◇文井 水菜(ふみいみずな)
女性 十五歳(一年生)
やや内向的な女生徒。
◇石東 沼子(いしとうぬまこ)
女性 十六歳(一年生)
水菜のクラスメート。変人。
ある日の昼休み。
文井 水菜(ふみいみずな)が昼食を終えて一年H組の教室を出ると、
その背後から大きな声がかかった。
「文井殿ォー!」
一瞬、ギョッとした顔をすると、
振り向くことなく廊下を走り始める水菜。
「お小水でござるかー?
拙もお供するでござるー!」
極めて友好的に声をかけつつ水菜を猛追跡。
そんな追っ手の名は石東 沼子(いしとうぬまこ)。
いかんせん二人とも運動神経がゼロのため、
転びそうになりながらのノロノロ鬼ごっこだ。
必死で逃げる者と根性で追う者。
しかし両者の戦いは第三者の介入によって決されることとなる。
「水菜さんに沼子さん、はしたないですよ。
廊下は走らないように。
リトリスの乙女として常に慎ましい振舞いを心がけてください。」
結果は、執行部の修道女にお小言を一つもらい両者痛み分け。
いや、結果的にターゲットを捕まえた沼子の勝利だった。
「……、馬鹿沼子。
あんたのせいで怒られたでしょ……」
「まあまあ、よいではござらぬか。」
今度は二人並んでゆっくりと廊下を歩く。
廊下を隅まで行くと、その先にあるトイレには行かず、
水菜は横の階段を下りてゆく。
すると沼子もそれに続いた。
「え?
沼子、あんたトイレなんじゃないの?」
「え?」
「『え?』じゃないでしょ。
さっき『お供する』って言ってたじゃない。」
「あー、いやいや拙は今は一滴も出ないので。
ただついていくだけでござるよ。」
「キモ。」
「なぁに、心配はご無用。
別に個室の中までついていくと言ってはござらん。
外で音を聞いているに留めるでござるよ。」
「キモすぎ……!
あんた、本当に女?
そんなだから沼子には友達がいないの、わかってる?」
「なんのなんの。
及川殿や久礼野殿はよくしてくれるでござるよ?」
「あの二人は……
ほら、ちょっと変わり者じゃない。」
階段を降りると昇降口に向かう水菜。
沼子もやはりこれに続く。
「おろ?
外に行かれるのでござるか?」
「ちょっと執行部棟までね。
見ておきたい書類があるの。」
「おややっ?
それはズバリ何でござるか?」
「なんでそんなこと、沼子に教えなきゃいけないのよ。」
「まあまあ、我ら戦友ではござらんか。」
「戦友ってなによ。
なにか一緒に戦ったことある?」
沼子は変わり者、というより変人で通っていた。
独特の言葉遣いも然り、新一年生なら誰もが大いに動揺し困惑する
聖リトリス女学院の規則についても、さほど気にする様子もない。
いつもへらへらとしつつ誰かにつきまとっている。
そんな女生徒だ。
「あるではござらぬか。
先日も、共に殿方と踊ったでござろう?」
「あ、あー……
そういう意味の戦友?」
昨日、この二人は北の無人寮エリアにておつとめ中に邂逅している。
無人寮のベランダで用務員と行為に励んでいた水菜と、
同じく別の用務員に連れてこられた沼子が思いがけず遭遇。
その流れのまま、水菜が膣内射精を受け止めるところを
沼子はステージ下から観客として観ていたのだ。
「いやぁ~……
しかし、あれは見事なドスケベダンスでござった。
文井殿も隅に置けぬでござるなあ。」
「……ど、どすけべじゃないもん……」
水菜は口調がしどろもどろになり、声のトーンも落ちる。
あの時、沼子の反応に多少カチンと来ていたからとはいえ、
魅せつけるためのダンスを踊ったのはたしか。
それを淫乱呼ばわりされても、真正面から言い返すのは難しかった。
「そ、そういうあんたはどうなのよ?」
「ほ?」
「あんたも、あのあと……
あのおっさんと別の部屋入ってたよね?
踊ったんじゃないの?」
「それはもちろん。
どっぷり四回戦ほど踊ったでござるよ。」
「……」
二人は下駄箱で靴を履き替え、霧の中へと出てゆく。
いつもなら多少不気味にも感じる、この深い霧。
しかし、今は周囲からの視線を遮ってくれるのが少し心強かった。
「ねえ、沼子?」
「なんでござるか?」
「沼子的にはどうだった?
その、男と、踊るってさ。
あれが初めてだったんでしょ?」
「いやいや?
