【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「うっ…………」
自分の呻き声で目が覚めた、寝ぼけ眼にモゾモゾと手足を動かすと布団の重みが押し返してくる。
「ここは……俺の部屋か……」
どうやら俺は自室の布団で寝ていたらしい、汗でびっちょりと濡れたシーツがどうにも気持ち悪くてムクリと布団から這い出る。
目覚まし時計に目を向ければ時刻はまだ朝の5時を指していた。
あれ?というか、昨日は何時に寝たっけ?
どうにも記憶が判然としない。
昨日、昨日は確か……
そう、確か昨日はバーサーカーと戦闘になって、その後なんとか撃退したはず……そこからの記憶がないので、緊張の糸が切れてそこで気絶してしまったのだろう。
「キャスター達はいないか……」
俺が自宅で眠っていると言うことはキャスター達が運んでくれたのだろうが、あたりを見回しても姿はない。おそらくリビングにでもいるのだろうか、俺も起きてリビングに向かうこととする。
「なんか、めちゃくちゃ体が重いな……」
廊下を歩きながら体に違和感を感じて軽く肩を揉む。
特に怪我があるというわけではないが、ずっしりと体に倦怠感が付き纏っていて離れない。
気絶した時は睡眠とは脳波が違っていて休息にはなり得ない、なんて話を聞いたことがあるしそのせいなのかもしれない。
「あ……おはよう、キャスター、セイバー……どうした?なんかあったのか?」
予想通りにキャスターとセイバーはリビングにいた。
だが、なんだか雰囲気が妙だ。
机を挟んで対面に座り合う2人、だが会話をしていたと言うわけでもなく無言で睨み合うように静かに見つめあっていた。
セイバーは昨日の夜に召喚されたばかりなのだから和気藹々ってわけにはいかないのは分かるが、それにしたってなんだか険悪な雰囲気だ。
「シロウ、目覚めましたか。体調は問題ありませんか?」
「あ……あぁ、ちょっと怠いだけで怪我とかはない。大丈夫だ」
「それでは、そこに座ってください」
セイバーの指が空いた座布団を指差す。
四角いテーブルの対面に座ったキャスターとセイバー、その間に面する位置だ。
「さぁ、早く」
有無を言わさぬセイバーの態度。
腹が減ってるからまずは何か食いたいんだけど……なんて言える雰囲気ではなく大人しく座布団の上に正座する。
気絶してしまった俺の不甲斐なさにお怒りなのかとも思ったが、セイバーの視線は相変わらずキャスターに向けられたままだ。
「話したいのは……昨夜、キャスターが使用した魔術についてです」
セイバーが冷ややかなトーンで口を開く。
昨日、キャスターはいくつかの魔術を使用したが、セイバーが言っているのはバーサーカーを簡単に撃退してみせたあの黒い影のような魔術の話だろう。
確かにあの魔術は俺も気になっていた、キャスターは今までも俺の前で多くの魔術を使って見せてくれた。
光線や氷弾を自在に出して見せたり、人の認識を阻害したり、セイバーの剣に炎を纏わせたりとその魔術は多岐に渡る。
それらの魔術は俺なんかにはどれも仕組みが分からないほど高度なモノだし、きっとまだ見せていないだけで他にも色々と魔術を使えるのだろう。
ただ、バーサーカーとの戦いで見せたあの魔術……アレだけは何か異様に感じる。初めは泥のような形をとっていて、キャスターの呪文に合わせて影の触手や漆黒の光線へと姿を変えていたが……おそらくあれらの根本は同一のものだ。
