クラスで浮いてるあの子は俺と性行為の練習をしている 作:黒宮魚
荒い息が風に流されて後ろに吹き飛んでいく。ペダルを漕ぐ脚に力を入れても、少しずつしか前に進まないことにいら立つ。
腹に回された細い腕が、ぎゅっと俺の体を抱く。背中に伝わる熱を感じながら、俺は自転車を走らせていた。
「あ、見えた」
荷台に座った月本が呟く。視線を先に向けると、俺たちが逃げ出してきた和律教の施設が見えてきた。
あの後、俺は月本と一緒に戻ることを決めた。そのためこうしてまた自転車を走らせている。
ホテルにいた頃は雨が降っていたが、今は強烈な向かい風が吹いている。月本いわく、色々と都合よく動かしすぎた反動、らしい。
「あっ、おい戻ってきたぞ!」
近くまで来ると、玄関前に何人か人がいた。数人が駆け寄ってきたのを見て、俺は自転車を止めた。
「香澄ちゃん、大丈夫かい? おい、君! 一体どういうつもりで――!」
駆け付けてきた男が俺を睨んだ。見覚えがあると思ったら、俺の監視役だった男性だった。
「すみません」
俺は素直に謝った。冷静になり、彼らの目的も理解した今は、その怒りも当然のことだと思った。
俺の反応が意外だったのか、向こうは言葉を詰まらせたようだった。
「待って、浩一さん。少し話をさせて」
俺の前に月本が出た。強風で黒髪が激しくなびいている。
月本は、浩一と呼んだ男性と共に、少し離れたところで話をし始めた。こちらに背を向けていて、何を話しているかは聞こえない。時々、男性のほうが怪訝な顔でこちらを見ていた。
「とりあえず中に入ろう。えーっと……近藤くん」
話し終えた後、男性にそう手招きをされた。不服そうな表情だったが、先ほどのような敵意は消えていた。
俺たちは、浩一さんというその男性と他数人に連れられ、また地下へ向かった。今度は俺もエレベーターに乗って。
地下についた後、俺と月本は別れることになった。
「近藤くん。またあとで」
軽く手を振り、月本はまた別の人に連れられ去っていった。
「じゃあ俺らも行こう。今度こそ逃げるんじゃないぞ」
「は、はい。すみませんでした」
浩一さんに人差し指をぴっ、と向けられ、忠告された。静かな怒気を含んだそれに、気圧されるように頷いた。
そのまま連れられて歩く。相変わらず入り組んでいるうえに薄暗くて不穏な雰囲気のある場所だ。
しばらくすると、例の祭壇のあるホールに続く扉の近くを通りかかった。目的の部屋は、そこから一分ほど歩いたところだった。部屋の入り口ドアの前で浩一さんが立ち止まった。
「ほら、入って」
ドアを開けられ、中に通される。そこは小さいが整理された綺麗な一室だった。
白い壁に、テーブルクロスの敷かれた長机。あとはクローゼットのようなものと椅子がある。もう一部屋あるのか、部屋の奥には扉があった。
「君、香澄ちゃんと繋がったんだって?」
扉を閉めながら、そう問いかけてきた。
「え、あ……そう、みたいです。俺もあんま、わかってないんですけど」
そうかい、と浩一さんは軽く息を吐いた。彼は俺に座るように促し、近くの椅子を引いて座った。
「純也くんがあんなに苦労してたってのに……まあいい。俺は説明役だ。君はどこまで聞いてる?」
「えっと……調停者、っていうのの役割と、調停者になるには儀式で二人が繋がらないといけない、とか。そのあたりまでを、月本から」
俺のたどたどしい説明に、なるほど、と呟くと天井に視線を泳がせた。
「そこまで聞いたんなら話すことはあんまりない。繋がるってのは精神的に同調する、ということだとされてる。調停者の責務に耐えうるように、二人で一つになるということだ」
浩一さんは真剣な顔で俺に説く。
精神的に同調する、というのは思考を共有するとか、そういうイメージだと理解した。俺は断片的にだがそれを体感した訳だし。
「で、祭壇の間――君が香澄ちゃんを連れて大暴れしてくれた場所の先で、君たちは繋がって、調停者の責務を継ぐ。――以上が説明だ」
ぱん、と手を叩いて、言葉を切った。何か質問はあるか、という目を向けている。
説明されたことを解釈し、脳内でイメージする。流れは理解したが、普通の生活をしていた俺にとっては現実感がまだあまり湧かなかった。
「君は、覚悟はできているのか」
不意に問われ、視線を返した。真剣な目に覗き込まれる。
『私と来てくれる?』
あの時月本に問われた言葉を思い出す。
イエスとノーの、どちらの未来もすぐには想像できなかった。だが、俺はそれを考えるよりも早く頷いていた。
論理的な理由なんて説明できない。だけど、俺にはそうする以外の選択肢が浮かばなかった。
「まだ、実感の湧いてないところはあります。……けど、俺はそうするのが正しいと思った。だから、迷いはないです」
そう、真っすぐに見つめ返しながら答えた。
「……そうか。ならいい。だけど、それが正しいと思った理由は自分で整理しておくのがいい」
浩一さんは一つ頷いてそう言った。神妙な顔は言い足りないことがありそうだったが、それ以上何も言わなかった。
