【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「うぅっ……さぶ……」
ピュウピュウと冬風が吹き荒ぶ夜道を歩く。もうすっかり深夜と言っていい時間帯、気温もだいぶ冷え込んでいて街灯の淡い光すらどこか寒々しく見えてくる。
「キャスターとセイバーは寒くないか?」
「はい、サーヴァントの身ならば自然な気温変化程度では影響は受けませんから」
セイバーが平然とした表情でそう返す、それはまた便利なことだ。
「シロウ様!寒いのならわたしで暖まりますか!?」
キャスターはバッと手を広げてハグを誘うような体勢を取る。
確かにキャスターの体温は高く、抱きつけばポカポカしてそうだが……
「い、いや、気持ちだけで遠慮しとくよ……」
とはいえそれに応じるほどの勇気は俺にはない、少し顔を赤くして申し出を断る。
「…………」
そんな俺とキャスターのやり取りに、セイバーは無言の視線を投げつけてくる。二重契約してる身の上だしキャスターとの距離感ももうちょい考えた方がいいのかな……あんまりベタベタしてるのはセイバーとしては面白くはないよな……
「さて、もう少しで着くはずだけど……」
話を逸らすように、視線を前へと向ける。
遠坂に聖杯戦争の監督役がいるから行けと言われた教会……冬木教会はこの道をまっすぐ行ったところにあるはずだ。
「そういえば……アーチャーのやつ、やたらキャスターのことを気にかけてたけど生前の知り合いだったりするのか?」
ふと先ほどの話し合いの中でのアーチャーの様子を思い出してそんなことを聞いてみる。敵サーヴァントの情報を探るためにしてはセイバーのことよりもキャスターのことだけを気にかけていた。
「そうですねぇ、生前の知り合いがサーヴァントとして召喚されている可能性は確かにありますが……私が記憶している限りではアーチャーのような英霊は知りません」
キャスターはうーんうーん、と記憶を捻り出すように首を傾げて考え込む。
知り合いが召喚されている可能性はあるという言葉からするにキャスターの時代は英雄が当たり前に存在していた時代なのだろう。キャスターの真名はいまだ教えてもらっていないが激しい戦争をしていた時代や神や化け物が存在していた神話の時代なのかもしれない。
だが、少なくともアーチャーについては心当たりがないか……
「気になるのは……アーチャーさん、最初に私を見た時に不思議そうな表情を浮かべてたんですよね。まるで思っていた姿と違うなとでも言いたげな反応でした。完全に初対面ならそもそもそんな反応はしないはずですし、年齢のことを気にかけていたので、もしかしたら大人の頃の私とどこかで出会っているのかも」
キャスターは元々、大人の姿で召喚されたらしい。
その姿が彼女にとっての全盛期ということで姿も1番知れ渡っているのだろう。
「もし、生前に会っているのだとしたらアーチャーさんの方もあの姿より年老いている頃や幼い頃の話だったのかもしれません。そうだとしたら私の方は気づけないかもしれませんね」
人間、成長したら結構印象が変わるしな。仮に出会っていても年齢が違えばキャスターが気づけなくても仕方あるまい。
アーチャーの若い頃の姿を想像する。
ニヒルで嫌味っぽい雰囲気をしてたし、俺なんかとは真逆で荒れた人生を送ってそうだ。いきなりキャスターのことをナンパしてたあたり女遊びなんかも激しそうだ、そこも俺とは真逆だな。
「まぁキャスターに心当たりが無いならあんまり考えても仕方ないか……っと、見えてきたな。あれが教会だ」
そんな話し合いをしていると古い建物が視界に入ってきた。
あそこに監督役の神父とやらがいるはずだ。
「一応、中立地帯らしいしサーヴァントが入るのはあんまり良くないのかも……パパっと神父と話してくるからキャスター達はここで待っててくれ」
「はい、シロウ様!ご武運を!」
キャスターがブンブンと手を振って見送るなか、教会の重い扉を開ける。
ご武運と言われても別に参加表明の手続きをするだけなのだが……
「お邪魔しまーす……」
そろりと足を踏み入れる。
呼び鈴なんかは見当たらないし、とりあえず神父を探すしかない。
シーンと静まり返った廊下を歩いて中央の礼拝堂まで歩いてみるが……人の気配はない。
飾られたマリア像が無機質な視線をこちらに向けているだけだ。
「あのー!誰かいませんかー!」
大声を出してみても、ただ俺の声が教会の中にこだまするだけで返答はない。
遠坂は夜でも神父は起きてるはずと言っていたが……流石にもう寝てるのか?