ヘラクレスを一度殺してみせたあの威力も目を見張るものがあるが、そういった表面的な部分だけではない。
なにか……もっと根本的に他の魔術とは違う、上手く言えないが……他よりもっと――おぞましいものだ。
そんなふうに感じた。
「魔術に疎い私でもアレが明らかに異常なものだということくらいは分かる。キャスター……アレはなんだ?」
セイバーもあの魔術には何か異様なものを感じ取っているのだろう。
だから、こうしてキャスターに詰問するかのように聞き出している。
「……先ほどから説明している通り、虚数魔術と言う名前の魔術ですよ、使い手が少ない魔術なので奇異に映ったかもしれませんが、セイバーさんが心配するようなことはなにも……」
「キャスター、本職には及ばないとは言え私にも魔術の知識くらいはある。あれは……明らかに普通ではなかった」
キャスターの説明をセイバーがバッサリと切り捨てる。
虚数魔術がどうだとかそんな話ではない、もっと根本的なカラクリがあるのではないかとキャスターに迫る。
「それに、あの泥自体も奇妙だが単純にあの力は強すぎた。いかに貴女が優れた魔術師とはいえ強力な魔術の行使には必ず相応の魔力を使用する……」
そこで一度言葉を区切ると、セイバーは言いにくそうに俺をチラリと見てから再び口を開く。
「……ハッキリと言ってシロウからの供給のみの魔力量ではアレほどの魔術行使は不可能だ」
「いや、セイバー、それは霊脈の魔力を使ってるんだよ」
別に俺が魔術師として優れてるなんて思っちゃいない、俺がマスターであることでキャスターが十全の力を発揮できていないのは事実だろう。
だが、キャスターとは既にその辺のことは相談をして街の霊脈から魔力を集めて戦うことになっている。
セイバーにそう伝えたのだが彼女の険しい顔は変わらない。
「霊脈からの魔力を加味してもあの魔力量は異常だ。あれほどの魔力を得るには土地からではなく……」
セイバーは何か言いかけたが少し迷うように視線を彷徨わせた後に口を閉じると、改めて俺を見た。
「とにかく……あの泥の力も異常な魔力量もキャスターが何か裏で仕組んでいるとしか思えない。そして、どうやらキャスターは真実を話すつもりはないらしい」
俺が寝ている間もセイバーはキャスターを問い詰めていたことだろう。
そして、キャスターは何も言わなかったと……
「ま、待てよ、セイバー。キャスターが何かやましい事をしていると言いたいみたいだけど、別に証拠も何もないんだろ。単にキャスターの魔術の腕がズバ抜けてるだけってことはないのか?とにかくキャスターはそんな奴じゃない、何か誤解があるんだよ」
「…………シロウ」
一方的な言い分に思わずキャスターを擁護してしまう。
それが失策だったと気づいたのはセイバーがポツリと俺の名前を呟いた後だった。
こちらを悲しげな視線で見るセイバー。
だが、それは一瞬でスッと視線を落とし、改めて俺を見た時には無機質な瞳がそこにはあった。
「シロウ……貴方はキャスターのことを何も知らないのでしょう。その能力も、思想も、生い立ちも。なにせ……シロウはキャスターの本当の名前すら知らないのですから」
セイバーの切り捨てるような言葉に思わず押し黙る。
確かに俺は……キャスターのことを何も知らない。
たった数日過ごしただけの間柄だ。
名前すら聞けていない相手のことを擁護したところで、セイバーからしてみれば説得力のないことだろう。
