【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「……お前ら全員、今日ここで死ぬことになるからよ」
石階段の上に立つ男はそう冷たい瞳で言い捨てる。
「おまえは、ランサー……!」
セイバーを召喚した夜にも戦闘を行ったランサー……奴がまた俺達の前に現れた。
ジャリっと音を立ててゆっくりと石階段を登ってくる。
緩慢な動作ではあるが視線は鋭く、迂闊に近づけはその手にした朱色の槍を血で染めることになるだろう。
「お前も討伐令を受けて俺たちを消しにきたのか……」
「討伐令?あぁ、そういやそんなもんも出てるんだったか……くだらねぇ」
てっきり奴のマスターから命令されて俺たちを殺しに来たのだと思っていたが、ランサーは俺の言葉に吐き捨てるように笑う。
「こいつは戦争……殺し合いだぜ?キャスターが何をしてようが、それは取れる手段を取っただけだ。別に悪だ卑怯だと謗るつもりもねぇよ。俺はただ……以前仕留め損ねた獲物を狩りに来ただけだ」
ギラリとランサーの双眸が月明かりに反射する。
俺は一度、キャスターに至っては二度もランサーと交戦をして生き延びている。そのケジメをつけに来たと言ったところか。
「だいたいよ、どいつもこいつも小娘1人にビビりすきなんだよ。討伐令だなんだと大騒ぎしやがって……ま、ウチのマスターみたく仕事半分面白半分もそれはそれでタチが悪いがな……そこだけはお前さんたちにも同情するぜ」
語りながらもランサーは歩みを続けもう少しでその槍の間合いに入るというところで立ち止まった。
数歩下がった階段の下から奴が俺を見上げて、それから俺の隣に立つアサシンへと顔を向ける。
「テメェがアサシンか、キャスターも手が早いな……まさかサーヴァントを召喚しているとは」
ランサーの視線はアサシンの背中にしまわれた刀や足元や指先の僅かな動きに集中している。
所作や武器から戦闘力を推し量っているのだろうが、俺もアサシンがどの程度戦えるのかは分かっていない。
「この侘しい寺に来客が来たのだ……茶でも一服、といきたいところだがそうもいかぬか」
「あぁ、仕事だからな。さっさと片付けて帰らせてもらうぜ」
「ならば、こちらも門番としての仕事を果たすとするか……」
アサシンは口元に軽い笑みを浮かべながらもゆらりと背中の刀を手に取り、ランサーはグッと腰を低くして槍を構える。
「………」
僅かな沈黙、そして……
「っーーーー!」
ギンッ、と音を立ててアサシンの刀とランサーの槍が交わり、暗い宵闇に赤い火花が飛び散った。
攻防はそれで終わらず、さらに立て続けにカンッカンッと音を立てて刀の刀身と槍の穂先が切り結ばれる。
互いに激しい猛攻、あまりの攻撃の速さにランサーの長い槍はまるで鞭がしなるように錯覚して見えて、アサシンの刀に至ってはもはやほとんど目視できない。
ランサーの鋭い槍捌きと獣じみた俊敏性は相変わらず猛烈だ。
しかし、それ以上に……
「……なんて剣速だ」
俺が驚いたのはアサシンの剣速だった。
セイバーのような能力による不可視の剣とは違う、単純に速さのみによって掻き消えたように見えるそれはしかも確実にランサーの急所のみを狙っている。純粋な技術だけの話をするならば今まで出会ったサーヴァントの中でも最高峰に位置しているかもしれない。
「シロウ様!」
そうしてアサシンの技量に戦慄していると、息を切らしたキャスターがやってきた。ランサーの気配を感じ取り駆けつけたのだろう。
チラリとランサーがそんなキャスターを見たが、その視線を遮るようにアサシンが刀を振るう。
「アサシン、まさかここまでやるだなんて……」
キャスターとしてもアサシンの技量は予想外だったのかしばらく目を丸くしてその攻防を見ていたが、ハッと正気に戻るとこちらに顔を向ける。
「シロウ様……ここは危険です。わたしとアサシンに任せてお下がりください」
俺の体を手で制するようにして、キャスターがそう進言をしてくる。
確かに俺がここにいてもできることは何もない、足を引っ張るだけだろう。
それに……俺はこの聖杯戦争に対して戦う意義を見失いつつあった。