もう深夜と言っていい時間帯だしな、仕方がない……ここは一度出直すか……
そう思い、踵を返した瞬間にーー
「……神の家はいつ如何なる時も開かれている。話があるのならば聞こう迷える子羊よ」
ーー低く、しかし聞き取りやすい声が聖堂に響く。
いつから、そこにいたのか。
振り返れば教会の中央に置かれた主祭壇に男が立っていた。
黒い衣服を身に纏い、金の十字架を首からぶら下げている。
こ、こいつが遠坂の言っていた神父か……?
「あの、えっと……」
口を開きかけて言い澱む。
この神父、ほんとに聖杯戦争の関係者でいいんだよな?
「要件は分かっている、聖杯戦争の参加表明をしにきたのだろう……衛宮士郎」
「えっ?俺の名前をなんで……」
「キャスターを拾って数日が経つと言うのに一向に尋ねてこないものだからな。監督役として痺れを切らしていたよ」
どうやら、この神父は俺のことを知っているらしい。
考えてみればキャスターを拾ってからライダーやランサーとも交戦しているわけだしな、こいつはどうやってかそれを見て俺のことを調べてたのかもしれない。
「さて、一応は自己紹介をしておこうか。私の名前は言峰綺礼、此度の聖杯戦争では監督役を任されている……」
それから言峰と名乗った神父からこの聖杯戦争についての説明を受け、参加表明を行う。
とは言ってもほとんどはすでにキャスターから聞いていた話の通りで、特に目新しい情報もなかった。襲いかかってくる眠気に耐えながらなんとか話を聞いていたが、説明の最後に言峰が俺をジッと見て重苦しく口を開く。
「サーヴァントを2騎も揃えて派手にやるのは構わんが、一般人への被害など隠しきれなくなるほど大胆に動かれては私はこの戦争の監督役として討伐令を出さなくてはならなくなる。気をつけたまえよ」
忠告めいたそんなセリフ。
討伐令か……聖杯戦争が世間に露見する可能性があるような悪目立ちをすれば監督役の号令によって他の参加者たちから袋叩きに合うらしい。
とは言っても、もとより一般人への被害など出す気はない。
キャスターとセイバーもそれには同意してくれている。
俺としてはそれよりもむしろバレなければ何をやってもいいというような言峰の言い方が気にかかったが、わざわざそれを突っ込んでもめんどくさい話になるだけだろう。
「そういえば……他の参加者もこうしてアンタのところに来たんだろう。ならキャスターの元のマスターとも会ってるのか?」
ふと気になって話を変えるようにそんなことを聞いてみる。
キャスターからは前マスターが殺されたという話を聞いただけで、その人となりや扱う魔術なんかは聞いていなかった。
「ほう……やはり気になるものかね。前の男の話というものは」
ニヤリといやらしく言峰が笑う。
前の男というと何だか元カレみたいな言い方だが……
俺がマスターとしてちゃんとやれてるかは不安だし、キャスターが前のマスターと俺を比較してどう思っているのか気にならないといえば嘘になる。
「あぁ、アンタの立場的に他の参加者の情報を流すのはマズいのか?だったら無理に聞こうと思わないが……」
「いや、確かに私の立場は中立だが。すでに脱落した者の情報を伏せるほど杓子定規でもあるまいよ」
「ふぅん、そんなもんなのか……」
「だがまぁ、そう話すことがあるほど大した男ではなかったな。アトラム・ガリアスタという名だが魔術の腕もマスターとしての指揮も特筆すべきものではなかった」
言峰からそのアトラム・ガリアスタという男について話を聞く。
中東系の出身で代償魔術という魔術を使用していたらしい。
この聖杯戦争へは魔術師としての箔付けのために参加していたのだとか。
早々の脱落となったのは気の毒だが、話を聞いている限りではそもそも聖杯戦争というものを舐めてかかった自業自得という感じだ。
「そいつはランサーに殺されたらしいんだけど、その時のこと何か知ってるか?」
自然な流れで言峰にそう聞いてみる。
遠坂が言っていたキャスターがアトラムを裏切ったんじゃないかなんて話を気にしてたわけではないが……監督役のこいつならその時のことも知ってるのではないだろうか。
「ふむ……他のサーヴァントの情報となると流石にあまり話せないが……」
チラリ、と言峰が俺を見る。
その口元は僅かに口角が上がっているように見えた。
「アトラムが死んだ際、ランサーはあの場にいた。それは間違いない。監督役として証言しよう」
その言葉にホッと息を吐く。
遠坂め、やっぱりキャスターはマスターのことを裏切ったりしてなかったじゃないか。
「それと、そうだな……アトラムの敗因を強いて言うのならばキャスターの逸話を読み違えたことが原因だ」
キャスターの逸話を読み違えた……?