「……申し訳ないが私は、キャスターを信じることができない。少なくとも……彼女に背中を預けて戦うことはできない。今、ここで私が彼女を切り伏せることを黙認するか、私との契約を断つか……シロウ、どちらかを選んで欲しい」
キャスターかセイバーかどちらか選ぶ。
そんなことは、俺は……
沈黙が流れる。
セイバーはただ俺の返答をじっと待っており、キャスターもそんなセイバーを無言で見つめているだけだ。
何か答えなければいけない、だが言葉が出てこない。
俺は、俺は……
「ッ…………」
口を開こうとした瞬間、ジリリンと電話のベルが鳴った。
俺は光明を見つけたような気持ちで言葉を続ける。
「電話に出てくるからちょっと待っててくれ。その後に一旦、落ち着いて話し合おう、な?」
早口で言い切ると逃げるようにその場を立ち去る。
そうだ……きっとセイバーが考えすぎなだけだ。
落ち着いてキャスターと話し合えば誤解も解けるはずだ……
◇
話を打ち切ったことに後ろめたさを感じながらも、明かりのついていない薄暗い廊下に出る。冷え切った廊下に足先を凍えさせながらもジリジリと鳴り続ける固定電話を手に取った。
「……衛宮士郎か?」
「はい、そうですけど……って、その声は言峰か?」
電話の主は意外な相手だった。
昨日、訪れた教会の神父にしてこの聖杯戦争の監督役……電話番号なんて教えていないはずだが監督役として何か伝手を使って調べたのかもしれない。
「何のようだ、悪いけど今立て込んでるんだよ。長くなりそうならまた後でいいか?」
俺の言葉に、受話器の奥からフッと鼻で笑うような雰囲気を感じた。
「戦況も知らず、随分と呑気なものだな。自分の今の立場がまるで分かっていないと見える」
「は?立場?」
昨夜、俺は参加表明をして俺は正式なマスターとなったわけだが言峰の言う立場とはそう言った意味ではないのだろう、まるで袋小路に迷い込んだ鼠を嘲笑うかのような愉悦の色がそこにはあった。
「では、結論から言おう。衛宮士郎……貴様に対して討伐令を出した」
その言葉に頭が真っ白になる。
討伐令……?
それは……確か昨日も説明を受けた。
魔術が世間に露見する可能性があるほどに一般社会への被害を出した陣営には討伐令が出され、他の全陣営から狙われることになると言う。
それが、俺に対して出された?
なんで、どういうことだ……?
「より正確に言うなら、対象はお前ではなくキャスターだがな。まぁ他の陣営はマスターとしては半人前の魔術師であるお前から殺しにかかることだろうから結果は変わらん」
「はぁっ!?ちょっと待てよ!討伐令なんて……俺達が何をしたって言うんだ!」
あまりに一方的な宣告に思わず声を荒げる。
確かに昨日のバーサーカーとの戦いは派手だったが、あれで一般人に被害が出るようなことはなかったはずだ。
なのに、なぜ……
「やはり気づいていないか……キャスターは魂食いをしているぞ」
「は?魂喰い……?」
人から生気を奪い自らの魔力とする外法があると言う話はキャスターから聞いていた。そして、そんなものは使わずに戦おうと言う話もしたはずだ。
「ニュースを見てみろ、街はすでにちょっとしたパニックだ。お前達がちょうどバーサーカーと戦闘をしていた時間、600人近い人間がいきなり気を失ったとな」
バーサーカーとの戦闘をしていた時間……
そういえば、キャスターがあの不気味な泥を使う直前に体から力が抜ける感覚があった。あれはまさか、あの魔術を使うために街の人々から生気を奪い取ったのか……?
