【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「まずはお前から倒させてもらうぜ……ギルガメッシュ!」
そう言って俺は目の前に立つ男を睨みつける。
淡いオレンジ色の街灯に照らされた道路の真ん中で不遜な笑みを浮かべて、悠々とした姿で立つギルガメッシュ。
何のために来たのか、などと今更問う必要はない。
聖杯の調整とやらが終われば残ったサーヴァントであるキャスターを消しに来るのは分かりきっていたことだ。流石にこんな町中に現れるとは予想外だったが……。
「…………」
素早く視線を左右させ周囲の様子を伺う。
日はゆっくりと沈み始めて辺りは薄暗くなってきているが、それでもまだまだ人が往来する時間帯だ。
だというのに先ほどまで道を歩いていた人々の姿がいつのまにか消えている、人避けの結界でも作動しているのか……
「……人払いは済ませておいた、これから始める芸に下らん茶々が入っては興ざめだからな」
一般人を戦闘に巻き込まないかという俺の懸念に奴も気づいたのだろう、ニヤリと笑って奴がそう語るとその背後から小さな人影が現れる。
「セイバーっ……!」
金の首輪をつけ、悔し気に目を伏せるセイバーの姿がそこにあった。
バーサーカーとの戦闘を使い魔越しに見ていたとはいえ、こうして目の前で奴隷のような扱いを受けるセイバーを見ると全身の血が湧きたつような怒りが巻き起こる。
「シロウ……逃げてください、今の私は命令されてしまえば逆らうことができない。それが例え……アナタを斬れと言う命令でも」
肩を震わせ唇を噛みしめながら、セイバーが懇願するような口調で俺にそう訴える。
「…………」
ギルガメッシュはこれから芸を始めると言った、それがつまりセイバーに俺を殺させるという事か。そうすることで、主人として奴の方が俺よりも優れているという事実を誇示し、さらにどんな命令にも逆らうことはできないのだという無力感をセイバーに植え付けるつもりなのだろう。
全く悪趣味な話だが……
「安心しろセイバー、すぐにその成金趣味全開の首輪を壊してギルガメッシュから解放してやるからな」
あえて、俺は力強い声でそう宣言する。
セイバーを安心させるために、ギルガメッシュを挑発するために。
「やるぞ、キャスター」
「はい、シロウさま」
俺の声に応じて、キャスターが自らの手元に歪な形の短剣を顕現させる。
『破壊すべき全ての符』
キャスターの宝具、契約破りの短剣をセイバーに当てさえすればあの首輪の支配からセイバーを解き放ってやることができる。
しかし問題は、それが当てることができるのかということだ。
「…………」
改めて、ギルガメッシュの様子を確認する。
口元をにやつかせながら、屈辱に震えるセイバーを視姦するその様子から察するに、おそらく奴は直接戦闘に介入せずあくまでもマスター役に徹するつもりなのだろう。
この戦闘はセイバー本人に俺を斬らせ、その手を血で染めさせることに意味があるのだから。
とはいえ……それで事態が楽観視できる訳では無い。バーサーカーとの戦闘においてやつは数手先を読む的確な指示でその猛攻を捌き切ったのだ。
『全知なるや全能の星』
神々により人の世を治める王として授けられた千里眼、その未来視をかいくぐってセイバーにあの小さな短剣を当てるのは至難という言葉ですらまだ足りないだろう。
だが……今の俺には微塵の恐怖も迷いもない。
だって俺の隣では心強いサーヴァントが共に戦ってくれている。
「ッ…………」
小さく息を吐いてチラリと視線を送れば、それに応じるようにキャスターが頷く。
言葉を交わす必要はない。
『破壊すべき全ての符』で首輪を破壊するという方針だけは事前に話していたが、それ以外の具体的な動きは何も決めていない。
どうせ綿密な作戦や緻密な連携をあらかじめ決めたところで未来を読まれてしまえば無意味……それならいっそその場その場で臨機応変に対処したほうがいい。
そうして俺とキャスターは示しあわせたかのようにザッと音を立てて、同時に一歩足を動かす。
キャスターは一歩前へ、俺は一歩後ろへ。
その様子を見てギルガメッシュが小さく笑い声を漏らす。
「ハッ、何か策の一つでも練ってきたかと思えば自らは後ろに下がり女を矢面に立たせるとは……あぁ、いや今のは意地の悪い言い方だったな。貴様はろくな魔術を扱えず、キャスターの魔術もセイバーの対魔力を貫けないのだ、ならば確かに令呪でセイバーの動きを止め、その間にキャスターが首輪を破壊するというのが最良の選択ではあろうよ」
確かに奴の言う通り投影や強化の魔術すらまともに使えない俺が前に出たところで、キャスターの盾代わりにすらなれずに紙切れのように斬られることになるだろう。
キャスターもその魔術がセイバーに通じない以上は宝具に頼るほかない。
かつてバーサーカーとの戦闘においてキャスターが使用した黒い影ならばあるいは勝機もあるかもしれないが、使用する隙があまりに大きすぎるしなにより桜に負担のかかるアレを使わせるわけにはいかない。
だから、こうしてキャスターが前に出て俺が後ろに下がるこの陣形が最適解なはずだ。
しかし、そんな俺たちを見てなおギルガメッシュは微塵もその余裕を崩さない。例え令呪を使用されてセイバーの隙を晒すこととなってもなお俺たちの上をいけるという確信が見て取れる。
「貴様のマスターとして拙い指示とキャスターの戦士と呼ぶには細すぎるその腕で、まさか本気で適うと思っているのか?我の眼をかいくぐりセイバーの攻撃をすり抜けて……その矮小な剣を当てられると?」
