【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
メラメラと炎が燃えている。
人の焼けた匂いがあたりを漂い、うめき声のような断末魔がどこからともなく聞こえてくる。
あぁ……またこの夢か……
どこかうんざりするような気持ちになりながら俺は崩れた瓦礫と炎の中をひたすらに走る。
踏みしめる足元にはガラスや灰が混じっておりジャリっと不快な音を立て、ジリジリと焦がすような熱が体を照りつける。
炎の燃えていないところへ、死ぬことのない安全なところへ。
必死に必死に小さな体で足を動かす。
この地獄にそんな場所はないというのに。
「…………」
これは夢だ。
幼い頃に味わった地獄、その記憶の反芻。
何度も何度も繰り返すように夢に見て、その度に吐き気を覚えるほどの恐怖と罪悪感に苛まれる悪夢。
人の命などクソほどの価値もないこの場所で、まだ幼い姿をした俺が耳を塞いで必死に逃げている。
炎からではなく人の死から、今まさに命が尽きようとする人たちに目を背けて必死に逃げている。
そうやって逃げて逃げて、そのうちに俺は倒れ込んだ。
こんな灼熱の炎の中で子供1人がいつまでも動けるわけがない。
「………」
周りは炎に囲まれているというのに体はジワジワと冷たくなっていく。
忍び寄る死の気配に子供ながらにもうダメだと悟った。
そうしてそっと目を閉じて沈みゆく意識に身を委ねた時……
「…………」
誰かが、俺の手を握った気がした。
◇
「んっ…………」
手のひらに暖かな感触を感じながらゆっくりと目を開ける。
いつもはあの悪夢を見た時は最悪な寝覚めになるのに、今回は随分と心が落ち着いているようだ。
「…………」
横になったままぼんやりと纏まらない思考で自らの手に視線を向ける。
誰かの小さな手が、しっかりと俺の手を握っていた。
「……キャスター」
「シロウさま!目覚められたのですね!!」
俺の小さな呟きに、布団のそばで座り俺の手を握っていたキャスターが弾かれたように声をあげた。
「よかった……このまま目覚めなかったらどうしようかと思いました……ほんとうによかった……」
震えた声で俺の目覚めに安堵の声を吐く。
その目元は赤く腫れていてまるで泣きじゃくったあとのようだった。俺が目覚めるまでずっと枕元にいたのだろうか、その顔色からはどことなく疲労の色が見て取れた。
「シロウさま、どこか痛むところはありませんか?」
「あぁ、大丈夫。むしろいつもより体の調子がいいくらいだ」
周囲を見回して現状を確認する。
今、俺が眠っているのは慣れ親しんだ自宅の布団の上だが、その前は柳洞寺にいたはず……いつの間に帰ってきたのだろうか。
う〜んと額に手を当てて、意識が途切れる前の記憶を呼び起こす。
確か……キャスターと遠坂達の戦いを止めに行ったら、いきなり現れた金色のサーヴァントにやられてしまったのだったか。
あいつはいったい……
考え込む俺を見てキャスターがそっと口を開く。
「おそらく彼の正体はかつてこの世の全ての財を手にしたという古代ウルクの王……ギルガメッシュでしょう」
ギルガメッシュ……最古の英雄譚として語られるその名前は知っている。
世界の全てを手にし、あらゆる財を集めたという伝承のある奴ならば確かにあの出鱈目な宝具にも説明はつく。
「手段は分かりませんが、前回の聖杯戦争から現界を続け再び今回の聖杯戦争に参加したようですね」
無数の剣を放つギルガメッシュの圧倒的な強さを思い返す。
あんなのいったいどうやって倒したらいいんだ……
「みんなは……セイバーや遠坂はどうしたんだ?」
あたりを見回すがキャスター以外の人影はない。
まさか、みんなやられてしまったのか?そんな不安が心をよぎる。
「トオサカさんはかなり深手を負っていますがとりあえずは無事です。現在は彼女の自宅で療養中ですが……あの怪我ではおそらくもう戦争には復帰できないでしょう」
……そうか、とりあえず一命を取り留めただけでも喜ぶべきだがこの状況での遠坂のリタイアはキツイな。
「アーチャーはどうした?あいつは別に負傷してなかっただろ?」
