実際に司令室に荒潮と二人きりになってみると案外言葉は交わさない。黙々と秘書艦用の椅子に座って仕事を手伝い、その傍らに外の様子を確認しようと首を伸ばす仕草も確認できる。日頃の態度は大人っぽくしているが本当は年相応の少女のような今の彼女こそが本当の荒潮なのかもしれない。それにしても仕事は丁寧だし、文句も言わない。時々ある欠伸を除けば文句のつけようがないほど優秀だ。
「そろそろ休憩でもどうです?済ませるべき仕事も終わりましたし。」
「そうねぇ。お茶が欲しいわぁ。」
仕事なら真面目にやる彼女も休憩や自由時間はこの様に人を顎で使うようになる。そういう趣味のある人間なら喜んで行うだろうが、生憎私にはそんなものはない。渋々緑茶を淹れて運ぶ。
「ありがとね〜。」
「そろそろ霞の話でもしませんか。」
顎に人差し指を当てて虚空を見つめ、喉を唸らせてから緑茶を飲み、湯呑みを机に置いてから一息つき、リラックスしながら目を瞑る。
「司令官と霞ちゃんは今どうやって過ごしてるのかしら〜。」
「どうやって…とは?」
「寝る時とかぁ…お仕事する時とか…。」
正直話しづらい。霞も姉に勝手に情報を伝えられるのは嫌だろう。だから、ぼかして伝える。
「普通ですよ、普通。取り立ててお伝えする様なことはありません。」
「あら〜?二人とも毎晩…」
「誤解ですよ。」
「私は何も言ってないけれど〜。これじゃあ自分から答えを言ってる様なものねぇ。」
なるほど。少し焦りすぎたらしい。どのみち最後まで言われているなら今のうちに否定から入るほうがいい。
「何を誤魔化したのかしら〜。」
「悪いことではないので安心なさって。」
「悪いことって具体的には何かしら〜。」
だんだんと語彙が強くなっていく。冷や汗が背中に滲み、手汗で机が湿る。不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる荒潮はなぜか服を脱ぐ様な仕草をする。
「何をしているんですか?」
「少し暑いのでぇ…」
制服のボタンを2個ほど外し、手で仰ぐ。目つきが嫌に湿っぽく、底なしの目にたちまち吸い込まれそうな恐怖感を感じ、すぐにでも逃げ出したくなる。
「いっつもぉ、こうやって霞ちゃんを触りながら飛び跳ねているじゃない…あ・れ。どういうことですかぁ?」
わざとらしく似た様な動きをして見せ、挑発する。頬を上気させ、息を荒くする姿に少しだけ霞の面影を見た。
「別に…霞がこのことを言えば傷つくと思ったからですよ。わかったならさっさと降りてもらっていいですか?正直不愉快です。」
「あら残念。きっと喜んでもらえると思っていたのに。」
「申し訳ないですが、あなたよりも霞の方が魅力的です。いかに取り繕おうと、あなたが霞を越えることは一生涯ない。これだけはハッキリと言わせてもらいます。」
「そう…。じゃあいいわぁ。」
顔色を一瞬のうちに明るくし、離れる。ボタンをかけ直し、身体の軸をぶらさずに一回転する。改装前の霞と同じ服装による丈の短い吊りスカートが靡く。
「しっかりしてるわねぇ。あなたならきっと負けちゃうかと思ってたわぁ。」
「どう見られても構いませんが今後一切あの様な行動を禁じます。再度見られた場合には相応の処分を下しますので。」
「了解しました〜。なら、本題ねぇ。霞ちゃんとはどう過ごしてるの〜?」
「…全部わかっていそうですがね。」
「あなたの口からしっかり聞きたいじゃない。なんたって、私はあなたのお義姉さんなんだからぁ。」
興奮気味にそう言われ、頭の中が少し混乱する。確かにそうなのだが、そう言われると途端にそれを意識してしまう。義理とは言え親戚にそう言った行為を見られていると考えるのは案外辛い。
「それにぃ…霞ちゃんは小さいでしょう?ああいうこと、しっかりできてるかなって。」
「余計なお世話ですよ。詮索は勘弁願います。」
くすくすと笑いながら椅子に座り、緑茶を飲む。そして、妙案を思いついたとばかりに顔を輝かせ、霞の様に髪を纏め、サイドテールを作り上げた。
「これならどうかしらぁ。」
「…」
「…」
「解体でもどうです?」
「ごめんなさい、謝るからそれだけは…」
珍しく荒潮が墓穴を掘った。少し調子に乗ったらしい。流石に解体はしないが、エスカレートのしすぎは良くない。線引きをしなければ、後々面倒になるのは目に見えている。
「戻ってもらって結構ですよ。」
少し不安そうにしながら部屋を後にする荒潮が弱々しく、最後に無言で頭を下げていったのが印象的だった。あまり怒ったこともないし、初めての経験といえば聞こえはいいが、同時に恐怖心を味合わせてしまったことの裏付けにもなる。離れていく足音が小さくなるにつれ、外から聞こえる水上を走る音が響くのが強く聞こえる。
「あぅ〜、やっちゃったわ〜。」
本当はただ挨拶しに行こうと思っていただけだったのに、いつの間にかあんなことに…ああ恥ずかしい。それに、男の人にあんなことを…それも妹の旦那様に…どうやって言い訳しようかしら…。お姉ちゃんとしてならあんなことは御法度だけれど、霞ちゃんとケッコンしている人がどんな人となりなのかくらいは気になるじゃない。それに…
「…好きよ。」
誰にも言えない秘密を今日は少し発散できたんだもの。