「司令官、いる?」
扉を三回ノックし、中を除く。書類を整理し、ため息を吐いた司令官がいた。一瞬私の方を見て、再び視線を書類に移す。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「ええ。結構ね。ところで、何してるの?手伝った方がいい?」
「いえ。大丈夫ですよ。ご心配なく。」
けれど、そう言いつつ椅子から降りて、私に腕を広げて近づく。私も拒否せず、同じように腕を広げて、受け入れの体制を作る。お昼より少し前くらいの時間にようやく二人の時間が取れた。少し熱くなり、お互いがゆっくりと離れる。
「疲れちゃった?」
「ええ。少し。」
そう言って、また執務机に座った。それでも大分終わりかけにみえて、最終確認のように一枚一枚しっかり吟味している。
「どうです?大本営にでも行ってみますか?」
「なんで?」
「長門のことでお礼をと思いまして。」
「姉さんのことじゃないの?」
封筒に書類を詰め、軍服を腕に掛ける。どうやら本当に大本営に行く気らしい。召集でもかけられたのだろうか。それに、私が一緒に大本営に行くのも久しぶりだから、少し嬉しい。
「どうします?行きますか?」
「うん。行くわ。」
送迎用の車はないから、きっと電車か、新幹線で行くか。それともあの戦艦で行くのか。何にせよ、電報の一つは入れておかないといけない。何もなしで行くのは迷惑になる。
電車に乗って、大本営まで行く。他の乗客からは珍しいものを見る目で全方位から視線を感じる。今の時代、艦娘とはそう珍しいものでもない。それに、あまり注目されるのに慣れていないのもあるから、そういうものに余計に敏感になるのかもしれない。。昼時でも人でごった返す車内に段々と熱が籠っていく。しばらくしてから司令官が立ち上がり、吊り革に手を伸ばした。私も真似しようと立ち上がったが、残念ながら背が足りなかった。
(ねぇ、届かない)
(無理して立つものでもありませんが…私にしがみついておきます?)
「そっ…」(そんなことしないわよ!)
小声で会話し、結局は扉の近くにある鉄棒に捕まることにした。なかなかの揺れだけど、艤装で海に立つときに比べればそれほどでもない。人が増えて狭くはあるけれど、司令官が近くにいるのであまり怖くはない。
数分経ち、駅から出る。やっと開放的な空気を肺に取り入れ、ゆっくり歩き出す。手を繋いでくれないのが少し悲しい。そして、あっという間に大本営に到着した。距離があるわけでもないし、なんなら駅からも見える位置にある。時間がかかるほうがおかしい。
「どうも。連絡を入れていた…」
受付の方に説明している間、少し離れて欲しいと言われた。きっと自分の本名でも聞かれたんだろう。他人であればあるほど、抵抗はないのかもしれない。そんなに名前がコンプレックスなのは、やっぱり変だ。それに、私も彼の名前は知らないわけではない。
「霞、おいで。」
「うん。」
廊下を進めば、人間や艦娘がかなりの数いるそして、刺さるような視線も感じ、複雑な気持ちになる。今日は司令官も義手をしているから、そうそうおかしな格好はしていないはずなのに。案内は以前と違い、電がしてくれた。
「今日は、少し見せたいものがあるのです。提督さんが…うふふ。」
無邪気で不適な笑みを浮かべる電に少し恐怖を覚えつつも案内された部屋に着く。
「失礼するのです。」
「入りたまえ。」
電への返答の声が、なんだかハリがあるというか、元気というか、違和感があった。扉が開かれ、声の主…軍曹の姿が見えるはずだった。しかし、そこにいるのはあの、顔に皺が刻まれた風格のある老人ではなく、司令官より一回り年上の柔らかい雰囲気の男性が立っていた。
「やあ、驚かせてすまない。」
「…どなたで?」
電が、軍曹に何かを施したであろうことは明白なものの、それは具体的には何かはわからず、困惑というか、呆気に取られる。
「わからんかね。まあ、それも無理はない。ええと…まず、わたしは君のよく知る軍曹だ。しかし、なぜか若返ってしまっていた。」
「見ればわかりますよそれくらいは。一体なぜ若返ってしまったんですか?」
「電が説明するのです!」
いきなり元気になった電がハキハキと喋り出す。それを私たちはただ黙って聞いていた。
まず、電は考えたのです。私と提督さんは、寿命が全く異なるのです。私は、少しでも長く提督さんと一緒にいたくて、明石さんにお願いしたのです。
「どうか提督さんの寿命を伸ばすことはできませんか」
と。そしたら、明石さんが
「そんなの簡単ですよ〜」
と二つ返事で了承してくれたのです。早速お願いして、1週間くらい待ってから、持ってこられたお薬を提督さんのお茶に混ぜたのです。そしたら、提督さんが若返ってしまったのです!
胸を張りながら、そう言われた。頭が混乱する。明石は人を若返らせる薬を製造することができるという事実と、電の異常性を垣間見た。どちらも形容し難い恐ろしさを感じて、身震いする。
「な?驚きだろう?多分、三十歳くらいは若返っているはずだ。体の節々の痛みもない。」
「ええ。提督さんが鎮守府から大本営でお仕事を始めたあたりなので、それくらいなのです!」
もう、開いた口が塞がらない。軍曹はあまり気にしていなさそうだし、電はそれを胸を張って鼻を鳴らしている。
「…そうですか。まあ、艦娘という存在がいますしね。そういうこともありますよね。ええ。」
司令官は思考を放棄してしまい、来客用の椅子に座った。
「えー…以前の長門の出張に関することです。」
「そうか。あの時は助かったよ。それがどうかしたのか?」
「ええとですね。報酬のことですが、改装設計図で間違いなかったですか?」
「ああ。間違いない。」
「なるほど。いえ。荒潮が長門が受け取った改装設計図で改二になったので、一応報告をと…」
「別に構わんさ。長門が使ってくれなかったのは少し悲しいが、悪い気はしない。しっかり有効活用してくれて嬉しいよ。」
私一人だけが、この異常に適応できない。どうして平然と会話を続けられるのか。思考がいつまでもふわふわと浮いている。
「あと、青葉の改二についてなのですが…」
「ん?あの紙切れのことか?あれはうちの衣笠が青葉のことを驚かせようとしたものだ。まさか、数十年の歳月の末に叶うとは彼女も思っていなかったらしい。」
「ということは…」
「ああ。青葉の改二なんてない。」
酷い話である。青葉は改二があると思って頑張っていたのに、やっぱりないなんて。司令官も、思わず目を覆った。