「ママ、下がって!」
叫びながら次矢を放つ。矢は詠唱中のインプの口中に突き刺さり、怪異は地に墜ちる。
「和人とパパが」
ゆらりと燃える家屋に戻ろうとする母を押しとどめる。インプは今ので終わり、あとは二体のゴブリン。そう考えたところでパートナーのエミリアが声を上げた。
『新たなエナ源が近づいてる!数は5!』
足元の黒猫の警告の直後、新たなゴブリンが道の角から現れる。
「そんな!」
母を守らねばならない、同時に父と幼い弟を助けに行かなければならない。己は一人だけ。止まりかける思考の中、機械的に放った魔法の矢が次のゴブリンを射抜く、残り7体。あの炎の中、二人はあとどれだけ生きられる?
破砕音とともに燃え盛る自宅から何かが飛び出してくる。
「支えて」
彼女は母に男性の体を押し付ける。腕や背に酷い火傷を負っているが、顔は煤に汚れているくらいだ。
「あ」
ローズフレシェの手が止まった。ブルーウインドは彼女に抱えたその小さな体を押し付ける。
「ローズは全員連れて大通りのみんなに合流して。ウィッチが誰も合流できてない、戦力は残った警官と自衛隊員しかいない」
「ブルーウィンドは!?」
飛び掛かるゴブリンを斬り捨てて彼女は言葉を返す。
「片付けたら皆を呼びに行く」
彼女特有のタイムラグのない武器召喚に無警戒に突撃したゴブリンが更に2体、槍と短剣の餌食となった。残る4体は顔を見合わせるとじりじりと輪を作るように道幅いっぱいに広がった。
「でも!」
ローズフレシェ―円谷かなみにとって、ブルーウィンドはそこまで強いウィッチではない。4体のゴブリンはきっとギリギリの筈だ。
「行って、必ず合流するから!」
抱えた弟が重い。父を抱きしめてうずくまる母が目に入る。
「必ずだよ!」
返事をしてエナを余分に消費してまで母を父ごと引きずる、大通りに向かって。
『かなみ、その、二人は』
「言わないで」
-こんなに大きくなってたんだ
右腕に抱えた重みにただ想う。
-こんなに大きかったんだ
母と両側から支える重みにただ想う。
崩れた家、燃え尽きた家、倒れた誰か、すべて通り過ぎて言われた通りに国道を目指した。乾いた音が連続で響く。
「ママ、もう少しだよ」
うん、とただ一言聞こえてまた「皆で」歩く。喧騒と悲鳴が聞こえ、残り火がくすぶる商店の角から少し広いだけの二車線道路に出る。皆、東に歩き―時に走って逃げていた。エナで強化された眼がその姿を認めると、家族を半ば引きずってその人に近付く。
「すみません」
避難民の側面についていた警官に声をかける。
「ウィッチ?!」
煤に汚れているが華美な服装の少女が、負傷者の男女と子供を抱え足元には黒猫さえいる。それがどういう者なのかは結論を出すのは容易いとはいえ、警官としては認めたくなかった。
「遅れて、すみません」
普段ならば颯爽と駆け付ける少女たちがたった一人、男女と子供を抱えて己に声をかけてくる。自身の回転式拳銃はとっくに弾切れで避難の列の整理に回された、その人員さえ足りていないから。散発的に銃声が響くが、その頻度も減っている。
「みんな必ず来ます。それまでわたしが時間を稼ぎます」
やめろと警官は言いたかったがそれも出来ない。こんな子供に頼らなければならないのだ。
「だから、家族をお願いします」
「まって、かなみ」
母が、ローズフレシェの手を掴む。
「なんで行かなきゃいけないのよ、もう、十分でしょ。あなたでなくたっていいじゃない!」
「ごめんね、ママ」
謝罪の言葉とは裏腹に、娘は穏やかな笑顔で告げた。
「わたし、行くよ」
ウィッチがピンク色のハイポニーテールを揺らして駆け出す。残った建物、アーケードの骨組み、看板さえも足場にして人流とは逆に最後尾へ急行する。
「ローズフレシェ、今行きます!」
返答に銃声の頻度が増える。ウィッチが今行くと誰かが叫ぶ。見える列の終わりに彼女は新たな矢をつがえた。
「なんでよ。なんであの子まで」
「奥さん、歩いてください」
立ち尽くす母に警官が促す。
「貴女が無事でなきゃ、あの子が帰る場所がなくなっちまう」
