「私宛に出張だと?」
「ええ。しっかり、あなたへ向けてのものですよ。」
そう言われて差し出された書類には確かに私の名が記されている。まだここに着任してそう時間も経っていない私を認知…更には出張という名目で他の鎮守府に送るというのは、少々疑ってしまう。
「大本営に行って貰えばいいですから。変なこともされないでしょう。」
「…そうか。だが、まあいいだろう。ビッグ7、そして、連合艦隊旗艦の栄光に恥じない活躍を約束しよう。」
「ええ。期待していますよ。」
というやりとりを経て、今私は海の上にいる。護送車を出されるかと思っていたが、海の上を渡って欲しいらしく、途中まで行けば案内の艦娘もいるらしいが…しかし面倒なのには変わりない。
「本土は賑わっているのか…」
昔…私が戦艦長門として旧日本で奮闘していた頃からは考えられないほどに成長したこの国を見ると、少し複雑なものがある。私はアメリカに引き渡され、あの大きな光に包まれて沈んだ。最後は国を守るのではなく、ただ無意味に彼女と爆発を受けたにすぎない。
「ふむ…今度沈むなら、せめて戦場だな。」
しかし、それほど落ち込んでいてもどうにもならない。今は任務に集中せねばいけない。案内がいるのはどこだ…?羅針盤の妖精はここを指しているが…
「イ…イ…?」
不快な声に耳が痛くなる。電探に映るは駆逐イ級。それも、多少群れをなしている。どうやら長く敵と相対していなかったせいで随分警戒が薄れてしまったらしい。少し奥の方には軽巡ホ級が鎮座しており、こちらをまっすぐ見つめている。
「…これ以上は先には行かせられないな。今ならまだ、逃してやろう。」
もちろん、逃すことなど本来はあり得ない。見つけたら真っ先に攻撃し、沈めるのが正解だ。しかし実践経験のない私に、一艦隊を一人で相手取るのは少々手こずるかもしれない。それに、私の背の奥には美しい人間の街がある。これを守らずして、何が艦娘か。戦艦長門の名を冠するものとして、あってはならない。敵前逃亡だけは、許されない。だから奴らを退かせるのだ。
「イ!」
ホ級の指示を受け、こちらに走るイ級からは知性を感じない。突撃し、多少傷をつけられれば良い程度の指示か、されともただのされに来たのか。どちらにせよ、イ級一隻程度なら、砲を使うまでもない。
「フッ!」
やつの向かってくる勢いに乗じて握り拳を突き出す。衝突した瞬間、相手の装甲が割れ、剥がれ落ちる。肉が見えたところに更に追撃で拳を叩き込むと、何も言わなくなり、浮力を失った。
「…さあ。どんどん来い。この長門が貴様らの相手をしてやろう。」
直後、他のイ級が二隻ずつに二手に分かれ、挟み撃ちしようとする。ホ級は正面から砲を剥き出しにしている。なるほど。私がこの状況を対処するにはホ級を倒した後、イ級を一隻ずつ、もしくは片方を潰す必要がある。そうなれば、どちらか片方は残る…と。よく考えているんじゃないか?深海にしては。
「甘いな。」
主砲を片側ずつイ級共に合わせ、打ち込む。ちょうど四基あるのだ。一隻に集中して放つ必要はない。
「てぇ!」
突進してくるホ級を受け止め、主砲を折り曲げる。イ級共の僅かな硬直の隙に主砲を放ち、三隻は沈めた。残り一隻は…後だ。まずは目の前のホ級を潰さねば。
「悪いな。私の勝ちかもしれん。」
言葉が理解できるとは思っていない。だが、挑発には必ず乗る。更に速度が上がる。
「そうか。そうだな。お前たちはそれしか考えられないからな。」
所詮軽巡の馬力と、長門型の馬力では雲泥の差がある。こちらも速度を調整すれば、向こうの全力を余力を持って受け止められる。だが、自分が止まっていることすらわからない程度の知能では、ただただずっと向かってくるだけである。
「会うことはないだろうが…だが、いい根性をしている。ではな。」
装填中の左上側の砲塔で殴りつけ、破壊する。残ったイ級は力なく進んでくる。しかし、闘志は尽きないらしい。
「こうなれば…最後は敬意を表し、全門斉射で迎え打とう。」
全ての装填を済ませ、落ち着いて照準を合わせる。もともと遅かったが、今は更に遅く感じる。一門ずつ固定し、そして、放つ。盛大な飛沫を上げ、イ級は目の前から消え去った。
「…なるほど。あの頃より良い体だ。」
今までの演習は無駄ではなかったことがわかり、私の力が深海棲艦にも通用するとわかった時点で十分な成果と言える。
「ん?なんだ?」
ぽこぽこと気泡が浮き出て、何かの影が浮かんでくる。一体誰だ?まさか深海棲艦か?急いで装填を…
「あ…えっと…どこ…海?」
艦娘だと?敵…ではないだろうが、しかしどうして海から、しかも奴らの残骸が沈み切ってからなど…うむ。全くわからないな。
「あ、え、えっと…軽巡洋艦、神通、です。よろしくお願いします…?」
ふむ。神通か。現状に混乱しているようだが、自分が何者かはわかるらしい。
「私は長門。戦艦長門だ。よろしく頼む。」
「ええと…はい。よろしくお願いします。」
「もー!長門さーん!どこで油を売っているんですか!」
大声で呼ばれる。きっと私が出張するきっかけになった主だろう。神通が興味あり気にそちらを向くと、一瞬だけ目を輝かせた。声の方を見ると、頭に髪を巻き、やけに派手な軽巡洋艦が向かってきていた。
「約束の時間に遅れるなんていけないんですよー!」
「いやすまない。深海棲艦を沈めていたら遅れてしまった。」
正面で怒りを露わにする軽巡は我に帰ったように呼吸を整え、改めてこちらを見た。
「えーと…改めまして!川内型軽巡洋艦三番艦!那珂ちゃんです!よっろしくぅ!」
「あ、ああ。よろしく頼む。」
「や、やっぱり那珂ちゃんですか…?」
「んん?長門さん、もしかして一人じゃないんですか?」
「そうだな…先ほど深海棲艦を沈めた後に浮かんできたんだ。那珂の姉だろう?」
「わーっ!こんな偶然あるんですね!」
私から目を離し、神通と握手…握手か?両手を掴み、激しく上下させているが…まあいい。
「ところで…私は何をすれば良いんだ?」
「あ!こちらへどうぞ!大本営に行っちゃいましょう!」
実に長かった。まさか日を跨ぐとは思わなかったな。伊勢と金剛は上手くやれているだろうか。ああ、早く帰らねば。電探の反応は今のところはない。行きのような深海棲艦との戦闘もおそらくはないだろう。暁の水平線は次第に眩い朝日へと姿を変えて行く。あの日とは違い、包まれても暖かい光だ。結局、神通は大本営に預けてしまった。今後は向こうで面倒を見てくれるらしい。
「巡洋艦が少なすぎるのにな…」
それに、神通はなかなか筋がある。磨けばどこまでも伸びて行くだろう。まあしかし、なんだ。少し疲れた。なんせ帰りも海上を行くのだ。多少休んだ程度で治るほどの疲労ではない。しかし、久々に酒匂と話せたのだ。良い時間ではあった。共同で任務をしてやって欲しいなら、もっと最初から…手紙の時点でそう言えばよかったのだ。
「あそこまで意気揚々とされるのも、少し考えものだな。」
最新鋭軽巡は伊達ではなかったが、「ぴゃあ」とはなんだったのか。本人に聞いても自覚していなかったので、永遠にわからないだろう。