【完結】もし衛宮士郎がメディアリリィを拾ったらというお話 作:ふりかけ@木三中
「…………シロウ様、霊脈の調整に少し行かなければならない所があるのを思い出しました。すぐそこなので今からササっと行ってまいります」
学校から家へと帰り、ようやく一息つけると思った時にキャスターが急にそんなことを言い始めた。
「えっ……そうなのか?それなら一緒に……」
「いえ、すぐ終わりますから1人で大丈夫ですよ!」
「そうか……?じゃあ、俺は夕食でも作って待っておくよ」
帰ってきたばかりだと言うのにキャスターは慌ただしく出ていってしまう。
どうにも、やることがいっぱいあってなかなか落ち着けないな。
「せめて、後でちゃんと休めるように美味いもんでも作ってやるか」
そう思いながら夕飯の下ごしらえなんかをしている時だった、家の黒電話がリリリンと鳴り響く。
誰だこんな時間に……?
「あーん、士郎ー!!」
電話を取ると藤ねえの涙声が聞こえてきた、情けない声はよく出してるが電話までしてくるとは何かあったのか。
「なんかねぇ、急に英語教師なら本場の英語教育を知らなければならない!とか校長先生に言われちゃって一カ月くらいイギリスに行ってこいって言われたのよ」
「は?なんだそりゃ、研修ってことか。しかも一カ月って大変だな」
学校の先生ってそんな本格的な研修やるもんなのか?
うちの学校は別にそこまで頭が良いってわけでもないのに……
「それだけならまだいいけど、今日言われて、明日から行けって言われたのよ。おかしいと思わない?」
「明日からって……そんな急な話あるか?来月と間違ってるとかじゃなくて?」
「私もそんなことある?って思って何度も確認したんだけど、間違いなく明日からなのよ。授業だってあるしそんな急には行けませんって言ったんだけど。教育委員会が決めたことだから従わないなら、教師を辞めさせるぞーとか言われちゃって」
そりゃまた……随分と横暴な話だな。
「とにかく、今は荷造りやら飛行機の予約やらで忙しくて……せめて士郎の手作りご飯を食べてから、日本を立ちたかったけどその余裕もなさそうなのよぉ」
「大変そうだな……なんか手伝いにでもいこうか?」
「んー、それは大丈夫。ただ、あっちについてもしばらく忙しくて連絡とか取れそうにないから士郎も元気にやんのよって思って電話したの」
「あぁ、藤ねえも外国だからって浮かれて変なもんとか食うなよ」
「分かってるってば!キャスターさんにもよろしく言っといて、それじゃあねー」
慌ただしくガチャリと電話が切れる。
しかし明日からイギリスとは……本当に急な話だな。
だが、ある意味ではいいタイミングだったかもしれない。
今、この町では聖杯戦争なんてきな臭い儀式が行われている。
神秘の秘匿が原則とされる魔術師たちが積極的に一般人を襲ったりもしないだろうが、それでも万が一ってこともありえる。
この街から離れてくれるってんなら安心だ。
そんなことを考えているとふたたび電話がリリリンと鳴った。
「ん?また藤ねえかな……もしもし?」
「……………」
慌てて電話を取ったのだが、相手が言葉を発することはなかった。電波の調子でも悪いのか?
「あの…………?」
「……シロウ様のお電話でしょうか?」
「…………その声、桜か?」
藤ねえかと思ったが、どうやら違ったらしい。しかし桜から電話とはまた珍しいな。
「シロウ様なんて変な呼び方するから一瞬誰かと思ったよ。電話だからってそんな改まった言い方する必要ないのに」
「あぁ……そうですね。ごめんなさい、先輩」
「それで、どうしたんだ?」
「いえ、大した用事ではないのですけど私の家の方で少し行事なんかが重なりまして……しばらく先輩の家に行けそうにないんですよ」
「ありゃ、そうなのか。行事って……なんかあるのか?」
「いえいえ、全然大したことではないので先輩が気にするようなことではありません。とにかく、しばらく姿を見かけないかもしれませんが気にしないでくださいね」
「あぁ……分かったよ。それじゃあな」
そのままガチャリと電話が切れる。
しかし藤ねえも桜もしばらく家に来れなくなるとは……一気に寂しくなってしまうな。
2人が来なくなったため、作っていた夕飯の献立も1品減らす。
おかげで、予定より早く調理を終えてしまった。
「キャスターもまだ帰ってこないか……」
すぐ帰ってくると言っていたのだが、もう1時間以上時間が経っている。
探しに行こうにも行き先は聞いていなかったし待つことしかできない。
「…………」
俺1人の家の中、静寂に包まれた空間になんとなく居心地の悪さを感じてしまう。暇つぶしにしばらくはテレビのニュースなんかを見ていたが、あまり面白い話題もなかったのでプツリと電源を切る。
「久しぶりに素振りでもするかな……」
気晴らしに立てかけてあった竹刀を手に取る。ここ数日は忙しくてあまり体を動かせてなかったからな。
それに今日の学校ではほとんどキャスターが問題を解決してくれた。
だが、いざ戦いが起こった時は俺が彼女を守ってあげたい、そのためにも少しでも体は鍛えておくべきだろう。
そんなことを思考しながら離れにある道場に向かおうと居間を出た時だった。
「…………どこにいかれるのですか?」
