※この作品はR-18です。

クラスで浮いてるあの子は俺と性行為の練習をしている   作:黒宮魚

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信頼は押しつけの裏返し

「最近元気そうだね」

 

 隣の席の日出に話かけられたのは、授業合間の休憩時間だった。

 

「え、そうか?」

 

 退屈な数学の眠気を飛ばすために伸びをしながら答える。うん、と日出が頷いた。

 最近、俺は日出と話すようになっていた。別に用事があるわけでもないが、向こうから話しかけてくるのだ。人と話すのが好きなヤツなんだろう。

 

「何かいいことでもあったの?」

「別にねーよ」

 

 教科書をしまいながら答える。いいこと、と言われて一瞬月本のことを思い出した。

 離れた席に座る月本の後ろ姿に目をやる。相変わらず一人で読書をしているようだ。放課後以外で彼女との関わりは皆無だ。

 

「日出はいつも元気だよな。なんか秘訣とかあんのかよ」

「んー普通にしてるだけだけど。強いて言うならみんなと楽しく喋ることかな」

「ふーん、ま確かにいつも誰かと話してるよな」

 

 そうだね、と何でもないことのように日出が返す。確かに彼にとっては何でもないんだろう。人と接するのが得意じゃない俺とは無縁の感覚だった。

 

「クラスの全員と仲良さそうな感じだよな」

「仲良いか、はわかんないけど。大体の人とは話すね。君が一番最後だったけど」

 

 ふーん、と教室に目を向ける。それぞれが好きなことをしてざわついてる。日出は誰と喋っている姿も何となくイメージできた。

 読書をしている月本とも。いつかの朝見た光景を思い出す。俺はなんだか癪だが聞いてみることにした。

 

「月本、とかとも話すのか?」

「ん、月本さん?」

 

 一瞬、日出の反応に溜めがあった気がした。日出とは会話のテンポが途切れないイメージがだから、少し引っかかった。

 

「まあ普通に話すよ」

 

 だがいつもの人当たりのいい声で続けた。

 違和感は俺の気のせいだったと納得させる。正直、月本のことを意識しすぎているのかもしれない。たかが「練習相手」だというのに。

 

「お、ついに近藤くんも他人に興味を持つようになったの」

「誰が人に無関心なヤツだよ」

 

 ははは、と軽い笑いが出る。最近、こういう冗談にマジにならずに上手く流せるようになった。月本との練習の成果かもしれない。

 

「いや、この間朝一緒に学校来てるの見たから。ほら、月本って誰かと喋ってるのあんま見たことないから」

「あぁ、確かにね。んー、親同士でちょっと付き合いがあるんだよ」

「へー……幼馴染、みたいな?」

「そこまで仲いい訳じゃないよ」

 

 日出が首を横に振る。

 そういうつながりがあったのは驚きだった。でもなぜだろうか。「仲いいわけじゃない」と日出は言ったが、月本のほうがどう思っているのかが無性に気になった。

 

「まあ、ちょっと変わってるけど良い子だよ。話しかけてみるのもいいんじゃない?」

 

 ぽん、と肩を叩かれる。その時、ばちっと静電気が走った。

 寒くなってきたしそういう時期だ。静電気が苦手な俺にはあまり好きな季節ではない。

 

「ああ、うん。気が向いたら話しかけてみるよ」

 

 もう話してるけど、と内心思いながら適当に返事を返した。

 が、日出は無言だった。一時停止ボタンを押したみたいに、表情が固まっていた。

 

「日出? どしたんだよ」

「え? ああ、何でもないよ」

 

 ぱっ、と表情を戻して日出が笑った。日出はもしかしたら俺より静電気が苦手なのかもしれない。

 

「ああ、そういえばさっきの数学の課題だけど――」

 

 日出は先ほどの授業で配られた課題プリントを見せてきた。数学が苦手な俺がちょうど不安に思っていたことだった。俺たちは次の授業までその課題の話をしていた。

 

 

 その次の日の放課後。今日は月本との「練習」の日だった。

 この関係が始まってからそろそろ半月ほど経つ。最近少しだけ、学校に来るのが楽しいと思うようになってきた。日出が言っていたことは正解だ。

 

「月本ー」

 

 がら、と扉を開ける。なんだかテンション高く呼んでしまってちょっと恥ずかしかった。

 が、俺の呼びかけに返答は無かった。

 

「あれ」

 

 いつもは月本が最初に来て、奥の机に座っている。だが、見慣れた空き教室内に彼女の姿は無かった。

 何か用事があるんだろう、と思って、月本と同じように机に座った。

 だいたい五分後に、教室のドアが開いた。

 

「よう、月本。なんか先生に仕事でも押し付けられたのか?」

 

 軽口を言いながら机から降りる。

 だが、機嫌のいい俺と反対に月本は「別に」と淡白な反応を返した。相変わらずだなと思い、特に気にも留めなかった。

 

「月本、今日は――」

「近藤くん」

 

 いつも通り話を振ろうとしたところで月本の声に遮られた。

 そこで初めて彼女の顔を見た。いつも通り澄ました顔。だが俺と目を合わせていなかった。

 

「これ、見てほしいんだけど」

 

 月本はポケットからスマホを取り出して、俺に見せてきた。

 

「えー? なんだよ、おもろい動画でも見つけたのかよ」

 

 月本は答えない。いいから見ろ、と言っているみたいだった。

 仕方ないな、と画面に目を向ける。そこには一本の動画が映し出されていた。素人が撮影したような、ブレた映像だった。

 どこかの噴水広場みたいな場所。そこに中学生くらいの何人かの男子がいた。何やらもみ合っているような様子だ。

 