迂遠な言峰の言い回しに首を傾げる。
正規のマスターであるアトラムは俺と違ってキャスターの真名を知っていたはずだ。そして過去の英霊たるキャスターがどう生きて……どう死んだのかその逸話も調べていたことだろう。
……言峰が言いたいのはアトラムがキャスターの能力を測り損ねたということか?
サーヴァントには宝具と呼ばれるその英霊の逸話を象徴とした必殺技のようなものがあるらしい。
アトラムはキャスターの魔術の腕や宝具の性能を見誤り、マスターとして十分に指揮ができなかったことでランサーに敗北したと言峰は言いたいのだろうか?
「衛宮士郎、オマエはキャスターの逸話をどう読むかな……」
ニヤリと楽しげに言峰は口元を釣り上げて、それで話は終わりだとばかりに俺に背を向ける。
「…………」
俺も部屋から退出して、教会の長い廊下を歩きながら今までのキャスターとの日々を振り返る。
雨の中、涙を浮かべて倒れていたキャスター
正義の味方になるなんて夢を応援してくれたキャスター
俺のために豪勢な料理を作ってくれたキャスター
聖杯戦争のために必死に作戦を考えてくれたキャスター
俺にとって、キャスターは可憐で可愛らしい少女でしかない。
俺は……キャスターという人物をしっかりと読み解けているのだろうか。
◇
少年が教会を去り、静まりかえった聖堂で神父がただ1人佇む。
「キャスターか……ふっ、中々面白いことになっているようだな」
歪な形に唇を歪めつつ、言峰は数日前の出来事を思い返す。
キャスターのマスターであったアトラム・ガリアスタという男は実につまらない男であった。自らのサーヴァントに魔術において上を行かれたというくだらない嫉妬で、そのサーヴァントの処分を教会に頼みにくるほどに。
恋に狂い、全てを焼き払った裏切りの魔女
そうキャスターの逸話を蔑すんでみせた彼は、その再現のごとくキャスターによって焼き殺されることとなった。
おそらく最期の瞬間までキャスターのことを裏切りの魔女と罵倒し続けたことだろう、自らが先にサーヴァントを切り捨てた事実を棚に上げて。
もっとも彼の死とほぼ同時に『処分』のために向かわせたランサーが到着したことは、キャスターにとっても予想外の事態だっただろうが……
「だかまさか、始末したはずのキャスターが生きているとは……これも寛大なる英雄王のご慈悲、ということかな?」
言峰が虚空に向かって声をかける。
誰もいないはずの、薄暗い闇が広がるだけの聖堂の中にいつのまにか男が立っていた。
闇の中で煌めく金の髪に黒いライダージャケットを纏った男。
古ぼけた教会に不釣り合いな存在感を放っている。
「なに、ただの戯れだ。我にとって聖杯戦争なぞ暇つぶしの余興にすぎんが7騎揃う前に脱落者が出るというのも盛り上がりに欠けるだろう」
男の名前はギルガメッシュ。
10年前の聖杯戦争の生き残りであり、此度の戦争において存在するはずのない8番目のサーヴァントだ。
ギルガメッシュはつまらなさそうな表情を浮かべつつ、ギシリと講堂の長椅子に腰掛ける。
「治療系の宝具もその蔵の中にはあるだろうに、若返りの薬を与えるとはな」
「かつて、冥界の深淵にて手に入れた死をも克服する霊薬……前回の聖杯戦争から此度の開催までの暇潰しとして童に戻るために使ったがもはや不要の長物だ。その余りをくれてやっただけのことよ」