その後、俺は儀式の準備ということで身支度をさせられた。奥の部屋はシャワールームに繋がっていて、そこで体を洗わされた。体をきれいにした後は、日出と月本が着ていたのと同じ白装束を着させられた。
流されるまま準備をさせられると、また浩一さんに連れられて部屋を出た。祭壇の間、と呼んでいたホールの前まで連れられる。
「月本」
赤黒い扉の前には、月本が待っていた。白装束はかっちりと着なおされて、神聖な雰囲気を纏っている。
俺の声に振り向いた月本は、小さく手を振って微笑んだ。
「似合ってないね」
俺の姿を下から上まで見たかと思うと、月本はそう言って笑った。
うるせ、と軽口で返して、隣に立つ。
「……じゃ、行こう」
月本が静かに呟く。横目で見た彼女は、目の前の扉を向いている。だが、心はそのずっと先を見ているように感じた。
俺も前を向き、扉に両手を添えた。そしてぐっと力を入れて重い鉄扉を押した。
ぎぎ、と重い音が鳴り、扉が開けられる。扉の向こう、薄暗いホール内に廊下からの光が差す。そこに俺と月本、二人分の影が伸びていた。
「……月本」
彼女の手を握る。冷たい手は、少しだけ震えていた。それを握ったまま、一歩踏み出した。
ホール内は月本を連れ出したときと同じように、大勢の信者たちで埋め尽くされていた。俺たちが入ってきたと同時に、一斉に歌声が響きだす。あの時聞いた荘厳な歌だ。
心臓がどくどくと鳴りだす。この場に立って、ようやく実感が湧いてきた。
俺と月本は『儀式』をするのだと。お遊びでも胡散臭いオカルトでもない、本物の儀式。
その恐怖心をかき消すため、次の一歩を踏み出す。月本と共に、奥の祭壇へ続く道を一歩一歩進んでいく。
そして、祭壇への短い階段の前へ来たところで、俺たちは足を止めた。一人の見知った人影が立っていたからだ。
「日出」
白装束ではなく、周囲の信者たちと同じような黒い正装だった。
「君が、調停者になるのか」
俺に一歩近づき、日出はそう問うた。その目には、ただのクラスメイトだったころのような親しみはない。しかし、だからといって敵意に満ちた色で染まっている訳でもなかった。
「ああ。俺にがそうなる資格を持っちまったらしいからな」
「君は……っ、そんな他人事みたいに――!」
日出がぎり、と食いしばりながら俺に詰め寄る。
「悪かった。日出。お前が怒るのは当たり前だ。お前が言った通り、俺は何にも知らない癖に勝手に頭を突っ込んでめちゃくちゃにした」
日出の表情が固まる。
今なら日出の怒りも十分すぎるほど理解できる。その責務のために生きてきたのだろう。
俺みたいな突然出てきた部外者が引っ搔き回した上、役割を横取りしようとしているのだから。
「正直、俺は日出ほど調停者が何で大事かって理解してない、と思う。でも、俺がやるって決めたんだ」
俺の言葉に、日出は目を見開いた。そして、俺に踏み出しかけた足を戻して言った。
「それは、どうして。近藤くんが負うべき責務じゃない。君だってそう思っているんじゃないのかい」
困惑の中には、まだくすぶった憤りが見え隠れてしていた。
「俺がそうすべきって思ったからだ」
浩一さんにも伝えた言葉。でもその先がある。
「俺にとって月本は特別だ。誰にも代わりなんてできない」
月本と繋いだ手に力が入る。
「俺は――俺は、月本が一人で遠くに行っちまうのがイヤだ。でも一緒にいられる資格があるんなら、俺は月本のそばにいたい。月本を一人ぼっちになんてさせたくない。――どんなに重い責任があったって、そんなの構いやしない」
それが、純粋な理由だった。責任感や覚悟なんてものはきっと無いのだろう。その、どこまでも独善的な気持ちが、月本の隣にいるいる理由だ。
「近藤くん……そうか。わかった」
日出は俯いて少しの間考えるそぶりをして、そう頷いた。
「なら、香澄を頼むよ」
そして、ぽん、と俺の肩を叩いてそう告げた。その唇は一文字に結ばれている。視線を下に向けると、握られた拳が震えていた。
飲み込み切れていないものがあるのだろう。
俺はせめて、「わかった」と確かに頷いた。
「ごめん、香澄」
そして、日出は隣の月本に目を向けた。
「ううん。私こそ、ごめん。私のために頑張ってくれてたのに」
月本は静かにそう答えた。横目で見た彼女の表情は、少し下を向いていた。
「いいや、いいんだ。君にとっての特別はきっと、僕じゃないんだろう」
諦め、というよりは何かに区切りをつけるように日出はそう言った。最後、俺に一瞬の視線を向けて。
「じゃあ、さよなら。――近藤くん、香澄」
ぎこちなく顔を綻ばせ、日出は一歩身を引いた。俺と月本はそれぞれ頷き、また歩みを進めた。
壇上への階段を昇り、祭壇の前へ。
純白の机の上には、花束がいくつも飾られている。その中心には、和律教のシンボルマークが供えられていた。
「一本取って」
月本が俺に促す。花束の中から、一本の白いアネモネを取り出す。横を見ると、月本も同じだった。
そして、月本に合わせて振りむいた。目の前にはあの時月本と日出が消えていった大きな扉。複雑な紋様が施された石造りの観音扉だ。
隣の月本が、俺の手をぎゅっと握る。俺もその手を握り返した。
そして、二人で扉を押し、中へと足を踏み入れた。
「ここ、は……」
