霞がそっぽを向いたままこちらを振り向かない。演習終わりの対応がそれほどまでに霞にとって気に触ることだったのかもしれない。しかしまあ、この状態の霞も十分可愛い。
「そろそろ機嫌を治してもらえませんか…?流石に悲しいです。」
依然としてその姿勢は変わらず、むしろ余計に酷くなったように思える。風呂でも夕食でも、特に話さず、かと言って話しかければ別の娘に話しかけられて、頑なに無視を決め込まれてしまう。自室に戻ってから二人きりとなった今は絶対に目を合わせようとはしない。
「あれ、そんなに嫌でしたか?」
思い切って聞いてみると、少し肩が跳ねて、しかし再び元の姿勢に戻る。あまりの徹底ぶりになんだかこちらも吹っ切れてしまう。こうなったら、こちらも無視をするというのもまた一興である。向こうが耐えきれずに話しかけてくれればいい。定期的に話しかけられていた相手から突然何も来なくなれば、流石に心配になるだろうという考えだ。しかし、あまり時間がかかるようならば対応も少し変える必要はあるが。
こうしていると、司令官が私のことをずっと見ていてくれる。別に加賀に嫉妬なんてしたわけではないし、腹が立っているわけでもないけれど、こうしていると胸の方がゾクゾク疼いて、味わったことのない感情が湧く。
「…」
暫く待っていても司令官からの言葉が来ないことに気づいた。流石に飽きられたかと思い、バレない程度に後ろを見る。司令官がいつの間にか机の方に移動していて、何かの書類を難しそうな顔で見つめている。なぜだか無性に恥ずかしくなって、それと同時に腹も立ってくる。私だけを見てくれていると思っていたのに、と。しかし、まあその怒りもあっという間に引き、冷静になる。私が無視を決め込んでいるからこうなっているというのは、何も考えなくても行き着く結論である。ペラと紙の捲られる音だけが響き、それ以降は静まり返る。
「ぁ…」
勝手に口から声が漏れて、咄嗟に口元を抑える。司令官の座る椅子が少し軋んで、床と擦れて音が鳴る。今振り返れば、きっとこの演技がバレてしまうから、様子は伺えない。数秒後、もう一度椅子が鳴り、紙が手と擦れる音が聞こえた。なんとかやり過ごせたらしい。今度はぐるっと首を回し、司令官の様子をしっかりと見届ける…
「ぴゃ!?」
つもりが、司令官の顔はこちらを向いていて、優しく微笑んでいた。何を考えているかが全くわからず、安心感を覚える顔がゆっくりと近づいてくる。手が伸び、私の頬を撫で、髪を手で梳かす。
「やっと目が合いましたね。」
焦りと緊張で汗が流れ、呼吸が乱れる。口が餌を求める魚のように開閉される。こつんと額同士が辺り、ほんのりと暖かい。なぜかじわりと涙が滲んで、それを拭うために両腕でぐしぐしと擦る。
「そんなに力強く擦ると、目が腫れますよ。」
「あ…」
私の手の上に覆い被さるように彼の掌で包まれる。互いの熱が共有されて、胸の奥まで暖まる。
「私が悪かったなら、そう言ってください。すぐに直します。」
はっきりきっぱりいってのけ、また笑って、私のことを抱きしめる。私も釣られて彼の背に手を回す。彼の心臓の音が聞こえて、安心する。規則正しく、トクン、トクンと鳴るのが聞こえる。暫くそうしていると、彼がパッと身体を離し、頭を撫でる。
「お詫びに…なんでもしますから。」
「…なんでも?」
「ええ。あなたが望むことを、なんでも。」
なんて魅力的な提案だろうか。なんでも、とは、なんでもである。語彙が無さすぎるけれど、実際にそれ以上でも以下でもない。しかし、『なんでも』と言われると少し困る。どこまでなら許されるのか、いや、彼ならなんでも受け入れてくれそうで、余計に考えが巡る。
「じゃあ…ね?」
「はい。なんでしょうか。」
まっすぐな瞳で見つめられ、4割恥ずかしさ、残りが高揚感で満ちる。そして、今が夜中であること、二人してベッドにいること。そして、昼間の件。想像が膨らみ、それ以外考えられない。
「…して」
「はい?」
「わたしのこと、めちゃくちゃに…して?」
そう言った瞬間、彼の目が真っ黒に塗りつぶした紙のようになって、どす黒く渦巻く何かが後ろの方に見えた。けれど、彼の表情は不穏なもの以外の全てとは相反して穏やかで、理性的だった。
「もちろん、あなたの願いですから。精一杯、叶えられるように、誠心誠意、努めます。」
背中に手が回り、グッと引き寄せられる。口が触れ、舌が侵入して、口の中を蹂躙される。酷く扇情的な音が響き、私の身体を伝う。口が離れた頃には互いの口の中で混ざり合った粘液が糸を引く。期待で胸が膨らみ、下腹部がギュンと痛いほどに疼き、腰が痙攣する。はやる気持ちに合わせて呼吸も相応に早く激しくなり、彼から目が離せなくなる。変わらず真っ黒な目で見つめ続けられ、吸い込まれていく。口角が少し上がり、彼が義手をつけ始める。かちゃり、と無機質な音が鳴り、私の方へ片腕と機械式の腕が向かう。髪がはらりと垂れて、あまりに魅力的な彼が纏う妖艶な雰囲気に息が詰まる。