告げるべき事実を告げないまま、警官は「ウィッチの家族」を支え歩く。区切りを付ける機会を彼女に残す為に。
「ぐおぉぉ」
装甲板とコンクリートに挟まれて異形が圧死する。細腕で掲げられる「盾」ではない、つまりは「ウィッチ」である。
「今ので終わり!みんな早く乗りなさい!」
ノワールブークリエは違う意味で派手なウィッチだ。魔法少女などとも言われるウィッチたちの中、「装甲少女」の通り名の方が知名度が高い。戦い方についても無骨かつ周囲の構造物の被害がどうしても大きめになる、という点で派手だ。
大盾を構えた突撃による圧死轢殺、装甲腕による撲殺にてオークの一団は駆除された。彼女に周辺被害を気にしなくていい場を与えた結果である。縦横無尽に脚部無限軌道で走り回る彼女は砲がないことを除けば「人間戦車」だ。もともとインクブスの襲撃で破壊されていた家屋や道路の被害も拡大している。戦車が暴れまわれば当然というものである。
神父の老人と二人の子供がかけてくると、彼女の背のフックに手をかけ、後部に伸びる両足の無限軌道上部装甲板にその足を乗せた。
「しっかり捕まっていて」
ギュルギュルとキャタピラががなり立て加速を始める。
「篝くん、あの子は」
「杏奈なら自力で戻ってこられます」
孤児院―教会を襲撃したインクブスの半数を、佐竹杏奈―「ルージュミラージュ」が受け持ち引きずり回していた。彼女の陽動に引っかからなかった残りを暁篝―「ノワールブークリエ」が叩き潰し孤児院の皆を連れて逃げる、そういう算段だった。問題はどこへ逃げるかである。その時、視界の端で見慣れた桃色の閃光が見えた。
「国道―大通りまで出ます」
時速30km程、乗客の姿勢を考えればもう少し遅くしたいが火の手があちこちで広がっている以上、余裕などなく。逆にもっと速く、というにも自力で捕まっているだけの子供と老人である、危険としか言いようがない。そして前面に構えた大盾は、
「っ!」
2体のインプの雷撃を完全に防いだ、つまりこれも外すわけにはいかない。2つ先の十字路のインプに対し、手前の角を右に曲がる、わずかに高い建物が並ぶ住宅地だった。急なターンにギャリギャリとキャタピラが鳴り、子供たちが悲鳴を上げる。ギャッギャと耳障りな声も遠くから響く、追ってきている。マジックを得意とするインプはエナの反応にも敏感だ、自分自身を追ってきているのは明白だった。三階建て、二階建てと複数の家屋の中を抜ける。区画が変わり一気に建築物が減った中、左後方にインプを視認して片腕で大盾を掲げる。火の手が上がろうとも暗い夜、紫電が斜めに掲げた盾で散り目をくらます。至近でのうめき声に思わず声を上げた。
「神父さまっ!?」
「だ、大丈夫、わたしは大丈夫だよ」
彼女の装甲は効果として物理装甲に近い。彼女自身は彼女を包む装甲でほぼ傷を受けることはないが、盾一枚で守られるだけの被救助者はどうしても余波を受けやすい。老神父は左足に雷撃の余波を受けていた。幸いにも負傷というレベルではないがスタンガンを押し付けられたようなものだ。そのまま振り落とされなかっただけでもまだマシではある。
危険を承知で速度を上げるが対抗手段はない。極端な能力の偏りは、彼女から空への対処能力をほぼ奪っていた。盾をあいつらに向けるしかないが、それは足を止めるのと同義であり、そこからの再逃走は困難の一言だ。
「そのまま走り抜けろ!」
声に前を見れば塀の上にウィッチがいた、投射武器らしいものを構えている。再度後ろを見る、空中にてインプが紫電を指に灯している。呼びかけに逆らって、ヘルムから零れ出る長い黒髪を振り乱しながら減速と左急旋回を行う。後ろに回した右腕に三人の重みがかかるが誰も落とさずに済む。掲げた盾には衝撃がかかるが、同時に何かが落ちる音がした。
「ごめん、判断ミスだった」
盾を下げてみればインプどもは地に墜ちていた。2体とも複数の矢―クロスボウの矢らしいものが刺さっている。塀の上のブルーウィンドを見れば箱とハンドルのついたクロスボウを手にしていた、おそらく連射機構を持つ武器なのだろう。互いの攻撃が同時になってしまったのは判断ミスではあった、それをノワールブークリエが補っただけである、ならば。