「け……けど、キャスターがやったと決まったじゃわけじゃないだろ。そうだ!ここまでの規模じゃないにしても今までも不審な昏睡事件はあった。きっと今回も他のサーヴァントが魂喰いを……」
「ここまで大規模な範囲で魔力を集めるなぞ魔術に長けたものでなければ不可能だ。以前からあった昏睡事件も同じくキャスターの仕業だと考えるのが自然だと思うがね?」
「それは……!」
キャスターを疑う言峰の言葉に何か反論しようとして……俺は何も言えなかった。
魔力は霊脈のものだけを使って戦おうとは話をしたがそれも口約束だけだ。
実際の運用はキャスターに任せきりだったし、魔術の知識がろくにない俺には街の人々から魔力を集めていたとしても気づくことはできない。
キャスターの無実を示す客観的な証拠がどこにもないのだ。
「失神した者の中には階段を歩いていた者や車を運転していた者もいる、それなりに大きな事故となった例もあるようだ。死人の報告こそまだ上がっていないが……それも時間の問題かもしれんな」
死人という言葉にギッと手を握りしめる。
「今はまだギリギリ隠匿できているが、お前はキャスターの手綱を握れていないらしい。そうなればこれから更に被害がエスカレートすることも考えられる。私としても討伐令を出さざるを得まいさ」
確かに、言峰の話が真実なら俺たちは……キャスターは倒されるべき悪なのだろう。
けど、そんな……そんなことは……
「何かしでかす予感はしていたが……まさか、ここまで大っぴらに事を起こすとは私としても予想外だったよ」
何がおかしいのか言峰はくつくつと笑い、その笑い声が不快に俺の耳に響く。
「すでに、他の陣営には討伐令を通達済みだ。今回の戦争は血気盛んなものが多いからな、すぐにでもお前の元に向かうだろう」
ランサー、アーチャー、バーサーカー
これまでに出会った他のサーヴァント達の姿が脳裏に浮かぶ。
彼らに徒党を組まれてはまず勝ち目はないだろう、いまだ姿を見せぬアサシンのことも気がかりだ。
「……アンタは何でそれをわざわざ俺に知らせた。俺を潰すためってんなら黙って不意打ちでもしたほうが良かっただろう」
俺たちが他の全陣営を返り討ち、なんてことは無理にしても籠城を決め込んだりどこかに逃亡する可能性はある。なのに、なぜわざわざ敵に塩を送るような真似をするのか。
「お前にこうして電話をかけたのは、覚悟を決めさせるためだ。マスターとしての覚悟をな」
「……覚悟?」
言峰の言葉に眉根を寄せる。
「そうだ、主人に無断で勝手な振る舞いをしたキャスターを処罰するか、あるいは……その行いすらも許容して自らの従者であるキャスターと共に戦い続けるのか。それがマスターとしての覚悟というものだろう」
マスターとしての覚悟……
「覚悟を決めろ、衛宮士郎……時間はあまり残されていないぞ」
それだけ告げると言峰がガチャリと電話を切る。
俺はツーツーと虚しく響く電子音を聞きながら、その言葉の意味を考える。
罪人となったキャスターに俺自ら手を下すのか、あるいはそれでもなお彼女を庇い共に殺されるか。
その決断をする覚悟を決めろと言峰は言っている。
「…………シロウ」
名前を呼ばれてビクリと体を震わせる。
見れば、いつの間にかセイバーが部屋から出てきて廊下に立っていた。
その静かな怒りに満ちた表情を見るに今の話も聞こえていたのだろう。
「…………」
セイバーがスッと黄金の剣を顕現させて、その手に握りしめるとキャスターの待つ部屋に戻ろうとする。
「待ってくれ、セイバー!これは違う……キャスターにも何か理由があるんだよきっと!時間を、キャスターと話し合う時間をくれ!」
縋るようにセイバーの腕を掴んで引き留める。
セイバーはジッと冷めた瞳でこちらを睨みつつも歩みを止めてくれた。
