成り行きで着いてきた瑞鶴は、今私の膝に座っている霞のことを真剣に覗き込んでいる。霞本人はと言うと、まだ眠そうにしながら私の親指を甘噛みしている。噛み癖でもあるのだろうか。どちらにせよ可愛いので問題はない。
「提督さんの指って美味しいの?」
「そんなことないと思います。むしろ不味いのでは。」
会話は自然と小声になり、霞も殆ど気にすることなく吸い付いてくる。目も閉じているし、呼吸も深く長い。時々喉からか細い声らしきものも聞こえたりする。
「お、離した。」
「あらら…指がふやけてますね。」
そう言いながら手を拭こうとした瞬間、霞が何故か向き直り、首元に口を合わせた。ゾクリと全身に走る感覚はなんとも言い難く、後から舌で舐められた。本当に美味しいのかと思い始めてしまう。
「わー…わー…」
「そろそろ起こしますよ。流石にこの子の尊厳が…」
目を見開き、焼き付けるように注視する瑞鶴にそう告げ、霞の背を強めに叩く。起きればここで終わるが果たして。
「っあ?ん…」
突然の衝撃故か、単純に起きただけか。どちらにせよこれ以上の暴走は避けられたと思う。霞も首から離れ、キョロキョロと辺りを見まわし、やがて瑞鶴を見つける。
「ん?なんで瑞鶴が…と言うか、私何して…」
頭がまだはっきりしていないようで、逆に都合がいい。取り敢えず頭は撫でておく。すると、くすぐったそうに身を捩らせ、瑞鶴がまた悶えた。
「あなたもロリコンというやつでは?」
「どっかの提督さんと違って不純なものじゃないからセーフだよ。」
「姉さんは?」
「荒潮は…さ、ね?わかるでしょ?」
言葉が濁る辺り、暗に認めているようなものである。別に加賀が既にケッコンカッコカリにまで漕ぎ着けているのだから、特段隠すほどでもないとは思うが、やはりそれはプライドが許さないのだろう。実に滑稽だ。
「呼ばれた気がしたわ〜。」
「ぅお!?荒潮!」
「いつでも現れますねぇ。」
「偶々お部屋の前を歩いてたから来ちゃいました〜。」
朝潮型駆逐艦の中でも荒潮は、確かに大人っぽいというか、そういう性格な気がする。愛想が良く、見た目とのギャップによって瑞鶴やその他の提督に刺さっているのだろう。もちろん駆逐艦らしく無邪気なところもあり、夏なんかはかなりはしゃぐ。そういうところも人気が出たり、気に入られる要因なのだろう。
「私はみんなのことが、好きよ?」
「し、司令官は私の!」
「あらあら…別にそういう好きじゃないんだけれど。うふふ。」
「あ…う…その… 」
「好きあらば惚気るねぇ。」
一瞬、荒潮の表情が濁ったような気がして、しかし一度瞬きをすればやはり、何事もなかったかのようないつも通りの笑顔を向けるので、一旦は見間違いとしておく。
「ね、私は?私のどんなところが好き?」
「ん〜…霞ちゃんと、仲良くしてくれてるところかしら〜。」
「おー…ありがと。」
何故か自分で聞いた質問が刺さったせいで、気まずくなっているようである。頭を掻き、どこか恥ずかしそうにし、目を逸らしている。
「荒潮、いるか?」
「長門さん。見つかっちゃったみたいね〜。」
「ああ、やはりいたか。」
そして、長門は部屋の外に去っていった。何がしたかったんだ?瑞鶴も霞も、ぽかんと口を開けている。
「見つかった、とは?」
「長門さんが〜、潜伏訓練って名目でかくれんぼをしようって誘ってくれたんです〜。」
なんと、誘ったのは荒潮ではなく長門らしい。確かに戦艦かつあの巨体で、しかもかなり頼りになる戦艦故に、そのような印象はない。ただ、可愛いものや面白そうなものには積極的に参加…どころか、自らが主催して執り行うこともあるらしい。少し驚きだ。
「さて、私も探しに行ってきま〜す。」
ふらふらと部屋を出て行き、ここまで聞こえるほどの鼻歌を歌っている。
「やっぱ荒潮は人気だねぇ。」
「瑞鶴も早くしないと誰かに取られてしまいますよ。」
「私はそういうんじゃないから。別に駆逐艦が可愛いなって思うだけであって、別にそういう対象なわけじゃないから。」
「必死になればなるほど、疑わしいものです。」
「べっつにー?ちょーっと潮に会ってみたいな〜なんて思っちゃったりもしないこともないけど?そういうわけじゃないから。」
「新しい子は難しいので会えないかもしれませんね。残念です。」
そう言うと、露骨に肩を下げたのがわかった。随伴艦の潮に会いたくなると言うのはきっと、翔鶴型航空母艦瑞鶴としての記憶があるからということは想像に難くない。しかし、難しいものは難しい。これ以上受け入れても、手持ち無沙汰の艦娘を増やすだけだ。
「提督さんはケチだねぇ。」
「いくら増やしても出撃しないんですからしょうがないでしょう。」