『勝手なこと言ってんじゃねーよ!!』

 

 唐突に大きな声が鳴る。それと同時に、制服姿の一人の男子が坊主頭のヤツを一発殴りつけていた。ばちっ、と鈍い音をマイクが拾う。

 それを皮切りに殴り合いが始まった。最初に殴った男子以外の数人は仲間のようで、よってたかって報復の暴力を入れている。しかし、一人きりだろうとお構いなしに、ソイツは怒号を上げながら反撃していた。

 

『ちょ、やばいやばい。誰かケーサツ呼んでー!』

 

 撮影者だろうか。高い男声が入る。

 しかしそれに気づいたのか、制服の男がカメラに向かってきた。

 

『撮ってんじゃねー!』

 

 そこで動画が止まった。

 俺はやっと、自分が呼吸をしていなかったことに気づいた。息が漏れる。ゆっくりと息を整える。

 

「これってさ」

 

 月本が口を開く。その先の言葉は容易に予想できた。

 

「あなた、だよね」

 

 反射的に口が開いた。けど何も声が出なかった。

 月本と目が合う。顔を伏せて、視線だけをこちら向けている。恐怖が映っているように見えた。

 

「つきも――いや、それ、は……っ」

 

 否定しようとした。だけどできなかった。だって、動画の中で暴れていた制服姿の男子は俺だったんだから。

 どうして。なんで月本がその動画を。それよりちゃんと説明しなきゃ。説明って何を?

 頭の中はフル回転しているのに、何一つまともな思考が組みあがらない。

 

「本当は怖い人、だったの?」

 

 月本が俺を見ている。その問いに思わず顔を下に向けた。

 何か言わないといけない。月本ならちゃんと話せばわかってくれるはずなんだ。この動画だけで決めつけてくるようなヤツじゃないんだ。

 

「そういう人とは私、関われない。から――」

 

 決定的な一言だった。うんざりするくらい芯の通った、突き放しの言葉だった。 

 がちん、と撃鉄が起こされる。頭の中に血液という火薬が詰められる。足の先が遠くなる感覚がした。

 

「だから、おし――」

「なんだと」

 

 月本が何かを言いかけた、気がする。でも流れ出した感情を止めるには些細すぎる。

 

「よく知りもしないでそんなこと――!」

 

 自分でも驚くくらい低い声だった。だん、と俺の足が床を一歩前に叩いた。

 瞬間、月本の目が開く。その目は明らかに恐怖を伝えていた。

 俺とは反対に、月本の細い左足は一歩後ろに下がっていた。

 

「あっ……」

 

 頭に上った血が固まる。

 また怖がらせた。月本にはそうしたくなかったのに。二度とそうならないようにしてきたつもりだったのに。

 

「あっ、いや、月本――ご」

 

 慌てて謝ろうとする。だがその先の言葉は言わせてもらえなかった。

 

「安心できる人だって、思ってたのに」

 

 冷え切った声。

 しまった、という後悔はあまりに遅い。月本は無慈悲に言葉を続ける。

 

「本当にそんな人だったんだ」

 

 その目は恐怖から失望に変わっていた。

 それが最後の引き金を引いた。

 月本は俺をわかってくれると思っていたのに。そんな風に決めつけるヤツじゃないと思っていたのに。

 

「月本、お前!!」

 

 頭から身体に戻りかけた血が逆流する。引き金を引かれた弾丸は止まることなんてできない。

 つかつかと月本に足を進める。彼女はまた一歩身を引いたが、後ろは壁だった。

 

「何も知らないくせに勝手なこと言ってんじゃねえ!!」

 

 月本の肩を掴み、片手を振り上げる。それは血が出そうなほど強く拳を握っている。

 月本の目がきゅっと固く閉じられる。そして握った拳が振り下ろされる直前。

 

『勝手なこと言ってんじゃねーよ!!』

 

 ほんの少し前に聞いた声が頭をよぎった。今の俺は、動画に映っていた俺そのものだった。

 俺の手は振り上げたその場所で静止していた。まるで時間が止まったみたいだった。

 

「ぁ……」

 

 しかし時間は戻ってくれない。

 ゆっくりと月本が目を開ける。俺の顔と拳をそれぞれ見た。彼女は何か言いたげに口を開いたが、言葉は続かない。

 そして視線を外し、俺を振りほどいた。

 

「あなたとは、もう話したくない」

 

 月本はただ一言そう言い残すと、教室を出ていった。ぱしん、という扉が閉まる音で我に返る。数秒間、月本が出ていった扉を見つめていた。

 

「……」

 

 一人、残される。力が抜けて、だらん、と垂らされた両手が足にぶつかった。

 血の気が引く、というよりは空虚さが頭に残った。時間にしてほんの一分にも満たない出来事。それが何回も頭の中でループ再生される。

 これで終わりなんだ、という実感が残る。月本とは少しだけ上手くやれていたと、思っていたのに。

 

「月本だって、俺のことをわかろうとしなかったじゃないか」

 

 口にしてもどうにもならないことだった。

 少しずつ冷静になった頭が、これ以上ここにいても意味がないと理解する。もう二度とここに用はないだろう。

 出口に足を向けたところで、ふと床に光るものが目に留まった。拾い上げてみてみると、親指ほどのキーホルダーのようなものだった。月に糸が絡まったような独特のデザインをしている。

 

「……月本のか」

 

 俺はそれをポケットにしまって教室を後にした。

 

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