目を開いてみると、すぐ目の前に彼の首があった。虫刺されのような赤い跡がしっかりと残っていて、記憶は朧げだけれど何をしていたのかが丸わかりで、少しだけ罪悪感と昂揚感を覚える。その跡を親指で擦っていると彼が目を薄く開いたのが見えた。
「…何してるんですか?」
「なんでもない…」
なんだか恥ずかしくて顔を逸らしながら答える。彼が微笑みながら私の頭に手を乗せる。そのままくすぐったく撫でられて緊張が解ける。
「ふわ…」
「あなたはなんとなく…いえ、やめておきましょうか。」
「何よぅ。」
言い辛そうに目を泳がせる彼の顔を固定して、目線を無理矢理合わせる。
「言いたいことがあるなら目を見て言いなさいな!」
目を限界まで開いて彼が信じ難いものを見たかのような顔をした後、頭を掻く仕草の後に観念したように言葉を溢した。
「怒らないでくださいよ?その…犬みたいだなと。」
「…いぬ?」
あまりに予想外で耳を疑う。犬に似ているとは少し心外ではあるけれど、理由だけは聞いておかないと気が済まない。
「撫でるとほら、手に頭やら頬やらを擦りつけてくるじゃないですか。犬っぽい仕草でつい。」
「そんなこと…して…ない?」
「あなたがそこで半信半疑でどうするんですか。」
彼の指先が私の頬を捉え、つつく。うっと変な声が漏れてしまい、彼の顔が少し笑う。
「あとは、よく匂いを嗅いでいるところですか。昨晩なんてそれはもう情熱的に…」
「な、なんで知って…」
「あんなに呼ばれれば流石に気付きますよ。というか、言ってくれれば…」
「やめっ、やめて!もうだめ!言っちゃだめ!」
みるみるうちに体温が上昇し、羞恥心のせいで視界が揺れる。両手で彼の口を押さえて、これ以上何も言われないようにする。けれど片手で振り払われて、逆に私の手を握りながら私が撫でていた首元に触れる。
「この辺り…この辺りに、あなたのせいで何かついたんでしょう?で、それを隠すために擦っていた…。こんな感じですか?」
「あ…う…」
にっこりと笑いながら追い詰められる。逃げ場はなくて、代わりに距離が詰められていく。そして、気付かないうちに布団が私を包んでいた。そして、その上から抱きつかれる。布団のクッション性と厚みで彼の感触が私に届かなくて、少しだけ物足りない。
「その落ち込み方もそっくりです。」
「似てないし…。」
私は実際犬というものに触れたことはないから、彼の言う仕草が本当に似ているのかはわからない。けれど、なんだか屈辱的なのはわかる。文字通り包まれながらどうにかして考えを改めさせなければいけないと考える。
「まあ、いくら犬らしい仕草でも、やっぱり一番はあなただから好きなんですけれど。」
「ッ…!そ、そんな調子いいこと言っても許さないったら!」
頬を撫でられて、逃げ場がないから身を捩らせてもその感覚からは解放されない。それでもどうにかならないものかと顔を動かし続ける。すると、だんだん身体が鈍くなっていって、やがて完全に止まった。
「あれ…?う…?」
いくら動けと身体に命じても一向に従おうとしない私は私自身でもおかしいとわかる。彼はそんな私の方に目線を向け、一言だけ告げた。
「気持ちいいですか?」
頬と耳を同時に弄ばれて、全身の力が抜けているということにようやく気付き、慌てて距離を離そうと動く。が、それすら叶わずに結局は彼の手に身を任せ、腕に包まれる。
「ん…わ…ふぅ…」
脳が蕩けて逆に彼の顔は生き生きと血行がよくなる。そして布団から解放されて、彼と再び添い寝する。体勢は向き合いながら、そして寝転がる弾みで耳にかかったであろう髪をかきあげられる。それがくすぐったくて思わず身震いする。
「ええ、ええ。その目です。一番いい。」
「や、恥ずかし…」
まじまじ見つめられ、また頬を撫でられる。
「ひゃ、」
「もう、だめ…撫でちゃだめ…」
「そう言うなら…」
彼の手が離れて、向き合う程度にとどめられる。この状態でも十分破壊的なまでのものではあるけれど、幾分かはマシになった。気分を落ち着けて、ゆっくり深呼吸する。
「話は変わりますけど、今日は演習をするつもりはありますか?」
「…突然ね。まあ、曙次第かしらね。加賀は…もうすぐだし。」
「そうでしたか…海水浴でもしようかと思ったんですが…それが終わるまでは待ちますか。」
「海水浴?」
あまり聞き馴染みがない。どうせ海で泳ぐとか、その辺りだろうけど、しかし突然言われても困惑の方が好奇心より強い。
「…別に変なことはありませんよ?慰安というか、そろそろ暑さも限界近いでしょうし、納涼でもできないものかと。」
「そうなの。ところで司令官の水着は?」
最近では彼の女装癖も慣れてしまったけれど、実際水着となるとそれはなかなかに難しい。あくまで女装を貫き通すのか、それとも男性用の水着を着用するのか。私は正直どっちも見てみたい。
「質問の意味は分かりませんが、別段おかしいものではないと思いますよ?」
「へぇ…」
想像するだけなら無料だし、バレない。だからいくらでも頭の中に色々なシミュレーションを重ねる。