白い壁、白い天井。教室ほどの大きさの部屋は、眩しいほど白かった。
呆気に取られていると、ばたん、と背後の扉が閉まった。途端、先ほどまで聞こえていた信者たちの歌声がぴたりと止んだ。
いや、というより聞こえなくなったのだろう。この部屋の壁がそれほど分厚いのだろうか。
「えっと……ここから、どうすれば」
ここまでは日出と月本を見ていたから何となくわかっていた。が、この部屋で何をするのかまでは見当が付かない。
部屋の中を見回す。部屋の端には小さな棚がおいてあり、いくつか物が入れられている。その上にはお香のようなものが焚かれている。そういえばどこか良い匂いがしていた。
部屋の中央には敷布団のような白い布が敷かれている。そして、目を引くのは部屋の奥だ。
入り口のような大きな石扉。しかし模様や装飾はなく、純白の室内で異質さを放っていた。
「まずはあなたと私が繋がらないといけない」
「それは……どうやって。日出ともしようとしたんだよな? 結果は失敗、ってことだったらしいけど」
月本はうん、と小さく頷いた。そして、俺の手をほどき前に歩き出した。
「最初は心のほうで繋がって、その次に身体も、っていうのが慣例って聞いてるけど――」
そして、俺の目の前に向き直った。目を伏せた月本は、どう説明するのか考えながら喋っているようだった。
「心のほう?」
「うん、こう……手で触って繋がるの。純也はそれができる」
月本は腕を伸ばし、俺の胸に手を触れた。少し身構えたが、特に何が起こるわけでもない。
「あなたはその力がないから、先に身体のほうで繋がってそのまま心も繋げるっていうやり方にしないと、かな」
なるほど、と頷く。だが、まだイメージが掴み切れない。
「月本。身体で繋がるっていうのは」
「それは……」
当然の疑問を口にすると、月本は言い淀んだ。すぱすぱと答える彼女にしては珍しい。
俺に触れていた手を下げて、逆の手でその腕を頼りなく掴んだ。数秒の間、それをやり場無くさすっていたが、ゆっくりと口を開いた。
「――性行為をする、ってこと」
え、と言葉を失った。
月本は澄ました顔をしてはいるが、視線を俺に向けていない。そのまましばしの沈黙。
「え……身体で繋がるって、そういうこと、かよ」
時間をかけて理解した頭で、やっとそう言葉を口に出すことができた。
確かに、理解はできる。ホテルにいるとき、月本と俺は一度繋がりかけた、のだと思う。それをもう一度する、ということなのだろう。
月本はうん、と短く答えた。変わらず視線は俺の横を彷徨っている。
「だから、あなたにしてもらってたの。『練習』。……怖かった、から」
月本は弱弱しい声でそう呟いた。
その言葉で、月本と関わる中で引っかかっていたことが全て納得できた。俺に「練習」を持ち掛けたこと、「入ってこられるのが苦手」と言っていたこと。
「……でも、あなたは怖くない」
一歩俺に近寄り、月本が口にする。その顔は伏せられ、表情は見えない。だが、親愛を感じさせる声色だった。
「私は、もうできるよ」
とす、と俺の胸にもたれかかり、月本はぼそりとそんな言葉を放った。
そこに、何かを迫る意思はない。俺を信頼して、委ねてくれている言葉。それなのに、逆に誘惑的な色が漂っていた。
「……つき、もと」
は、と吐き出した呼吸が乱れている。月本のしなやかな黒髪が触れている胸が、どくどくと早鐘を打っていることに気づいた。
月本の言葉に動揺しているから、といものあるかもしれない。でも何かおかしい。
「……は」
吐息が首筋に当たる。熱いそれに目を向けると、月本が顔を上げていた。
「月本? お前なんかヘン、じゃないか?」
「そう、だね」
微笑む月本の顔が赤い。それは、まるでホテルで見せた表情のようで、魅力的で、妖艶な雰囲気さえ感じさせた。
ごく、と息を呑む。気づくと、俺は月本の背に手を回していた。
いや、背中よりもっと下。腰と尻の間のきわどいところ。月本の背中がぴくりと反応する。
「ん……気づいているでしょ? ヘンにどきどき、するの……」
熱い吐息混じりにいう月本に頷く。
「月本……ここって、そういう」
鈍い俺でもさすがに気づく。この部屋に入ってから、ずっと心臓が不自然にどくどく鳴っている。
月本がひどく魅力的に見えて、自分のものにしたくなる。欲情、している。そうさせられている。
きっと、独特で香しい匂いのあのお香のせいだろう。
「ね……シよーよ」
細い両の腕が俺の首に回される。月本の誘惑的な息が顔にかかる。細まった彼女の瞳の中に、妖しい炎が揺れていた。
逆らうことなんてできない。拒む気なんてまるで起きなかった。
俺の頭の中にあるのは、ただ月本と交わることだけだった。
「んっ……」
月本の身体を抱き寄せて口づけた。浅い接吻なんてほんの一瞬で、すぐに舌を突き入れた。
くちゅ、と水音がお互いの脳内に響く。それが導火線に火をつけた。
「んっ……むっ、は……ぁ、ンっ、近藤、くん……っ、すけべ……」
腰に回していた手を下に滑らせて、月本の尻肉を鷲掴みにした。むにゅ、という豊満な肉感が手のひらに伝わり、否応なく興奮させられる。
