【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
柳洞寺の片隅、人の寄りつかない物置小屋のような部屋でたった1人塞ぎ込むように座る。
何をしているわけでもない、ただぼんやりとしているだけだ。
やるべきこと、しなければならないことは山ほどある。
だが……
『……そんな夢、叶うわけないじゃないですか』
キャスターに言われた言葉。
その言葉が針のように心に引っかかって、俺から気力を奪う。
そうやって無気力に座っていると、グルグルと頭の中を思考が駆け巡る。
キャスターのことはこれからどうすべきだろうか。
セイバーは今も俺のことを探しているのだろうか。
遠坂は俺に対して怒りをつのらせているだろうか。
桜の眠りはいつ覚ませばいいのだろうか。
そんなことをグチャグチャと考えて、結局何も答えは出ない。
全くもって無意味な時間だ。
「ふぅ…………」
軽く息を吐いて頭を上げる。
そもそも……こんな戦争に参加している意味はあるのだろうか?
もう全てを投げ出して、逃げ出してもいいのではなかろうか。
そんな諦めのような言葉が脳裏にチラつく。
だって、俺にはもう……戦う理由がない。
この戦争にはそもそも巻き込まれるかもしれない無辜の人々を守るために参加したのだ。
だが、結局は守るどころかキャスターに魂喰いを許し多くの犠牲者を出してしまった。
俺のような半端なマスターなんて初めからいない方が良かったのかもしれない。
唯一気がかりなのは汚染された聖杯の話だが……それだって真実かどうか分からない。
もし、あの話が本当ならキャスターを生き延びさせて聖杯を浄化してもらわなければ10年前の大厄災の二の舞となってしまう。
しかし……あの話が全て出鱈目で、キャスターが生き延びるためについた方便だと言う可能性もある。そして俺の乏しい魔術知識ではその真偽を確かめる術を持たない。
俺は……すでに一度、キャスターに騙されて裏切られているのだ。
キャスターの言葉を無条件に信用することはできない。
「………」
自らの左手を掲げてその手の甲に浮かぶ紋章を見る。
令呪……サーヴァントへの絶対的な命令権。
これを使えば、キャスターを殺すこともあるいは可能だろう。
「どうしたいんだろうな……俺は」
自分でも自分の気持ちが分からない。
理性的な部分では既にキャスターはいくつもの凶行を重ねており、危険な存在なのだということを理解している。
だというのに……俺はまだキャスターのことを信じたいと思っていた。
それが何故かは自分でもよく分からない。
ひょっとしたら知らぬ間にキャスターに洗脳でもされてるんじゃないかなんて思いもしたが、それならそもそもキャスターを訝しむことすらしないだろう。
「けど、キャスターが倒されるべき悪だというなら俺は……」
そうして暗い瞳で令呪を見つめて、手をギリッと握りしめたところで………グゥと腹の虫が鳴った。
「はっ……」
思わず笑いがこぼれる。
どうやらこんな状況でも人間、腹は減るらしい。
朝から何も食べてなかったからな……気持ちはどれほど滅入っていても体は本能には逆らえないか……。
漁れば何か食うものくらいはあるだろう、泥棒のようで気が引けるが背に腹は変えられない。柳洞寺の人たちが食べる予定であったであろう食材を何か拝借するとしよう。
明かりのついていない薄暗い廊下を歩いて料理場を探す。
「多分……こっちの方だと思うんだけど、っと、あったあった」
料理場らしき部屋に入ろうとして……その部屋の明かりがついていることに気づく、僧侶達は全員眠っているはずだが……。
チラリとドアの外から部屋の中を伺う。
そこにはキャスターの姿があった。
「……キャスターも何か料理をするつもりなのか?」
なんとなく声をかけるのは憚られて、コソコソと様子を見る。
そういえば……随分と前にキャスターが料理を作ってくれたことがあったな。
あの時のシチューやステーキは絶品だった。
とろけるような肉質にピリリと効いた調味料、下ごしらえなんかもかなり丁寧にしてあったし、キャスターが俺のために丹精込めて作ってくれたのだろう。
楽しかったキャスターとの食事を思い出して、自然と口元がほころぶ。
そうだよな……キャスターは俺のことを信頼していなくて、俺に黙って色々と許されないことをしていた。
でも、それで俺とキャスターとの思い出が全部嘘になるわけでもないんだ。
「………ん?」
だが、そこでふと違和感に気づく。
キャスターは机の上にカチャカチャと真っ白な皿や陶器の茶碗なんかを並べていくがその上には何も乗せられていない。
食材や調理器具は見当たらないし、皿だけ並べてどうするつもりなんだ?