「貸し借り無し、そういうことでいいでしょ」
「そう言ってくれると助かる。そのまま国道に出てくれるとみんなも助かる」
「誰が行ってる?」
「ローズには声をかけた。あとの二人はこれから」
それだけいうと彼女は塀を降りてノワールにしがみつく神父の前に屈む。
「失礼、あまり得意ではないけれど」
首をひねって後ろを見れば、淡く青い光が目に入った。
「どうです?」
「すまない、楽になったよ」
ブルーウィンドの問いに、治癒の結果を答える神父。
「借りが出来たわね」
「避難の援護、頼むね」
「了解したわ」
返事を聞いて青いウィッチは逆方向に走り出す。
「行きます」
家族を乗せて、ノワールブークリエは再び走り出した。
物理破壊を起こす程の雷撃が異形を貫く、既に5体目だ。消耗が激しい、エナはあとどれだけもつのか、敵はいつ尽きるのか。4体のゴブリンが剣に棍棒にと得物を手にし、エクレールアンブルににじり寄る。杖たる前時代的なピストルを向けつつ、彼女は左手のマン・ゴーシュを強く意識する。
彼女は遠距離からのマジックを主体とするウィッチだ。ピストルより放たれる弾丸はマジックによる電撃であり、ともすればその軌道さえ自在である。代償は当然あった、その古式短銃の外観が表すかのように次弾までが長い。故に「マン・ゴーシュ」が命綱となる。
先走ったゴブリンの小剣を護拳にて弾くと、左足で踏み込みお返しに相手の頬を斬り裂く。跳ねるように後退してピストルを眼前に立てるが、フリントロックの宝石―「琥珀」は輝きを失くしたまま。
「ほのガキふぁっ!」
右頬を裂かれたゴブリンが激昂している。左腕を突き出し三つ編みのテールを揺らしながら半身に構える。
『援護が来るぞ』
左胸の「星形のバッジ」が告げた瞬間、彼女は更に後退した。好機とみたゴブリンどもが突進の出鼻で悲鳴を上げる。異形の肩や腹に簡素な短剣が突き立っていたのだ。
「オラージュ!」
輝きを取り戻した「琥珀」に彼女はマジックを行使する。銃口より放射された雷撃が4本の短剣に着弾、異形どもを体内から破壊した。
「ボナパルト、合図ありがと」
パートナーである黄金のバッジに礼を言う。
『礼は我輩でなく、彼女に言いたまえ』
タン、と軽い音で影がインクブスどもの上に降りる。チュニックとトーガを纏うウィッチは、手にした剣で全ての倒れ伏す骸から首を斬り離した。
「ブルー」
「エクレール、南に引き上げてローズとノワールの二人と合流して欲しい」
「逃げ遅れた人がまだいるわ!」
「もうみんな逃げたよ」
「だから逃げ遅れた人がいるって!」
ブルーウィンドが首を振る。もう逃げる必要のない人しか残っていないんだ、と彼女は告げた。
「国道で皆逃げてるところなんだ、殿があの二人だけ」
「町を捨てるのっ!?」
気色ばむエクレールアンブルに、ブルーウィンドは淡々と告げる。
「もうそうなってる。どれだけ逃がせるか、そういう状況なんだ」
『エクレール、撤退戦であるぞ』
パートナも彼女に賛同し、エクレールは認めざるを得なかった。
「…あなたは」
「ルージュを迎えに行く」
言うか否や、彼女は北に駆け出す。それに続きかけるエクレールに、ボナパルトが釘を刺す。
『エクレールアンブル!』
「わかってるわよ!」
パートナーの声に立ち止まると、黄色い装束の銃士は金色のテールを跳ねさせながら、道を南へと駆け出した。
長物の斧部が掲げた盾ごとオークの頭を叩き割る。動きの止まった下手人に、右側から別の豚面が剣で突くが剣がその肢体も長い髪もすり抜け、光の粒にバラけて姿がかき消えた。
「糞がっまた幻像だ!」
始めに7人いたオークが今ので4人である。
「「「「おいおい、どうしたんだい。あたしをなぶるんじゃなかったのかい?」」」」
4人の「ルージュミラージュ」がハルバードを担ぎ、構え、地に突き刺し、もたれ掛かる。いずれもが長身で豊満な肢体を真紅のコット(丈長のチュニック)とサーコートで覆い、艶やかなで燃えるような赤い髪を腰まで垂らす。本物は一人だけだ。
『アンナ、品のない戯れ言に付き合う事はありませんわ』
