心地良さそうな寝息を立てる霞の髪を解き、ソファに寝かせる。古いものなので反発は弱いが、膝に座り続けているよりはいいだろう。毛布を被せ、頭を撫でる。途中から見ていなかったが、相当な演習になっていたのは想像に難くない。
「どうも!あきつ丸であります!風紀調査を行いに参りました!」
ドアを強く開き、耳に響く声で喋られる。彼女は陸軍所属の揚陸艦、あきつ丸。自分の知っているあきつ丸は艦娘とは一歩引いていた記憶がある。が、このあきつ丸は随分アクティブなようだ。
「…どうも。随分お早いんですね。」
「はい!予測されない時間帯が一番内情がわかります故!」
「好きなだけ見ていって構いませんから、どうかお静かに。所属する子達全員死ぬほど疲れていますから。」
身体を揺らし、不機嫌そうな唸り声を上げつつもう一度穏やかな眠りにつく霞が一番わかりやすい例になるだろう。顎に手を置き、ふむと頷いた後にバインダーを取り出し、何かをメモしだした。
「なるほどであります。あの霞がここまで絆されるとは。」
「絆されるって…」
「大本営でもちょっとした噂でありますよ。呉にいた提督が霞を洗脳したんじゃないか、と。軍曹殿は否定しておられますが。」
あらぬ疑いもここまできてしまうとは思わない。多少違えど霞は霞なのだ。少しカチンと来たがここで何を言おうと疑いが晴れるはずもない。
「で、他の艦娘はどこでありますか?」
「皆さん入渠中ですよ。ドックの場所はわかりますか?」
「いいえ。案内をお願いしたいであります。」
「わかりました。」
腰は重いが行くしかない。しかし、風呂事情を聞き出されると少しまずい。言い逃れはできないだろうが、そこに関しては瑞鶴や青葉が口を滑らせないことを祈る他ない。私がソファから降りると霞が起き、手を握ってきた。
「どこいくの…?」
「ドックに顔を出しに行くだけですよ。眠っていても大丈夫です。」
「…そう。」
そして、もう一度頭を下ろし、眠った。
「ほう…そうやって誑かしたと。確かに、提督殿の容姿なら容易いことでありますな。」
「茶化さないでくださいよ。さぁ、早く終わらせましょう。」
「あたし一人だけなんもしてないじゃないの〜。どうすんのよ加賀〜。」
「何もしていないわけでは…あなたが翔鶴の艦載機の攻撃で倒れたから武蔵と大和を倒せたわけですから。」
「そんなの案山子みたいなものじゃない。」
ぶー垂れる曙を宥めていると、荒潮が微笑しつつ波を立てずに近づいてくる。
「大丈夫よ曙ちゃん。私と青葉さんなんて、殆ど囮みたいなことしかしていなかったもの。それも失敗しちゃったしぃ…力及ばずに負けるのと、警戒された上で負けるのは少し違うと思わない?」
「ふーん…あんたいいこと言うじゃない。」
「あらあら、嬉しいわね〜。」
多少は機嫌が治ったらしい。ありがたい。
「ところで荒潮…あなた、そろそろ改二も間近では?」
「じつは〜もう、改二になれちゃうんです〜。」
「え?本当に?やったじゃない。」
積極的に演習に参加していたとは思っていたが、いつのまにかそこまで成長していたようで、なんとも感慨深い。他の静かな子たちはみんな眠ってしまっている。どこまで練度が上がったかは今は聞かないけれど、きっと荒潮と同じくらいか、それ以上と思われる。特に武蔵や青葉は高い方だろう。
「風紀調査に来たあきつ丸であります!聞き込みは可能でありますか?」
「できるなら静かにしてちょうだい。皆さん疲れていますから。それに、一体どうしてここにいるのかの説明が足りないわ。」
「失敬。このところ鎮守府の風紀が乱れているとのことで、抜き打ちで風紀調査を行なっている次第であります。ところで、その指輪は?」
「何って、ケッコンカッコカリの指輪です。曙の手にも…ほら。」
「んー?そんな、自慢するもんでもないって。」
頬を赤らめながら、それでも抵抗しないあたり本心は嬉しいのだろう。
「ふむふむ。なるほど?」
紙にに書き込もうとしたのだろうが、おそらく湿気の影響で上手く書けないのだろう。明らかに苛立っている。
「…では荒潮殿。何かありますかな?」
「いいえ〜。特にはありませんよ〜。」
実際ないことはない。風呂に入る時は毎日提督と入っている。ただそれを言わないのは外部の方には異常な光景となることがわかっているからだろう。
「なるほどであります。ご協力、感謝であります。」
そして、浴槽をぐるりと一周見まわし、一言。
「皆様お疲れだとはお聞きしましたが、本当のようでありますな。何事もほどほどが一番であります。」
「余計なお世話ね。お仕事が終わったなら帰っていただけますか?」
「ああ、失礼。では。」
「特に何もないであります。」
「そりゃあそうですよ。査定が終わったなら帰ってくださいね。」
「もちろんなのでありますが…霞についてはしっかり調査する必要ありと判断したであります。」
「一応聞きますが何故ですか?」
すると、当然だろうとでも言いたい顔で睨まれ、身を翻して去ってしまった。
「仕事熱心なのも困りものです。」
「何か?」
「いえ、別に何も。」
最近整備した応接室にずかずか入り込み、霞が起きるまで待機するらしかった。正直さっさと帰って欲しいが、変に送り返そうとすれば更に疑われるのでどうにもできない。