「…ねぇ霞。」
「何?」
「その首の跡、虫にでも刺されたの?」
「虫なんて…っ!」
「…あらあら〜。」
首元の赤い跡について朝の風呂で聞いてみると、すぐに首元を抑えた。それも、確認するようなゆっくりとしたものでなく、何か見られたくないものを急いで隠すような。証拠に顔が真っ赤に染まっている。
「これは…」
「見えない位置にしないとね〜。」
「これは、その、違くって…」
「まあまあ。わかってるから、言わなくてもわかるわよ。」
やっぱり恥ずかしそうにして、顔の半分を湯船に沈める。後ろで抱きしめるクソ提督は何も言わず、ただ静かに霞の頭を撫でるだけ。何が面白いのか、心なしか口角も若干上がっている気がする。
「その…今改装してる子たちには言わないでよ?」
「言わないって。青葉だけ気掛かりだけど…あの調子じゃ大丈夫でしょ。」
「すっかり意気消沈ね〜。」
青葉はがここ最近浮かれていた理由は改二があると思っていたからで、それのせいで演習にも積極的に参加していた。しかし、今目的の改二がないとわかり、すっかりやる気を失ってしまった。側から見ている分には面白いが、本人からすればたまったものではない。
「私だって悪いと思っていますよ。まさかここにいた衣笠のイタズラなんて思いません。それも、随分時間が経ったイタズラです。」
「よく残ってたわよね。虫食いもあんまなかったんでしょ?」
「字は掠れていましたけどね。」
「まあまあ、青葉さん。いつかきっと改二にもなれるわ〜。」
「…荒潮ちゃんはいい子ですね。」
「え?」
そして、何かが弾けたような勢いで荒潮を羽交締めにし、抱きしめる。少し苦しそうにしていて、何となく可哀想に思える。青葉目線、同室の駆逐艦が突然改二になっていれば、穏やかではなかっただろう。本人は見せていないけれど、改二がないと言うのが一種のコンプレックスになっていた節があるから、それを嘘だったとしても忘れていられるあれは、青葉にとってかなり大きな存在に見えていたはず。
「あらあら〜。甘えん坊さんねぇ。」
「適応力高いわね。」
「ん〜、別に、そうでもないわよ〜?」
そう言う割には、青葉の蕩けきった顔は凄まじい。頭を撫でているだけなのに、今すぐに昇天しそうな安らかな顔をしている。たまに目元から流れ落ちる雫は、見なかったことにしよう。それに、そろそろみんな来るはず。日々の演習の成果か、みんな練度が十分に高く、何と全員改装した。残念ながら、青葉は一人取り残されたと言うことにはなってしまう。でも、青葉の好きな武蔵も改二になるんだから、その姿を見れば、きっと機嫌も治ると思う。
「曙、どうですか。」
扉を思い切り開けて、仁王立ちの加賀が現れる。なぜかタオルを巻かず、胸を張って全身を曝け出している。クソ提督に見られていないかと心配になったけれど、視界の端に霞が顔を上げて視界を塞いでいるのが見えた。
「加賀さん!ダメだって流石に!」
「せめてタオルは一枚…」
「離しなさいあなたたち!まずは曙に全てを見てもらってから…」
流石にこんなに加賀も頭はおかしくなかったはず。いや、定期的に変なことを思い付いてはいたけど、今回はかなり酷い。改装に失敗でもしたのか?でも、その割には顔つきは少し凛々しくなっているような気がしないでもないし、たわわに実った二つの錘も少し大きいような気がする。
「いいから、取り敢えず三人とも体流しなさいよね。」
それから、加賀は黙々と洗いはじめ、翔鶴は瑞鶴と談笑しながら髪を洗い出した。翔鶴に目を当てると、どこか儚げで、しかし芯の強さが伝わるような、不思議な顔立ちに。瑞鶴はあまり変わらず、けれど力強さは段違いで、頼りになりそう。胸部装甲は一切変化していないのがかわいそうではある。
「曙、どうですか。改装した私の姿は。」
「あー。いいんじゃない?あたしは好きよ?」
「…ありがとうございます。」
目を細め、染み入るように私の言葉を受けてから、抱き寄せてくる。湯船で温まった体に更に加賀の体温がプラスされ、余計暑く感じる。
「私たちも強くなったわよ。」
「へへーん。どーよ!」
「瑞鶴、胸張っても、あんたの貧相なのが強調されるだけよ。」
「は?何?曙、喧嘩売ってる?」
「違うわよ。同じ境遇だからわかるってだけ。」
「潰す。」
「瑞鶴?」
「はいごめんなさい。」
と、パワーバランスがよりはっきりした結果に。瑞鶴はどこまで行っても加賀が怖いらしい。あたしや加賀が、霞のことを怖がっているのと同じ理由。普段は普通に接することができるけれど、いざ演習になると、プレッシャーは計り知れない。
「そろそろ長門たちも来ると思いますけど。」
「先に金剛が入ってくると思うわよ。」
「んー。じゃあ私は伊勢で!翔鶴姉は?」
「私も金剛さんかしら。」
「青葉、あなたは?」
「…武蔵さんでお願いします。」
今なお荒潮の胸の中ですんすんと涙を流す青葉は必死に捻り出した言葉を伝える。予想…と言うよりは願望に近いそれをみんな、無言ではあるものの憐れむような解釈を見せた。何と言うか、目線が嫌に生暖かいのが、余計に青葉にダメージを与えていると思う。