「今日は晩御飯いらない?」
「…今日は結構です。」
「そ、じゃあお風呂行きましょ。」
上の空でぼんやりと歩く彼は危うくて今にも死んでしまいそうだった。けれど、いくらかマシになった様な顔もしている。
「…まだ引きずるつもり?」
「そんなつもりはありませんけどね。でも…忘れろというのは聞き入れられません。」
「ならよかったわ。気にしない様にしてくれるならいいのよ。」
少し俯いて、考える素振りを見せる。そのすぐ後、いつも通りの柔らかな笑顔を浮かべた。
「…これでどうでしょう。」
「私はその顔の方が好きよ。」
「そう言ってもらえると助かります。」
朝と同じ様にお風呂へ入る。先に間宮さんには晩御飯について知らせていたから問題はない。そして、朝と同じなのは司令官と入っているからではない。
「提督さんなんか暗いね。なんかあった?」
「瑞鶴、余り深入りしてはダメよ。」
「加賀は熱いから離れなさい。」
「…私たちも入ってよかったのか?」
「まあまあ…明日に備えましょうよ。早めに寝ないと…。」
全員居る。武蔵も、青葉も、曙も、加賀も瑞鶴も、みんな居る。ちょっとだけ気まずい。司令官は私をいつもの様に抱いて、私はいつもの様に司令官の腕を抑える。
「提督さんがそんな顔するなんて珍しいよね。霞も抱いてるのに。」
「まだそんな顔してたの?」
「おや、そんなつもりはありませんでしたが。」
私の頰を指先でつつきながら呟く。
「〜♪」
「霞は随分楽しそうなんだけどね。」
武蔵たちには司令官のことはあまり言い風に見えないかもしれない。仕草だけならいつもの調子を取り戻しつつある。そんな司令官が二人には余計に不気味に見えるだろう。でも、私は今の司令官がいい。
「…クソ提督」
「なんです?」
「あんた、晩御飯いらないんだって?」
「ええ…今日はそれほど食欲もないので。」
「…そ。」
曙ちゃんは少し複雑そうに見えます。私たちよりもずっと長い時間あの二人と触れ合ってきた彼女だからこその心境もあるのかもしれません。でも、私は今の司令官は少し怖いです。霞ちゃんとしっかり話をつけたとは言え、あそこまで復活するというのが得体のしれない様なものを感じて仕方ありません。武蔵さんは、今はもう切り替えて、明日の訓練のことを考えています。私は、そこまでドライになれません。
「…青葉、武蔵。」
「ひゃいっ!」
「…どうした?」
霞ちゃんがこちらを見て、優しく微笑みます。司令官はこちらに申し訳なさそうな目で見ます。
「さっきはごめんなさいね。心配かけちゃって。」
「何々?なんかあったの?」
「瑞鶴」
霞ちゃんのその顔は、儚気で、今にも泣き出しそうでした。その顔は印象的で、いつまでも忘れられそうにありません。
「いや、我々も考えなしだったんだ。謝罪は、寧ろこちらがする方だ。すまなかったな。」
武蔵さんが深く頭を下げ、私も、それに習って頭を下げます。私は、何となく気持ちの整理がつきません。現場を知らない瑞鶴さんは無邪気に、加賀さんはそれをなだめて、一番の功労者のはずの曙ちゃんはそれを眺めるだけです。その瞳が、ある種悟っている様に見えて、それすらも痛々しく見えました。