俺が半端に関わったせいでキャスターによる一般人への被害を出してしまったのだ。
それならば、もういっそこんな危険な戦いからは身を引いてどこか安全なところにでも引きこもっていた方が利口なのかもしれない。
そんな思考が頭をよぎる。
だけどーー
「……俺も一緒に戦わせてくれ」
強い意志を込めてハッキリとそう告げると、キャスターは怪訝な顔を浮かべる。まさか俺がこんなことを言い出すだなんて思っていなかったのだろう。
「一緒に戦いたいんだ……キャスターと」
いまだ迷いは抱えている。
戦いに関しても、キャスターについても。
だからこそ、目を背けるような真似はしたくなかった。
一度でもそうしてしまえば、きっともう二度と正面から向き合うことは出来なくなるから。
「キャスターからしたら足手纏いになるかもしれない。それでも、頼む……」
キャスターがその気になれば洗脳でもして俺を下がらせることも可能だろう。だから、俺はただ頭を下げてキャスターに頼み込む。
「…………分かりました、けれどシロウ様にできることはありませんよ。そこで大人しくしていてくださいね」
僅かに逡巡するような沈黙の後、キャスターがため息交じりにそう告げる。
キャスターの言う通り、生半可な強化や投影を使ってランサーに立ち向かったところで命を無駄に散らすだけだろう、この戦いにおいて俺にできることはない。
それでもせめて俺にできることとしてアサシンとランサーの高速で繰り広げられる打ち合いを、そして険しい目つきで杖を構えるキャスターの横顔をじっと見つめる。
「収束…‥発射!」
アサシンを援護するようにキャスターが杖の穂先から紫色に煌めく光弾を発射し、稲妻のごとく勢いでその光がランサーに迫る。
だが…………
「おっと……!」
ランサーはヒョイと軽い調子でその光弾を避けて、気にしたそぶりもなくアサシンと斬り合いを続けている。
その攻撃はランサーの立ち回りに何ら影響を及ぼしていない。
「どうして当たらないの……」
歯噛みしつつもキャスターが攻撃を続ける。
キャスターの狙いは決して出鱈目なわけではない、しっかりと杖で狙いをつけてその照準通りに正確に光弾を放っている。
だというのに、ランサーは僅かに体を動かすだけでその光弾を全て回避している。
「くっ……そこ……もう少しなのに……」
肌にかするほど紙一重の躱し方は見ようによってはまぐれで避けただけのようにも見えるだろう。
実際、それを見たキャスターは躍起になったかのように光弾をばら撒いて攻撃を続けている。
だが……キャスターの攻撃を意に介さずにアサシンの剣先だけに視線を向けるランサーの様子を見れば分かる。
アイツは完全にキャスターの攻撃を見切っているのだ。
これでは何発撃っても当たることはないだろう。
それに……ランサーには対魔力のスキルがある。流石に命中すれば全くのノーダメージということはないだろうが致命的なダメージになるとも思えない。
バーサーカーを一度倒したあの影の力ならあるいは倒し得るかもしれないが、そう気軽に放てるものでもないようだしランサーも簡単には当たってくれないだろう。
「奇妙な剣を使うな……それなりに打ち合ったのにまるで太刀筋が見切れねぇ」
「太刀筋などありはしない、ただあるがままに任せて剣を振るっているだけなのだから……などと嘯いてみても、こちらも中々攻めきれておらぬな。野獣のような荒々しさと洗礼された戦士の技術を兼ね備えた槍術、うかつに踏み込めばやられるのはこちらというわけか」
打ち合いを続けながらランサーとアサシンは言葉を交わす。
アサシンの技量を持ってしても、俊敏に動き回るランサーを捉えきることはできないのか。そう歯噛みする俺に対してアサシンは挑発するような笑みをランサーに向ける。
「…………一瞬でもオヌシが立ち止まるのならば、確実に倒せる技があるのだがな」
そう言ってアサシンはチャキリとその長刀を鳴らす。
ハッタリではない……本当にランサーを倒せるだけの何かがあるのだろう。そう確信させるだけの気迫がその言葉にはあった。
「ハッ、ほざけ!あからさまにヤバい技をむざむざ受けるほどお人好しじゃねぇよ!」