不審に思い、息を殺して成り行きを見守る。
皿を並べ終えたキャスターはその前に立つとスッと赤銅色の錫杖をかざす。
そしてボソボソと何らかの呪文を呟くと……次の瞬間には何もなかった皿の上に料理が出現していた。
「なっ…………!」
思わずガタリと物音を立ててしまい、キャスターがこちらを振り向く。
「あら……シロウ様、見てらしたのですか」
いたのなら声をかけてくれれば良かったのに、とでも言いたげな軽い調子のキャスター、その表情に後ろめたさのようなものは見当たらない。
「キャスター……その料理は……」
皿の上に並んだ料理を指差す。
ホカホカと湯気をたてるシチューやジュウジュウと香ばしい匂いを放つ鶏肉はまるで今まさに作られたかのようだ。
「はい、わたしが作ったんです!シロウ様の分ももちろんありますよ。一緒に食べましょう!」
「いや、じゃなくて……今、いきなり現れなかったか?」
「え?あぁはい、錬金術の応用のようなものですね。魔素を固めて有機物に変換して作ってるんです」
平然と述べるその様子からは、その行為が異常だとはまるで思ってもいないようだ。
「……前に料理を作ってくれた時も、同じように作ったのか?」
「はい、一々切ったり焼いたりするだなんて時間の無駄ですし……あの、シロウ様なにか怒っていますか?」
なにか問題があるのでしょうか?とでも言うようにキャスターは小首を傾げる。
「もしかして健康に害がないか心配しているんですか?むしろ不純物の入っていない分普通の料理よりもずっとヘルシーですよ?」
キャスターは俺が何に怒っているのか理解できないようで見当違いの釈明をしてくる。
違う、俺が言いたいのはそうじゃなくて……。
「……もういいよ、勝手に勘違いした俺が馬鹿だったんだから」
そう冷たく突き放すように言い捨てる。
キャスターは別に手を抜いたつもりはないのだろう、ただ最小の手段で最大の効率を得られる方法を選択したにすぎない。
それを俺が勝手に手間暇こめて作られた料理なのだろうと思って1人で舞い上がっていただけだ。
それでも何か……酷く裏切られたような気持ちになって、キャスターと過ごした平和で楽しい日常すらも空虚なものになったように感じて、俺はキャスターの前から逃げるように立ち去った。
◇
「…………」
ザクザクと踏み荒らすように音を立てて、小石の敷かれた柳洞寺の広い庭園を歩く。
どこに行くわけでもない、ただジッとしていることもできなかった。
「…………」
冷たい夜風に吹かれながらただ虚空を睨みつけて先ほどのキャスターとのやり取りを思い返す。
そうしているうちにグルグルとした思考、モヤモヤとした鬱憤がカッと燃えるような怒りに変わった。
「あぁ……ちくしょう……!!」
そうして俺は怒りをぶちまけるように誰にともなく悪態を吐いた。当たり散らすような絶叫があたりに虚しく響き渡り、俺はただ吠えるように叫ぶ。
それでも感情は収まり切らずダンダンとその場で地面を蹴り付けて行き場のない憤りを発散させる。
何の生産性もない行為だが、そうでもしないとやってられなかった。
全てが偽りだった、全てが嘘だった、全てが意味がなかった。
キャスターと過ごした日常も戦いも、全部全部!