いや、興奮なんてとっくにしている。固くなった俺のものは、月本の太ももにずい、と押し寄り、雄弁に本能を主張している。
「れ、ろ……っ、ん、は……っ、んっ、ちから、すご……っ、ん、ぅ……っ」
ぐにゅぐにゅと形のいい月本の尻を好きに歪めながら濃厚なキスをする。上品さの欠片もなく、欲望のまま舌を絡め合わせて、熱と情欲を奪い合う。
頭の中は沸騰し、理性的なことなど何一つ考えられない。唇の端からは混ざりあった唾液がだらだらとこぼれていく。
「ん、月本……っ、む……っ」
「こんどー、くん……っ、は、ンっ……れ……ぁむ、んっ……」
薄く目を開けると、月本と目が合った。しかし、焦点が定まっておらず、呆然と俺のほうに視線が向いているだけ。しかし、俺の首に回された両腕には強く力がこめられ、俺を離すまいとしている。
俺も同じように、彼女の身体をさらに強く求めた。彼女の下半身の布をたくし上げ、そこへ手を突っ込んだ。
滑らかな尻は、すでに熱くなっていた。ホテルの時と同じように、下着なんかない。沈み込むような柔肉を、情欲の赴くまま弄んだ。
「っは……」
不意に月本が唇を離す。俺と月本の間には、銀色の細い橋が架かっている。重力に耐えきれなくなったそれは、ぷつりと切れて月本の胸へ垂れた。
「近藤くん――もっと、触らせて」
ディープキスで乱れた呼吸もろくに整わないまま、月本が甘く囁いた。俺が頷くと同時に、彼女は俺の腰元の帯に手をかけた。
それを彼女らしからぬ乱雑な手つきでほどくと、ぱさりとはだけさせた。俺も月本と同じで下着をつけていない。露になったのは、熱く屹立した肉棒だった。
「は――おっき」
そこへしゃがみこんだ月本は、目の前でいきり立つモノに恍惚とした目を向けた。
月本の整った顔と、そこへ重なる生々しい欲望の塊。その光景に眩暈すら覚えた。
「月本……舐めて、くれよ」
ブレーキの利かない頭が、自然と本能を口にさせた。
月本はそんな俺の言葉に嫌悪感なんて見せもせず、「いいよ」と頷いた。まるで最初からそのつもりだったように。
「ん……」
月本の細い指が竿をおずおずと掴み、その先端へ紅い唇が触れた。
ほんの小さな刺激。鋭い針のような電流が頭の先へ突き抜けた。俺の意思とは関係なく、肉棒がびくんと跳ねる。
「あは……すっごい元気だね。……んっ」
穏やかに目を細めると、月本は再びキスを落とした。今度は一度じゃなく、場所を少しずつ変えながら、何度も。
亀頭からカリ首、そして竿へ。ちゅ、ちゅ、という軽い音の一つ一つが脳髄にしみ込んで、興奮させられる。
裏筋に口づけられた瞬間、また肉棒が跳ねる。月本はくすりと笑うと、根本に顔を埋めた。
「れっ、ぇ……」
そして、熱く濡れた舌を触れさせ、裏筋をつう、と舐め上げた。のけ反りそうな快楽が睾丸を回って背筋に走った。
びくびく、と何度もソレが痙攣する。月本はその反応が面白かったのか、二度、三度とそれを繰り返した。舌全体でねっとりと撫で上げたり、舌先だけで焦らすようにされたり。
普段は澄まし顔をしている彼女が、こんな淫らに男のモノに媚びている。征服欲がぞわぞわと昇ってくる。
「咥えてくれよ」
月本の頬に手を添えてそう呟く。どす黒い欲望に染められ、自分の声が低くなっていることに気づいた。
「ん……いいよ。シてあげる。――ぁむ」
口を開けた月本。ディープキスでも味わった熱い口内を生殖器で感じるという期待にぞくりとした。
そして、ぱくりと先端を咥えこまれる。瞬間、敏感な亀頭に月本の濡れた感触が一気に流れ込んだ。
「んっ、く……ン……」
軽く舌先で転がされる。その感触だけでも信じられないくらい気持ちがいい。陰嚢の奥のスイッチがどくん、と鼓動する。
月本は先端を咥えたまま、片手を竿に触れさせた。そして、固くなったそれを握ると、上下にしこしこと動かし始めた。
「っ、月本……」
「ん、これ好き? ……ん、っちゅ、ンむ……っ」
上目遣いで尋ねてくる月本が可愛らしい。しかしその行為はどこまでも淫らだ。
竿を擦りながら、ぷくりと膨らんだ亀頭を唇と舌で愛撫する。男に快楽を与えるためだけの行為。
カリを唇で軽く挟みこみ、口内に入れられた先端を舌先でちろちろと舐められる。それだけならまだ軽い刺激だが、竿をしごかれているせいで射精を意識させられる。
「月本の口ン中、気持ちいい……。なぁ、根本、まで」
「ん……ふぁふぁった……ん、ぶ……っ」
俺の言葉に従順に従う月本。片手を竿から離し、両腕を俺の腰の後ろに回した。
そして、ゆっくりと口の中へ肉棒を飲み込み始めた。
「んっ、ぶ……ン、んんっ……ふーっ、ん……」
荒い鼻息が竿にかかる。その刺激すら快感。
柔らかく、軽く湿った唇がカリを通りすぎて竿を擦っていく。飲み込まれた部分は、まるで触手に絡み取られたような濡れた快楽に包み込まれる。
「っん……」
そうして、根元まで全て月本に咥えこまれる。つん、と先端が喉奥に当たる感触。
月本の顔を見ると、嫌な顔一つしていない。ただ、とろんとした目で俺を見上げている。
その瞳と視線が絡み合う。俺がどうしてほしいか、それだけで見透かされた。
