「あんたは別にあたしが居なくても普通にしてれるわけね?」
「できないこともないです。」
「あんなことする時点でもう答え見えてるのよまったく。」
やっぱりいつも通り加賀に抱かれるのが一番しっくりくる。向こうもどうやらそうらしく、触れ合う手が温かい。
「今日、少し出掛けてみる?」
「今からですか。」
まだ昼なことと、この時期には珍しい快晴であることから提案してみた。それに二人で出かけることもなかったから、気分転換にもちょうどいいはず。
「嫌なら演習するわよ。」
「早急に支度します。」
「ならよし。じゃあ玄関で待ってるわ。」
少し軽くなった心が自然と弾む。スキップ混じりに廊下を進む。強い日差しが窓から照らし、熱を持たせる。じわりと汗が滲むのがわかる。湿気の多い今では少々鬱陶しい。
「お待たせ…しました…」
「何でもう疲れてるのよ。」
「いえ…暑くて…」
私服姿の加賀は地味に初めて見たかもしれない。ずっと前に行った時以来ずっと関わらなかったあの街に行ってみることにした。そこそこ歩きはするものの、そこにはほとんどのものが揃っていて、欲しいものは大体何とかなる。
「そう言えば、外出許可は取っているんですか?」
「あ、忘れてたわ。まあいいでしょ。何かあっても、前よりも数も増えたし、何より霞がいるじゃない。」
「それもそうでしたね…。」
「ほら、そんなつまんないこと考えたってしょうがないでしょ。ほら、あそこ行くわよ!」
そう言って手を引く目の前の彼女が愛おしくてたまらない。意地悪をして、どろどろに依存させたい。そんな彼女の顔は眩しくて、直視できない。見た目に似合わない力でぐいぐいと引かれ、どこかへ向かう。
「ここよ!」
「喫茶店ですか。」
ぱっと見では、何やら不安になる様な店構え。そして、街というよりは、その外れにある様な地味な場所だった。
「なかなかいいところよ。落ち着いてる雰囲気に、ちゃんと美味しいメニューもあるの。」
まるで一度でも来たことがあるかの様な説明が少し気に障る。しかし、それはそれとして入店はする。からからと音が鳴った後からふわりとパンの焼けた香りが広がって、鼻腔にすぅと入ってくる。
「これは…流石に気分が昂揚します。」
「ね?いいもんでしょ?」
客はまちまち、従業員らしき人間の姿は殆どなく、カウンターでは中年らしき男性がティーカップを拭いたり、かと思えば時計を気にしたりと、案外自由にやっているらしい。カウンターではなく、出入り口から二つ分離れたテーブル席に腰掛ける。そこで漸く、中年の男性がこちらに歩いてきた。
「どうも。こちら、メニューになります。ご注文がお決まり次第、そちらの呼び鈴を鳴らしてください。では、ごゆっくり。」
と、2〜3ページ程度の少し薄いメニューが机の上に置かれた。中には様々な種類のコーヒー、紅茶、軽食などなど…。決して多くはないはずのそれらがなぜだか異常に魅力的に見える。
「ね、加賀はどれにする?」
「…このキリマンジャロ?とクロワッサンにします。」
「そ、じゃあ呼ぶわね。」
チリー…ンと響いて、客の動きが一瞬静かになって、再び動き出す。ペンが紙を滑る音、紙が擦れ、捲られる音。様々な環境音が周囲のどこかから何かしら聞こえる。
「はいはい。ご注文は?」
「この紅茶と、コーヒー。それとクロワッサンでお願いします。」
「はい、畏まりました。少々お待ち下さい。」
スムーズな注文であっという間に終わらせてしまう。厨房へ入って行った男性は、湯気を立てながら私たちの注文に応える。
「ここでたら、どこ行く?」
「あなたの行きたいところなら、どこへでもお供します。」