「もういい……こうなったら令呪で……!」
身のうちから溢れ出る衝動に任せて令呪を睨む。
もう我慢の限界だ。
キャスターの言うこともやることも信じることはできないし、これ以上彼女と一緒にやっていけるとは思えない。
セイバー達からキャスターを連れて逃げたのは、その時はまだキャスターの凶行の真偽がはっきりしていなかったからだ。
だが、もはや答えは出た。
彼女は断じるべき悪で、倒すべき危険な存在だ。
正義の味方として、彼女のマスターとしてケジメはつけなければならない。
「…………」
左手を掲げて手の甲を見つめる。残る令呪は2画。
それを使って自害を命じればキャスターの命は……
「あぁ、くそ!」
そう思ったところで手を振り下ろした。
ブンッと振りかざした手が虚しく宙を切る。
やはり俺には……キャスターを殺すなんて選択は選べないらしい。
項垂れるように視線を下げて頭を掻きむしる。
先ほどまで沸いていた怒りはいつのまにか虚しさに変わっていた。
そうして俺は崩れ落ちるように呟く。
「なんで俺は、キャスターのことを嫌いになれないんだよ…………」
…………厄介なのは、キャスターの行動は一貫して俺のためを想ってのものだと言うことだ。
キャスターが自分の私利私欲のために聖杯を求め、罪を重ねたのならば俺とて彼女を紛れもない悪だと断じることはできただろう。
だが、そうではない、キャスターの行いは全て俺のためのものなのだ。
正義の味方になる……そんな子供じみた夢は叶うわけがないとキャスターは切り捨てた。
だけど、その夢を応援すると言った言葉だって本当なのだろう。
現実的な冷めた思考と俺への熱狂的な想いがキャスターの中では矛盾することなく両立している。
そして不可能なはずのその夢を可能にするために、歪な願いを歪な力で叶えるために、キャスターは聖杯を手にしようとしている。
そのために取る手段が魂喰いや洗脳など物騒な手段なのが問題だが……キャスターは手間を惜しまず時には危険すら犯して、俺のために動いてくれている。
それを理解しているからこそ、むざむざと彼女を切り捨てることもできないでいた。
「俺がもっと強ければ……キャスターもこんなことをしていなかったのかな」
ため息をつく。
聖杯戦争に参加して、サーヴァントなんて規格外の存在とすでに何度か戦闘を重ねたがそれで俺が強くなったわけでもない。
強化や投影だって相変わらずまともに使えないままだ。
キャスターにこれ以上勝手なことをしないでくれと言っても、こんな現状では大人しく従うとは思えない。
少なくとも、俺がマスターとして不甲斐なく魔術師として半人前なのは事実なのだ。それを補うためなら彼女は平気で外法に手を染めるだろう。
「はぁ…………イアソンもこんな気持ちだったのかな」
神話においてメディアの伴侶であったイアソン……彼は彼女のことをどう思っていたのだろうか。
イアソンを王位につけるためとはいえ、自らの弟を八つ裂きにしたメディア……そんな彼女の凶行はイアソンの瞳にはどう映ったのだろうか。
「考えても無駄か、イアソンに直接聞けるわけでもないしな」
それに、そのイアソンだって最後はメディアに見捨られて破滅を迎えている。
彼と彼女の歯車は結局のところ噛み合わずに破綻したのだ。
「どんな人ならキャスターのマスターに相応しかったのかな……」
ぼんやりと、そんなもしもの話を考える。
まずは必要なのは強さ、キャスターが余計な手を回す必要がないほどの強さを持った人物でなくてはいけない。
そしてどんなことがあっても動じず、キャスターの悪行すら受け入れるような包容力も必要だろう。
どれほど過酷な環境でもしなやかに、そして芯の強さを持って生える葛の木のような人物ならば、あるいはキャスターと上手くやって行けたかもしれない。
だが……俺はそんな風にはなれない。
俺は、キャスターのマスターとして……ふさわしくなかったのだろう。
「随分と……暗い顔をしているな」
ふと、そんな声が聞こえた。
顔をあげてみれば、飄々とした態度で立つアサシンの姿がそこにはあった。
夜風に吹かれてその長髪がゆらゆらと揺れている。
じっとしていられなくてうろうろと歩いていたが、いつの間にかアサシンのいる山門近くまで来ていたらしい。
「あぁ……いや、ちょっとな……」
アサシンはキャスターの召喚したサーヴァント……そんな相手とどういう距離感で接すればいいのか測りかねて何とも言えない返事を返す。
