暫く金剛に髪をいじらせていると、段々冷静になって落ち着いてくる。金剛独特の雰囲気に当てられているのかもしれないし、加賀以外に触れ合うことが最近ではあまりないこともあるかもしれない。
「紅茶、飲みマスカ?」
「ありがたく受け取るわ。」
そう答えるとどこからかティーポットとティーカップが取り出され、手際よく紅茶が淹れられる。ほとほとと湯気が上がり、所謂上品な香りが肌を撫でる。
「もう少しデース。」
そしてまた、髪を結んでは解く作業に戻る。和室には似合わない紅茶セットがやけに場違いで、思わず笑えてくる。乾いたそれを聞いた金剛は少し不思議そうに手を止め、こちらを覗き込んできた。
「何か面白いことでもアリマスカ?」
「あんたの喋り方がカタコトすぎるのよ。」
「What!?」
自分の思考を読まれたくないからこうやって嘘を吐く。けれど、こうして吐く嘘は自分自身を守る盾になる。現実逃避気味な感情が湧き立つ。
「加賀とケンカでもしたんデスカ?」
「別に…そんなんじゃないわ。」
「にしてはやけにtensionが低いデース。嘘をついたら閻魔サマに舌を抜かれるらしいデスヨ!伊勢が言ってマシタ!」
「あるもんなら是非とも会ってみたいわね。舌を抜く感覚、聞いてみたいわ。」
「あ、そろそろデース。」
放置されていたポットからカップに向かって注ぎ込まれる紅茶が少し赤っぽく軌跡を描いてその中に収まる。
「ドウゾ!」
一口飲むと香りが口から鼻に抜ける。正直味が美味しいのかこの香りがいいものかはわからない。けれど、少なくとも気分は落ち着く。荒んでいた現状が次第に沈黙する。
「なかなかいいじゃない。あたしは緑茶の方が好きだけどね。」
「う〜…いつかそんなこと言えない身体にシマース!」
「どこでそんなこと覚えるのよあんたは。」
「マアマア。軽口が叩けるくらいにはなっているじゃないデスカ。」
そう言えば。いつのまにか加賀のことが頭から抜けていた。そして、数分ぶりに思い返した加賀の存在があたしの中でドンドン大きくなっていった。
「加賀のところに行きマスカ?」
「…そう言うこと聞くのは野暮ってモノよ。」
「ソウデシタカ。あと、これはいいんデスカ?」
そう言って指差すものは今では背中を押す様な眩い光を放っていた。しかし、今のあたしたちには早すぎるそれはすぐに引き出しにしまい込む。然るべき時に贈るのが正しい渡し方。
「気持ちだけ受け取っとくわ。これは、またいつか。ほら、あんたもさっさと帰りなさい。」
身軽に飛び出し、瑞鶴たちの部屋へ直行する。
「…春デスネエ。」
「今は梅雨だと思うのだけれど…。」
「む、扶桑デスカ。Tea timeはいかがデスカ!?」
「私もいるわよ。」
「山城も来るデース!」
「加賀!いる!?」
バタンと思い切り扉を開け、その名を呼ぶ。全員がこちらを注目して、その集団の右側に加賀がいるのが見えた。
「な、何でしょうか。」
明らかな動揺が見えた。その加賀以外にはあたしの視界に入らない。
「加賀!着いてきなさい!」
「え、曙?待って、待ってください。」
「待ってらんないわよ!じゃあ!瑞鶴!加賀持ってくから!」
「あ、うん。行ってらっしゃい。」
「曙、待ってください。一体何事ですか。」
「何もないわよ。あたしたちの部屋に戻るの。」
一瞬面食らった様な顔をした加賀を無理矢理連れて行く。部屋の中からは金剛は既にいなくなっていた。しっかり話を聞いてくれるあたりなかなか好感が持てる。
「加賀。」
「…何でしょうか。」
「あたしたち、別れましょうか。」
「…は?」
実際賭けだった。この問いかけに対して動揺が返ってくるのなら、ほぼ確実に加賀は覚えているはず。もしくは、あまりにも突然すぎた故の硬直。そのどちらか以外はないはず。
「だから、あんたは何も覚えてないんでしょ?だったら、あたしとずっと付き合ってる必要もないでしょ?」
ゆっくり加賀の顔が青ざめて行く。そして唇が震え始め、もはや隠す気もなさそうな冷や汗が滲み始める。
「あ…曙…」
「冗談よ冗談。それにしても、あたしのこと揶揄うなんていい度胸じゃないの。本気でビビったんだから。」
「すみませんでした…。」
深々とお辞儀され、怒る気力も失せる。そして、身体から勢いよく力が抜け落ちる。相当疲弊していたのが、漸く解放されたからだと思うことにする。
「…次こんなことしたら、今度こそあんたと別れるから。」
「わかりましたから、もうしませんから…」
「知ってるわよ。それに、以外に演技派ね。」