ランサーも本能的にアサシンを危険だと感じたのだろう。
口では軽口を叩きつつも、その動きはさらに加速して攻撃は苛烈さを増す。
「ふむ、もっともだ……やはりなんとかして隙を作らねばならぬか」
突き出された槍の穂先を流すように受けながら、チラリとアサシンがこちらを見る。
俺たちにその隙を作れと言うことか……
キャスターに視線を向ける。
「っ…………!」
鬼気迫るような表情でランサーを睨むキャスター。
乱射をやめてゆっくりと狙うように杖を向けているが、その狙いはフラフラと頼りなく揺れていて高速で動き回るランサーにはとても命中しそうにはない。
そんなキャスターに俺はそっと後ろから手を添える。
ビクリとキャスターの体が跳ねるように震えたが、俺はそんなキャスターに対してゆっくりと静かに語りかける。
「キャスター、落ち着いて深呼吸するんだ」
俺の言葉にキャスターは口を開けてポカンとした表情を浮かべる。
「そんな状態じゃ当たるものも当たらない、まずは冷静にならないと」
キャスターはそんな俺の言葉に何か言い返そうとして……それから目を閉じるとスーハーと息を吐いてみせた。これで命中しないことに焦りを感じていたキャスターも少しは落ち着いたはずだ。
だが、それだけではやはりランサーに攻撃を加えて足止めをすることはできないだろう。
「キャスターは魔術の構築だけに専念するんだ。アイツの対魔力を打ち破れるくらい強力なやつを……狙いの方は、俺がつける」
キャスターが杖を持つ手を背後からそっと握りしめ、耳元で囁くように作戦を話す。
「シロウ様が狙いを?」
「あぁ、俺なら確実にランサーに当てられる。大丈夫だ、信じてくれ」
そう言い切る俺の言葉をキャスターが信じてくれたのかは分からない。
しかし先ほどまで攻撃が掠りもしていなかったのは事実で、自分で狙うよりはマシだと思ったのだろう。
僅かに体の力を抜いて俺に身を委ねてくる。
「よし…………」
俺の手と重ねたキャスターの細い腕をゆっくりと持ち上げる。
弓道部にいた頃はこんなふうにして、桜に弓の構えを教えてやったこともあった。
だが今回射るのは矢ではなく魔術だし、標的は固定されたマトではなく縦横無尽に動き回るランサーだ。
奴の俊敏な動きは単純な動体視力に頼っていては捉えることは不可能だろう。
「ふぅーー…………」
軽く息を吐き、無心の境地へと自らを導く。
無理にランサーの動きを追って視線を彷徨わせるようなことはしない、ただ一点をしっかりと見据えて全体の流れを捉える。
「…………」
かつて俺はセイバーとランサーの戦いを一度見ている。
あの時は結局、戦いの場に足を踏み入れることはできなかった。
それでもマスターとして敵であるランサーの槍捌きは目に焼き付けていたのだ。
その時の動きを思い出せ。
奴の僅かな動きの癖、呼吸の合間、重心のブレ……それらを俺は既に知っているはずだ。
見ろ、見ろ、見ろ。
奴の行動をトレースし、その未来を見通してみせろ。
「っーーーーここだ!」
俺の声と共にキャスターが魔術を放つ。
一直線に夜の闇を突き進む一筋の光。
その光がランサーの胸元に吸い込まれるように直撃する。
「クッ…………!」
奴の動きを予測して放った一撃、防御もまともにできなかったはずだ。
苦悶の声をあげてランサーの体がぐらりと揺れる。
それでもやはり、倒し切るに至る威力はない。
だが…………これで、隙はできた。
「秘剣ーーーー」
アサシンが手にした長刀を背を向けるような独特の体勢で構える。
これこそがアサシンの切り札……宝具なのだろう。
「ーーーー燕返し」
その剣技はとても奇妙なものだった。
まるで刀身が3つに分裂したかのような……いや、錯覚ではなく事実分身してランサーに迫る。
「っーーーー!」
ランサーは崩れた体勢で、それでもそのうちの1つを槍で受け止める……だがこの攻撃の恐ろしさは同時に3つの剣撃が襲うことだ。無防備なその首元と脇腹を残された2つの太刀が切り裂く。
「ゴハッ……!」
傷口から赤い鮮血を吹き出してランサーの体がガクリと崩れる。
この勝負……アサシンの勝ちだ!
