青葉の反応は取り立てておかしいわけではなかった。こういう面倒そうなものには首を突っ込みたくないのかさっさと帰ってしまった。それに、特に司令官の髪にも言及することはなかった。
「面白くないですね。もっといいものが観れると思ったのですが。」
「仕方ないわね。そういうものよ。」
不満そうに手元の書類をまとめる中に、確かに改装設計図があり、しっかりと青葉の名前が記されていた。青葉本人の発言からもわかるように青葉は基本改二になることはないのだろう。
「青葉の改装、本当なの?」
「ええ、本当です。」
「大本営から渡されたの?」
すると彼はどういう感情かわからない顔で答えた。
「いえ…妖精さんが見つけたものをもらっただけです。どうやら、この鎮守府に所属していた方が残していたらしいです。きっと軍曹殿の前任者でしょう。」
あの人の前任とはかなり大昔の話になる。現在軍曹として働いている時点でも相当な年であることは想像に難くない。それよりも前となれば、下手をすればもうなくなっている可能性がある。
「よく残ってたわね。」
「本当ですよ。大本営すら把握ができていないものですから。」
「…でもなんで青葉は大規模改装ができないのかしら。」
「さあ、謎です。ここに着任できたのを喜んで欲しいものですね。」
「で?必要な資材はなんなの?」
階層設計図だけがあっても、その他にも必要な資源や資材がある。それを無視できるほどの蓄えはないし、それらを取り寄せられる戦果も挙げられていない。
「えーと…鋼材弾薬ともに640ずつ。戦闘詳報一枚、この改装設計図、新型兵装資材…これ以上の字は読めませんね。随分要求資材が多いです。」
「そうなの?」
「同型艦の衣笠は必要な資材はありませんからね。相対的に多く感じます。」
「とりあえず、改二にできるなんて言ったからには、ちゃんとやってあげなきゃダメよ。」
「軍曹殿にこの設計図を渡してどうにかしてもらいますか。」
そう言いながら古紙をそこらの引き出しから取り出した封筒に入れ、適当に閉じる。あまりこういうことをしたくない主義なのはわかるけれど、もう少しだけ力を入れてあげてもいいんじゃないかと思う。
「じゃあこれを早速大本営宛にお送り付けてやりましょう。」
「私が持って行くわ。ついでにこれも捨ててくる。」
髪の毛がたっぷり詰め込まれたゴミ袋を持ち上げ、封筒を受け取って司令室を後にする。天候はまた少し悪くなった様で、嫌な雰囲気がある。今夜は雨が降るのかもしれない。
「ねえ、あたしいい加減続き読みたいの。手、話してくれる?」
「…」
「加賀ー?早く、怒るわよ?」
「嫌です…」
あの砂の像が壊れてからずっとこうだ。いつまでもぐずぐずしてあたしに抱きついて離さない。いい加減にして欲しいのが正直なところ。
「別にあたしは沈まないしさ、あんたも沈まないし、なんでそんなずっと根に持ってんのよ。」
「曙がもし沈んだらと思うとこうせずにはいられないです。絶対もう海に出しませんからね。」
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ。絶対出るからね。」
するとまた眼力で訴えてきて、腕の力が増す。自分がどれだけの力を持っているのかを少しは自覚して欲しい。
「いい加減嫌いになるわよ。」
「はい。」
一瞬で顔色が戻り、何事もなかったかの様な無表情になってこちらを見つめる。もしかしてずっと演技だったのではないか?
「あんたね…はあ。いい度胸してんじゃない。」
「…本気で悲しかったのは事実ですから。」
「そういうことじゃないから。」
そして、解放されたので栞を挟んでおいた小説に手を伸ばし、続きを読む。最近結構これが面白くて、コツコツ読み進めるのが日課になっている。なかなか多いからこそ、細かく分けてその内容についてを短く、そして素早く振り返ることができるのが楽しくてしょうがない。
「…」
そして、こうして夢中になって読んでいると加賀からと思われる視線が強く感じる様になる。悪い気はしないし、むしろあたしをしっかり愛してくれているというのは伝わる。しかし、それも度が過ぎれば嬉しくない。帰ってうざったく感じてしまう。でも、逆にこういう視線がない時は、きっと加賀の方に注意が向いて、小説に集中を注ぐことはできなくなると思う…」
「勝手にナレーションつけないでもらっていい?」
「バレましたか。」
こういうしょーもないことをする癖をどうにかして欲しいというのが伝わらないものか。いや、きっと本人もわかっているはずなんだけど、実行に移さない。なぜならそれをすればあたしが構う様になるから。
「曙。」
「あーもう!何よ!」
「このお香を焚いてもいいですか?」
「それくらい好きにしなさ…やっぱり待って!」
「そうですか。まあ、実はもう焚いているんですけど。」
むわっと脳が蕩けるような甘い香りが広がり、視界が明滅する。意識もぼーっとしてきて、全身が熱い。冷房を効かせているはずなのに、頭の熱や心臓の鼓動が激しくなっていき、思考力が落ちる。
「いつまでもこれに頼ってんじゃないわよ…。」
「しかし、これに弱いのもまた事実ですよね。」
抱き上げられる時の温もりと柔らかさが襲ってくる。抵抗も無駄だとわかっているので、全身を脱力させる。また長く時間を浪費しそうだ。