【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「ふぁ………」
カリカリと鉛筆の音が響く中、小さくあくびを漏らす。
キャスターの話ではこの冬木の街では、魔術師による聖杯戦争なる恐ろしい闘いが繰り広げられているらしいのだが、学校ではその影響など微塵も見られずいつも通りの平穏な授業を聞いている。
「よし、じゃあ今日はここまで、号令!」
チャイムが鳴り、号令をすればようやく昼休みだ。
しかし、昨日は眠るのが遅かったためか今日はあまり授業に身が入らなかった。
パパっと弁当を食べ終えると、眠気覚ましがてら学校の中をあてもなく歩く。
「次の授業、小テストあんだっけ?」
「やべ、全然勉強してねぇ」
「んで、その時先輩がさ〜」
「あはは、マジで?うける〜」
「今週の少年チャンプ読んだ?」
「読んだ、やべぇよ神展開だったな……」
廊下ですれ違う生徒たちの喧騒を聞きながら、さりげなく彼らの様子を観察する。
「…………この中に他のマスターがいるって可能性もゼロじゃないんだよな」
聖杯戦争に参加する魔術師と言っても普段から如何にも怪しげなローブや杖なんかを纏って魔法使いでござい、なんてやっているわけではなく日常の中では普通の暮らしをしているはずだ。
それはひょっとしたら、この学校の生徒の可能性だってある。
そんなことを考えながら、すれ違う生徒たちをチラチラと見てはいたのだが……
「まっ、見つかるわけないよな」
そもそもこの学校にマスターがいるかなんて分からないし、いたとしてもこんなふらふらと歩いているだけで判別できないだろう。
マスターとなれば体のどこかに令呪が浮かぶらしいがそんなモノいくらでも隠しようはある、一瞥しただけで分かるわけがない。
「…………教室に戻るか」
少し歩いて眠気も覚めたし、大人しく教室に戻ろうとした時だった。
視界の端にチラリと青い髪の少女が目に留まる。
「っ……て、えぇ!キャスター!」
廊下の端に見知った少女が歩いてた、彼女もこちらに気づいたのかトコトコと近寄ってくる。
「あっ……シロウ様!よかったぁ、ガッコウに来たものの見当たらなくて探してたんですよ……」
「あぁ……というかなんでここに?それにその服は?」
「あっ!気付きました?ここの制服、可愛かったので再現しちゃいました」
キャスターが身に纏っていたのは、ここ穂群原学園の制服だった。
どこから入手したのかと思ったが、魔力で編んだものらしい。
えへへと笑いながら制服を見せびらかすようにクルクルと回り、それにつられてスカートの裾がひらひらと動く。
「どうです、似合ってますか?」
「えっ……あぁ、似合ってるよ……じゃなくて!」
思わずキャスターの制服姿に見惚れてしまったが本題はそこではない。
「なんで学校にいるんだよ、霊脈の調整とかするって言ってなかったか?」
「そちらの方は最低限は終わりました。それよりもこの街の霊脈をいじっている際にどうにもここら辺で妙な魔力を感じまして様子を見に来た次第です」
「魔力……?サーヴァントやマスターがいるのか?」
「うーん、というよりは結界でも張ってる感じですかね。まだ展開はされてませんしそもそもそこまで本格的なものでもありませんが」
結界……キャスターの言葉に眉を顰める。
安全だと思っていたこの学校ですでに何かが起こっているのか?
「っ……それより、ここでこんな話をしてるのはまずいか?場所を移すか……」
制服を着ているとは言え、キャスターは部外者だし容姿も日本人離れしている。そんな注目を惹く状態で魔術だ戦争だのの話をするのはまずい、そう思って人気のない場所に移動しようと思ったのだが……
「大丈夫ですよ、認識阻害の魔術を使ってますから。わたしは部外者だとは思われてませんし、よほど変な行動をしなければ気にも留められないはずです」
言われてあたりを見回してみるが、廊下を歩く生徒たちは特にキャスターのことを気にかけている様子はない。客観的に見てもキャスターはかなりの美少女なので思わず目で追ってしまいそうなものだが、この無視っぷりを見るにかなり強力な認識阻害なのだろう。
「ふふっ……人間の認識なんて、魔術でどうとでもいじれますからね」
くすりと笑うキャスターに何かを言いかけてやめる。
人の認識を弄るというのは抵抗があるが下手に注目を集めて困るのも確かだ。
「それで、その結界ってやつは危険なものなのか?」
「まだ前準備の段階で現在は起動していないようですが、そうですね……恐らく中にいるものの生命力を吸い取るタイプのものでしょう」
「っ……俺たちが却下した案をやろうとしてる奴がいるのか」
「えぇ……とは言っても街中から吸い取るわけでもなく、この学校の数百人の生徒から搾り取るだけでは大した戦力アップにはならないと思いますけどね」
「そんなのはどうでもいい、大事なのはこの学校が危険にさらされてるってことだ。結界の解除はできるのか?」
「えぇ、おそらくどこかに印が施されているはずです。それさえ見つければ簡単にーー」
言葉の途中でいきなりキャスターの姿がふわりと消える。
まさか、もう敵の攻撃が?
