霞が一段落ついた様にどこか清々しい気を纏って戻ってきた。何故そうなのかはあらかたの予想がつく。
「その様子なら、成功した様ですね。」
「ええ。なんだか懐かしかったわ。」
少々小躍り気味に膝の上に乗り、熱気を帯びた臀部が軍服越しに伝わる。自制心を利かせてなんとか正気を保っているが、正直今すぐにでも霞のことを抱き潰したい。
「あの艦、まだまだ直らないのかしらね。」
「随分故障箇所が多かったらしいですから。相応の時間は必要です。前の工廠に比べれば設備も随分貧弱ですし。」
「…妖精さんがちゃんと報告してくれてよかったわね。」
「そうですね。」
ふと疑問が起こる。艦娘とは艦の記憶を持った状態で生まれた少女のことである。艦時代の記憶や体験をすべて覚えており、それによって艤装を扱うことが可能になる。なら、艦そのものと意思疎通を図ることもできるのではなかろうか。艦自体に意識があるならばの話ではあるが。
「霞は、あの艦についてどう思いますか?」
「え?えっと…いい艦だと思うわよ?」
「そうではなくてですね…あの艦のこと、どこまで知っていますか?」
質問がどうにも難しい。霞は終始頭に疑問符を浮かべてこちらを見つめている。
「言ってる意味はわからないけど、あなたに教えてもらったことはわかるわよ。いろんな海域に出撃したとかあなたの腕を事故でちぎったとか…色々。」
「意思疎通はできますか?」
「えぇ?」
霞の目がおかしなものを見る目に変わり、そしてバッサリと切り捨てられる。
「明石とか夕張に聞いてくれば?私よりも詳しいんじゃないの?」
「…そうですか。では行ってきます。」
「あ、ちょっと!」
「霞はそこで待っていてください。早めに戻る予定ですから。」
「あちゃ〜こんなところまで。どんだけ整備できてなかったんだか…あ、鋼材追加。35個ね。」
「はいはい。にしたって小さな艦ね。装備や機関に対して随分小柄。簡単な操作が可能になってるし、変態チックね。」
「そりゃあ私と明石が設計したのよ?それに、私なら私の作ったこの子は理解できるでしょ?」
「生憎それは難しいわね。私ってこういうのは専門じゃないし。」
「少し失礼しますよ。」
「あ、提督。」
全員が一瞬手を止め、そして再び作業を再開する。ハンマーで鋼材の加工や溶接機械の使用など、割と大掛かりである。
「つかぬことを聞きますが、明石や夕張はこの艦の意思はわかりますか?」
「はい?何を言ってるか分かりませんが…もしかしてこの艦を艦娘にしたいんですか?」
「いえ…そうではなくてですね…この艦と意思疎通は取れるんですか?ふと気になってしまったので居ても立っても居られず。」
「私はわからないですね。ずっと整備してましたけど。」
「明石に同じく〜。」
「そうですか…邪魔をしてしまい申し訳ありません。」
「え、二人ともわからないの?」
「え、逆にあなたはわかるの?」
「私もわからないのに私はわかるの!?」
「なんて言ってるんですか?」
「その…なんていうのかな。そんな事細かじゃなくて、ぼんやりわかるというか、今どのあたりが悪い…とか、もっと丁寧に扱って欲しい…とか。」
まさかの夕張の二人目がわかっていたらしい。ぼんやりでも、これは随分と興味を惹かれる。何故彼女だけがわかるのだろうか。それにしても例に出した言葉が随分悲しいものだ。
「なんでわかるかはわからないけれど、多分艦娘の装備に触れた時間が長かったからじゃないですかね。ここに乗っている主砲等の武器は艦娘用ですし、機関も艦娘の技術を流用していますから。」
「なら、近いうち艦娘になる可能性が?」
「それはあり得ませんね。絶対。艦娘とはその艦に深く関わった人間や搭乗員の思いによって生まれているというのが定説となっています。それがどこまでの範囲かは分かりませんが、この説が正しいとすればこの艦に込められている思いはあなたのものくらいしかないですから、艦娘となるには全然条件が足りないと思われます。」
「…なるほど。では、意思疎通はできないけれど、ぼんやりとどの程度の思考をしているか程度は理解できるということですかね。」
「ええ。それでいいんじゃないかしら。」
なるほど。この艦は所謂付喪神の様なものに近しい存在となっているのかもしれない。艦娘自体が付喪神そのものと言えるので、それに近い存在となっているというのは、少し面白い。
「あ、提督。意外と早めに終わりそうです!日が落ちるまでには完了しそうですよ!」
「ゆっくりでも構いませんよ。」
「そんなまさか、オクサマとゆっくりしたいでしょう?」
「…とにかく、仕事をしっかりしてくれるのなら何も言いませんから。」
ふと、直りかけの艦の全体をざっと見てみる。明らかに外見が美しくなっており、生気を取り戻しているような力強さを感じた。その瞬間、本当に微弱な電波の様なものを察知した。暖かく、それでいて頼もしい。幾度乗ったかわからない彼女からの最初のコンタクト。安心して、そのまま寄りかかりたくなる様な懐かしさを覚える。おそらく、私が生まれて初めて愛着、引いては本当の恋心を抱いたかもしれない彼女からの言葉の様な何かを受けた。
「提督?どうかしましたか?」
「いえ…しっかり直らなければどうしてやろうかと。」
「そんな!」