拙、殿方とのダンスは初めてではないでござるよ?」
「そうなの?」
「拙は、元々黒百合の姫でござるから。」
百合姫とは魔都において同性愛者の女性を指す言葉。
男を知らなければ白百合、知ってしまえば黒百合と呼ばれ、
黒百合は裏切りの百合とも言われる界隈では忌避される存在だ。
「あんた、百合姫だったの?」
「過去の話でござるよ。
それより殿方と踊るのがどうだったか、という話でござるな?」
「え、あ、うん。
ぶっちゃけ、水菜はアリかなって、思ってる。」
「ほうほう?
確かにあの殿方とはずいぶんと仲睦まじく
チュッチュしてた感じでござったな?」
「ああ、壮樹くんでしょ?
まあ、うん、仲は、いいかな。」
少しだけ視線を逸らす水菜は頬を染めていた。
自分に対して止め処なく好意を示してくる彼は、
本来陰キャである水菜には相当強烈な存在だ。
おつとめという出会いの形に納得がいかず、
彼との間には多少の壁こそ作っているものの、
それもほぼ形だけのもの。
乙女心の砦は陥落に近い状態だった。
「ほうほう、壮樹殿、と。
してして?
どのような殿方なのでござるかな?」
「水菜のこと、めっちゃ好きって言ってくる。
あと、めっちゃ妊娠させたがる……」
「ほうほう?
しかし、そう言って持ち上げておいて、
実はよくない裏があったりは?」
「ないよ。
スキャンも試したもん。」
魔都の姫君には、俗にいう『こます』という手法、
都合のいい嘘八百を並べて立てての口説き落としが効きづらい。
何故なら、彼女たちは繋がった異性の心を読むことができるからだ。
この『スキャン』と呼ばれる読心術は精度にやや個人差はあるものの、
魔都生まれの女性なら誰もが持つ特殊能力だった。
「ねえ、沼子。
男って、なんであんなに女の子を妊娠させたがるんだろ?」
「魔都の牡――彼らは征服欲が強いのでござるよ。
多少は人によるところもあるでござるが……
彼らは三つのモノを征服したがると言われているでござる。」
「三つのモノ?」
「左様。
強く惹かれた牝の全てを欲してしまうのが牡たちの業。
カラダは当然欲しい、ココロも欲しい、そしてミライも欲しい。」
「カラダはダンスで、ココロは愛?
ミライって何よ?」
「人生でござるよ。」
ニタニタした顔をしつつ水菜を見やる沼子。
「愛する牝に子供を産ませて家族の輪をなし、それを生涯守り通す。
そこに強い魅力や使命感を感じる牡もいるのでござる。」
「ふ、ふーん……」
「ただ、一方で『牝などカラダだけでよし。
身籠らせるのはカラダを征服する一環に過ぎず、
自分の所有物に名前を書くようなものだ』という牡が多いのも事実。」
「うわ、ひど。
サイテーじゃん。
女の子からしたら一生の問題なのに。」
「左様。
なので、その壮樹殿。
もし本物だと確かめたのであれば、せいぜい大切にするでござるよ。」
「あ、うー。」
執行部棟へやって来る二人。
一階は広々としたロビーになっており、
複数備え付けられた大きな長椅子の傍らには
生徒用のパンフレット類がケースに入って置かれている。
水菜はそこから一つのパンフレットを手に取る。
タイトルは『もし妊娠したら…』だ。
「ほうほう!」
「あっ、違うよ?
まだ、だけどさ。」
「ほうほう?」
「でも、その……
意識くらいは、しておいた方がいいのかなって。」
「おーおー!
身籠る気マンマンでござるか?」
「そ、そーじゃないってば!
でも、もし赤ちゃんデキたら、
壮樹くん、絶対、悦ぶと思うし……」
「おーおー!
これは大層ならぶらぶっぷりでござるなー!」
「赤ちゃん、執行部に取り上げられちゃうのは知ってるけど。
生まれるまでは三人でいられるかなって……」
顔は真っ赤。
言葉がどんどん尻すぼみになる水菜。
それを見て沼子はくっくっと笑った。
「まっこと。
チョロインでござるなあ。」
「う、うるさいよ……」
「先程『せいぜい大切にしろ』などと申したのも、
無用な心配だったでござるか。」
「壮樹くんとは、卒業までの三年間しか一緒にいられないから。
いっぱい、仲良くしたいな……とは、思ってる。」
そんな小さな決意のようなものを口にした水菜は、
照れ隠しからか一人足早に執行部棟玄関へと戻ってゆく。
「『命短し恋せよ乙女』とはよく言ったものでござるなあ。
それに『住めば都』という言葉もある。
拙もせいぜい楽しんで過ごすとするでござるか……」
沼子はまたくっくっと笑うと、水菜のあとを追うのだった。