「はい、アーチャーさんは無傷ですが現在はトオサカさんの治療に専念しているためしばらくは動けないそうです。何かあったら連絡してくれとだけ言われました」
討伐令が出されている俺たちだが、流石にこのイレギュラーな状況ではアーチャーもこちらに味方してくれるらしい。遠坂の治療で自由には動けないだろうがこれは心強いことだ。
「それで……セイバーはどこにいったんだ?」
俺の言葉にビクリとキャスターがその身を震わせる。
目が覚めてからセイバーの姿が見えないから何かあったとは思ったがこのリアクションからするに予想以上に状況は悪いらしい。
「…………」
チラリと自らの左手に浮かぶ令呪に視線を向ける。
マスターとして俺はキャスターとセイバーとそれぞれパスが繋がっている。
そしてその繋がりは2つともいまだ途切れてはいない。
それはつまりセイバーは消滅したわけではないということだ。
だが、ならばセイバーはどこへ……
「セイバーさんは……ギルガメッシュのもとにいます」
「…………どういうことだ?」
キャスターの言葉に眉をひそめる。
確かにギルガメッシュはセイバーに対してやたら執着していたが、キャスターの口ぶりからするに捕まったというよりセイバー自身の意思でギルガメッシュと共にいるような言い方だ。確かにあいつは圧倒的な強さを持っていたがそれでセイバーが奴の軍門に降るとは思えないが……
「傷を負ったシロウ様の治療と引き換えにギルガメッシュに自ら服従を誓ったのです」
その言葉にハッと息を呑み、自らの脇腹をさする。
奴によって貫かれたはずの俺の体には傷一つ残っていない、それはセイバーがギルガメッシュにその身を捧げたおかげだというのか。
「詳細は分かりませんが、相手の体を意のままに操る首輪をギルガメッシュは使ったようです。セイバーさんはもうこれで彼に逆らうことはできません」
相手を意のままに操る首輪……それは単にあいつに負けるよりもよっぽど悍ましい話だ。どんな羞恥も醜態も苦痛も今のセイバーには逆らう術がない。
そしてセイバーはそれを分かっていて、俺を救うために自らその首輪をつけたのだという。
「………その首輪とやらを壊せばセイバーを解放できると思うか?」
「それは……現実的ではありませんよ。ギルガメッシュは私たちが束になっても敵わないほどの力を持っていますし操られたセイバーさんも抵抗してくるでしょう。その状況で首輪を破壊するだなんて……」
俺の言葉にキャスターは困ったように眉を顰める。
「けど、もし壊せば解放されるんだな?」
「……えぇ、呪縛の媒体となっているあの首輪を破壊すればセイバーさんはギルガメッシュから解放されるはずです」
「そうか……」
渋々と言った感じでキャスターが疑問に答える。
キャスターの考えていることは分かる、俺が無茶をしてセイバーを助けようとしないかが心配なのだ。できることならばセイバーのことは見捨てて欲しい……キャスターはそう考えているのだろう。
そんなキャスターに俺はできるだけ明るい声で言葉を続ける。
「…………キャスターの方は怪我は大丈夫なのか?アイツの攻撃喰らってただろ。その後も俺が突き飛ばしちゃったし」
「えっ?あっ、はい。問題ありません。かすり傷程度でしたので……」
「そうか、ならよかった。攻撃を避けるためとはいえ無我夢中で突き飛ばしちゃったからどこかぶつけたりしてないか心配だったんだ」
そう言ってニコリと笑いかけてやるとキャスターは気まずげに視線を床へと向ける。
「……申し訳ありません、わたしを庇ってシロウ様が致命傷を負って、そしてシロウ様を助けるためにセイバーさんを奪われることになってしまって」
「あぁ、いやそんなつもりで言ったんじゃないんだ。キャスターが無事で良かったよ。俺がやられたのは俺が力不足だっただけだしな」
そう言って明るく笑って見せるとキャスターは怪訝な顔を浮かべる。
「……セイバーさんのことを聞けば、すぐにでもギルガメッシュのもとへ向かうかと思っていましたが意外に冷静なのですね」
