「一通り見てみました。まあ、なんてことない故障ですね。」
「船底が割れるというのは?」
「明石って話盛る癖あるじゃない。それよ。」
目の前で申し訳なさそうに頭を掻く明石が目測が下手であることをすっかり失念していた。ただし、しっかりと診断すればまともな結果であることは確かだ。故障と言われても、どこがどの様にどれくらいの被害があるのかというのを教えられないのが不安ではあるが。
「さて、これからしっかり直していきますからね。夕張、鋼材、241個持ってきて。」
「はいはい。あ、提督。私たち今から修復するからしばらく話しかけないでね。」
二人ともさっさと作業に取り掛かる。もう一人の、私と面識のない夕張が呆れ顔で書面を提示する。
「えーと…二人は言葉が足らないのでどこが壊れていたのかを簡単にご説明します。まず、船底。すっかりボロボロで浸水間近。煙突は煤が溜まって排気機能が弱まっています。スクリューは一部損傷と完全に機能していないものが複数…と、目立ったものがこれらです。他にも全体的に老朽化と整備不足が見受けられるのでそこも作業します。入渠時間はおよそ8時間弱かと。あまり大きくない艦ですから。」
「どうも。あの二人よりも随分丁寧な仕事をしますね。」
「ありがとうございます。」
「ちょっと、わたしー?そこで油打ってないで手伝ってー!」
露骨に顔を顰めて手だけで返事をする彼女から必要資源の見積もり書を渡され、ため息を吐きながら、しかしどこか楽しげに歩き去る夕張を見送る。隣の霞に袖を引かれ、工廠を後にする。
「8時間空いてますから、あなた達も、もう少し演習してくればどうです?加賀の練度も少し上げたいですし。」
「そうね…今90くらいよ。休憩が終わったらまたやろうかしらね。」
時計は現在時刻である14時を指しており、一日で最も暑くなる時間帯であることがわかる。波が光を反射するのが網膜に焼き付き眩しい。ふと、日の光を浴びる霞のことを見るとやはり日焼けが目立つ様になった。日がな一日中水着を着ていれば当然なのだが、日焼け跡というものは以外にも目を引く。褐色に焼けた肌とブルーグリーンの水着、寒色の髪色とは対照なその色はこちらを魅了して離さない。
「…かん。…れいかん。司令官。ねえってば。」
「おっと…なんでしょうか。」
「汗かいたから身体を流したいの。お風呂、行かない?」
「午後の演習が終わってからでもいいのでは?」
「そうだけど…」
「それにまだ暑いですしね。明石達もいるにはいるわけですし。」
「なんか必死じゃない?大丈夫?」
心配している彼女の瞳が刺さり、身長差による上目遣いのせいで数段魅力的に見える。まだ昼間であると同時に来客もあるので流石に堪えるが、これが平時であれば危なかった。
「まあいいわ。涼しくして過ごさないと前の曙みたいになっちゃうから、気をつけてちょうだい。」
「わかっていますよ。霞も、海に出ているからと言って熱中症を気にかけないでいいわけではないですからね。それに、太陽と海からの照り返しで更に光を浴びているわけでもありますから。」
「ありがと。じゃあ行ってくるわ。仕事があったら長門を寄越すから、ちゃんと報告してね。」
今日の霞は随分しっかりしている。仕事のことは以前までなら一切言及しなかったのにも関わらず。よっぽど前のアレが酷かったのだと嫌でも理解させられてしまう。しかし、まあそれくらいはしなければ本格的に霞からクズと呼ばれてしまう。それだけは避けなければいけない。照れ隠しなら構わないが本心で言われては立ち直れる気がしない。
「大丈夫ですよ、きっと。少しではありますが進めていましたから。」
「朝はずっと私たちの演習を見てたのに?随分余裕なのね。」
…誤魔化しは逆効果らしい。大人しく司令室へ戻り、今回の明石と夕張の出張分の書類をまとめなければいけない。何時から始まり、何時に終わるのか。それほど詳細には書けないが、まあある程度でいいだろう。
「あら〜、司令官。こんにちわ〜。」
「どうも、いい天気ですね。荒潮。」
「そうね〜。」
この荒潮は、荒潮というよりは、どちらかというと雰囲気ならば山雲に近い。おっとりして、動きは柔らかく、それでいてキレるところがある。霞と同型艦ではあるがあまり似ていないのは言わないほうがいいだろう。どこに地雷があるかはわからない。下手なことを言うと最悪命はない。
「私、午後からの演習は不参加よ〜。」
「一体なぜ?」
「霞ちゃんのこと、私よりも知っていそうだもの〜。ぜ〜んぶ教えてもらうわね〜。」
笑顔を崩さず、背筋を張ったまま言われる。プレッシャーというものが強く、こちらが気圧される。一応上官である私にそれをするのは相当な肝っ玉を持っているか、ただのおばかさんのどちらかだ。しかし、こと荒潮は全てを理解した上で行なっているので、今回は前者ということになる。
「構いませんよ、もちろん。とりあえずお仕事をしながら話しましょう。霞以外でも話すことはあるでしょうから。」
余裕の表情を見せながらも首筋にしっとりと汗を垂らしている荒潮ははあいと気の抜ける返事を待って私の少し後ろを歩く。