アサシンはキャスターのことをどこまで知っているのだろうか、彼女の凶行を知ってそれでもなお従っているのだろうか。
そんなことを悶々と考えていると知らぬ間に視線が下がる。
「そう俯いてばかりでは気も滅入ると言うもの……空を見てみよ、今宵も月は優美に輝いている」
アサシンは空を見上げ、緩やかな笑みを浮かべてみせる。
俺もその言葉に空を仰ぎ、闇夜を彩る月を見つめる。
「別に、あんまり綺麗だとも思わないけどな……」
ぼそりと見たままの感想を口にする。
アサシンは優美だと言ったが……満月や三日月のような整った形をしている訳でもなく半端な楕円のような形だし、爛々と輝く訳でもなくぼんやりとした黄色い光を放っている。
雲も多くどんよりとした天気だし、優美と評するにはなんとも微妙な風景だ。
「月は満ち欠けによって移ろい毎夜その姿を変える。満月ならば明るく瞬き夜道を照らし、三日月の夜はどこか不吉に妖しく光る、そして時には新月となってその姿を隠す……そうした日々の変化を楽しんでこそ雅というものよ」
アサシンは首を捻る俺を仕方のないものを見るようにカラカラと笑う。
雅か……なんだか俺には理解できそうもない話だ……。
「月はその表情を気ままに変えて見せる、今宵の月のように歪な形のこともあるだろうさ。たった一夜の月を見てその美しさを語ることなぞできまい……白百合の少女とて同じことなのではないかな?」
「アンタ……もしかしてキャスターの話をしてるつもりなのか?」
持って回った言い回しの意味を考えて気づく。日ごとの月を見なければその美しさの本質が分からぬように、キャスターという少女の一部分しか俺は見れていない……アサシンはそう言いたいのだろうか。
アサシンはそんな俺の質問には答えず、ただ静かに笑う。
「一巡りの月を見て、つまらぬと断じるならばそれもよかろう。この世には花の彩り、鳥の囀り、風のうららかさ……美しいモノは他にも数多くある。月の光にだけ固執することもあるまいよ。だが……もし少しでも美しいと感じたのならば、それを愛でてやるのもまた一興なのではないかな」
……キャスターとは俺なりにしっかりと向き合ったつもりでいる。
新月が闇に紛れることもあれば満月で眩く輝く時があるように、キャスターの良い面も悪い面ももう十分に見たはずだ。
その上で……もうキャスターとの関係には限界を感じている。
「…………」
考え込んで黙りこくった俺をアサシンの涼しげな瞳が覗きこむ。
キャスターの海のような瞳よりもさらに青い、群青の瞳が見透かすように俺を見つめる。
「……良い目をしているな。弓取りでもしていたか」
「えっ、あぁ、まぁ弓道をちょっとな……」
指のタコなんかを見て弓道経験を指摘されたことはあったが、目を見て言われたのは初めてだ。遠くを見ようとする仕草なんかに知らぬ間になにか癖が出ていたのかもしれない。
「遥か彼方を見ようとする澄んだ瞳だ、そなたが目を凝らせば月の裏側さえも見れるのだろうな」
月の裏側……アサシンのその言葉の真意を考える。
俺は本当にキャスターの全てを理解できているのだろうか。
「……どんな夜も月は常に我らの頭上にある。その瞳ならば空を覆う曇天も深い闇さえ切り抜けて、月の輝きを見ることがかなうだろう」
アサシンはそこで一度言葉を切ると、改まるように俺に向き直る。
「拙者から我が主たる少女についてとやかく言うつもりはない……何を言ってもそれはそなたの目を曇らせることになるだろうからだ。だが願わくば……彼女を見てやってくれ。『サーヴァント』でも『魔女』でもない、ありのままの彼女の姿をな……」
ありのままのキャスターの姿…………
「……分かったよ。もう少し、せめてもう一度だけキャスターと話をしてみることにする。それでどんな答えが出るかは分からないけれど……」
アサシンと話をして……心がどこか少しだけ軽くなった気がする。
思えばキャスターの悪事が露見して、皆がキャスターのことを魔女だなんだというモノだから俺まで必要以上に彼女のことを恐れてしまっていたかもしれない。
もう一度……しっかりと俺の目でキャスターと向き合おう。
そう決意を心に決めた時……
「残念だが、そいつはかなわないぜ……」
場の空気を切り裂くように冷たい声が俺たちに投げかけられた。
その声の出所、山門から覗いた石階段の上に立つ男を見る。
「……お前ら全員、今日ここで死ぬことになるからよ」
そこには朱色の槍を構えた槍兵が睨むように俺たちのことを見上げていた。