少し息苦しくて、じわじわ意識が戻って来る。目を開けても、視界には異常はない。強いて上げるとするなら瑞鶴が居ないこと。それと、たまたま見えた時計は19時に針を指している。次いで、首元の違和感が感じられる。指?みたいなものが私の喉を弱い力で抑えている。
「司令官…何してるの?」
まだぼやける思考を無理に起こし、司令官に言葉を投げる。ゆっくり強くなる指の力に追従するように、司令官から感じる感情は荒れていく。このままだと息ができなくなってしまう。掠れ始めた声はより私を焦らせる。
「く…か…しれ…くるし…」
ぎゅうと絞められ、足先が痙攣する。脳に靄がかかり、視界が黒っぽくなる。けれども司令官は何も言わず、そして更に獰猛な感情に包まれていく。耳鳴りがしてきて、心臓の鼓動がより正確に聞こえて、速くなるのがわかる。ばくんばくんと強くなり、胸の辺りが少し動いている様な気もする。涙が溢れて頰を伝う。
「し…れ…か…」
遂に言葉を捻り出すことすらできなくなって、唸り声に近いものが口から出て来る。どんどん焦りの感情が湧き立って、恐怖心が全身を支配する。このままでは死んでしまう。今の司令官がどう動いているのか、何を感じているのかは知らない。
「ひゅっ…ひゅぅっ…」
ぱっと手が退き、勢いよく空気が喉を通って肺に流れる。全身に酸素が巡って、視界が晴れていく。思考力だけはほとんど変わらない。
「司令官…なに…して…」
涙が溢れる。全身が痺れて動かない。思い切り空気を吸って、吐いて、嗚咽混じりに呼吸が行われる。
「かす…み…?」
司令官の口から絞り出された声は弱々しくて、別の意味で不安になる。ドタドタとやかましい足音が近づいて来る。程なくして司令室のドアが勢いよく開けられる。
「霞!無事か!?」
「霞ちゃん!」
「提督!貴様一体何を考えている!」
武蔵と青葉だった。武蔵が私を司令官から引き剥がし、青葉に預ける。そのままの勢いで襟元を掴み、司令官を絞め上げる。青葉が震えながら私のことを抱きしめる。司令官は涙を流しながら虚な顔で天井を見上げている。外では大雨が降っているということに今気づいた。
私は…なぜ霞の首を絞めていたのだろう。確かにそういう願望は少しあったかもしれない。しかし、それでも傷つけようとは思っていない。完全に無意識下であった。霞の呼びかけが私を起こしたのは間違いない。その後の光景は何一つ理解できなかった。痙攣し、目が虚で、大粒の涙が霞から溢れていた。心が張り裂けそうだった。武蔵の目には憎悪と怒りが込められていた。青葉は震えながら霞を抱いていた。霞は私を見て、怯えるでも、忌避するでも、怨むでもなく、慈悲の眼差しに近いものを向けた。
「何を…何をするつもりだったかを言え!何故霞の首を絞めた!」
「待って武蔵…」
「霞ちゃんは少しここを離れましょう。」
二人が足早に部屋を去る。霞はドアが閉じるその瞬間まで私の方を見つめていた。なんとなく、腕も伸ばしていた気がする。そして、青葉たちと入れ替わる様にして曙が入ってきた。
「武蔵!何してんの!クソ提督から手を離しなさい!」
「その願いは聞けない。この男は今霞を殺そうとしたのだ!」
「はぁ?何言って…」
二人の口論は最早私の耳に入らない。私の中の全てが崩れ去った。もう生きるつもりもない。惨めったらしく生き延びるくらいなら、今ここで死にたい。最期に霞が居ないのが心残りではあるが、自業自得故文句を言うつもりもない。
「武蔵!いいから下ろしなさい!」
「何故だ!」
「いいから!あたしとそいつ、二人きりで話をさせなさい!邪魔は許さないわよ!」
武蔵が消化不良とでも言いたげな様子で、しかし乱暴に手を離した。床の上に力無くクソ提督が倒れ込む。
「私は納得していないからな。」
そう吐き捨てて苛立ちを隠せないまま帰って行った。
「…何故生かしたんです?」
「あんたに前言ったわよね?寝てる時に変なことしてたって。」
「…何を?」
「やっぱり忘れてたのね。最近はめっきり見なくなったから問題ないと思ってたけど、やっぱりそうよ。強い雨が降ってる時に寝たら、あんたはそうやって勝手に身体が動くの。これであたしが見るのは二回目。多分霞も、一回くらいは見てるはずよ。」
今のクソ提督は呆然と言った言葉が一番似合うだろう。そして、無気力だ。きっと武蔵と青葉はここに仕掛けたカメラと盗聴器でこの現場を抑えたのだろう。確かに判断としては間違っていない。しかし、この男への行動としては不正解だ。無理に霞を引き剥がしたりすれば、こうなるなんて容易に想像つく。多分霞はここから出るのを渋ったはずだ。そこを青葉が無理矢理連れ出した。武蔵は、その正義感故にクソ提督を締め上げていたのだろう。
「…」
「項垂れてばっかじゃ、何も解決しないわよ。あんたも無意識のうちにやってたんでしょ?」
「……さい。」
「は?」
「私を殺してください。」
予想通りではある。しかし、はいそうですかとその要求を飲めるほどあたしは優しくない。
「ダメよ。あんたは、さっさと霞に謝りに行きなさい。あの二人にはあたしから強く言っとくから。」
片手で首を掻きむしりながらクソ提督は呟く。
「私は…何を…していたんです?」
「知らないわよそんなん。あたしはその現場も、二人の様子も見てないんだから。あんたが死ぬかどうかは、あたしでも、武蔵でも、あんたでもなく、霞が決めることよ。」
クソ提督の細い腕を引っ張り、霞を探しにいく。どうせ青葉の部屋のはずだ。にしても、加賀たちが眠っていてよかった。瑞鶴はともかく、加賀は真っ先にコイツを殺そうとしたはずだから。全てが終わって、それから目を覚ます様に祈ろう。