「さて、どこ行こうかしら。」
「なかなか良いところでした。また一緒に行きましょう。」
「ん。また今度ね。」
適当に歩けば何かしら見つかるこの街は活気付いていて、かつある程度の落ち着きもある。きっとこのご時世的に海が近いところでこんなにも発展しているところは他にはないだろう。
「釣具屋なんてどうですか?」
「今は十分かしらね。装備も整ってるし。」
「そうですか…では、あの甘味処でもどうです?」
「また食べるの?本当に好きねぇ。」
「あなたよりは数段か落ちますよ。」
そんなクサイ台詞は加賀には似合わない。そりゃあ見た目は驚くほどの美人だけど、普段を見るとどうも違う。だから、この体温の上昇は暑すぎる今の気温のせいに他ならない。
「これは…流石に」
「気分が昂揚するかしら?」
「ええ。甘いです。」
「クレープなんて食べたことないわね。間宮さんに今度作ってもらいましょ。」
苺にチョコに生クリームに色々なものが生地に包まれている。甘くて美味しい代わりに乙女心が反発してくる。演習の頻度増やしてもらおうかな。食べ歩くというのもまた乙なもので、一端の女子の様なそんな気がする。鎮守府では味わえないこの感覚は結構面白い。
「服…は別に要らないわね。制服あるし。」
「以外に行き当たりばったりですね。」
「そりゃ突然決めたんだもの。プランなんてないわ。」
そう言いながらまた歩いていると、見覚えのある様な嫌に暗く不気味な路地を見つけた。確かに覚えがあるそこはまるで誘う様な寒い風をこちらに吹いてくる。
「…曙?」
「ここってやっぱり…」
警備した時の路地だった。名前は忘れた…聞いてすらいなかったかもしれない女の子と出会った路地。無事に家族のもとに帰れただろうか。あんなに小さな女の子がなぜここに居たのか。馳せる思いは止まらない。
「あれ?お姉ちゃん!」
「!?」
声のする方に向かってみれば、確かに聞こえたはずの声がどこにもなかった。あるのは暗い電光掲示板とラクガキされたシャッターだけ。幻聴だったのかもしれない。そう言えば加賀は?もしかしたら置いて行ってしまったのかもしれない。
「やっぱり!お姉ちゃんだ!」
今度ははっきりしっかり見えた。目の前で、後ろに手を回して、にししと笑う幼い少女が少し長い髪を揺らしながらやってくる。背中には学校がある日でもないのにランドセルを背負っていた。
「あの時はありがとね!大きいお姉さんはどこ行ったの?」
「やっぱり…あの時の。今は元気?お母さんはどこ?」
「んー…はぐれちゃった!」
「前もそうだったわね。」
懐かしいやりとりを交わして、道なりに歩いていく。手を繋いで、もう夏の季節には似合わない寒い風を受けながら無尽蔵に打ち出される話題に応える。
「どうしてここにきたの?デート?」
「そんな感じよ。」
「ねえねえ、あの人のお名前って、もしかして加賀さん?」
「よく知ってるわね。その通りよ。」
「えへへ。知らないわけないよっ。」
そういうものかと思って、少し強めに手を引く。決して不安なわけではない。加賀が恋しいわけではない。少し不気味なここを早く抜け出したいだけ。
「ねえ、りゅうじょうって人…知ってる?」
「え?知ってるけど…何?龍驤好きなの?」
「…ううん。そうじゃないよ。」
何かありそうな風に話題が切れる。龍驤やら加賀やら、もしかすると艦娘は思っていた以上に世間の人間にオープンな存在として受け入れられているのかもしれない。
「でも、加賀さんとか、お姉ちゃんとお風呂入ったの、覚えてる!」
またおかしなことを言い出した。あたしはもちろん加賀も、どこで入浴するかなんて自分の所属する鎮守府以外ではほとんどあり得ない。もしかしたら、別の鎮守府の提督か…もしくはそれに関わる人物の子供であるのかもしれない。
「あ、もうすぐこの路地出るわね。ほら、こっちに…え?」
見覚えのある少女は綺麗さっぱり跡形もなく消え去っていた。というか、私の後ろには何もなかった。いや、正確には何かあったけれど、それはまた別の建物の壁で、先ほどまでの路地はなかった。
「あ、曙。探しましたよ。勝手にどこかへ行ってしまわないで、私に一言断りを入れてくださいね。」
「え?あたしはさっきまで…あれ?」
「大丈夫ですか?少し様子がおかしいです。」
さっきまでのあの少女との出来事が夢か現かわからなくなり、そして今この瞬間も現実かわからない浮遊感がある。しかし、体温が高すぎるというわけではない。あれは、極度の熱中症による幻覚などではないことは確かだった。
「曙、様子がおかしいです。早く帰りましょう。」
寒気と眩暈でその場にしゃがみ込むと幾分かマシになる。呼吸が早まって、喉がカラカラだ。
「ごめ…加賀…運んで…」
「わかりました。」