そう確信した瞬間に、倒れゆくランサーの瞳がギョロリとアサシンを捉えた。
「ガッ……舐めるなぁ!!」
倒れる体を無理やり支えるように体勢を立て直し、自らの血で真っ赤に染まった手で槍を握りしめて渾身の力を込めてアサシンに放つ。
「むうっ……!」
技の終わりで隙を晒していたアサシンは避けるそぶりもなく、その胸に槍の一突きを受ける。
「ゴッーー!」
「ガバっーー!」
そうして一瞬の交錯の後、血反吐を撒き散らしながら2人の体が地面に倒れ込む。
その傷は互いに致命傷だ。
「……よもや、それほどの深手を受けてなお動けるとはな」
「そりゃこっちのセリフだ。なんだいまのは剣が3つに分裂してたぞ……」
2人は互いに急所から夥しい量の血をこぼしながらも、どこか楽しげに笑う。
お互い一流の戦士として何か通ずるものでもあったのか……
そしてふと彼らの目線がこちらを向いた。
「俺にゃ飛び道具の類は効きづらいはずなんだがな……大した狙いしてたぜ坊主」
「表面的な動きに惑わされることなく相手を射抜く心眼……見事でござった」
ランサーとアサシンはまるで俺を称えるように笑いかけて、その姿がサラサラと光の粒になって消えていく。
「あっ……」
俺は何か言おうと手を伸ばしたが、次の瞬間には彼らの姿は崩れ落ちるように消えてしまった。
ランサーとアサシン、2体のサーヴァントがいまここで消滅したのだ。
「…………勝った、のか」
何と言えばいいか分からなくて、そんな言葉をポツリと呟く。
アサシンは消滅してしまったが……俺たちを殺しにきたランサーを倒すことはできた、勝利と言って良いだろう。
「凄いですねシロウ様!先ほどの一撃、まるで吸い込まれるように攻撃が当たって……一体どんな魔術を使ったんですか」
「魔術だなんて、ただよく狙って当てただけだよ」
ピョンピョンと興奮したように飛び跳ねるキャスター、そんな彼女の大袈裟な言葉を苦笑いして否定する。
相手の動きのクセを読み取って数秒先の動きを予測し、そこを狙って撃っただけのことだ。そんな大それた話ではない。
それよりも……
「…………」
スッとキャスターに向き直る。
『彼女を見てやってくれ。『サーヴァント』でも『魔女』でもない、ありのままの彼女の姿をな……』
消えてしまったアサシンのそんな言葉を思い出す。
ランサーの襲撃という予想外のハプニングがあったが、俺はもう一度キャスターと話し合おうと決めたのだ。
きちんと彼女と話して、互いの意見を言い合おう。
魂喰いなんかの悪いことはもう二度としないようにきっちりと説得して、汚染された聖杯にも対処しよう。
大丈夫、言葉を尽くせばきっと分かってくれるはずだ。
そうして俺はキャスターの顔を見る。
「っ…………!」
俺の視線に気がついたキャスターは動揺するかのように顔を強張らせる。その様はまるで俺に見つめられることを、彼女自身を見られることを恐れているかのようだった。
「なぁ、キャスター……」
ゆっくりとキャスターに語りかけようとして……
「…………ごめんなさい、シロウ様」
そんな言葉を聞いた瞬間、ぐにゃりと意識が闇へと堕ちた。