首元のロザリオが、オークを煽る彼女を嗜める。
「相変わらずお高く止まってんな、アンリ」
パートナーの「アンリエッタ」が言葉を返す。
『騎士としても淑女としても、行儀作法というものを大事にしませんと。下賤の者の言葉に付き合うのはよろしくありませんことよ』
「あたしにゃ、合わねえなっと!」
髪をなびかせ一斉に4人が突撃する。穂先を突き出し斧で叩き割りピックで突き刺し石突きで足を払う。石突きと斧は消え去り、盾の縁を越えたピックでオークの頭に穴が開き、受けようとしたオークの剣をすり抜けた槍の穂先からは「グレイブの刀身」が滑り出し、オークの首が落ちた。
「幻像でも視界は塞がるからね」
青いウィッチがそう嘯くと、首無しのオークが倒れこむ。
「あたし一人で充分だ、邪魔すんな」
「向こうの手が足りない」
言うが早いかブルーウィンドが残るオークにグレイブを振り下ろす。体をひねるように彼女の右側面にオークが滑り込むと、長物を握る右腕めがけて剣を振る。カッ、と乾いた音で刃が柄に喰いこんだそれをウィッチは手放しと横へ飛び転がる。好機と踏み込んだ異形は下から伸びた投槍に胸を貫かれた。
「がっ」
口から血の泡を吐く豚面の首に、更に柄が折れたグレイブが突き刺さる。
「おめえの方が時間かかってるじゃん」
「能力差を考えてよ」
ルージュミラージュに至っては上段からの振り下ろしで、オークを真っ二つだ。
「タイマンならこんなもんよ」
「国道に急ごう」
「待てよ、教会に」
「ノワールなら皆と一緒に先に行ってる。君で最後だ」
「そういうことかよ」
ルージュミラージュは予備動作抜きで走り出した。彼女についてくる足音を聴きながら。
「いつもその速さで動けって!」
「今日は障害物の方が多い!」
ルージュミラージュは意識せずに瓦礫や燃える車などを飛び越えているが、追うブルーウィンドにはそれは減速だ。僅かな時間であっても最短ルートで走れば追いつき易い。
「っ」
ルージュミラージュの目に新たなインクブスが映る、3体のゴブリンだ。向こうもこちらを認識したのか短槍を構え、
「投擲」
抑揚のない声と共に2体が飛来した短槍で貫かれた。残敵もルージュの振り回すハルバードで処理される。
「いつもより少ないな!」
小さな商店街を抜けながらルージュミラージュが先程の攻撃について述べる。ブルーウィンドの数少ないマジック、らしきものだ。
「連戦だし!」
「いつも」なら5本の投槍と共にインクブス狩りに援護という名の横槍を入れてくる、それが彼女のブルーウィンドに対する認識だった。
塀を駆け上がり屋根の上も走る。同様のルートで追走する青い魔法少女を再確認すると、周囲にも視線を巡らす。このまま南下すれば国道に出られる、それは西に見えた低空飛行のインプ共も同じだ。
「不味い」
「大丈夫、もうローズが捕捉した」
ピンクに輝く矢がインプの一団を悉く落とす。矢の発射地点へと目を走らせるとルージュミラージュは軽く舌打ちをし、最後の屋根から踏み切った。遅れてブルーウィンドも飛び降りる、突出したオークの一団へと。
「新手かっ」
2体がそれぞれ真上からの槍撃で絶命する。反撃に振るわれる剣を躱し、二人は東に退避した。
「遅かったわね」
ノワールの言葉に悪いな、とルージュが返す。
「何はともあれ晴嵐カルテット、揃ったわね!」
エクレールがそう宣言する。
「マナさん、それだとブルーが入ってない」
あ、とエクレールが口元を押さえる。
「前から好きで員数外をやってるだけだよ」
ブルーの言葉にルージュが問う。
「いい加減名前だけも教えろよ」
集結し続けるインクブスを注視しつつ、ブルーウィンドははぐらかす。
「あいつらが片づいたらね」
◎2026/03/26 ウィッチ時の髪型(2年前)を追記
・ローズフレシェ : ウィッチがピンク色のハイポニーテールを揺らして駆け出す
・ノワールブークリエ : ヘルムから零れ出る長い黒髪
・エクレールアンブル : 三つ編みのテール、金色のテール
・ルージュミラージュ : 艶やかなで燃えるような赤い髪を腰まで垂らす