「ん?もちろんセイバーを奪われたことに対する動揺も怒りもあるよ、俺自身の弱さへの苛立ちもな。でも喚いたところで事態は好転しないしギルガメッシュのところに策もなく向かったところで負けるのは目に見えてる。そうなったら今度こそセイバーは助けられないからな」
怒りがあるかと問われればもちろんある。それこそ全身の血液が沸き立ちそうなほどの怒りをギルガメッシュには覚えている。
だが、反するように頭は冷えて冴え渡りやるべきことを冷静に見定めようとしている。
「とりあえず腹減ってないか?しばらくちゃんとしたもん食ってなかったし寝てる間にお腹ぺこぺこだ。なんか飯でも作るか」
これからどう動くにせよそのための活力は必要だ。
腹ごしらえのために何か作ろうとした時、キャスターがおずおずと言った調子で声を上げる。
「あの、一応……わたしの方で簡単なものは作っておいたのですけれど……」
そう言ってキャスターは躊躇いがちに小皿に乗せられたおにぎりを差し出してくる。
おにぎりか、ちょうど寝起きに食べるには重すぎず良いチョイスだが……
「…………」
脳裏に以前盗み見た、キャスターが豪勢な料理をポンと杖の一振りで作り出していた光景がよぎる。
あまりにもお手軽な姿にその時は複雑な気持ちを覚えたりもしたものだ、今回のおにぎりもおそらく同じように魔術で作られたものなのだろう。
とはいえ今の状況でそれに文句を言っている余裕もない、ここは大人しくいただくとしよう。
「んっ……って、あれ、妙に塩辛いな……塩の量が多すぎないか?」
パクリとかぶりつくが予想外の味に思わず眉を寄せる、キャスターが今まで出してきた料理は高級レストランと見紛うような完成された味ばかりだったから意外なミスだ。
「あっ、ごめんなさい……これは下げますから……」
「いや、下げることないよ。全然食べられる味だし」
俺の指摘にキャスターは顔を赤らめておにぎりを下げようとするがその反応に違和感を覚える。
もしかして……このおにぎりは魔術で作ったんじゃなくてキャスターが自分で握ったのか?
「…………」
そういえばキャスターと初めて出会った日に看病した俺が作ってやったのも、おにぎりだったな。キャスターもそれを覚えていておにぎりを作ってくれたのだろうか。
「うん、ホントに美味しいよ……これ」
思わずそう溢しながら俺はおにぎりを口いっぱいに頬張る。
「そうですか……良かった、喜んでもらえて」
そうしてキャスターはホッとしたように息を吐きつつ、どこか照れたような笑みを浮かべる。
以前に聞いた時は料理は魔術で作った方が効率的だと言っていたが失敗のリスクを犯してまで今回手作りしてくれたのはキャスターの中でも何か心境の変化があったのかもしれない。
「…………シロウ様」
そんな事を考えながらおにぎりを食べているとキャスターが俺の名前を呼んだ。その言葉にはどこか真剣な声音が込められていて、俺も思わず居住いを正す。
「シロウ様はどうしてもセイバーさんを取り戻すおつもりなのですね」
「あぁ、セイバーは俺のために体をはってくれたんだ。俺もそれに答えなきゃな」
その返答にキャスターはしばし沈黙していたが、スッと短く息を吸うと再び口を開く。
「……セイバーさんの奪還にわたしの宝具が役に立つかもしれません」
キャスターの宝具、メディアという人物の伝説を象徴するもの。
今までは敵サーヴァントに情報を伏せるためにもその詳細は俺にも伝えられていなかった。
その正体をついに明かしてくれるらしい。
「これが……わたしの宝具です」
そう言ってキャスターは何処からともなく1本の短剣を取り出して見せる。
「私の宝具……『破壊すべき全ての符』、それがこの短剣の銘です」
歪に折れ曲がった短剣は刺されば中々に痛そうではあるが他のサーヴァントが持っている武具のような圧倒的な破壊力は感じられない。
今までの戦闘でもキャスターが宝具を使うそぶりは無かったし、単なる攻撃力とは別のところにこの宝具の真価はあるのだろう。
「わたしのこの宝具は契約破りの短剣……魔術の効果を白紙に戻し契約を壊す力があります」
「白紙に……それって例えばサーヴァントに当てればマスターとの契約を断つことができるってことか?」
「はい、そうなります」
それは……中々恐ろしい能力なんじゃないか?
