個人的に出かけるなんて、あの人らしくない。らしくないけど、たまにはそういうこともしたくなるのかもしれない。私は私で、代わりに執務…と言っても、書類を纏める程度の雑務以下の業務をこなす。実にツマラナイ仕事。気持ちだけでもと思って軍服や制帽を拝借したけれど、あまり変わらない。結局すぐ終わってしまって、早々にやることがなくなった。
「ん…」
袖を短く捲っていたのを直して、どれだけ余っているかを確認して見ると彼との大きさがより顕著にわかった。暖かいし、彼の匂いもする。ずっと嗅いでいると頭がふわふわして、体温が高くなる。物理的にも精神的にも温もりが感じられる。時刻は昼頃。窓から差し込む陽光で段々と眠くなる。
「失礼します。」
「どうぞ…」
コンコン、と扉が叩かれ、瑞鶴が入ってくる。漸くノックを覚えたらしい。だけど眠いし、動きたくない。背もたれに身体を預けてしまう。
「霞ー。眠そうだねぇ。」
「…うん。」
「そんな服も着ちゃってまあ。」
「なんの用?」
「うーん…間宮さんからお願いされてさ、これ。好きなんでしょ?沢庵。」
「好きだけど…まだ大丈夫。」
そう言えば、そんなことも言ったような気がする。気を利かせて間宮さんがおやつとして用意してくれると言っていた。
「…まあ、ここ置いとくよ。」
「ありがと…」
「じゃあね。」
「ん…」
ああ、瑞鶴が出て行ったら余計に眠気が来る。眠くて眠くてたまらない。瞼も重くて開いているのも億劫。身体が溶けそうなくらいに脱力して、ぐーっと意識が離れる。
「んぁ…」
「…起きたのね。」
「だえ…?」
「山城よ。艦娘じゃない方の。」
「…なんで?」
「そう言えば貴方には伝えていなかったと思ってね。私たち、しばらくしたらここを出るわ。」
「…え?」
「…ここだとね。歯痒いの。私たちは居たって、何もできない。」
「そんなこと…」
「あるの。それと、絶対に会えなくなるわけじゃないわ。偶には会いに来るから。もう、手続きも済んでいるし。」
「…寂しくなるわね。」
「あまり関わりもなかったと思うけれど。」
「だとしても。」
「そう言ってもらえるだけ嬉しいわね。さ、頭をどけなさい。」
「ん…ん?」
「貴方疲れてるんじゃないの?そんなふざけた格好もして、膝枕されてるのにも気づかないなんて。」
「あれ…あれ…?」
「はぁ…取り敢えず机に乗ってる沢庵早く食べなさい。悪くなる前に。私がいるのに台無しにならなかったのよ。」
「…山城も食べる?」
「…一枚だけね。」
突然寝起きにあんなことを言われたせいで、目が冴えた。一番最初に口にした沢庵は、何故か味が薄く感じて、しかしその後に食べたものは少し濃かった。
「霞、います?」
「いるわよ。」
「失礼します。」
大和がゆっくりと歩いてくる。武蔵よりは低いけれど、私からすれば首を曲げないと顔が見えないから少し困る背の高さ。
「何か用?」
「少しお話をしたくなっただけです。」
「武蔵とかじゃダメなの?また青葉に勝負で負けた?」
「…そうですけど。」
「それに、どうせ演習かなんかでしょ?」
「…はい。」
「いいわよ。一回だけ付き合ってあげる。」
「本当ですか!」
と、言うわけで海の上で睨み合っているわけだが。
「一つ条件を飲んでもらえませんか?」
「なに?」
「潜るのだけはやめてほしいです!」
「いいわよ。」
そもそも最初から潜る気なんてなかったし。すぐ終わらせてしまおう。負ける気はもちろんないけれど。
「先手必勝です!」
大和の46センチ三連装砲が火を吹いて、それをかわすところから始まった。不意打ちとは、と文句は言わない。勝負においては大切なことだから。それに、あれは装填時間が長すぎるという欠点がある。直撃を喰らえば大破はおかしくないとはいえ、避けて仕舞えばあとはどうにでも料理できる。
「これあげるわね。」
魚雷を大和の進行方向に向け、放つ。当たれば流石の大和も痛いはずだから、避けるであろう方向に主砲を構える。
「ここです!」
突然、バババッと弾幕が張られた。艦載機でも落としにかかっているようなそれは、豆鉄砲程度のダメージを蓄積させてくる。
「副砲なんて、やるじゃない。」
私の狙いを逸らし、更に自分に有利な状況を作り出した。魚雷を避け、私からの攻撃を喰らわないような理想的な動き。それに距離も離れたから私が狙える範囲からは少し遠ざかってしまった。どう近づくべきか。潜水はできないし、副砲は面倒。まあ、どちらにせよ今のうちに全速力で近づくべし!
「!来ましたね。」
「行かなきゃ勝てないでしょ?」
前みたいに飛び上がって主砲と魚雷を直撃させてやるべきか、それとも正攻法で攻めるか。いや、ここは少し趣向を変えよう。今まで通りは、よくない。相手の心理の裏側。物理的にも裏を行く。
「主砲!てー!」
近づきすぎによって発射される音をしっかりと鼓膜が捉える。まっすぐ突っ込むので、向こうの球も当然近づく。更に副砲の弾幕も来る。ここで、両足首を四十五度程度曲げ、無理矢理進行方向を変える。前方ばかりを狙っていた大和にとっての完全な思考の外側を捉え、姿を消す。
「どこに…」
「後ろ。」
「あ!」
取り出した魚雷と主砲を押し当て、お互いに動きが止まる。
「はい、私の勝ち。まだまだ甘いわね。」
「ありがとう…ございました…」
少し悔しそうにしながら、帰投していった。私も、そろそろ戻ろうかとした時、遠くの方で鯨が跳ねた。暫くその光景を見ていなかったせいか、それから目が離せない。ぷしゅっと水柱が立ち、おびれを尾鰭が海面から顔を出し、やがて沈んだ。この国が戦っている深海棲艦がのさばる海でも、ああやって生き物が住んでいることを思うと、不思議な感覚がある。何故どちらも手を取り合えないのか。そんな答えのない疑問を捨て、私も帰投した。