「んっ、ぢゅっ……ぶっ……ん、む、ぁむっ……ンっ……」
ずぶぶ、と引き抜かれ、また根元まで咥えこまれる。緩慢な動きで、それを何度も繰り返される。
吸いつくような唇が竿を往復し、手でされるのとは違う快楽が生まれる。唾液にまみれた口内で舌が生殖器に絡みつき、その快楽は何倍にも増幅されている。
「んっ、ぶっ……んぐっ、ン、ンぶ……っ、く……!」
どくどくと陰嚢で精液が暴れだし、ゆっくりと昇ってくる。それを感じ取ったのか、月本の動きは次第に激しくなっていた。
先端ギリギリまで引き抜かれ、喉奥まで深く深く飲み込まれる。その瞬間に何度も射精感がこみあげてくる。
ぶぽっ、ぶぽっ、と下品な音が月本の口から漏れ出て、すぐに限界が来てしまう。
「月本、つきもと、出るっ……!」
「んっ、ぶっ……ん、ぐ――んんっ!!」
快楽の高まりと、奥への咥えこみが重なった瞬間。俺は月本の喉へ白濁を吐き出した。
「んっ、ん……っ、ぐ、っン……」
一瞬苦しそうな顔をする月本。しかし、こくんと喉を一つ鳴らすと、俺の欲望を飲み込み始めた。
どっくん、どっくん、と大きな脈動がゆっくりと繰り返され、塊になった精液が月本に放出される。その度に腰が抜けそうな快楽が生殖器から全身に巡ってたまらない。
「はっ、はーっ、月本……も、少し……」
「ん、どーぞ……っん……」
一瞬口を離される。しかしすぐにまた咥えてくれた。
先端だけを口に含み、片手で優しく扱かれる。とくっ、とくっ、と尿道に残ったものを搾り取られていく。
ねっとりとした白濁液を、月本は嫌な顔ひとつなく、むしろ嬉々として最後まで飲み込んでくれた。
「っは……」
最後まで射精し終えた後、月本が口を離した。唇と亀頭の間を何本もの白く濁った糸がかかっていた。
「まだ……固いね。ちんちん」
あんなに射精したというに、俺の肉棒はまだ勃起したままだった。月本は俺を見上げながら、優しく生殖器を上下に扱く。
月本の片目は怒張したものに遮られ見えない。もう片方の目が、穏やかに、しかし何かを期待するように俺を見ていた。
「月本、脱げよ。……月本と、繋がりたい」
満足そうに目を細め、月本は頷いた。
月本は立ち上がって、自らの衣服を脱ぎ始めた。俺も半脱ぎになった白装束を脱ぎ、軽くたたんでそばに置いた。
そうしてお互いに生まれたままの姿になる。
「月本ってやっぱ、綺麗だよな」
「ん……ありがと」
女らしい曲線的な身体のアウトライン。年相応に膨らんだ胸と、少し筋肉質な腹回り。きゅっと締まったそこから、また緩やかに膨らみ、豊満な尻が美しい線を描いている。
男の情欲を煽る整った身体つき。しかし、それ以前に美しさを感じさせる。人形のような白い肌がそう感じさせるのだろうか。
「月本」
俺は月本の手を取り、部屋の中央の布団の上へ。そこで向かい合って座る。
お互いに荒い吐息。まだ情欲の炎は勢いを弱めることを知らない。
「んっ……」
近づき、脚を絡ませ、俺たちはまた口づけた。火照った体を慰めるように、舌を絡ませ戯れる。
でもその行為じゃとても足りない。
「近藤くん。あなたはどうしたい?」
唇を離し、月本が問う。すぐにでもまた口づけられる距離。月本の濃い匂いは媚薬のよう。
俺は月本に四つん這いになってくれと言った。月本は目を見開いたが、いいよと頷いた。
そうして、月本は俺に尻を向けて手をついた。当然、俺の目にさらされる月本の臀部。
一点の汚れもない白い肌と、割れ目の間の窄まった尻穴。そして、たらたらと淫液を滴らせている月本の秘所。
それをこれから自分がどうするか、という妄想だけで、勃起したモノがびくんと反応した。
「ん……あっつ……」
膝立ちになり、尻の割れ目に肉棒を触れさせる。滑らかなその感触に、そこで擦りつけることすら想像してしまう。
「月本、じゃ……入れるから」
「ん……」
振り向かず、こくりと月本が頷く。
俺は両手を尻肉へ添え、限界まで出来上がった生殖器同士を触れ合わせた。
「っん、ぁ……」
月本の背中が浅く反る。白い背中に落とされた影が僅かにその形を変える。
両手と腰に力を入れ、ずぶりと先端を突き入れた。
「ぁ、んっ」
ぴくりと跳ねる月本の身体。しかし、ホテルの時のような苦しい声は上げなかった。その口から漏れたのは、甘えるような吐息だった。
俺は腰にまた力を入れて、奥へずぶぶ、と挿入する。この部屋の空気と先の行為でぐちょぐちょになったそれは、簡単に俺を受け入れていく。
「はっ、ぁ……あっ、すっご、い……っ、アっ、も、きもち……っ、んっ、ぁん……」
小さく震えている月本の体。しかしそれが苦痛以外によるものだと、その声が伝えていた。
その反応に我慢しきれなくなった俺は、月本の尻を掴み、ずぷりと奥まで挿入した。
「っあ……!?」
月本の甲高い声が響く。それと同時に、膣内がひくひくと痙攣した。
「っ、は……ぁ……イきそう、だった……」
さら、と髪を枝垂れさせながら、月本が振り向く。肩で息をしている彼女は、流し目で俺を見た。
「月本、もう動くぞ」
「ん……いーよ、シて――」
静かに、だけど甘えた声で月本が囁く。その言葉に、躊躇など無くなる。