マスターを失ったサーヴァントは現世との繋がりを失い大幅に力を失う、いや……それ以上にキャスターの魔術の腕なら契約相手を無くしたサーヴァントのマスター権を強引に奪うことだってできるかもしれない。
短剣という形の都合上、当てるのは至難だろうが逆に当てることさえできれば運用の幅はかなり広いだろう。
「セイバーさんを縛っている首輪は大したランクの宝具では無いようですからね、わたしの宝具の方が強い神秘でその効果を打ち破れるはずです」
セイバーにつけられたという首輪は割と頑丈そうなものらしい。
高い対魔力のあるセイバーを相手にこちらが用意できる武器で最大の攻撃力となると竹刀に強化魔術をかけたりといったところがせいぜいだったしそれでは攻撃を当てることができても首輪を破壊できるかは分からなかった。
そこに確実にセイバーを解放できるこの宝具の存在はありがたい。
「凄いんだな、キャスターの宝具は」
本心からの言葉だったが、キャスターは俺の発言に顔を曇らせる。
「……宝具はその英霊の伝説の象徴、つまりこの短剣がわたしと言う存在の映し身なのです」
そう言ってキャスターはどこか悲しげな笑みを浮かべると歪に折れ曲がった短剣の刀身をなぞる。部屋の光が曇った短剣の刀身に反射して、鈍い光を返す。
「捻じ曲がったこの形に契約を断つと言う効果……ふふっ、わたしと言う存在がよく反映されていますよね。裏切りの魔女メディアが持つに相応しい宝具ですよ」
裏切りの魔女。
キャスターは自らの存在を卑下するようにそう語る。
確かに彼女は神話において家族を、故郷を、愛する者を裏切って魔女と呼ばれた。
だが、それは……
「それは、でもキャスターは……」
「シロウさまがギルガメッシュの攻撃で倒れた時に嫌というほど思い知りました、わたしは人を欺き傷つけることしかできない魔女なのだと」
俺の言葉を遮ってキャスターはまるで罪を懺悔するように独白を続ける。
「わたし、シロウさまのことを治療しようと必死に回復魔術を使ったんですよ?けれど成功しなかった……魔女にできるのは人を傷つけることだけなのに、癒すことなんてできるわけなかったのに、それを分かっていなかったんです」
訥々と語るキャスターの言葉に僅かな嗚咽が混ざり次第に声が掠れてゆく。
「わたしはシロウさまに幸せになって欲しいと思っていました。その気持ちは嘘偽りない本心です。けれど、わたしは魔女だからまたやり方を間違えてきっとシロウさまを不幸にしてしまう」
ポタリと。
キャスターの頬を涙が伝い溢れ落ちる。
キャスターの涙。
今までも何度か目にした表情だ。
初めて出会った時の雨の中で孤独に涙を浮かべるキャスター。
傷つき倒れた俺の身を案じて泣きじゃくるキャスター。
そしてまた、今もこうしてキャスターは涙を流している。
あぁ、やっぱり女の子の涙ってやつは苦手だな。
「…………」
ここで俺が否定の言葉を口にするのは簡単だ。
キャスターは裏切りの魔女なんかではないと同情し慰めてやればいい。
けれど……そんな表面上の言葉だけではきっとキャスターの心には響かない。彼女の心の奥底に刺さった棘はそんなことでは消えないだろう。
ならば……
「……今日は月が綺麗だな」
窓の隙間から見える月を見て、ポツリとそんなことを呟く。
「えっ……そ、そうでしょうか?特別に綺麗だとは思いませんが……」
俺の唐突な言葉にキャスターは困惑しつつも空に浮かぶ月を見上げ、不思議そうに相槌を打つ。
確かに今日の夜空に見える月は随分と小さく遠くに見えて、薄くかかる雲によってその光もどこかぼんやりとしている。
以前までの俺ならその月を綺麗だとは思わなかっただろう。
ただ、今はその微かな光すらも愛おしく感じる。
「なぁ、キャスター……覚えてるか?以前、キャスターが俺に好意的なのはエロースの矢の効果じゃないかと聞いた時にキャスターはそんなのはどっちでもいいって言ったよな」
たとえ仕組まれた感情なのだとしてもその気持ち自体は真実なのだからいいじゃないかと、そう語ったかつてのキャスターの言葉を思い返す。
「あっ……はい、言いましたね。そんなことも」
「今にして思えばあの時のキャスターの言葉はある意味正しかったのかもな」
「えっ、それはどういう……?」
キャスターは急な話の転換についていけないようで、俺が何を言いたいのか分からずに頭に疑問符を浮かべている。
「キャスター」
すっかり呼び慣れた彼女のクラス名を口にして、目の前の幼い少女の姿を改めて見つめる。
自然にキャスターの青い瞳と目が合った。
思えばこうしてキャスターとちゃんと向き合って話すのはずいぶんと久しぶりな気がする。
目を合わせれば暗示を喰らうんじゃないかだなんて、そんなくだらない事を気にして目を合わせないようにして会話していたからな。
僅かに涙に潤んだ、吸い込まれそうなほど深い青色の瞳。
その色彩を今の俺はとても美しく感じている。
「キャスター、おまえのことが好きだ」
そうしてその愛おしさを俺はそのまま口にした。