◇酒井 苗(さかいなえ)
女性 16歳(2年生)
ダウナーな性格の聖水常用者。
色々と諦めるのが早い性格なため心に傷を負いにくい。
◇牧 昌磨(まきしょうま)
男性 32歳(用務員)
元大企業の会社員。何に対しても楽しみを見出すことができず、
半ば失踪するように女学院へやってきた。
聖リトリス女学院の放課後。
最も甘美なる獲物である一年生を巡る騒動も今日は既にひと段落。
あとは聖水に心を奪われた女生徒たちが穏やかに行き交い、
そこに声をかける用務員たちの姿がちらほらと見受けられる。
そんな風景の中に連れ立って歩く用務員と二年生女子、
牧昌磨(まきしょうま)と酒井苗(さかいなえ)の姿があった。
「はぁ……
毎度毎度酒井ゲットごくろうさまです。
ぶっちゃけますけど……よく飽きないですね?」
「あーほらほら……
それ、酒井さんの悪い癖だよ。
あまり溜息をつくと幸せが逃げていってしまうぞ?」
「……どぉーでもいーです、そんなこと。
大体こんなひっどい状況で幸せってなんですか、一体?」
特徴的なダウナーボイス。
どこか斜に構えたような三白眼。
愛らしいが、だからと言って取り立てて男の目を引くポイントもない、
悪く言うならば地味な風貌。
苗はそんな女生徒だった。
「君たちの幸せっていえば……
ほら、せっかくの楽しい高校生活なんだ。
たとえば仲のいい友達とかいるんだろう?」
「向こうが酒井を友達だと思ってるかはわからないですけどね?」
「いやいや、ないって。
そんなことないって。」
「それに楽しいかどうかと問われれば、ぶっちゃけなんも楽しくないです。
この学院で酒井たちが楽しい要素ってなんですか?
教えてくださいよ。」
「えっ?
じゃあほら、えーっと……
たとえば僕と一緒にいて安らぎを感じるとか?」
「……ただただ面倒くさいです。」
暗く悲観的な性格だがそれでいて軽くもあり、何事もすぐに諦める。
そのためか聖水の常用についても全く躊躇がなく、
また使用前と使用後でそこまで性格の変化がないというのは
ある意味で稀有な存在かもしれなかった。
「じゃあ、今度は酒井が逆に聞きますけど……」
「うん。
……って、待った待った。
今までも質問されてたのって僕の方じゃなかったかい?」
「牧さん。
なんでそんな毎回酒井ばかり捕まえに来るんです?
一体、酒井のどこがそんなにいいんですか?」
「えっ?
あー、うーん……なんでだろうね?」
一方で昌磨の方もまた一筋縄ではいかない人物だ。
彼はもう半年近く、毎日のように苗の元に通い続けている。
こういった一人の女生徒に入れ込む用務員というのは一定数存在するが、
その多くは恋愛感情か独占欲のいずれかに縛られてのことだ。
だからこそ、
そのタイプは自分以外の男性が意中の女生徒に手を出さないよう牽制するし、
それが破られた時は傷心したり激昂したりもする。
だが昌磨は決してそういうわけでもない。
「うわ……
それもわかんないのに、こんなしつこくするんですか?
なんというかサイテーですね。」
「あー、うん。
……なんか、ごめんね?」
「はぁ……
なんか少しだけよさげな答えを期待してたのに、めっちゃ萎えました。」
「苗ちゃんだけに?」
「苗ちゃんだけに。」
いうなれば、一緒にいて心地がいい相手なのだ。
そう。
たったそれだけの相手。
しかし、こんな相手に出会うのは
昌磨が三十年以上生きてきて初めてのことだった。
「それに牧さんって……
嘘じゃなければトリタ自動車に勤めてたんですよね?」
「うん、そうだよ。」
「そんな世界的な大企業勤めの勝ち組が、
なんでこんな負け犬の巣窟にいるんです?」
「んー……つまらなかったから?」
かつてまだ外界で暮らしていた頃の昌磨は
同年代が羨むようなモノを多数持っていた。
実家が裕福な上、自身も大企業勤めの高給取り、
都市部の高層マンションの上階に美人の彼女と同棲しており、
週末には多くの友人たちと趣味のゴルフに繰り出すという優雅な暮らし。
それは友人たちからも『自分たちの世代代表』として
担ぎ上げられるほどの成功っぷりだった。
だが。
周囲からの羨望の眼差しをよそに、本人はどこか満たされていなかった。
それもたちが悪いのは“満たされていない原因”すらもわからないこと。
周りに誰も理解者がいないまま、この問題と向き合い続けるというは
たった一人で出口の見えない迷路を延々彷徨い続けるのと似ていた。
「……まあ。
本人がつまらなかったのなら、仕方ないですけど。」
「でしょ?」
だが苗はそこをほどほどに理解してくれる。
なんでもほどほどに理解し、ほどほどに認め、ほどほどに許し、
かといって彼女の方から積極的に干渉してくるようなことはない。
そんな性格が昌磨にはどこまでも心地よいのだ。
「で?
今日は酒井、どこに連れ込まれるんですか?」
「今日はせっかく気候もいいんだ。
一緒に歩きながら、どこかよさそうな場所探そうよ。」
「はぁ……
面倒くさいです。」
そんなことを言いつつ校門を通り過ぎて遊歩道へと抜けてゆく二人。
やがて彼らが揃って入っていったのは女子寮エリアへ続くメインルートから
大きく外れた先にある小さな無人寮の一室だった。
◆
聖リトリス女学院の敷地内に数多く存在する無人寮。
それは諸般の事情により現在使われていない寮だが、
日々用務員たちが女生徒を連れ込む場所として利用するため、
実際の用途はいうなればラブホテルだ。
電気も水道もしっかり通っており、
一応土日には用務員たちの手により清掃も行われる。
またその際に女生徒と遊ぶための大人の玩具や、
小腹を満たすカップラーメンやおやつ、飲み物類なども設置されるため、
少なくとも凌辱行為を苦としない聖水組の女生徒からの人気は悪くない。
ここは、そんな何とも奇妙な場所だった。
二人で足を踏み入れた室内。
苗はだるそうにベッドの縁に腰かけると溜息を一つ。
「いっとくですけど。
……今日はお泊りはなしですからね。」
「わかってるよ。
明日はまだ金曜日、授業あるもんね。
って、それなら明日来ればよかったかな……」
「そーですよ……
ま、別にいいですけど。」
「まァいいか……
それより酒井さん、飲み物は何がいい?」
「……何かお茶系で。」
一度廊下に出ると共用の冷蔵庫からペットボトルの紅茶を取り出し、
再び部屋へと戻ってくる昌磨。
ニヤニヤ顔で苗の隣に腰を下ろした彼の手には
『黄昏の紅茶 レモンティー』が一本だけ握られていた。
「……。
なんだか嫌な予感がするんですケド。」
「正解。」
昌磨はボトルのキャップを外すと中身を口に含み、
そしてそれをそのまま口移しで苗に飲ませる。
勘のいい苗は『やっぱり』とばかりに面倒くさそうにそれを受け入れた。
「あのー……
酒井、普通に飲みたいんですケド。」
「はは、ごめんごめん。
はい、どうぞ酒井さん。」
今度は普通に差し出されたペットボトルを軽くひったくると、
苗はキャップを開けてゆっくりと中身を煽る。
一気に半分近くを飲み干すと、再びキャップを締めてテーブルへ置く。
「……あと。
わかってるとは思いますケド……
このあとはキスだけは絶対禁止ですからね。」
そして。
いつもより一層低い声でそんなことを言った。