「うぉ!」
いつの間にかキャスターが俺の真横に立っていた。
無表情にジッとコチラを見つめている。
「あ、あぁ、おかえりキャスター帰ってたんだな」
「はい、先ほど戻りました」
……玄関が開く音はしなかったが、霊体化してたのかな。
「そういえば、桜と藤ねえはそれぞれ用事ができたとかでしばらく、家に来れないらしい」
「あら……それは残念ですね。せっかく今朝、ご紹介いただいたのに」
確かに……こんなことなら下手に紹介する必要もなかったか。
「けれど……………」
キャスターは嬉しそうに目を細めて、ニコリと笑う。
「……これで、しばらく2人きりですね」
まるでせいせいしたとでも言いたげな表情だが、まぁキャスターからしたらあの2人は部外者の他人なのだし、いないならその方が気は楽だよな。
「それで、シロウ様、その手に持ってるものは……」
キャスターが俺の右手に握られた竹刀に視線を向ける。
「あぁ、ゴロゴロしてるのも何だしちょっとでも鍛えておきたくてな。素振りでもしようかなと……」
俺の言葉にキャスターは何故かムッとしたような表情をする。
「シロウ様、あなたは正義の味方になるお方なのです、そのような泥臭い鍛錬など積む必要はありません」
「えっ、いやいや、いざって時にこそ人を助けれるように普段から鍛えてないとダメだろ」
「それは才のない者の言葉です。シロウ様……アナタはいずれ、正義の味方となり多くの人々を救うでしょう、そのためにはそのような些事に時間を取られてはいけません」
キャスターは言い聞かせるようにゆっくりとそんな言葉を口にする。
鍛錬なんてまるで時間の無駄とでも言いたげだ。
「わたしは生前、多くの英雄と言われる者たちを見てきました。恐ろしい怪物を打破する者、戦場で千の敵を倒す者、数多の無辜の民を救うもの……」
キャスターの生きていた時代がいつかは知らないが、口ぶりから戦乱の世や神話の時代のような当たり前に英雄と呼ばれる存在がいた時代なのだろう。
「彼らはもちろん鍛錬は積んでいました。しかし、それ以上に生まれ持っての才を、いずれ英雄となるべき運命を定められて生を受けていました。分かりますか?英雄とは生まれながらにして英雄なのです」
「…………まるで、そうで無い者は鍛錬なんかしても無意味だと言いたげだな」
「無意味……とまでは、言いません。けれど英雄とは単なる努力でなれる者では無いと申し上げているのです」
……英雄と呼ばれるような、歴史に名を刻むような存在になるには努力だけでは成り得ないと言うのは確かにそうなのかも知れない。
だが、そもそも俺はそんな大層なモノになりたいわけではない。
もっと、単純に困っている人たちを助けられるような……
「…………正義の味方 」
キャスターがポツリと呟く。
「困っている人々を救う、それは立派なお考えだと思います。けれど……シロウ様はそのための具体的なビジョンとそれを成し得るプランをお持ちなのですか?」
「それは……」
ビジョンとプラン……最終的に人々をどうやって救って、そのために何をするべきなのか……そんな質問に俺は答えることができなかった。
切嗣と約束したあの日から、正義の味方に憧れてがむしゃらに鍛錬を積んできた。
体を鍛えて、魔術の特訓をして……けれどそれで本当に俺が目指しているモノになれるかは、俺自身ずっと考えていたことだ。
「…………」
黙り込んでしまった俺にキャスターはフワリと笑いかける。
「ご心配なさらないでください、シロウ様……アナタには英雄となるべき器が、その才があります」
英雄となるべき才……そんな事を言われたのは初めてだ。
「最小の過程で最大の結果を得る……それは、魔術に限らずあらゆることにおいての原則です。シロウ様はシロウ様の為すべき事をしてください」
「つまり……キャスターはこう言いたいのか?素振りなんかしても無駄だからするなと」
「はい、少なくともそのような棒切れをいくら振り回しても焼け石に水、イタズラに体力を消耗するだけでしょう」
こんな竹刀でちゃんばらごっこをしたところで大した意味はないというのは確かに事実だろう。キャスターのそんな言葉に俺は何も言い返すことはできない。
「シロウ様、わたしはあなたの理想を応援しております。わたしが必ず、シロウ様を正義の味方にしてみせます。無駄を排除して、不要な者は片付けて……わたしが導いてあげます」
スッとキャスターが俺の手を握って、静かに語りかけてくる。
覗き込まれる青い瞳は揺蕩う海のように不思議に光って見えた。
「ですから、シロウ様はわたしの言うことだけ聞いていれば良いのです」
脳に直接響くかのように、キャスターの声が浸透していく。
そう……だな、キャスターはここまで俺のことを考えてくれているのだ。
それを無碍にするのも失礼だ。
「分かった…‥とりあえず、今日のところは大人しくしておくよ」
「えぇ……それが良いでしょう」
俺の言葉にキャスターは満足そうな笑みを浮かべる。
「さて、それでは夕食を食べてしまいましょう」
ニコリと笑うキャスターにつられて、俺も居間へと戻る。
キャスターは俺を導いてくれる……彼女の言うことを聞いていればきっと……大丈夫、それで全部うまくいくはずだ。