「シロウ……討伐令などというものが出された以上はもはや話し合う段階を超えている。私には……聖杯を手にして叶えなければならない願いがあるのだ」
セイバーは俺が道を誤らぬ限りは俺をマスターとして認めると以前言ってくれた。
だが……今の俺はセイバーの主に相応しいとは到底言えないだろう。
「せめて、キャスターの首を持っていけば教会に何らかの便宜を図ってもらえるかもしれない。シロウ、貴方も自らの命が惜しいなら……ッ……!」
言葉の途中でセイバーが腕を伸ばして、俺の体を強く弾き飛ばす。いよいよ愛想を尽かされたと思ったが、そうでないと気付いたのは目の前を赤い弾丸のようなものが通り過ぎてからだった。
「あら、避けたの。一発で気絶させてあげようっていう私なりの優しさだったんだけど」
声のする方向を見れば、いつの間に侵入したのか廊下の向こうに遠坂とアーチャーが立っていた。
遠坂は左手に宝石を握りしめ、右手は拳銃の形のように人差し指を立ててこちらを狙っている。
その傍に立つアーチャーの方もその両手には黒白の双剣を携えて険しい顔でこちらを睨んでいる。
2人とも明らかな臨戦態勢だ。
「と、遠坂……なんで……」
「はぁ?なんで!?よく言えたわねそんなセリフ!?」
額に青筋を浮かべて遠坂がこちらをギロリと睨む。
いや、分かっている。討伐令を受けて俺達を倒しに来たのだろう。
言峰のやつ、時間がないとは言っていたがこうも唐突とは……
「ふん、昨日の今日でこんな大事になってるなんて、よくもまぁ私の顔に泥を塗るような真似をしてくれたわね」
遠坂からして見れば俺は単純に討伐対象というだけではない、のうのうと休戦協定を結んでおきながらその裏で魂喰いをやっていたような奴なのだからその怒りはひとしおだろう。
「……ま、衛宮くんにそんな器用な真似ができるとは思えないし大方キャスターが裏で糸を引いてたんでしょう。大人しく投降するなら、アンタは半殺しフルコースだけで済ませてあげる。キャスターにはもちろん死んでもらうけどね」
キャスターが死ぬ……遠坂達がキャスターを殺しに来たと言う事実に今更ながらに震える。
「随分と騒がしいですけれど……何かあったのですか?」
緊迫した雰囲気の中、のんびりとした声が響く。
キャスターが様子を見るようにひょっこりと部屋から顔を覗かせていた。
「…………」
火中の人物の登場に、その場にいる皆の意識が集まる。
「キャスター!」
そんな視線を無視して、俺はキャスターに駆け寄る。
「キャスター、俺たちが魂喰いをしてるんじゃないかと疑いがかかってる。そんなことしてないよな?仮にやったとしても何か理由があるんだろ?」
キャスターの青い瞳を覗き込みながら、そう真実を尋ねようとして……
「衛宮君、キャスターの目を見ちゃダメよ!」
遠坂の鋭い声が響く。
え?なんだ?目を見たらダメ?
いきなりの言葉にキャスターから視線を外して、遠坂の方に顔を向ける。
遠坂は警戒するようにキャスターを睨みつつも、その瞳はキャスターの顔から少し足元の方に向けられていた。
「そいつ、暗示魔術を使ってくるわ。要するに洗脳……これまでキャスターと目を合わせた時に思考が鈍くなる感じがしたことがなかった?」
遠坂に言われ、今までキャスターと出会ってからのやり取りを思い返す。
確かに……キャスターの青い瞳は吸い込まれるように綺麗で、見ていると思考がフワつき判断力が鈍ったり普段ならしないような言動をしてしまうことがあった。
けど、そんな……キャスターが俺のことを洗脳だなんて……
確かめるようにキャスターの顔を見ようとして……目を合わせるなと言われた事を思い出し視線を虚空に彷徨わせる。
「衛宮くん……昨日、私と会った時のこと覚えてる?」
そんな俺を見て、遠坂が先ほどまでの棘のある口調とは違う少し優しげな声でそう語りかけてきた。