腰を引き、ずぷん、ともう一度奥まで突き入れた。肉棒全体が月本の粘膜に擦り上げられ、鈍く響く快楽が突き抜ける。そのたった一突きで虜になった。
「んっ、あっ、んっ……く、おっき……っ、アっ、ん……っ」
奥を突く度、月本の甘い声が押し上げられるように漏れる。その声をもっと聞きたくて、何度も腰を抜き差しする。
最初はもっとゆっくりと思っていたのに、勝手に腰が動いてしまう。
ぱん、ぱん、と乾いた音が鳴る。俺の腰が月本の尻に打ち付けられ、その柔らかな肉が波打つ。その光景だけでもひどくいやらしい。
「あっ、んっ、すご、いっ……! あうっ、ンっ……奥、おくっ、んっ……もっとっ、ん、っア……っシて……あっ、はっ……!」
腰を打ち付け、一番奥まで亀頭が押し入る瞬間、先端から快楽が迸る。彼女の子宮口は、精液をねだるように吸いついてくる。
膣内の壁から無数の触手が絡みついてくるように、俺の肉棒にまとわりつく。それを擦りながらの抜き差しに、我を忘れて没頭してしまう。
ぐつ、と黒い欲望が昇ってくる。このまま、もっと求めたい。月本を壊してしまうほどに。
「はっ、はーっ、月本っ……!」
「んっ、あっ……んっ……! ――ね、こんどー、くん」
不意に月本が振り向いて俺を呼ぶ。腰の動きを止めて月本を見た。
「近藤くん、ちょっと我慢、してるでしょ」
はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返しながらも、月本は鋭い視線を向けていた。思わず言葉に詰まった。
「いや、んなこと」
「いいよ、もっとあなたの好きなように動いて」
慌てて取り繕うとした言葉は、月本の静かな言葉に遮られた。囁くような声なのに、有無を言わさないものがあった。
「近藤くんなら、怖くないから。……だから、いいよ。壊れるくらいに、シても」
その言葉に頷くより先にぞくりと背筋が震えた。興奮と、嬉しさ。
月本の目が静かに俺を見ている。半開きになった唇は、微かに微笑んでいた。
「知らねーぞ、月本。……ほんとにいいんだな」
「大丈夫。……シて」
その小さな声が、再開、いや始まりの合図になった。
「んアっ……!?」
引き抜けるギリギリまで抜いて、思い切り奥まで叩きつけた。びくん、と身体を弓なりに反らせ、月本が声を上げる。
しかしそれに構いはしない。月本が俺に身を預け、そうしてくれと望んだのだから。
「あっ、アっ、ん……っ、はげ、しっ……! あっ、ん、すっごい、っは、ぁはっ……わた、しっ……んっ、犯されて、るっ……!」
動物的な本能のまま腰を打ち付ける俺に、月本は甘えた嬌声を上げて応える。長い黒髪を振り乱して淫らに狂うその姿は、一層俺のブレーキを壊す。
激しく抜き差しを繰り返される結合部からは、月本の愛液と俺の先走りが混じったものが飛び散っている。月本の尻も太腿も、俺の腰もどろどろに濡らされ、乾いた音に水音が混ざり始めていた。
「は、っあ、ぁンっ……こんどーくん、のっ……ぁう、っは、こすれ、てっ……あっ、だめ、ぁ……ん、イっ、きそっ……!」
月本のナカがびくびくと痙攣し始める。それが絶頂の前触れだとすぐにわかった。
きゅう、と締め付けもきつくなり、快楽を共にしようと俺の射精感をこれでもかと煽りたてる。
それに誘われるまま、月本の尻を掴み何度もそこへ腰を振る。ばちゅん、ばちゅん、といやらしい音が部屋中に響き、俺と月本の間の空気をどこまでも淫らに染めていく。
「っ月本、出る……いく、出るっ!」
「んっ、あ、アっ、わたし、もいっく、ンっ……く、はっ、イクイクっ、いっく――!!」
ずぱん、と一番奥へ突き入れた瞬間、俺たちの快楽が一気に爆発した。
心臓が止まってしまうほどの衝撃が走り、ため込まれた精液が月本の中に注ぎ入れられる。奥まで入れているというのに、それでも足りずに腰をぐりぐりと押し付ける。
「っあ、あ、あー……っ、でて、る……せーえき、ん、ぁ……なか、でて……っ」
陶然とした声を上げながら、月本の身体が小さく痙攣を繰り返している。その小さな振動が膣内にも伝わり、射精を促す刺激に変わる。
「はーっ、はぁっ、つきもと……っ、射精、とまんね……っ」
さっきの口淫と同じくらい出したのに、精液が止まらない。どくんどくんと生殖器が脈動を繰り返し、白濁液が何度も月本の中へ吐き出されていく。
「ん……っ、いい、よ……っあ、ん……っ、ぜんぶ、注いで……」
どこまで理性が残っているのかわからない声で、月本が求める。
絶頂で力が入らないのか、彼女はとさりと仰向けに倒れてしまった。繋がったままの俺もそこへ自然と覆いかぶさる。
「っ、つき、もと……」
俺は、そのまま腰を動かし始めた。肉棒の先端からはまだ精液が緩く流れ出たまま。
ぬぷ、ぬぷ、と緩慢な動きで腰を振り下ろす。
「っあ……あー……っ、すっご――おっ……ぁう、あは……っ、こうび、みたい……っ」
月本は恍惚とした声を上げながら俺の欲望を受け止め続ける。だから俺も際限なんてない。
精液でどろどろになった膣内を擦りながら、どくどくと好き放題精液を垂れ流す。まるで壊れたポンプのように。
「月本……っ、きもち、いい……出る、まだ、イクっ……」
