「…寝れない。」
昼間、寝過ぎたのかもしれない。隣で静かに寝息を立てる彼は、はるか昔に眠ってしまっている。もしかしたら時間感覚がおかしくなり、数分前のことも数時間経っているように錯覚してしまっているのかもしれない。それと、そこそこ起きているから喉が渇く。起こすのは悪いし、廊下は小さいけれど灯りがついているから、怖くはないだろうと言うことで水道まで行く。柔らかいスリッパを履いているから足音もそれほど立たないし、静かな鎮守府は、不思議と心躍る。これが昼だとなんだかすごく不気味に見えるのに、夜なら好奇心が湧く。対して歩かなくても水道があり、簡単にアクセスできる。
「…霞じゃないデスカ。こんな夜中に一人でどうかシタンデスカ?」
「ちょっと喉が渇いたの。それに、なんだか眠れなくて。」
金剛が、いつもよりもずっと小さな声で聞いてくる。そう言うイメージがないから新鮮で結構面白い。
「霞もデスカ。実は私も寝れないンデスヨネェ。」
「疲れてたものね。ドックで寝るなんて思ってもなかったけど。」
金剛が眠れないと言うことは、大半は今起きているのではないだろうか。今日くらい、彼と離れて寝てみるのも新しい試みとしてはいいかもしれない。
「じゃあね。」
「エエ。おやすみナサイ。」
どこに行こう。大和と武蔵は多分まだ寝ているだろうし、加賀と曙は今は少し気まずいことをしているかもしれない。姉さんは…多分もう寝てる。扶桑たちのところは騒がしくなりそうだから却下…伊勢と長門は多分金剛と一緒にいたと思う。寝不足の原因だったけれど、そもそも眠気がなければ気にすることもない。
「じゃああそこかしら。」
私が行っても多分歓迎してもらえて、かつ話しやすい子たち。瑞鶴と翔鶴。行ってみよう。楽しいことになるかもしれない。そうでなくても、ちょっと違うことをしてみたい。
「ねえ、瑞鶴。起きてるかしら。」
扉を三回叩いて、返事を待つ。「はぁい」と軽い返事が返ってきて、扉が開かれる。予想通り瑞鶴が出てくるも、髪を下ろしていて、まるで別人のような雰囲気だった。
「あ、霞。どうしたのこんな時間に。」
「えっと…眠れないから来たんだけど…迷惑だった?」
「や、そんなことないよ。どうぞ上がってってよ。」
やっぱり瑞鶴は優しい。司令官とは違った優しさ。
「あら、霞。ゆっくりしていってね。といっても、私はもうすぐ寝ちゃうけれど。」
翔鶴が大きなクッションを抱え、布団を被ろうとしている。瑞鶴の布団にはそういったものは見られないから、どこかのタイミングで翔鶴が仕入れたものだろう。
「んー…私もそろそろ寝ようかと思ってたんだよねぇ。霞はどうする?部屋に戻る?それとも、今日はここで寝る?」
どうしようか。ここで寝れば、まず間違いなく彼に心配されてしまう。でも、こういうのはまたとないチャンスだと思うから、是非とも受けたい。
「ここで寝ていい?」
「おっけー。じゃあ、私の布団でいいかな。あ、枕、持ってきてね。」
意外とあっさり了承され、少しワクワクする。ちょっとだけ体温が上がったような気がしたけれど、多分気のせい。少し急足で部屋に戻り、音を立てないように、彼を起こさないように枕を取る。それと、瑞鶴の部屋に行くと書置きを残して。
「やー。珍しいねえ。霞と一緒に寝るなんて機会ないからさ。」
「私も、考えたことなかったわ。」
翔鶴は瑞鶴よりも先に眠ってしまっていて、瑞鶴は私が来るまで布団に座って待っていたらしい。
「んー。やっぱり霞はいいね。提督さん、独り占めばっかりでずるいや。」
「ん…だって…その…夫婦…だし…」
「お!いい!今のいい?もっかい言える?」
「い、言わない!」
小声でも怒気が籠る。あんなに小っ恥ずかしいこと、そう何度も口に出せるわけない。なんだか頬も熱くなってきちゃったし、どうしよう。
「まあまあ冗談はこれくらいにして、さ。霞、提督さん取られちゃわないようにね?」
「…え?」
「あれ、気づいてなかったの?この鎮守府の中、提督さんを狙ってる子は一応いるよ?」
初めて知った。そりゃあかっこいいし気配りはできるし優しいし…たまに少し変な時もあるけど基本的にはモテる要素を持った人だとは思っていたけれど、やっぱり事実を知ると傷つく。
「…それって、誰?」
「…いや。私からは言えない。少なくとも私は違うよ。」
少し含みのある言い方が気になったけれど、仕方がない。この話題は置いておこう。
「ねえ霞。」
「何?」
「抱きしめていいかな。」
「いいけど…変なことしないでよ?」
「どうもどうも。助かるよ。」
両腕でしっかり固定され、身動きは取れない。部屋は暗くて、会話も途切れてしまった。というか、初めて抱かれるはずなのになんとなく懐かしい感じがするのはどういうことだろう。
「あったか〜。霞はどう?抱きしめられるの、好き?」
「嫌いじゃないけど…」
「可愛いねえ。」
彼に抱きしめられた時と似たような、硬すぎず柔らかすぎず、強すぎるわけではない感触。胸元が他の子と違ってそれほど主張が激しくないから?触ってみると程よく柔らかそうな手触りはあるけれど、それでもこの前の加賀には遠く及ばない。
「…なんで胸触ってんの?」
「なんか…落ち着くっていうか…」
「お?そうだよねえ。やっぱり大きさじゃないんだよ。」
「司令官みたいっていうか…」
「お?煽ってる?」
瑞鶴の地雷は胸の話か。でも、別に貶そうっていうわけじゃない。私はこういう感じの方が好き。それに、髪を下ろしているからいつもとは違う雰囲気なのも関係しているかもしれない。