怯えること数分。ようやく司令官から状況を説明された。
「な…な…最初っから言いなさいな!」
「妖精さんはしっかり説明してくれましたよ?それを騒いで聞いていなかったのは、あなたたち二人なのでは?」
「それは…そう…だけど…」
反論することができずに司令官の腕の中に収まる。怖くて震えていたのが少し軽減されて、ちゃんと湯船に浸かれるようになった。加賀もしっかり曙にお説教されている。内容は、まあ曙がいながら他の女、しかもキコンシャに抱きつくとは何事か、と言っていて、もしかしたら羨ましかったのかもしれない。
「今度こそしっかり上を見てください。ほら、綺麗な月ですよ。天井がないのでよく見えます。」
「そうね…ほんとに、綺麗だわ。」
煌々と輝き続ける少し欠けた月を見ていると何か口寂しい。口元を手で何度か触ると、司令官が私の異変に気付いた。
「…なにか?」
「なんか口が寂しいっていうか…」
「やはり酒ですか。」
「お酒はダメ。」
「っだー!もう!加賀、さっさと上がるわよ!のぼせる!」
と、眠そうな加賀を引きずって曙が出ていった。
「さっきまであんなに怯えていたのに、怖くないと分かれば随分胆力があるんですねぇ。」
「そ、そうね。」
月が雲に隠れたのか光が弱くなり、ぼんやりと空に浮いている。
「私たちもそろそろ上がりましょう。」
「うん。」
湯冷めとは程遠い気温で、のぼせているわけではないけれど随分と熱く感じる。
「そういえば…あの天井、ちゃんと閉まるんですよね?」
【はい!しっかりテストはしているので大丈夫です!】
そして、私たちが風呂場から出ていくときに、またキリキリと音がなった。これさえなければすごくいいと思うのに…。
「ほら、もう寝るわよ。」
「わかってます。」
「ならさっさと手ぇ離せって言ってんの!」
「別にこのまま寝てもいいじゃないですか。」
「あんた変なことすんでしょうが。」
寝ぼけた加賀は本当に心臓に悪い。あたしを追い詰めることができるようになるくらいには強くなっているのに、覇気がないのは変わらない。戦闘や演習中ならともかく、こういう時はびっくりするほどだらしがない。瑞鶴もびっくりなくらいに甘えてくる。正直恥ずかしいからどうにかして欲しい。
「曙、何か失礼なことを考えていませんか?」
「そう思うなら日頃の態度を改めることね。」
そう言うと私から離れて、こちらを凝視してくる。物欲しそうな目で訴えかけ、こちらが折れるのを待つような目。
「そんな目してもダメなもんはダメよ。第一、あんなんで怖がるとか笑えてくるわ。」
「…そうですか。」
加賀の雰囲気が一変し、とてつもない殺気を剥き出しにしてくる。肌がひりつくこの感じ。胸の奥の方からゾクゾク湧き上がるなにか。空母のはずが夜戦であろうとこちらを沈める気概の感じられるそれに気押されるように後退り、距離を取る。
「突然どうしたのよ…今から寝るって言ってんのに…。」
「いえ…本物の恐怖というものを、肌で感じてもらおうかと。」
本能がこれ以上はまずいと警鐘を鳴らす。ただ、それ以上に愉しめそうな予感でいっぱい。
「…いつやるのよ。」
「もちろん。今からでしょう。」
「よし決まり!あんた、さっさと艤装持って来なさい。本物の夜戦ってやつを教えてあげる。」
「もちろん。鎧袖一触です。」
「…お二人とも〜?」
「あ?」
「…だれかしら。」
「お隣の〜荒潮です〜。」
「それが何よ!」
「もう少し〜静かにしてもらえないですか〜?」
「…あ、ごめん。」
「それに〜。夜戦なら加賀さんが大敗しちゃうんじゃないですか〜?」
「…」
「わかったなら〜もう寝てくださいね〜?」
やけに静かに扉を閉じ、一瞬で静寂に包まれる。そこからはお互い何も話さず、いそいそと布団を敷いて眠った。よもや自分たちよりも圧倒的に低練度の荒潮に恐怖心を植え付けられてしまったということは、自覚するのも憚られた。