確かに俺はマスターとしても魔術師としても優秀だといえず、むしろ未熟な部類だろう。
キャスターだって剣を片手に近接するような戦い方は本来の在り方では無い。
かたや千里眼を持つギルガメッシュに黄金の剣を携える剣士のサーヴァント。
かたや魔術もろくに使えないマスターに短剣を振るう非力な少女。
いっそ滑稽なまでの力の差がそこには存在する。
ギルガメッシュが嗤うのも当然だ。
だが……それは個々の戦力として見たときの話だ。
これは聖杯戦争で、マスターとサーヴァントが組んで戦うものだ。
その絆は時に宝具やステータスなんて数値上の強さを凌駕する。
「御託はいいぜ、かかってこいよ英雄王。それとも……ご自慢の千里眼とやらで自らの敗北でも予知したか?」
俺の挑発にスッとギルガメッシュはその赤い双眸を細めてこちらを睨む。
「良かろう……予知の通り貴様が血しぶきをあげて醜く転げまわる様を現実にしてやる。セイバー……奴らを叩き斬れ」
冷ややかな声音で下される処刑宣告。
「クッ……アァァァッ!」
セイバーは命令に抵抗するかのように僅かに体を硬直させたが、それも一瞬のもので、ギリッと剣を握りしめると大地を蹴って猛スピードでこちらに駆けてくる。
「ハァァァァ!」
そうしてそんなセイバーに立ちふさがるようにキャスターが短剣を振りかざし、俺はそれを見つめながらギュッと令呪が刻まれた左手を握りしめる。
令呪はその内容が限定的であればあるほどその効果を増す、使用するほんの刹那のタイミングを見極めなければならない。
「ッ…………!」
ギルガメッシュに下された命令の通り、キャスターを斬らんとセイバーがその剣を振り上げる。その動きは機敏でこのままではキャスターの短剣が当たるよりも先にその体を真っ二つに切り裂くだろう。
「クッ…………」
それを察してキャスターが長い髪を靡かせて、左方向へと体を反らし回避行動を取る。
だが……
「そら、そのまま剣を投げろセイバー」
キャスターの体の重心が左に寄ったその瞬間、もう体勢を切り返すことのできない絶妙なタイミングで指示が飛ぶ。
キャスターの動きを完全に見切った指示のタイミング……視線を向ける余裕はないがおそらくギルガメッシュの顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいるのだろう。
剣を投げて投擲してしまえば俺がセイバーの動きを令呪で拘束したところで意味は無い。
キャスターに向けて投げつけられた黄金の剣がその体に突き刺さり、サーヴァントを失った俺は改めて斬られてゲームオーバーというわけだ。
一瞬の……しかし複雑な動きの交錯。
ギルガメッシュはそれを完全に読み切っている。
対して俺は思考こそ駆け巡らせているが、それを行動に反映させるにはあまりに時間が短すぎた。
だから……
それは……
ほとんど無意識での命令だった。
『右に避けろ……キャスター!!』
ギルガメッシュが命令を言い終わり、セイバーの手から剣が離れたまさにその瞬間。
俺の声が響き、左手の令呪が赤い光を発する。
「なにっ――――!」
ギルガメッシュの驚愕の言葉が奴の虚をついたことを悟らせる。
実際、今のは剣を投げろという奴の指示を聞いてから後出しで命令したのではなく、それとほぼ同時に令呪を使用したのだ。
奴の予知をさらに先読みしていなければ不可能なタイミングだった。
「これなら――――!」
そうしてグンッと見えない力に引っ張られるように体を逆方向の右へと反らしたキャスターの真横を投擲された黄金の剣が駆け抜け、そのままあらぬ方向へと飛んでいく。
残ったのは丸腰のセイバーと短剣を握りしめたキャスターだ。
そして……
「契約を破却せよ……『破壊すべき全ての符』!!」
キャスターの短剣がセイバーを戒める黄金の首輪に突き刺さる。
これで……ようやくセイバーが解放できる。
そう安堵の息を漏らしかけた瞬間だった。
「くっ!?」
キャスターの眉根が歪む。
見れば短剣が突き刺さった首輪は細かな亀裂こそ入っているが破壊するには至っていない。
何処の神話の出典かは知らないが、あの首輪もギルガメッシュが持つ宝具の一つ、やはりそう簡単には破壊できないのか。
そう歯噛みする俺だったがキャスターはキッと強い意志を込めて目線を据えてさらに短剣を持つ手に力を籠める。
「わたしの宝具……それがわたしの人生の現身だというのならばどうか力を貸して」
ピシリと首輪に走る亀裂が大きくなる。
「裏切りではなくシロウ様と共にいるために!破壊ではなくセイバーさんを救うために!お願い……『破壊すべき全ての符』!!」
再度、キャスターが自らの宝具の真名を叫びその力を解放する。
今までどこかくすんで見えた鈍色のその刀身が、ギラリと誇らしげに輝いたように見えた。
「ハァァァァ!」
バキリと響く鈍い音。
そうしてついに、セイバーの首元に架せられた鈍重な首輪が砕かれる。
キラキラと砕かれた黄金の破片が宙を舞い、セイバーの白い喉元が見える。
セイバーはゆらりと体勢を崩してその場に膝をついたが、やがてゆっくりと顔を上げると俺へと視線を向ける。
エメラルドのような静かで優しい碧の瞳。
それから穏やかな笑みと共に俺にこう語り掛けてくれた。
「見事です、シロウ……それでこそ私のマスターだ」
マスター……と、それは単に形式上の主従関係だけではない。確かな信頼を感じさせる響きだった。
だから、俺も自らのサーヴァントにこう返す。
強い信頼と溢れんばかりの感謝を込めて。
「あぁ……ありがとう、セイバー」