まだ顔が熱い。伊勢も金剛もあんまり興味津々に聞いてくるから、答えざるを得なかった。早く気を取り直して司令官のところに行って…それから瑞鶴のところに行こう。でも、それより先に顔も一度洗って一呼吸置きたい。
「霞ちゃん。これ、どうかしら。似合ってる?」
突然後ろから姉さんの声がして、言葉の意味を考えながら振り返る。
「どうかしら~。」
概ね予想通り、いつもと服が違う。私みたいなジャンパースカートでフリルが装飾されている。
「もしかして…」
「ええ。大規模改装しちゃったわ~。」
服装はあまり私と変わらないけれど、雰囲気は以前とは全く違う。
「似合ってる…けどいつの間に?」
「うふふ。秘密よぉ?」
いつも通り笑っているだけなのに、それもどこか妖しい。それに、大規模改装に必要な資材はちゃんとあったのだろうか。少し特殊なものがいるんじゃ…
「荒潮。その恰好はどうしたんですか?うちに改装設計図なんてありましたか?」
「あらあら…」
「少しお話してもらいますよ。」
姉さんが首根っこをつかまれて引きずられていく。随分あっさり彼に出会ってしまい、拍子抜けする。それに、結構怒っていたからよっぽどだったんだろう。とりあえず顔を洗って弓道場へ行く。瑞鶴の姿はなく、翔鶴と加賀、ついでに曙がそれを静かに眺めていた。
「瑞鶴…じゃないわね。今日はどうして来たの?」
曙がそっと耳打ちしてくる。
「いや…瑞鶴に来てほしいって言われて…」
「そうなの?まあいいわ。とりあえず座っときなさい。」
そう言って、座布団を適当に敷かれる。弓を射る瞬間は、ピンと張り詰めた空気が漂い、息苦しくなる。けれど、放たれた後はそれが嘘のように空気の流れが軽やかになり、二人も息を吐く。
「…霞もどうですか?曙は嫌がってしまうので…」
「そう?なら、一回だけ…」
「ごめんなさーい!遅れちゃった!」
どたどたと騒がしく瑞鶴が飛び込んできて、加賀の表情が曇り始める。翔鶴はため息を吐いて、頬に手を当てている。
「遅かったわね。なんかあったの?」
「えっと…荒潮が提督さんに怒られてて…見てたら私も捕まっちゃった。」
「あなたは…まあいいです。瑞鶴、遅れた分、しっかりと練習しなさい。」
「もう、髪が乱れてるわよ。結び直してあげるからそこに座って。」
瑞鶴は、みんなに愛されているのかもしれない。加賀も、舞鶴のところにいた瑞鶴と今ここにいる瑞鶴とでは態度がまるで違う。翔鶴も、なんだかんだで世話をしてあげる。曙はそれを優しい眼差しで見つめているし、私自身も瑞鶴に心を許している。そして、瑞鶴もそれに応えるようにみんなに接する。だから好かれるのかもしれない。姉さんも特別懐いているように見えるし。
「よし!私もやっちゃうよ!」
気合いを入れ、矢を番え、一呼吸置き、弓を弾き始める。弦を弾く毎に身体が反って、演習でも見た姿勢になる。腕を見ると血管が浮き、限界に近そうで、それでも顔は平静を保ち、落ち着いている。的を一点に見つめ、放った。ど真ん中を打ち抜き、矢は衝撃で少しだけ揺れている。
「んー…」
けれど、本人は納得のいかない様子で、肩を回している。
「霞、やりますか?」
「あ、ええ。やり方、教えてくれる?」
「もちろんです。」
服装は変えなくても良いと言われ、胸当てを付ける。まず立ち方を教えてもらい、的の直線上に立ち、足を開く。やはり結構な距離があり、ぱっと見では届きそうもない。小さな弓を渡され、矢も相応に小さい。けれど、それが私にはちょうどいい。矢を番え、加賀に誘導されながら弾く。弓が変形していき、ギ…と音が鳴る。弦は硬く、腕が少し痛い。
「どうぞ、手を離してください。」
言われた通りに離す。ひゅっと風を切って飛んでいく矢は的の手前辺りで落ち、なんとも言えない結果に終わった。
「失敗ね。」
「最初のうちから成功はできませんから。ただ、筋はいいですよ。」
弓が小さいと、弾ける限界もその分少なくなる。当然飛距離は落ち、威力も下がる。それに、加賀が手を離した瞬間に照準がズレて、訳がわからなくなった。
「どう?霞。」
「あんまりわかんないけど…少し、面白いかも。」
「はー…案外やるもんねえ。」
曙に背中を叩かれながら手の痺れを感じる。達成感のような、疲労感のような、不思議な感覚。
「すごかったわね。」
翔鶴が私のことを持ち上げ、後ろに下がる。瑞鶴よりも存在感のある膨らみが頭に押しつけられる。抵抗してもいいけれど、結果はあまり変わらないのでしばらくはこのまま運ばれよう。
「霞はいますか?」
「あ、司令官。」
弓道場に何故来たのかはわからない。それに、特別焦っているとか、緊急性の高そうな用事にも見えない。一体どうしたんだろうか。
「いえ。ただ、どこにいるかが気になっただけです。ええ。では。」
翔鶴に抱えられた私を見てから、そう言って出ていってしまった。とりあえず追いかけてみよう。
「あ、もう行くの?」
「ええ。司令官のところに。」
「まだ昼だからね。」
「わかってるわよ。」
曙からいらない一言を加えられた。別に変なことをするわけではない。それに、姉さんがどうなったかも知りたい。