(落ち着いてください、霊体化しただけですから)
瞬時に思考を戦闘態勢に切り替えたが、どこからか聞こえてくるキャスターの声に警戒を解く。
よかった、いきなりキャスターがやられたのかと思った。
(声は出さず、そのまま普通に歩いてここから離れてください。周りの人に視線も向けないで)
攻撃を受けたわけではないが何か起こっているのも確かなようだ。
キャスターの言葉通り、黙ってその場から立ち去る。
途中でクラスメイトの遠坂を見つけたが、目線は合わせずじっと前を見てそのまま通り過ぎる。
「…………もう大丈夫ですね」
人のいない屋上まで歩いたところでやっとキャスターがその姿を表した。
「今のなんだったんだ?まさか敵がいたのか?」
「いえ、敵ではありませんが……途中ですれ違った二つ結びの生徒はシロウ様のお知り合いですか?」
「二つ結び……あぁ遠坂か、同級生だけど……彼女がどうかしたのか?」
遠坂凛、学園のマドンナ的存在の優等生で俺なんかはほとんど話したこともない高嶺の花だ。しかし、彼女がいったいどうしたというのか。
「恐らくですが……彼女、魔術師ですね。それもかなり腕の立つ」
「なっ……遠坂が!?」
にわかには信じ難いが否定をする材料もない。魔術の専門家であるキャスターがそうだというなら恐らくそうなのだろう。
「じゃあ、まさかさっき話してたこの学校の結界も……」
「精査してみないと断言はできませんが……それはちがう気がしますね。彼女の魔力は鍛錬を積んだ良質なものでした。しかし、このガッコウに張られている結界は素人同然の杜撰なものです。それによほどの目立ちたがりでもなければ結界の起動までは術者はもっとひっそりとしているはず……彼女にはそういった不審なそぶりはありませんでしたからね」
その言葉にホッと息を吐く、遠坂が学校を襲うような奴じゃないという安堵感に。
「じゃあこの一件には無関係と言うことでいいのかな?けど、魔術師である以上はマスターかもしれないんだよな」
「えぇ、もっと近寄って見なければマスターかそうでないか分かりませんが……そうするとこちらにも気づかれてしまいますからね……ただ、遠目で観察する限りではまだサーヴァントは所持していないと思います、外部との魔力パスを感じませんから。もっとも気配遮断スキルを持つアサシンクラスや単独行動のスキルを持つアーチャークラスのサーヴァントなら分かりませんが」
ひとまずサーヴァントを未召喚のマスター候補、と考えるのが現状は妥当なところか……
「遠坂と話をしてみるか?もしかしたら今後色々と協力できるかも……」
聖杯のせいで10年前の悲劇が起きたかもしれないという話はできるだけ他のマスターとも情報を共有しておきたい。
遠坂の性格なら最終的に勝ち抜いても聖杯を悪用することもないだろうし、協力関係になればメリットは多いはずだ。
「いえ……今はまだ時期尚早かと……」
しかしそんな提案にキャスターは固い声を返す。
「確かに彼女が結界の術者というわけではなさそうですが、それで彼女が味方だと断言できるわけではありません。サーヴァントがいないと言うのもあくまで予測……万が一、こちらの正体がバレて戦闘になれば現状では勝ち目は薄いでしょうから」
確かに……身を潜めるのが得意なアサシンのサーヴァントなんかだとキャスターでも探るのは難しいだろう。
ここは最悪の事態を想定して動くべきか……
「分かった、遠坂のことは一旦置いておこう。それよりも今は学校に張られてると言う結界の方が問題だ」
「はい、それは結界の基礎となる印を消してしまえば解決はできるはずです」
「よし、ならそれを探して……」
言いかけたところで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「……印の方はわたしで探しておきます。シロウ様はこのまま普通に過ごしてください」
「俺も探すのを……いや、分かった、とりあえずは任せる。放課後になったら俺も探すのを手伝うよ」
適当に保健室にでも行ったことにして俺も探そうかと思ったが、不自然な行動を取ればそれが結界の術者に気取られる可能性もある。
ここは大人しくキャスターに任せることとしよう。
◇
気もそぞろになりながら授業を受け、ほとんど内容が頭に入ってこなかったな、などと思いながらも放課後となった。
再び、屋上でキャスターと落ち合う。
