「で、曙、いったい何があったのよ。相談なら乗るわよ。」
「あいつがね、司令室の壁に頭を打ちつけてて、目の焦点も合ってなくて、腕も押さえてて、怖くなっちゃって、でもあいつ何もなかったみたいに振る舞ってて、どうすればいいかわかんない。」
「…。」
霞は完全に初耳である。彼の知らない一面を知るとともに、不安が積もっていく。
「そうだったのね。私が今夜様子を見てみるから。だから何も気にしないで。間宮さんのところでお茶でも飲みましょ?」
「うん。行く。」
「やはり怖い夢を見てしまったようですね…まあ仕方ありませんか。」
間宮さんのところで一息ついてから、改めて司令室へ行く。
「ああ、来てくれましたか。曙、練度はどこまで上がりました?」
「…大体40くらいよ。」
「やはり素晴らしいですね。あなたも霞も。というわけで、お二人で周辺海域の調査をしてきてもらってもいいですか?釣竿と、クーラーボックスを預けます。可能なら、お魚を釣ってきてもらえますか?」
「しょうがないわね、クソ提督。大漁を約束してあげるから。楽しみにしてなさい。」
やはり元気はなく、どこか虚空を見ている。
「シャキッとしてください。少々きつい物言いかもしれませんが、期待の表れと思ってください。大丈夫、あなたたちならね。」
「大丈夫よ!本当に!じゃあいってくるから!報告を楽しみにしてなさい!」
「旗艦は霞ですよ〜。」
「はいはい!」
少々手荒いが、いつもの調子に戻ってくれたことに安堵する。
「軍曹殿のように、日記でもつけてみますかね。」
胸ポケットから手帳を取り出し、今日の日付を記してからここに着任した頃から今までをざっと振り返ってみる。…半分は霞についてのことしか書いていない。まあいいか。日記なんてそんな物だ。2人の出撃を見届け、司令室へと足を運ぶ。
広大で、羅針盤がなければすぐに遭難しそうな海をするすると滑っていく。早々に海域の調査を切り上げ、釣りに移行する。曙は釣竿を垂らし、むむむと水面と睨めっこをしている。そこへ、よろよろと力なく向かってくる影を確認する。曙にそこへ向かうと伝え、再び水面を滑る。その影はよくみると小さなイルカだった。
「あなた大丈夫?」
伝わるはずはないが、イルカが擦り寄ってくる。おそらく心配しているということを感じ取ったのだろう。特に外傷もないため、ただ母親とはぐれたのだろう。そこへ曙が向かってくる。
「霞〜!どうしたってのよ。」
クーラーボックスを重そうに肩から下げている。
「多分迷子のイルカよ。そこをふらふらしてたの。」
「大変じゃないの!早く探してあげないと!」
「それはそうなんだけどね。でも、どこにいるかもわからない親を、この広い海の中からピンポイントで見つけられるかってこと。ただ闇雲に動くだけじゃ、この海域を出てしまうかもしれないの。ここより先は深海棲艦がいる海。今の私たちじゃそいつらに出くわしても無事に帰れるかわからない。あいつを心配させるのはいやでしょ?」
「そうだけど…、じゃあ、どうするの?」
「ここで待つの。あなたの釣り上げた魚、申し訳ないけどこの子にあげてもいいかしら?」
「構わないけど、でもいつまで待つのよ。」
「流石に陽が沈んできたら帰るわ。この子は連れていくけど、構わないわよね?」
「ええ、でもいいのかしら?こういうふうにしちゃって。」
「いいの。ほら、釣りしてていいわよ。」
この話をしている間も、イルカは逃げず、じっと待っている。改めて周囲を見渡すと、本当に何もない。時折水面からプシュッと勢いよく潮を吹く鯨がいるだけで、他に動きはない。突然イルカが動き、一直線にどこかへ向かう。
「曙!動き出したわ!釣り、中断して!」
「りょ、了解!」(今の大きかった〜!)
ザバザバと音を立てて進んでいく。イルカはついに動きを止め、その先には大量のイルカの群れがいた。
「無事に合流できた、かな?」
いつのまにかイルカはおらず、群れは目的があるように一斉に泳ぐ。太陽が海の下に隠れるのを確認し、鎮守府へ帰る。
「お帰りなさい。ずいぶん遅かったですね。何かありました?」
「別に何もないわよ?ただ、釣りに熱中しちゃってたみたい。」
曙は達成感あふれる顔で預けていたクーラーボックスの蓋を開ける。その中には、肉つきがよく、鮮度抜群の魚が大量に入っている。
「やはり、曙に任せて正解でしたね。」
「そりゃそうでしょ!誰が釣ってると思ってんのよ!このクソ提督!」
無意識のうちに曙の頭に手が伸びていた。
「ぴゃっ!」
小さな驚きの声をあげ、しばらく抵抗をせずにその手を受け入れる。
「ちょっと!何してんのよ!」
「頑張った子へのご褒美ですよ〜うりうり。」
「うむ〜…。」
耳まで赤くしながらも拒否をしない曙はやはり面白い。霞に目を向けると、少し寂しそうな顔をしていたので曙の頭から手を離し、霞の頭に手を乗せる。
「霞もよく頑張りましたね。お疲れ様です。」
顔を紅潮させ、
「うん」
と撫でられることを受け入れる。俯いているため司令官には見せないが、その顔は幸せに満ちている。
間宮さんのところで夕食を済ませ、風呂に入る。曙はさっさと体を流し、風呂から上がる。
「霞。今日の調査。何か隠し事ありますよね?不自然なくらいに遅かったです。前回は、資源を回収しても明るいうちに帰れました。何もないと言いましたが、そんなことありませんよね?大丈夫、怒っていません。あなたのことですから、何か優しい理由でもあるのでしょう?」
「別に言わなくてもいいでしょ。報告するのなら、
『異常なし』よ。」
「強情ですね。まあ構いませんけど。」
「にしてもあなた、髪伸びたわね。私と同じくらいあるんじゃないの?」
「別に切るつもりもありませんしね。そうだ、霞。あなたが髪を結ってくれませんか?」
「え?別に構わないけど…切った方がいいんじゃないの?」
「霞に髪を結ってもらうことに意味があるんですよ。」
「むぅ。」
風呂に浸かりながらくだらない話を長々と離し続ける。脱衣所で霞にドライヤーをかけてもらい、髪を結ってもらう。
「ありがとうございます。ふむ、自分で言うのもなんですが、意外と様になりますね。霞もそう思いませんか?」
「馬鹿なこと言ってないで、ほら、もう寝るわよ。」
そっけない言い方をしたものの、霞の耳はほんのりと赤く、提督には気づかれなかったものの、しっかりとその姿を目に焼き付けていた。
「ではまた明日。」
「待ちなさい。今日は、私も一緒に寝るから。」
「…なぜ?」
「なんとなくよ!ほら、部屋まで行きましょ!」