年齢の経過による絶対的な死、それを覆す若返りの秘薬……多くの人間が、英雄や神と呼ばれる存在さえ願っても届き得ない代物をまるで在庫処分のような感覚でくれてやったとギルガメッシュは語る。
「もっとも童の姿になれば多少は魔力の消費が抑えられるとはいえ、マスターの不在が解消されるわけではない。キャスターが消滅したのならそれはそこまでと考えていたのだが……中々に悪運が強いらしい」
そう語るギルガメッシュの口調からはキャスターへの興味の色は読み取れない。まるでその生き死になどどうでもいいと言わんばかりだ。
「キャスターなどという雑種はもはやどうでもよい、放っておいてもいずれ敗退するであろう。それよりもセイバーだ。10年前は半端な決着で終わったが……今度こそ我の前に跪かせ、屈辱に塗れた表情で愛の言葉を囀らせてやろう」
セイバーの言葉を口にした瞬間、ギルガメッシュは目を輝かせ、くつくつと心の底から愉快げな笑みをは浮かべる。キャスターのことなどもはや頭の片隅にもないのだろう。
「英雄王は可憐なる騎士王にご執心か……しかし……」
言峰はフッと笑みを浮かべて虚空を見つめる。
ギルガメッシュは最強の英霊だ。
最古の英雄にしてこの世の全てを治めた王である彼は、それを体現する宝具を所持している。その宝具の前にはどれほど高名な英霊も有象無象にすぎない。
神代の魔術師であるキャスターとて、ギルガメッシュにとっては路傍の石ころのようなものなのだろう。
だが、それでも……
「小石の起こした波紋がいずれ大波となりうることもある。正義の味方と裏切りの魔女、一見相容れぬ2人だが……どう転ぶか見物させてもらうとしよう」
◇
「さてと……とりあえず参加表明とやらは終わったが、まだ色々とやることも残ってるよな」
教会での参加表明を終え、自宅への帰路をキャスター達と今後の方針を話し合いながら歩く。すでに色々あったが聖杯戦争はまだ始まったばかり、今後に備えていかなければならない。
「予想外のことも色々ありましたが、無事にセイバーさんを召喚することもできました。わたしとのパスも結び直さなければなりませんね」
現在、キャスターと俺の契約は仮契約のようなもので魔力のパスは結ばれていない。セイバーの召喚に干渉してしまう可能性があるから、という話だったが今はもうその心配もない。
これで正式な契約を結べば多少はキャスターの魔力にも余裕が出てくるだろう。
「二重契約なんてことになってるわけだし、セイバーとキャスターの親睦も深めたいところだけど……」
これから戦っていく上でセイバーとキャスターとの連携は重要となってくるだろう。
セイバーとは召喚してからずっと慌ただしかったせいでまだ最低限の会話しかできていない。一度ゆっくりと腰を据えて話し合いたいところだ。
「とはいえ今日はもう色々あったしな……」
本来なら今日はセイバーを召喚するだけのつもりだったのに、ランサーの襲撃から始まり予想外のことが立て続けに起きた。
そのせいでもう心身共にヘトヘトだ。
流石にもうこれ以上のイベントはないだろうし、今日のところはひとまず休んで明日への英気を養うとしよう。
そう続けようとしてーー
「初めまして……お兄ちゃん」
目の前に立ち塞がった白い少女に、俺は自らの見通しの甘さを知ることとなる。