「キャスター、どうだった結界の方は?」
「はい、やはりいくつか印が仕掛けられていましたのでほとんどは消去しました。最後の一つだけシロウ様に見て頂こうと残してあります」
「そ、そうか……仕事が早いな」
「えへへ、ありがとうございます」
俺の言葉にキャスターがはにかむ。
こちらとしては下校時間ギリギリまで印を探さねばならないかと思っていたので拍子抜けだがまぁこれで安全になったのなら良いことだ。
「さて、それでは最後の印の場所ですが……ほら、あの変な針みたいなものの上……見えますか?」
「変な針……あぁ、アンテナのことか……んんっ……あ〜確かになんか赤い模様みたいなの書かれてるな」
目を凝らして見れば、屋上に設置されているアンテナの1番てっぺんに何やら赤いグチャグチャとした落書きがされている。
あれが結界を張るための印というやつなのだろう。
「見た感じ、ギリシア神の流れに類する魔術ですね……とは言っても正当なる神々に連なる強力なものでも人の智慧によって編み出された魔術でもない、少し齧った程度のちゃちなものですが……」
ギリシア系……だが、ゼウスのような神々の系譜や魔術師然とした者が術師でない、か……
この結界を仕掛けたのがマスターかサーヴァントかも分からないが、敵の正体に繋がるかもしれないし覚えておくこととしよう。
「さて、では最後の1つも消してしまうとしましょう……シロウ様、失礼ですが肩をお借りしても?」
「んっ?あぁ、分かった」
アンテナの上にある印に触れるようにキャスターを肩車する。幸いキャスターの体重は軽いもので難なく持ち上げることができた。
「ん〜もうちょい、上……左に……そこです!」
位置調整をしてキャスターの右手が赤い印に触れる、後はこれを消してしまえば……
「◾️◾️◾️◾️」
キャスターが何やら呪文を唱える。
印を消すためのものだろう、それは良いのだが……
「っ………」
無意識なのかキャスターが体にグッと力を入れる。必然、彼女を肩車している俺の頭にむぎゅりとふとももが押し付けられる。
細い肉つき……骨の硬さがありながらも、同時に女の子らしいふにりとした感触……
(2、3、5、7、11、13、17………)
頭の中に素数を浮かべて煩悩を退散させる。
キャスターが真面目に作業してくれているのに、何を考えているんだ俺は……
「あっ……きゃあ!」
その時キャスターの体がぐらりと揺れた。
慌ててバランスを取ると、キャスターも落ちまいと俺の頭を太ももでギュッと挟んでくる。
ぷにぷにとした柔らかな感覚、むぎゅりとキャスターの足の隙間が俺の後頭部に押し付けられる。
「おっとと、危なかったですね。落っこちちゃうところでした」
「あ……あぁ、無事でよかったよ。それよりまだ終わらないかな……もうそろそろ限界が……」
「えっ?もしかしてわたし重かったですか?」
「いや、重さ的には大丈夫なんだけど……」
そんなやり取りをしながら、なんとか印を消し終えた。
キャスターを肩車からおろして一息つく。
ふぅ……長く苦しい戦いだった。
「さて、これでとりあえずは安心ですね」
「あぁ、また術者が結界を張り直す可能性もあるが……その時はその時だな」
もしかしたら、次は戦闘になるかもしれない。それまでに魔力の問題や新たなサーヴァントの召喚を済ませておかないとな……
「ひとまずは危険は去ったわけだし、とりあえずはこれで帰るとするか」
誰が結界を張ったのかは気にかかるが、このまま探しても見つけられるか分からない、今は学校から危機が去ったのだからよしとしよう。
◇
屋上から降りて、家に帰ろうと下駄箱で靴を履き替えている時だった。
他にもゾロゾロと何名かの生徒がやってきた。
「ん……おぉ、誰かと思ったら衛宮じゃないか」
その中の1人、間桐慎二が俺に声をかけてきた。
周りには侍らせるように数名の女生徒を連れており、どの娘も化粧が派手で制服も随分と着崩している。
「よう……お前も帰るとこか慎二?」
「あぁ、今から、この可愛い娘ちゃん達と遊びにいくのさ。それにしても……」
慎二が一旦言葉を切って、俺の後ろに立つキャスターにじろじろと不躾な視線を送る。
「お前が女を連れてるなんて珍しいと思ったが随分と地味なむすめだねぇ、ま、地味なお前にお似合いの相手か」
ケラケラと笑いながら慎二がそんなことを言ってくる。
俺のことはどうでも良いが、キャスターが地味?
