相田 美月 (あいだ みづき) 29歳
外資系コンサルティング会社勤務
常に冷静沈着で物事を論理的に考える自信家のキャリアウーマン。
時間や自己管理に厳しく、他人に弱みを見せることを極端に嫌う。
水曜の夜。
まったく、なんで私のチームの奴らはこう、納期間際にやらかすのか。
部下のミスを深夜までかかってリカバリーし、相田美月は疲れ切って会社のビルを出た。
(あー、もう無理。早く帰りたい!)
スマホをタップしてタクシーを呼ぶ。
すぐにやってきたのは古びた感じの黒っぽいセダンだった。
乗り込むと、ドアが重たい音を立てて閉まる。
途端にツンとくる匂い。
(うわ、芳香剤くっさ…)
安っぽい森の香りが何か嫌な匂いと混じってて、最悪の組み合わせだ。
美月は眉をひそめ、深くシートに体を沈めた。
「世田谷の、マンションまで。首都高使って」
運転手は「はい」とだけ短く答える。
バックミラーに映る、いかつい顔。愛想も無い。
(感じわるー。まあ、寝てれば着くか)
美月は深くシートに沈み込んだ。布地は湿っていて肌にへばりつく感触。
窓の外、高速道路の標識が流れていく。
眠気が襲ってきた。一日中、頭を使い続けた反動だ。
赤信号で停まったとき、運転手が振り返った。そして無愛想な口調で言った。
「サービスです」
差し出されたのはビニール包装されたクッキーだった。
見慣れたブランド。でも包装の端が少し破れている。
美月は警戒する余力もなく、ありがとう、と呟いて受け取った。
甘い味が口の中に広がる。妙に粉っぽい。
高速に入って、しばらくうとうとしていただろうか。
下腹部にきゅーっと差し込むような感覚が起こり、美月は意識を覚醒させた。
(うそ。さっき会社で済ませたばかりなのに)
美月はスマホの画面を見つめた。
ニュースアプリを開く。でも文字が頭に入らない。
膝を組み換える。脚をじっとさせていられない。
尿意は、どんどん強くなった。
冷たい汗が背中を伝う。シートにへばりつく布地が汗で湿っていく。
美月は歯を食いしばった。
「あの...すみません」
声が震えていた。
「次のサービスエリアで停まってもらえませんか? トイレに...」
運転手はバックミラーの中で目を細め、機械のように言った。
「申し訳ありません。次のお客様のご予約が入ってまして。時間に遅れると困ります」
美月は座り直した。
一万円札を財布から取り出す。
「お金は余分に払います。本当に急なんです」
「規則で、予約がある場合は寄れません」
バックミラー越しに運転手のガラス玉みたいな目がこっちを見る。
冷たい声だった。
美月の指が震えた。下腹の圧力が増していく。
もう我慢できない。膝がガクガク震えた。
「でも、それじゃあ...」
「シートを汚されると困ります」
運転手は助手席の足元を指差した。
そこには畳まれたビニール袋があった。口が広がっている、厚手のゴミ袋だ。
「そちらで、お済ませください」
美月は呼吸が止まりそうになった。
ドライブレコーダーの小さな赤いランプが、バックミラーに映っていた。
すべて記録されている。顔が火照った。耳が熱い。
「そんな...冗談でしょう?」
「本気です」
運転手は表情を変えない。機械のような口調。
美月は窓の外を見た。
他の車は風のように通り過ぎていく。誰も助けてくれない。
下腹の圧力が限界に達した。もう我慢できない。
美月は震える手でビニール袋を広げた。冷たいビニールの感触。
指が震えて袋がカサカサと音を立てる。
スカートの裾をまくり上げ、下着をずらす。
ガサガサと音を立てるビニールを必死で股間にあてがった。
袋を慎重に位置合わせしてから、美月は放尿を始めた。
ちょろ…と情けない音を立てて熱い液体が流れ出していく。
車内に響くその音と、ツンと広がる臭いに羞恥心で死にそうだった。
終わったとき、袋はずっしりと重かった。
口を縛ることすら、指が震えてうまくいかない。
結局、それを膝の上に置いて、家まで過ごさなくてはならなかった。
(こんなの…最悪なんだけど…)
美月はただ、窓の外を睨みつけ、唇を噛み締めることしかできなかった。
車内は沈黙に包まれたまま、自宅マンションへと到着した。
美月は金を叩きつけて、すぐにでも逃げ出したかった。
でも運転手は「ちょっと待ってください」と言うと、小さなライトで後部座席をじろじろと照らし始めた。
美月は、その間も膝の上の袋を持ったまま待たされる。
やがて男は顔を上げると、こう言った。
「シートは汚れてないようですが、臭いがね、どうしても残ってしまうんで。クリーニング代として一万円、いただけますか」
怒りで体が震えた。
だけど、もう関わりたくない。
美月は財布から一万円札をひったくるように抜き取り、タクシー代と一緒にトレーに叩きつけた。
車を降り、近くのゴミ捨て場に袋を思い切り投げつける。
自分の部屋に転がり込み、鍵をかけた瞬間、美月はその場にへたり込んだ。
「…ありえないんだけど」
ぽつりと呟いた声は、ひどく震えていた。