30分程度は司令官付き添いの元海に入れたものの、しばらくして波が荒れ始めたので急遽切り上げることになってしまった。加賀の砂の曙は殆ど完成しかけの状態だったにも関わらず無慈悲に波が飲み込んでいったのはかなり縁起が悪いと思った。
「ああ面白かった。完璧なタイミングでしたね。」
「私はあんまり笑えないわよ。だってあれは砂だったから良かったけど本当に曙が海に飲み込まれたら…」
「それはそうですがね。しかし加賀とリアクションの違いですよ。片や絶望に打ちひしがれ、片や自分の以前の姿が流されて大笑いですよ?」
「そうだけど…。」
本人からすれば非常に面白かったのかもしれないけれど、見ている側からすればなかなかショッキングで、妙に精巧に作られていたせいで現実味が強かった。
「それはそれとして、ですよ。腰の方はどうです?」
「おかげさまで随分良くなったわ。ほら、すごい軽いの。」
上半身を手前に倒して掌を床につけて見せる。普段よりは違和感もあれど殆ど回復した。
「ありがとね。」
「元はと言えば私が悪いので…。」
罰が悪そうに俯きながら髪を結び始める。毎日、下手をすれば一日中見ていたかもしれないからかあまり気にしていなかったけれど、結構伸びている。髪を纏めるのも一苦労に見えた。
「髪、切ってあげようか?」
「いいんですか?なら、是非。」
一度結んだ髪を解いて、こちらに背を向ける。切るの自体久しぶりで、今までは随分伸ばし続けていたから座ると床についてしまいそうなほど。散髪用の鋏はないので普段使いの工作用の鋏。これでもそこそこいい仕上がりになるから問題はないと思う。
「どうする?バッサリ切っちゃう?」
「お任せしますよ。どうせすぐ伸びますし。」
やけにあっさりした返事に少し拍子抜けする。しかし、思い切って切るとしても、どれくらいの長さにしようか。髪を結んでいる彼は見慣れているからこその魅力があるし、逆に短髪の彼は新鮮でまた魅力的な存在になるかもしれない。どうしよう。
「んー…。ま、とりあえず切っちゃうわ。」
司令官の首にタオルを巻き、鋏で少しずつ切り落としていく。まあ、少しと言っても長さが長さなので結構な束で落ちてくる。床にそのまま落としているが、後で掃除をすればいい。
「おお、これでも結構軽いんですね。」
「そりゃあそうよ。だってこんなにたくさん切れるくらい蓄えてたんだもの。首とか肩も凝ってたんじゃないの?」
「そうかもしれません。」
軽快な鋏の音が耳に入り、徐々に気分も上がる。髪の長さは最終的には腰より少し上、前髪は程々に、もみあげは頬より少し下程度に。
「どうもありがとうございます。上手ですね。」
「そ、そう?」
「しかしとりあえずは掃き掃除ですよ。こんな量の髪あったって困りますから。怖いですし。」
そう言いながら自分が頭から生やしていた毛をまるで穢らわしいものを扱うように嫌悪感を前面に出しながら箒を取り出す。
「そんなに自分の髪は嫌い?」
「自分だったものですから。別に私が髪の毛が嫌いなわけではありませんし。ただ、邪魔になったものは捨てるに限ります。」
淡々と髪を集めて薄情に言い、それら全てをゴミ袋に突っ込んだ。窓の外から差し込む日が殆どなく、雲によって隠された光はこの部屋に入り込む余地などなく、寒くて湿った空気を誘い込む。
「これ、結構危なそうな塊に見えるわね。」
「青葉あたりが見たら逃げていくんじゃないですか?こういうの嫌っていそうですし。」
「じゃあ、呼んでみる?」
「そうしましょう。」
今日はいい写真がたくさん撮れました!武蔵さんに大和さん、曙さんと加賀さんに荒潮ちゃんと瑞鶴さん。翔鶴さんが実は結構攻めていたのには驚かされました。戦艦の皆さんは流石の体型で目をひかれましたし…。その瞬間、ポンとスピーカーから音が鳴り、霞ちゃんの声が響きます。
『少し用があるから青葉、来なさい。』
正直嫌な予感がバッチリですが、霞ちゃんからの呼び出しを断るなんて出来っこありませんから、念のためカメラをダミーに切り替えて執務室へ行きましょう。
「あらあら〜。青葉さん、なにかやっちゃったの〜?」
「…心当たりはありませんよ?」
「あるのね〜。」
同部屋で小説を読み耽っていた荒潮ちゃんにそう言われ、なんとなく緊張感が増して、足が重いです。しかし、こういう時に限って早く着いてしまうのはなんとなく嫌です。
「重巡洋艦青葉、失礼しまーす。」
ノック3回の後にわざと明るく振る舞っておどけて見せます。なんとなく面倒くさくならないといいなという思いで。
「来ましたか。ええ、あなたに少し朗報…と言えばいいかはわかりませんが、お伝えしておきたいことがあります。」
「?なんでしょう。」
「改二です。」
「はえ?」
「嫌なんですか?」
「あ、そういうわけでは…しかし青葉には改二はないと妖精さんが…」
「こういうのは妖精さんのやる気次第ですから。それと、もし改二になるのであれば、対空や夜戦時に今よりも更に優秀な能力になるらしいですよ。」
なんと魅力的なんでしょうか。結構楽しみです。
「要は済みましたから、もう帰っていただいて構いませんよ。」
「はい!では、青葉、失礼しまーす!」
上機嫌で身を翻して扉の方へ歩こうとしたその時。ゴミ袋にパンパンに詰まった髪の毛。一瞬のうちにさまざまな考えが巡って動けなくなります。
「え…?かみ…え?」
「…どうかしましたか?」
なぜか涼しい顔の司令官と我関せずの霞ちゃんにも別の意味で恐怖を覚えながら袋詰めの髪の毛に深掘りすることもできず、黙って帰宅しかできません。