こんなにも可愛らしい少女が?
そう思ったところでそういえば認識阻害の魔術をキャスターが使っていたことを思い出す。
「ん……あぁ……まぁ……そうだな」
なんと返したらいいか分からず、曖昧な返事をする。慎二はそんな返答が気に食わなかったのか眉を釣り上げる。
「チッ……女を馬鹿にされて言い返しもしないか、ふん、みんなこんな奴置いといてさっさと遊びに行こう」
イライラとした表情のまま慎二が去っていく、なんだったんだいったい……
「…………」
キャスターは何やらそんな慎二の後ろ姿をじっと見つめている。
「……男の人は、やっぱりああやって女の子に囲まれたがるものなのですかねぇ」
「えっ……あぁ、いや全員がそうってわけじゃないと思うけど……それに慎二だって別に悪いやつじゃないんだ。最近はなににイラついてるのか遊び方が派手って話は聞くけど」
あんな奴でも腐れ縁の旧友だ、一応はフォローを入れておく。
「……そうですね、シロウ様はあの方のように欲望のままに女を扱ったりはしなさそうですし」
「んん……まぁ、俺も一応、健全な男子学生だしあまり過大評価されても困るんだけど……あぁ、そうそう慎二がキャスターのこと地味とか言ってたけど気にする必要ないからな」
地味と言う言葉とキャスターの容姿が結び付かなくて慎二にはなんとも言えない返事をしてしまったが、キャスターに対しては改めて否定しておく。
認識阻害を使っているとは言え、容姿を貶められて良い気分はしないだろう。
「あら……ふふ、じゃあわたし、可愛いですか?」
「えっ……」
「地味じゃないんですよね?それならわたし可愛いですか?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてキャスターがそんなことを聞いてくる。
「あー、まぁ、うん、ね」
可愛いと面と向かって口に出すのは流石に恥ずかしくてモゴモゴと口を動かして誤魔化す。
「うふふ、ありがとうございます。シロウさまも可愛いですよ♡」
いや、別に可愛いとは口に出しては……そもそも男の俺に可愛いと言われてもなんだかな……
「あっ……そう言えば、慎二って桜の兄貴なんだ。だから桜の前であんまり慎二を悪く言ったりはしないでくれよ」
赤くなった顔を逸らしながら、話を変える。
「兄妹?あの2人が?」
「あぁ、あんまり似てないけどな」
「ふーん、そうなんですか……」
俺の言葉にキャスターが何やら考え込む。
まぁ似てないし驚くよな、俺も最初桜にあった時はなぜこんな兄貴からこんなよくできた妹がと思ったものだ。
「あぁ、なるほど、権利だけ譲渡を…‥まどろっこしい方法ですが……ふぅん、だから令呪も……」
「キャスター?」
「え?あぁ、さて、それではわたし達も帰りましょうか」
「あぁ……思ったより早く帰れそうだな」
既にあたりは夕焼けで包まれているが、それでも他の生徒達の姿もちらほらと見かける。最終下校時刻まで結界の印を探さないといけないと思っていたが、キャスターがほとんど消していてくれたおかげだ。
「今日はありがとうな、キャスターがいないと結界のこと気づけなくて大惨事になってたかも」
「いえいえ、わたしはシロウ様のサーヴァントなのですから降りかかる火の粉を未然に防ぐことは当然のことです」
そう語りながらもキャスターがえっへんと胸を張る。
キャスターが人智を超えた力を持つ英霊という存在なのだと説明は受けていたが、最初の出会いが雨の中で倒れていたとこだったり可愛らしい少女の見た目をしていたりで守護対象として認識している節があった。
しかし、このままだとむしろ俺が頑張らないとキャスターにおんぶ抱っこになってしまいそうだな、マスターとして恥ずかしくない姿を見せないと……
そう決意を固めながら、帰路の歩みを進める。
だから、キャスターが立ち止まってポツリと呟いた言葉が俺の耳に届くことはなかった。
「シロウ様に降りかかる火の粉は全てわたしが払います……サクラにシンジ……まずは煩わしくシロウ様の周りを飛ぶ羽虫を潰してしまいましょう」
そんなゾッとするほどに冷ややかなキャスターの言葉を聞くことはできなかったのだ。