昨日……ランサーを撃退した後に遠坂達と接触し、戦闘になりそうだったところをキャスターの取りなしでなんとか話し合いに持ち込む事ができたのだ。
「あの時の私、内心は結構ビビってたのよ?ランサーを追いかけて来ただけだったのに、サーヴァントを2体も連れたマスターがいきなり現れたんだもの。それに……そのマスターが衛宮くんだってことにもびっくりしたわ。それで顔見知りだってことあんまり意識しちゃうと戦いづらくなるでしょ?だから話も聞かずにさっさと決着をつけるつもりだったのよ」
あの時はこちらの話も聞こうとせずに闘いたがる遠坂を見て、思ったよりも好戦的なんだなぁとしか思っていなかったが、実際は彼女なりの決意と覚悟を持って戦いに挑んで来ていたわけだ。
「けど結局、戦闘にはならなかった。魔術師として恥ずかしい話だけどあの時の私はキャスターに軽い暗示をかけられてたのよね。違和感に気付いたのは衛宮くんと別れてだいぶ経ってからだったわ」
言われてみれば……あの時の遠坂はなんだか不自然だった気がする。キャスターと目を合わせた途端に戦意を無くしたように大人しくなったし、武器であろう宝石をわざわざキャスターに手渡してまでいた。
あれも暗示の効果だったのだとすれば、説明はつく。
「分かったでしょう。そいつは人の意思を捻じ曲げることなんてなんとも思っていない。キャスターは人を誑かす魔女なのよ」
魔女……目の前の可憐な少女と、その不穏な単語が結びつかない。
だが、今まで明らかになった凶行が事実なのだとすれば、確かにそう呼称すべきなのだろう。
「さ、納得したならどいて。どうせ衛宮くんにはできないだろうし、キャスターの始末は私がやってあげるわ」
始末という言葉にギクリと体を強張らせつつも、俺は動くことができなかった。
遠坂に道を譲るように退くわけでもない、キャスターを守るように立ち塞がるわけでもない。
ただ混乱してその場に立ち竦むことしか俺にはできなかった。
「キャスターはもちろんだが……衛宮士郎もやはりここで消した方がいいのではないか?こんな半端者が令呪を持って生き延びたところでいずれ厄災の種となるだけだ」
そんな俺を穢らわしいものでも見るかのように見つめつつ、アーチャーが曲刀を俺に向けてくる。
その底冷えするような視線と声音にはハッキリと殺意が含まれていた。
「待ってよ、殺すなんてなにもそこまで……」
「アーチャー、シロウはいまだ私のマスターだ、彼にまで手を出すことは許容できない」
迷うように視線を彷徨わせる遠坂に険を含んだセイバーの言葉。
それぞれの意思と殺意が混ざり合い、場が混沌とした雰囲気に呑まれていくように感じる。
「……………」
そんな中でキャスターは何も言葉を発さない。
薄い笑顔を浮かべて黙って成り行きを見ているだけだ。
目を合わせることはできないので詳しい表情は分からないが……
その笑みは、何かここから逆転できる一手があるだとかその逆に八方塞がりになった自暴自棄の笑みとは違うように思えた。
ただ、ひたすらな無関心……自らが殺されるかもしれないこの状況でキャスターはそのことに何の感慨も抱いていない。
それゆえのつまらなさげな笑みだった。
「どけ、セイバー、邪魔立てをするならお前から殺すまでだ」
アーチャーの言葉にハッと意識を戻す。
見ればアーチャーとセイバーはそれぞれ得物を構えて双方を睨み合っていた。
ジリ、と軸足を僅かに移動させるアーチャーに対してセイバーは待ち構えるようにギュッと剣を握りしめる。
「………」
そうして、僅かに2人の体が動いた瞬間……
ドオォォォンという凄まじい衝撃と共に家の壁が砕かれた。
「なっ……!」
セイバーとアーチャーによるものではない、2人とも驚愕した表情でバラバラと崩れる壁を見つめている。
壊れた壁からは外の景色が広がり、登り始めた朝日がもうもうと舞う土煙に反射していた。
その土煙の中に映る人影……新たなる乱入者が家の外から壁を壊したのだ。
