「お帰りなさい。」
「青葉の知りたがりに答えるのは疲れるわ…。」
「とか言って、案外楽しかったのでは?」
「そうでもないわよ。」
肩を落としながら私の膝の上に直行する霞は軽くため息をついた。
「やっぱり落ち着くわ。」
「それはなにより。」
しとしとと雨が降るのを眺めながら霞の髪を撫でると、湿気はほぼ感じられず、さらさらと指の上を滑った。それと同時に少し意地悪もしたくなる。いまの体勢は、霞の前面に私の腕を回してサイドテールを撫ででいる。ほんの少しでも腕を引けば霞の細い首に届く。突然首を閉められたときの霞はどう反応するだろうか。慌てるだろうか、抵抗するだろうか、それとも泣き出してしまうだろうか…
「司令官、今日は何する?」
「…どうしましょうか。」
この言葉は決して先程の霞からの質問への解答ではない。とどのつまり霞に対して攻撃的な思考をしていることを裏付けるものでもある。しかし、どうするか。もちろん苦しむ霞は見たくない。これをきっかけに嫌われるのも嫌だ。結局、頭を撫でるのに帰結する。別にこれでも構わない。むしろ、平和で良いじゃないか。どんな歌かも知らない鼻歌を聞きながら嫌な湿気を纏うのもまた風流とやらではないだろうか。しかし、この物足りなさはどうにかしたい。今夜、誘いがあれば試してみよう。
「ほー。なかなかラブラブだね、やっぱり。にしても良く撮れてる。」
「そうでしょうそうでしょう。苦労したんですよカメラの設置。」
青葉と瑞鶴があたしたちの部屋にモニターを持ってやって来た。かと思えば司令室の中の映像を映し出して、二人を観察している。
「何でここで見るのよ。」
「いやぁ、心配じゃないですか。もしバレた時に一人しかいなかったらと思うと。」
「つまり私たちは道連れにされていると言うわけですか。」
「平たくいえばそうだね。」
「さっさと帰れ!」
「まあまあいいじゃないですか。武蔵さんが居なくて暇なんですよ。」
「え?外は雨でしょ?」
「そうなんです。雨だからお風呂にきたのになぜか外で訓練しているんです。」
「何それ。」
「不思議ですよね。」
「あ!提督さんが動いた!」
思わず身を乗り出した瑞鶴によって映像はよく見えない。仮にも道連れにするつもりなら少しくらい見せるのが筋ってものではないだろうか。
「ちょっと、せめて見せなさいよ。」
「あぁ、すみません。」
「やっぱ曙も見たいんじゃん。」
「仮にも道連れでしょ?情報共有くらいはしとかなきゃ。」
無理矢理二人をどかし、二人が映るモニターを凝視する。
「なんか…目怖くないです?」
「少し不穏ですね。」
「クソ提督は霞が嫌がることはしないはずよ?」
「んー。どうだろうね。案外好奇心でつい〜みたいなことも…」
「というか…」
少しづつ、ゆっくり、霞すらわからないほど…いや、霞だからこそ気づかない動きで首の前に腕が行く。回り込んだ手で霞の髪を撫でているけれど、その動きが何かを隠すような動きだった。まるで自分がこれから何をするかを悟られないようなそれは何とも不気味だ。
「動きは無さそうですねぇ。」
「案外つまんないもんだね。」
「早く帰ってくれないかしら。」
あたし以外の三人は全くその異常性に気づいていない。
「あんたら、気づかないの?」
「何に?」
「いや…きっとこいつ今やばいこと考えてるわよ。」
「えぇ?エッチなこととか?」
「そんなぬるいのじゃないわよ、きっと。ほら、こいつの座った目と霞の首の少し前に回された腕、そして都合良く顎を少し上にして首ががら空きの霞。少しでも引けば首は簡単に絞めれるわ。」
「流石に考えすぎでは?」
「いや…クソ提督は変なところで思い切りがいいから…。」
「あ、今度は頭を撫でてるよ。なんか悪い顔してる。」
「曙の推理は違ったみたいですね。」
この胸騒ぎはきっと冗談ではない。けど、今はその不穏なそれを押さえ込むことにしよう。
「はぁ。別にいいけど、あんたらそろそろ帰りなさい。私たちだって暇じゃないんだから。」
「あ、そういえば弓道場ができたらしいですよ。」
「ほんと!?加賀さん!早く行こうよ!」
「あ、瑞鶴、待ちなさい!」
パタパタと廊下を二つの慌ただしい足音が逃げて行く。
「曙ちゃんは行かないんですか?」
「あたしだってたまには加賀がいない空間でのんびりするわよ。」