに伴う悪評についても、出来れば怒ったりしないでやって欲しい。あれは苦手な人には大分きつい」
マジックについてはあまり他人事ではない、同様に嫌われる側だ。
「最後に」
まだ何か?!と噛みつきそうな勢いで彼女が私を見るが、そのまま言葉を紡ぐ。
「あなたたちの為に彼女が何をしたのか、私は知らないけれど、出来ればその手段について誰かに話したりしないで欲しい。彼女はそこまで強いウィッチではない。彼女の手札を隠しておいて欲しい」
それが皆を助けることに繋がる。休むことなく動き続けている彼女をも、だ。
「また、聞きに来てもいい?」
「だから田中くんの方が」
「今の彼女の事を聞きたいだけ、今は、ちょっと」
「ごめん、突然過ぎてダメだったわ。頭冷やして、来るから」
「そしたら、あの子の様子、きかせて」
行ってしまった。
『避難民の方でしょうか』
「多分」
海外からではない、国内で発生した難民だ。2年程前、晴嵐という町が奴らによって壊滅した。人口は12万人程だったらしいが、逃げ延びる事が出来たのが約1万人。衛星写真を見れば、爆撃でも受けたかのような町だったものを確認出来る。武田さんの言葉通りなら、武田さんもブルーウィンドも晴嵐の生き残りの可能性が高い。
「彼女の再生能力がその域にあるなら、有効ではあるのだろうが」
田中くんの話の後何とはなしに検索してみたが、あれは回復能力が高いで済む話とは思えなかった。再生や復活の類―であるならばマジック、いやエナの意図的な暴走を利用する手まで視野に入ってくる。きっと奴らはそこまで彼女を追い込んだ。「ソレ」を使っても構わない、「誰も巻き込まない」というところまで。
日常と非日常の境界線、廃都外縁の一角にて。
シャコー(円筒状のつば付き帽子)に黄色のコートの、戦列歩兵スタイルの少女が口を開く。
「ブルーウィンドは生きてる」
ウィッチ「エクレールアンブル」の言葉に、他の3人は睨み付ける様な視線を返す。
「今頃になって呼びつけておいて、そんな寝言を言うってんならあたしは帰るぜ」
「ルージュミラージュ」は顔を背けて吐き捨てる。真紅のチュニックとサーコートの足元、武骨な金属色のグリーブスがいらつきを強調するように音を立てる。
「あの子は死んだんだよ。あの子自身のマジックで」
ともすれば無機質な無表情で、「その日」起きた結果を「ローズフレシェ」が告げる。無表情さとは裏腹に、感情をこらえるように桃色のフレアスカートの裾を同色の手袋で覆われた両手が握りしめる。きっと震える肩も、大き目のパフスリーブをもつフリルシャツが隠しているのだろう。
「奴らを自分事消し飛ばしたわ。わたしたちの目の前で」
「ノワールブークリエ」がその戦果を誇る。その目が強い非難の意思を告げる、妄言で彼女の挺身を冒涜するなと。その声は彼女を覆う全身鎧の様に固さを含んでいた。
しかしながら事実を知っているエクレールは、当然退かない。
「わたしたちは彼女の力を知らなかっただけ。彼女もそれを見せたくなかっただけ。これを見て」
脇に抱えた鞄から取り出されたタブレット。再生される動画には街の一角-「この街」の大通りが映っていた。戦う見知らぬウィッチと逃げ遅れた一般人。
「で?」
「この後よ」
インクブスがわざと攻撃を反らす。インプと呼ばれる、強力なマジックを得手とする怪物たちだ。炎、雷撃、氷柱、かまいたち。防ぎきれなかったそれが民衆をも襲う。
「あ」
割って入ったウィッチ。大盾でも気休めな量のマジックを受けて盾は割れ、焼け爛れた全身を晒す。上がる悲鳴とインクブスの嘲笑。
「ブルー?」
「でもまた!」
「ここからよ」
嘲笑うインプの一体に槍が生え、地に墜ちる。ウィッチが「半ば炭化した腕」で行った投擲によるものだ。穴だらけの盾を捨て、落ちかけた片眼をはめ直して彼女は駆け出す。
『Alalaaaaaai!!』
彼女の怒声が響く。恐慌をきたしたインクブスたちが矢継ぎ早にマジックを浴びせかけるが止まらない。正気に返ったウィッチがインプたちにマジックの矢を浴びせかけ、その大半が墜ちる。それでも奴らは「彼女」から眼を逸らせない。マジックの矢が脇腹を抉る。かまいたちが片腕を落とす。遂には氷塊が片脚をもぎ取るに至る瞬間、「ブルーウィンド」は片脚だけで高く跳ねた。
より高く逃れるインプに槍が突き刺さる。残る右手で逃げ遅れた最後の一体に掴みかかるともろともに地に落ちた。最後のあがきか映る彼女の背に穴が開く。直後に鈍い音が響く。
『ごめん、ちょっと取ってくれる?』
奇妙な静寂を破ったのも彼女だ。立てずに上体で振り向いた彼女をカメラがズームする。右胸と左脇で肉が盛り上がり空隙を埋めるさまが克明に記録される。化粧を塗り直すように爛れたそれが色白の年若い肌に戻っていく。
誰も、動けない。
『仕方ないか』
ずるずると這いずって彼女が自分の脚に辿り着く。その脚も分断部以外は綺麗な有様で、まるで靴を履きなおした、といった風情で彼女は繋げた脚で歩き始めた。その先で「たった今落としたかのように綺麗な腕」を拾って繋ぐ。まるでプラモデルのロボットだ。
『それじゃ、通報とかお願い』
左手を二度、三度と握って開き、調子を確かめると彼女は細い路地に消えていった。急にカメラがアスファルトを映し出し、ぜえはあと男性らしい激しい呼吸音が入る。
『何今の』
『ウィッチ?ウィッチなのアレ!』
喧騒が、立ち尽くすウィッチをも無視して戻ってくる。
『警察、警『救急車が先だ!』察を』
撮影状態の続くカメラの側で、誰かが呟いた声が入る。
『あんなの、まるでゾンビじゃない』
ルージュが拳を振るうのを済んでのところでエクレールが回避する。このタブレットはエクレールアンブルの私物だ。
「殴る相手が違うわよ。あと、彼女が割り込んでくるからやめなさい」
「わりい、かっとなっちまった」
仲間が―こんな薄情なわたしたちをまだ仲間だと言ってくれるのなら、彼女は割り込んでくれるだろう、私たちの側で。そうでないなら、殴られる人の側で。
◎2026/2/26
オリキャラの4人のウィッチの外見をちょっと追加。モデルは主人公含めまどマギの「ピュエラ・マギ・ホーリー・クインテット」。
エクレールアンブル「稲妻の琥珀」
ローズフレシェ「桃の矢」
ルージュミラージュ「赤の幻影」
ノワールブークリエ「黒き盾」
ググった範囲で適当にフランス語でウィッチ名を決定。