その乱入者は……
「バーサーカー!!」
昨夜、激戦を繰り広げた鈍色の巨人がそこには立っていた。
その左肩にはイリヤが座っており、上から見下ろすように赤い瞳が俺たちを見る。
「へー、なんだか修羅場な雰囲気……討伐令が出るだなんて一大事だしお祭り騒ぎも当然か」
そうしてイリヤはニコリと満面の笑みを浮かべる。
だが、昨日の戦闘ですでに分かっている。この笑みはただ可愛らしいだけではない……
「けど、ダメじゃないーーお兄ちゃんを殺すのは私なんだから!!」
イリヤの叫びと共にバーサーカーが動く。
そして……そこから先は混乱の一言だった。
狂ったように振るわれるバーサーカーの大剣が無差別にその場にいる者達を襲う。
それに対してセイバーの剣が黄金の煌めきと共に振られ、アーチャーが手にした双刀をヒュンと投げつける。
遠坂は宝石を弾丸のように打ち出し、それをイリヤは銀のワイヤーをムチのようにしならせて防いで見せる。
戦闘の余波で家の壁がバリバリと剥がれ、柱がバキリとへし折れる。
小物を入れていたタンスは中身をぶちまけながら音を立てて倒れた。
「…………」
そんな混乱した状況の中で、俺は……動くことができなかった。
なぜこんなことになったのか、そんな疑問ばかりが頭に浮かぶ。
雨の中で倒れるキャスターを助けたことは善行と呼べる行為だったはずだ。
その後にキャスターに正義の味方になるという俺の夢を応援されたことは嬉しかった。
その理想のためにも、この戦争から街の人々を守るためにこの戦いへの参加を決めたのだ。
だが、もし……もし本当に、キャスターが俺のことを裏切って魂喰いや洗脳をしていたのだとしたら……
「俺は、どうしたら……」
立ち竦む俺の頭の中にグルグルと言葉が駆け巡る。
『シロウはキャスターの本当の名前すら知らないのですから』
セイバーに言われた言葉。
そうだ……俺はキャスターのことを何も知らない。その名前すら……
『覚悟を決めろ、衛宮士郎……時間はあまり残されていないぞ』
言峰に言われた言葉。
キャスターのことを切り捨てるにせよ守るにせよ、覚悟を決めるには俺は彼女のことを知らなさすぎた。
『キャスターは人を誑かす魔女なのよ』
遠坂に言われた言葉。
もし、キャスターが本当に人を騙し、その命を弄ぶ魔女だというなら……俺は、俺は……
呼吸が自然と荒くなる、胸が焼けるように熱くなって、脳が鷲掴みにでもされたかのような頭痛が走る。
俺は……キャスターを……
決断までの瞬間、脳裏にさまざまな光景がよぎる。
キャスターの見せたドス黒い魔術、制服を着た可愛らしいキャスターの姿、時折りキャスターの見せる物憂げな青い瞳、俺の夢を応援してくれたキャスターの笑顔、キャスターを抱いた時に感じた柔らかな肢体の感触、キャスターが俺のために作ってくれた料理の味。
キャスターと過ごしたこれまでの思い出が一瞬で頭をよぎり……
『ーー1人に……1人にしないで』
そうして最後に思い浮かんだのは、初めて出会ったあの夜。
冷たい雨の中、縋り付くように涙を浮かべたキャスターの言葉だった。
「ッーーーー!」
気がつくと俺は、キャスターの手を掴んでいた。
あの日そうしたように、手を離さぬようギュッと握りしめる。
「…………!」
戦闘の混乱の隙をつき、バーサーカーの壊した壁の穴から駆け出す。
走っているので後ろは見えなかったがキャスターの息を呑む声が僅かに聞こえた気がした。
「!!!!!!!」
遠坂やセイバー達が何か叫んでいるようだが、それを無視して走り去る。
もう何が正しくて何が間違っているのか俺にもよく分からない。
今、こうして走っているのだって自分でも何をしているんだと思うくらいだ。
それでも俺はキャスターの手を握って走り続ける。
そうして俺たちは逃げ出して……キャスターと2人だけの逃避行が始まった。