「んっ、お、ぁ……っ、だし、てっ……近藤くん、の……っせーし、んぁ……ぜんぶ、なか、だして……っ」
仰向けでただ快楽に震えている月本だったが、いつの間にかその腰がかくかくと揺れていた。俺の抽送に合わせて動くそれは、燃え盛る快楽に油を注ぐ。
また一つ大きな衝動が来て、何も躊躇せず月本の中に解き放った。
どぶん、どぶん、と半固形になった白濁液が漏れ出る。先端を擦りながら出ていく瞬間、気絶しそうな快楽に脳が焼かれる。
「っあ……!? ぅ、あっ……また、そそがれ、てっ……ん、ぉ……っ」
月本がびくんと雷に打たれたように震える。それでやっと打ち止めになった。
一気に全身の力が抜け、月本の上に倒れこむ。ずるん、と繋がっていたモノが引き抜かれる。どろどろの液体が互いの身体を汚すが、そんなのもうどうでもよかった。
「は、ぁ……月本」
「ん……こんどー、くん。きもち、よかった……」
息も絶え絶えになり、会話にもならない言葉を交わす。
その時、バチバチと大きな静電気が走った。それでこの性交の意味を思い出した。目的なんて忘れて、月本との交わりに没頭してしまっていた。
『しあわせ』
月本から感情が流れ込んでくる。複雑なものはなく、今はただそれだけだった。そしてそれは俺も同じだった。
何とか力を入れ、月本の上から降りる。月本も身体を転がし、横になって向き合った。
「ん……」
そっと口づける。まるで雛鳥のように。今はそれ以上いらなかった。
俺と月本は、お互いに循環する多幸感に包まれたまま、気のすむまでそうやって口づけ合っていた。
しばらく後、やっと頭が冷えた俺たちは、脱ぎ捨てた服を着なおして並んで座っていた。気まずさもなくはないが、今は近くにいたかった。
俺と月本はさっきの行為を通して「繋がった」。自分の中に、月本との見えない水の流れのようなものを感じる。
少し意識するだけで、月本の考えていることが流れ込んでくる。
「月本。これで、儀式は成功した、のかな」
「うん。大丈夫。あなたとの繋がってるって、ちゃんとわかる」
月本が俺の手をそっと握る。そのぬくもりが心地いい。
「じゃあ、これから調停者になるんだよな。それは、どうやって」
「あれ」
月本が正面を指さす。そこには、この部屋で一番目立つ大きな石扉がある。
「多分、あそこが開くはず」
その扉は見るからに重そうで、とても開きそうにない。だが、月本が真実を言っているというのはわかる。
月本が不意に立ち上がる。俺も一緒に腰を上げた。
「……じゃあ、行こっか」
感情を押し殺したような声だった。
思わず、俺は月本からの感情の流れを覗いた。最初に流れ込んできたのは不安だった。重い責務を継ぐこと、俺という他人を巻き込んでしまったこと。
それと、切なさ、のようなもの。
『もっとあなたと普通に過ごしたかった』
思わず月本を見た。俺が彼女を覗いたことは当然バレていて、困ったような顔をしていた。
「勝手に覗いたでしょ」
「すまん。でも月本も俺のこと覗いてるだろ」
「あはは、バレた」
楽しそうに笑う月本。しかし、ふと目を伏せて口を開いた。
「……後悔、ないんだ」
静かな声だった。
「ねーよ、そんなの。月本は俺の特別になっちまったんだから、離れるなんてできない」
「そ。……ありがとう」
穏やかに笑う月本。その瞬間、月本から濁った感情が流れてきた。しかし、それを覗き見る前に、俺の意識はそらされた。
ぎぎ、という重苦しい音。目を向けると、石扉がゆっくりと開き始めていた。
「す、げ……」
俺は思わずその光景に目を見開いた。
扉の隙間から徐々にあらわになるその向こう側。明かりのない場所のようで、薄暗くてほとんど見えない。だが、俺と、そして月本には見えるものがあった。
「あなたにも見えるよね。これが、私が普段見てるもの」
無数の光の糸が部屋からあふれだしていた。
月本は「偶然を動かせる」と言った。この糸が色々な偶然につながっているのだろうと、そう理解した。月本、そして調停者はこれを操ることで平和を維持するのだろう。
そして、扉が開ききる。その先はどうくつのような小さな空間だった。、中央には祠がまつられている。
「誰も、いないのか?」
俺は前の調停者がいると思っていたが、人影は無い。
「そうだね。……人の形がなくなる、ってことなのかな」
簡単に言い放つ月本。その言葉にさすがに一抹の恐怖を覚えた。だが、それに怖気づく訳にはいかなかった。
「月本、行こう」
恐怖を振り切るように、力強くそう口にした。
しかし、返事がない。月本を見ると、目の前を見つめたまま押し黙っていた。
「月本?」
俺が声をかけると、月本が先に一歩を踏み出した。そして、すぐに止まって俺に振り向いた。
遠くを見るような、彼女らしい澄ました表情。吸いこまれそうな瞳が俺を見つめている。
ぞわ、と嫌な予感がして、俺は月本の中を覗き込んだ。
俺の嫌な予感は、当たってしまった。
「月本! お前何考えて――」
「ごめんね」
どん、と月本の右手が俺を思い切り突き飛ばした。身構えていなかった俺は、よろめいて情けなく後ろに倒れこむ。
背中が地面に叩きつけられる瞬間、バチバチと電流が流れるような刺激が走った。そして、目の前が光輝き、テレビのチャンネルが切り替わるような感覚に包まれた。
「え……」
気づくと、俺は真っ白な光の流れの中にいた。上も下も、左右にも何もない。
「近藤くん」
聞きなれた声に目を向ける。遠く離れた先に、月本がいた。
手を伸ばしても決して届かない距離。だけど、不思議と声は鮮明に聞こえた。
きっとここは、俺と月本の繋がりの中にある小さな世界なのだ。だからきっと、ここにあるのは俺と月本の意識だけ。
「おい! 月本、お前一人で行くなんて何考えてんだ!」
俺が月本を覗いたときに見えたもの。それは、ここで俺を残して、一人で扉の向こうに行くという思いだった。
「ごめん。でも、やっぱりあなたと一緒にはいけない。そうしたくない」
「どうしてだよ!」
淡々という月本が理解できなかった。分かり合えたと思ったのに、一緒に行こうと言ったのに。
「私が偶然を動かすとね、必ずどこかにその反動がくる。調停者も同じ」
「は……? 今はそんな話してんじゃ――」
「近藤くん」
はっきりとした芯のある声が俺を遮る。
「大きな災害が起きそうなとき、それを無かったことにはできない。小さな事故とか、誰かの悪意とかに、力の向き先を変えるだけ」
理屈では理解できる説明だった。大多数のために少数を犠牲にする、そういう仕組みだ。
だが、なぜ彼女がそんなことを今俺に語るのか。
「繋がってわかった。あなたは……近藤くんは優しい人。あなたはきっと、この役目に耐えられない。……きっと、壊れちゃう」
「そんなの……んなことわかんねーだろ……!」
俺の空っぽな反論が宙に舞う。苦し紛れに出た言葉だと、俺自身もわかっていた。
「例えば、あなたの家族を犠牲にしないといけないとしても、あなたは耐えられる?」
「それ、は……!」
その先の言葉を、俺の口は喋ってくれなかった。それが答えだった。
月本の言葉は正しい。それを否定できない自分が、どうしようもなく許せなかった。
「近藤くん。あなたは私の特別な人。すごく、大切だって思う。――だから、あなたを壊したくない」
それは、月本の心からの言葉だった。信頼と避けられない決別を伝える言葉。
ざくり、とナイフのようにそれが胸に突き刺さる。月本の気持ちは理解できる。理解できるからこそ、耐えられなかった。
「じゃあ月本はどうなんだよ! たった一人でそんな責任に耐えるってのかよ!」
「私はほら……結構ドライだから。きっと大丈夫だよ」
まるで他人事のように、くすりと笑って月本は言った。そんな彼女に、怒りなのか、悔しさなのか、自分でも整理のつかない感情があふれだす。
「っざけんな! 俺は月本を一人にしたくない――そばにいたいから一緒に行くって言ったんだ!」
「うん……そう、だね。それも、すごくよく分かってる。私だって、あなたと一緒がいい」
「だったら――」
「でも」
突きつけるように、月本が声を放つ。
「私はあなたと過ごしたことをちゃんと覚えてる。いつまでも、絶対に忘れないから」
優しく、それでいて決意を感じさせる言葉だった。
どうすれば、どうすれば止められる。だが、いくら考えても言葉は出てこない。
だって俺は月本をこれ以上ないほど知ってしまっているのだから。何を言っても無駄だと、もうわかってしまっているから。
何も言えないまま、月本がまた口を開く。
「思い出は残る。――そうでしょ?」
そう言って、月本は笑った。放課後、あの教室で俺と話してくれていたあの時と同じ、穏やかな微笑み。
「月本――!!」
言葉も、感情も何もかも追いつかない。俺はただ、その笑顔を目に焼き付けることしかできない。
光が収束するように月本の姿が遠ざかっていく。そして、電源が切れるように、ブツリと目の前が真っ暗になった。
「……っあ」
我に返る。瞬間、どさ、と背中に強い衝撃が走る。その痛みに思考がぐらぐらと揺らされる。
俺の意識はあの部屋に戻ってきていた。刹那、遠ざかっていく月本の姿を思い出す。
顔を上げると、月本はもう扉の向こうにいた。俺に背を向け、その顔は見えない。そして、石扉はすでに閉まりかけていた。
「月本、つきもと、待て!!」
体を起こし、全力でそこへ手を伸ばした。だが、もう遅かった。
ずん、と重い音を立てて、石の扉は完全にその隙間を閉じてしまった。月本の姿も、光の糸も、もう何も見えない。
「月本! 月本、おい! 開けろ!」
扉を何度も両の手で叩く。だが、返事が返ってくることも、ましてや扉が開くことなど無い。
「おい! ふざけんな、月本――っ、勝手に決めてんじゃねー……っ!」
その声に返答は無い。俺の情けない声だけがこの部屋にこだましている。扉の向こうへ届いてはくれない。
その場にどしゃりと崩れ落ちる。ぼたぼたとみっともなく涙が俺の膝に零れ落ちていく。
それでも扉を叩く手は止まらない。彼女の名を呼ぶ声を止められない。
こんな別れなんて、納得できるわけがなかった。
「ふざ、けんな……っ、月本のほうが、ずっと優しいくせに……っ」
零れ落ちる涙のそばに、月本が残していったアネモネが揺れていた。